天空城アースガルズの後宮で、ベルゼフリートが三皇后にお詫び行脚していたころ、帝都アヴァタールに降り立った赤毛の女仙ロレンシアはグラシエル大宮殿の客室で身体を休めていた。
盛大に催された戦勝式典から一夜が明けた。祭日は終わった。帝都の人々は日常生活に戻ろうとしている。
帝都に参集した地方貴族達は、帰り支度を始めている。領地に帰るまで間、久しぶりに会った知人との情報交換や商談など、領主の政務に追われていた。
こうした光景はどこの国でも見られる。広大な国土を誇る大国で、地方貴族が首都に出向くのは金銭的な負担が大きい。
大貴族であれば領地の居城に商人を呼びつける。だが、商談の前に貸しを作る行為だ。商談のイニシアティブを失う。戦勝式典で帝国全土の有力者が一堂に会する今は、絶好の商機であった。
帝都に私邸を持つ貴族は、自分の邸宅を活動拠点としている。全ての貴族が帝都に不動産を持つわけではなかった。無産の貴族にはグラシエル大宮殿の客室が提供された。
女仙のロレンシアにもグラシエル大宮殿の一室が与えられた。
「王女殿下⋯⋯?」
「んっ⋯⋯。ロレンシア?」
「お目覚めになられましたか。良かった。あぁっ……、ここではヴィクトリカ様とお呼びすべきですね。目を覚まされず、ずっとうなされていたので、心配しておりました」
ベッドに横たわるアルテナ王国の王女は、ゆっくりと上半身を起こした。
窓から朝日が差し込んでいる。だが、方角を考えると夜明けではない。夕暮れだ。太陽が沈もうとしていた。
(この寝間着⋯⋯。誰かが着せてくれたのね⋯⋯)
意識を失っている間に着替えさせられていた。肌触りの良いネグリジェを着ている。
(⋯⋯帝国兵の姿はいない。牢獄ではなさそうね)
自分のいる部屋をじっくり観察してみる。見慣れない調度品、異国情緒を感じる内装。窓に鉄格子はないので監禁部屋ではなさそうだ。
部屋の片隅、前後に揺れるロッキングチェア。巨大なボテ腹を抱え込む妊婦が腰掛けていた。臣下であり旧友でもあるロレンシアだ。
(なんて姿に⋯⋯。王都ムーンホワイトで別れてから、ロレンシアは帝国に何をされたの⋯⋯? お腹だけじゃない。乳房まで膨れ上がってるわ⋯⋯)
アルテナ王家に代々仕えてきた名門貴族フォレスター辺境伯の令嬢にして、近衛騎士団の女騎士。女王に下賜された細剣を帯びる赤毛の美少女。羨望と尊敬の眼差しを向けられていた。
今のロレンシアはまるで別人だ。ほんの半年足らずで、変わり果てている。
「ロレンシア。貴方、身体は大丈夫なの⋯⋯?」
「いたって健康ですよ? この体は奇異に見えますか? ヴィクトリカ様はやっぱり驚いちゃいますよね。実を言うとオッパイが大きすぎて、動きにくいです。自重に振り回されてしまうのです」
ロレンシアは自分の乳房を持ち上げてみる。膨大化したオッパイは掌に収まらないサイズとなっていた。
ぎっしりと詰まった脂肪には、乳汁がたっぷり蓄えられている。牧場にいる乳牛を連想させる体型だ。
「セラフィーナ様と同じくらいのバストサイズなんですよ」
本人に悲壮感はない。だからこそ、ヴィクトリカは戦慄し、恐怖を覚えた。
「とっても重たいし、肩が凝るようになりました。でも、きっと慣れると思います。大きくなったお胎に赤ちゃんがいるのも……」
ロレンシアは騎士を辞めた。腹部を大きく膨らませた若娘の妊婦。厳しく鍛え上げた身体は、脂肪の肉付きが豊かとなった。乳房は熟れた西瓜のように肥大化し、重みで垂れている。
走り込みで贅肉を削ぎ落とし、小ぶりで筋肉質だった臀部は、太々しく肥えている。孕み腹でなければ、尻のくびれが目立っていただろう。
(私の友達を⋯⋯! 酷い、酷すぎるわ。あの皇帝はロレンシアを強引に妊娠させて、こんな身体に造り変えた⋯⋯!!)
