元帥府の官舎に敷設されている貴賓館。皇帝が軍務省を視察する際に利用する滞在施設だ。
無論、実権のないお飾りの皇帝が、軍務省の働きぶりを検めたりはしない。実態を述べるなら、元帥府の貴賓館はヤリ部屋として使われていた。
皇帝ベルゼフリートの訪問を受け、レオンハルト元帥は軍務を中断し、貴賓室で皇帝に応対する。
「――そうだな。とりあえず、女官は出て行け」
まずは邪魔者の警務女官に退室を命じる。
「見ているくらいよいではありませんか」
「私は皇后だぞ。警務女官長の言い分など無視できるのだ。嫌なら足を骨を折って、叩き出してやるぞ。どうする?」
「レオンハルト、暴力はダメだってばー」
「陛下の御心が分からないのですか? 皇后ともあろう御方が、女官を恫喝なさるとは⋯⋯。なんと嘆かわしい」
「ハスキー、煽るのはダメだってばー」
「夫婦の時間を邪魔立てするな。覗き見されていると不快なのだ。女官どもは廊下に出ていろ」
ハスキーと部下の警務女官達は猛抗議する。だが、三皇后の特権でレオンハルトは異議を捻じ伏せた。
◇ ◇ ◇
皇帝お付きの女官達が貴賓館の廊下で待つこと一時間。扉越しに男女が激しく交わる淫音を聞かされた。皇帝と皇后の情事が終わり、女官達の入室が許された。
室内に足を踏み入れると、顔を赤らめたベルゼフリートが腰ベルトを締め直していた。
淫行の残り香が漂っている。恥じらうベルゼフリートとは対照的に、レオンハルトは武人らしく毅然と衣類の乱れを直し、軍服の襟元を正した。
筋骨隆々なアマゾネスの振る舞いは凜々しく見える。纏う雰囲気は雄々しい美男子だ。頬を染める幼い少年が、愛くるしい少女に見えてしまう。
レオンハルトは愛しのベルゼフリートに問いかける。
「次は宰相府に向かわれるのか?」
「うん……。ウィルヘルミナに呼ばれてるからね」
「夜はどうだ? 空いているなら、私の后宮に泊まらぬか?」
「夜は……たぶん向こうに泊まるかな。帰してくれないと思う。ごめんね」
「そうか。残念だ」
「昨日のセラフィーナについてもそうだけど⋯⋯色々ごめんね」
「謝らずともよい。そもそもセラフィーナは軍閥派の愛妾だ。いわば身内だ。勝手な振る舞いをしたとき、他の派閥が怒るのは当然だろう。しかし、私が激怒するのは筋違いだ」
レオンハルトは自嘲する。飼い犬が迷惑を振りまいているとき、飼い主が被害者面するのはおかしい。
「そう言ってくれると助かるね。カティアはそこまででもなかったけど、ウィルヘルミナはどうだろ……。怒ってると思う?」
「さてな。そればかりは当人に聞くしかないのではないか? セラフィーナの無遠慮は、私の指示で軍閥派が喧嘩を吹っかけた……と誤解しているやもしれぬ」
「レオンハルトが僕を呼んだ理由は?」
皇后特権で皇帝を呼びつけた理由は、直接聞きたいことがあったからだった。
「陛下とセラフィーナが、あれほど親密な仲に発展するとは予想外だった。どのような手段を使えば、貞操が固い人妻をあのように籠絡できるのか⋯⋯。ぜひ陛下の手練手管を知りたいものだ」
夫の浮気を疑う妻のごとく、レオンハルトは鋭い視線を向ける。
「たくさんセックスして、気持ちよくさせてあげただけ」
「初めての夜は、酷い有様だったと愚痴を聞かされたのだがな」
「セラフィーナも僕とのセックスに馴染んできたんだよ。それと、ガイゼフ王はセックスが上手じゃなかったんだと思う。身体の相性も僕とのほうがあってるみたい。だって、セラフィーナの人妻オマンコは、僕のオチンポが大好きだもん」
「そういう陛下も本気になっているのではないか?」
「そう見える? もしかしてレオンハルトは嫉妬しちゃった?」
「私はいつだって嫉妬しているぞ。宮廷ではさまざまな噂が飛び交っている。孕ませた後もセラフィーナの離宮で過ごしているのは、どういう理由なのだ」