出産を終えた後、ロレンシアの体型が元通りに戻るとは考えにくい。
事実、ショゴス族の肉体改造を受けたロレンシアは、妊婦体型で一生を過ごす運命だ。
子宮に仕込まれた胎児を生み終えようと、膨張状態のボテ腹は維持される。熟した母胎の身体で永久の時間を送るのだ。
近衛騎士団で誰よりも剣技を愛し、誰よりも武技を磨いていた女騎士ロレンシア。だが、彼女は二度と戦わない。
膨れ上がった胎で、赤児を育てる肉袋。ショゴス族の肉体改造で、孕みの揺り籠に加工されてしまった。
「ヴィクトリカ様。私に質問したいことがたくさんあるのではありませんか?」
「そうね。山ほどあるわ。私はどうしてここに? 昨日の夜、お母様とロレンシアに出会って、それから私は⋯⋯」
寝ている間、ヴィクトリカは酷い悪夢にうなされていた。脳裏に焼き付いているのは、憎き怨讐の敵である皇帝ベルゼフリートと淫行に耽る実母。享楽を貪る女王セラフィーナの卑しい姿だ。
孕み腹の母親が淫声をあげながら、皇帝の肉棒を受容している悍ましい光景。
母の白尻を鷲掴みにした皇帝が思いっきり腰を打ちつけ、素肌が打つかり合って肉音が鳴り響く。小柄な体躯に不釣り合いな凶悪な男根が、母の女陰に沈み込む。牝顔の母がよがり狂う有様を見せつけられた。
(お母様⋯⋯っ!)
リュートやヴィクトリカを育んだセラフィーナの聖域は、ベルゼフリートの男根に征服された。
母親が父親以外の男と交わり、子を宿したという受け入れがたい現実。種違いの妹弟が産まれる未来を想像し、ヴィクトリカは最悪の気分となった。
「うぷっ……!」
胃の中が空っぽであったのは幸いだった。逆流したのは胃液だけで、口内に酸っぱい苦味が広がった。なんとか踏みとどまる。吐き出していたら、吐瀉物でベッドを汚すところだった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯! ふぅ⋯⋯! はぁはぁ⋯⋯!」
トラウマのフラッシュバックで乱れた心を落ち着かせる。
自分の処女喪失より、敬愛する実母の不貞を目撃してしまったほうが、精神的に辛かった。
「大丈夫ですか? ヴィクトリカ様。お水ならこちらにありますよ」
「ありがとう。ロレンシア……」
差し出された水を飲み込んで消化器官を洗い流す。何度か深呼吸をしていると、気分は次第に落ち着いていった。
「ここは? どこ? 私は帝国軍に捕まったの?」
「グラシエル大宮殿の客室です。温室御苑の物陰で気絶していたヴィクトリカ様を私が保護いたしました。帝国軍には知られていません。部屋は皇帝陛下が与えてくださいました」
「そう⋯⋯。えっ、まって⋯⋯? ロレンシア? 皇帝陛下と言ったの? 何を言っているのロレンシア? どうして? あの悪帝をそんな風に敬って呼ぶの!?」
「ヴィクトリカ様、声が大きいです……」
「あいつは、あの男は! 私達の祖国を……っ! アルテナ王国を蹂躙した侵略者よ……っ!!」
「落ち着いてください。ここはメガラニカ帝国の帝都アヴァタールです。メガラニカ皇帝への不敬は許されない場所だと分かりますよね?」
「それは……」
「帝国領内で皇帝批判は、ご自身の首を絞めます。帝国の法律には詳しくありません。ですが、アルテナ王国がそうであったように不敬罪はあるはずです」
「その通りだわ⋯⋯。ごめんなさい。私が軽率だったわ」
「いいえ。お気持ちはよく分かります。ヴィクトリカ様」
ロレンシアはほくそ笑み、首を横に振る。ヴィクトリカは旧友の反逆に気付いていない。
ロレンシアは寝返っている。ベルゼフリートという一人の少年に忠誠を誓う女となっていた。
(ふふっ♥︎ いつかヴィクトリカ様も皇帝陛下の良さが分かりますよ⋯⋯♥︎ 一度でも抱かれてしまえば⋯⋯私達は女に墜ちるのだから♥︎)
女王セラフィーナや王女ヴィクトリカに対する主従の念は失われていない。だが、堕ちたロレンシアは絶対の忠愛をベルゼフリートに捧げる。
ショゴス族の肉体改造で、心が砕け散ったロレンシアは、新しい飼い主であるベルゼフリートに縋り付くしかなかった。
(皇帝陛下⋯⋯♥︎ 私にお任せください。必ず、ご命令を果たします♥︎ 卑しい私を愛してくださった慈愛に報いましょう⋯⋯♥︎)
ベルゼフリートに慰められ、優しく抱かれて、子を宿したとき、ロレンシアは皇帝に仕える忠実な牝犬となった。
「昨夜、グラシエル大宮殿の使用人にヴィクトリカ様を運んでもらいました。お酒を飲み過ぎて酔い潰れたと誤魔化していますが、お身体の汚れで気付かれてしまったと思います」
「気付かれた……? それは、その⋯⋯私の正体じゃなくて……?」
「セックスです。ヴィクトリカ様の陰部から精液が流れ出ていましたので⋯⋯」
「ああ、そっち。別にいいわ。犬に噛まれたようなものよ」
「さすがにお相手が皇帝陛下とは思っていないでしょう。貴族のお相手をしていたと勘違いしておりました」
ロレンシアは身重の身体で、穢れの瘴気を宿す女仙だ。常人のヴィクトリカと接触できない。そこでグラシエル大宮殿で働く使用人達に手伝ってもらった。
使用人のうち、何人かはショゴス族だった。苗床のロレンシアが頼むとヴィクトリカの介抱を快く引き受けてくれた。
(私の胎内にショゴス族の子供達がいるから優遇してくれたわ。まるで族みたいな扱いだった⋯⋯。秘密にしてほしいとお願いしたから、きっとあの使用人達は口外しないはず)
奉仕種族のショゴス族は、最高の使用人とされる。何者かに仕えるのが種族の誇りだった。現在、ショゴス族でもっとも栄誉ある者は、皇帝の世話を取り仕切る女官総長ヴァネッサだ。
ロレンシアの子宮にはヴァネッサの寄生卵子が植え付けられている。しかも、妊娠している胎児の幾人かはヴァネッサとベルゼフリートの子供。素体となったロレンシアの卵子も組み込まれ、三人の遺伝子が交じった混血児。
ロレンシアはヴァネッサ以外の寄生卵子も宿している。ショゴス族の女官に輪姦され、無数の胎児を身籠もった。限界まで膨れ上がった子宮で、ショゴスの赤子が蠢いている。
皇帝に仕える女仙である事実を差し引いても、ロレンシアはショゴス族で最も栄誉あるヴァネッサの胎児を育てる苗床だ。同胞のショゴス族は母胎を優遇し、ロレンシアを慈しむ。
ロレンシアは苗床の待遇を甘受する。幼き皇帝ベルゼフリートに屈服し、抵抗の意思を捨てた。だが、ヴィクトリカは抗い続けようとしていた。
「私は穢されてしまった。あの皇帝に……!! あんな男にッ!!」
気丈なヴィクトリカは母親のセラフィーナと異なり、涙を流さなかった。憎悪を滾らせ、怒気が燃え上がる。
辱められた事実を受け止めた。処女を奪った男への復讐心。苛立ちを激しく再燃させている。
真っ赤な怒りが、折れかけたヴィクトリカの精神を支えていた。
(ヴィクトリカ様⋯⋯。可哀想な方です。素直に快楽を受け入れれば、きっと愛してもらえるのに⋯⋯♥︎)
かつて気高い女騎士だった淫女は、邪悪な笑みを作った。復讐に取り憑かれた王女を哀れんだ。