「遊びだってば〜。孕んだ人妻を弄ぶのは面白いの。お互いに本気じゃないよ」
「ほう。遊びだと?」
「セラフィーナの気持ちだって本当のところは分からない。どうなのかな? 少なくともさ、僕に本心を打ち明けてくれているわけじゃなさそうだよ」
「女の私が言うのはおかしな話だが、女は隠し事が多い生き物だ。しかし、陛下も隠し事は多そうだ」
「僕は隠してなんかいないよ。本当に」
ベルゼフリートは嘯く。レオンハルトに対してはセラフィーナとの密約を打ち明けなかった。しかし、セラフィーナの怪しげ動きを軍務省は疑っていた。
セラフィーナが思惑通りに動いているのなら、放任するつもりだった。
亡国の女王セラフィーナに与えられた役割は、宰相派の長であるウィルヘルミナの弱味を探ること。軍閥派の傀儡としてしか期待していなかった。
セラフィーナはベルゼフリートの赤児を孕んだ。さまざまな混乱はあったものの、目的の半分は達成している。ところが、セラフィーナは意図しないところで、想定外の動きを見せ始めた。
昨日、戦勝式典の閉幕式で、セラフィーナが敢行した示威行為は波乱の種となっている。
正妃たる三皇后の眼前で皇帝を私物化する蛮行は、皇后のみならず、後宮に住む妃達の逆鱗に触れる行為だ。貴族は秩序の乱れを恐れる。
「昨晩のお詫びで、レオンハルトには宝剣をプレゼントするよ。アルテナ王国の国宝らしい。きっとすごい宝物だと思う。多分だけどね」
「ほう? ご機嫌取りで貢ぎ物ときたか……?」
「盗品じゃないよ。ちゃんとセラフィーナの許しをもらってる。その辺は心配しないでね」
「あの女王はこの数カ月で随分と強かな……、いや図太くなった。まあいいだろう。しかしだ。愛妾ばかりを愛でていると他の妃が嫉妬する。セラフィーナに続いて、ユイファン少将も孕ませたらしいな」
「え? そうなの?」
「初耳なのか?」
「ユイファンって妊娠しちゃったんだ。戦勝式典の前夜に中出しセックスしまくったから不思議はないけど……。それなら奇天烈な名前を付けないように、僕のほうでいくつか名前の候補を見繕ってあげよう」
ユイファンの懐妊は根も葉もない風説だったが、たった一夜で宮廷に知れ渡っていた。
セラフィーナに続き、愛妾のユイファンが皇帝の御子を身籠もった。不快感を覚えた妃は多い。
愛妾は妃に劣後する謂わば愛人。身の程を弁えていないと憤るのは、妃達からすれば至極当然であった。
「軍閥派の妃達は軍人だ。血の気が多い。ヘルガは穏健だが、公妃達は別だ。派閥を率いる皇后は、妃達の調整が大変なのだ。女遊びは程々してもらえると助かる」
「じゃあ、次は避妊なしでヤらせて。レオンハルトとは遊びじゃなくて、本当のセックスがしたいな〜。本番じゃないとレオンハルトだって満足できないよね?」
「魅力的な提案ではある」
「夫婦なんだからさ。もっと子作りしよう?」
「戦争が一段落すれば子作りを始めよう」
「アルテナ王国との戦争は終わったよ? ガイゼフ王だってバルカサロ王国に逃げちゃったんでしょ。⋯⋯まだ戦争が続くの?」
「火種が燻っているのだ」
「そっか⋯⋯」
「時間ができたら、私の后宮にお呼びする。陛下の子胤で、強い子を孕ませてほしい。子どもは多ければ多いほどよい。産まれた姉妹が競い合い、いずれは私以上の女戦士になる。私はそう強く望んでいる」
レオンハルトは去ろうとするベルゼフリートの額に接吻する。
「うん。またね。レオンハルト」
今夜はウィルヘルミナの后宮に泊まるという。だから、自分の匂いを皇帝に付ける。
「ウィルヘルミナ宰相によろしく伝えてほしい」
サキュバスは鼻が利く。直前にレオンハルトとセックスしていたと絶対に気付くはずだ。さぞかし不愉快な思いを抱くだろう。