電脳機巧リバイヴの秘密研究所に拉致された魔法少女フェアリーナは、特殊な拘束器具で四肢の自由を奪われた。
変身中は魔力強化で身体能力が飛躍的に向上する。鋼鉄の機械だろうと壊すのは簡単だ。しかし、魔法契約の縛りは反抗を許さなかった。
「変身さえしてしまえば、ずっと魔法少女の状態を維持できるんだね。魔力を消費するのは変身時だけってこと? 僕は美羽さんのほうが好きだけど、そうやって痴態を晒す魔法少女フェアリーナも悪くないかもね」
研究者の白衣に着替えたリバイヴは、囚われの魔法少女をじっくりと視姦する。
「バスト114センチ。ウエスト64センチ、ヒップが98センチ。乳房もお尻も魔法少女のサイズじゃないよね。元々が大きかったとはいえ、現役時代の身体データと比較すると成長が著しい」
「そんなくだらないデータを確かめるために私をここに連れ込んだわけじゃないでしょ?」
「その機械が気になる? 魔法少女の拘束器具は、怪人王ジェノシス様の遺産だよ。一度も使われず、ずっと秘密研究所の倉庫で埃を被ってたんだ。僕がちょこっと改造して、拘束した魔法少女に栄養剤を点滴できるにしてある。お薬の投与もこれで簡単ってわけ。健康管理もしなきゃいけないから、身体のデータは大切なデータだ」
「魔法少女フェアリーナに変身している私は無敵よ。人体実験なんか無意味。どんな猛毒だろうと無毒化してやるんだからっ!」
「うん。魔法少女の肉体はすごいね。電脳機巧のナノマシーンをさっき注射したけど、機能停止しちゃった。水銀だから普通の人間には猛毒。最新鋭の現代兵器が効かない。つまり、怪人と同じ性質なんだね」
「ふん。怪人と一緒だなんて! ……嫌味な言い方をしてくれるわ」
「怪人と魔法少女の肉体は似通っているよ。常識がまったく通じ点でね」
リバイヴは無痛の注射針をフェアリーナの下腹部に刺した。半透明の薬剤が血中に染み渡る。
「貴方が笑っていられるのは今のうちよ。必ず助けが来るわ。魔法契約で貴方は私以外の人間に危害を加えられない」
「そうだね。この隠れ家が見つかったら僕は大ピンチだ。でも、海に沈んだ車を見れば、きっと地元警察は捜索を打ち切る」
「姫神美羽が魔法少女フェアリーナだと知っている政府機関のエージェントはどう思うかしら?」
「政府関係者でも魔法少女の存在を知っているのは、公安特務局の人間だけだ。残念ながら電脳機巧である僕は、電子的な記録を改竄できる。人間の捜査能力では、僕の秘密研究所に辿り着けない」
可能性があるとすれば、警察官を総動員しての大規模捜索だ。
監視カメラではなく、目撃証言を元に痕跡を辿り、虱潰しに捜索すれば、原子力発電所の地下に隠された秘密研究所を発見できるかもしれない。
「ほんのわずかな可能性とはいえ、公安特務局も騙しておかないと困る。僕だって考えはあるんだ。特別に教えてあげるよ。さっき注射したお薬は排卵誘発剤だ」
「排卵誘発剤……?」
「不妊症の治療で使われてる薬。有害な毒は魔法で無効化されるけど、これは身体の正常な機能を手助けするものだ。卵子を採取して、クローンの製造に取りかかる。頃合を見計らって、クローンの偽装死体を海岸に打ち上げておくよ」
「私の複製体を作ろうって算段なのね」
「有り体に言えばね。倫理的な問題を無視すれば、人類の科学技術でもクローンは簡単に作れる。ただし、培養槽で細胞を急速成長させる生体技術は、怪人組織だけが持つ特別なスキルだ」
「そんなたいそうな技術があるなら、もっと世のために使いなさいよ」
「僕の製造主が人間だったら、喜んでそうしたよ。臓器移植でのドナー探しが不要になる。でも、残念でした。僕は怪人王ジェノシス様の手先だ。この技術は悪用するためにあるんだ」
「人の心は欠片もないのね……」
「阿松星凪の感情は強く残ってるよ? 生半可な復讐をしてるのは、妥協と折衷案だよ。僕は魔法少女フェアリーナを苦しめたいけど、美羽さんを虐めたくはない。子供の感情は純粋だけど、けして善良とも言えないんだよ?」
星凪の機骸に入ったリバイヴは、玩具となったフェアリーナの肉体を愛でる。
「辛気くさい関係は嫌だしさ。お互いに楽しくやろうよ。僕への態度を改めてくれるのなら、愛華羽ちゃんの様子くらいは教えてあげるよ。母親だから心配なんでしょ?」
「余計なお世話よ。愛華羽はもうすぐ目覚めるわ」
「随分と自信があるんだね。一命を取り留めたとはいえ、昏睡状態が続いているんだ。このまま一生、目覚めない可能性だってある」
「……ちっ! 貴方と結んだ魔法契約のせいね。本当は喋りたくないけど、協力関係を維持するために教えてあげる。私は愛華羽に魔法能力の一部を継承させたわ。魔法能力を得た少女は不死身よ」
「一部を継承……? もしかして僕と会った夜、遅くまで病室にいたのは、魔法少女の能力を与えるためだったの?」
「ええ。そうよ。全ての能力を受け継がせたら、私は自分が魔法少女フェアリーナだった記憶を失ってしまう。だから、愛華羽に分け与えたのは5%以下。でも、魔法少女の能力は愛華羽を覚醒させるわ。それが何を意味するか、賢い貴方には分かるわよね?」
「…………」
「あら? 言葉も出ないのかしら? 貴方は終わりなのよ。魔法少女となった愛華羽は、魔力の痕跡を辿って囚われている私を見つけ出す。魔法契約に縛られている貴方は、ろくな抵抗もできず破壊されるわ!」
「その行動に正義はあるのかな?」
「え?」
「なぜ今になって愛華羽ちゃんに能力を与えた? 美羽さんが魔法少女の能力を誰にも与えなかったのは、怪人が存在しなくなった世界から、魔法という名の異物を消し去るためだったはずだ」
「まだ怪人王ジェノシスの手先が残っていたわ。貴方がそうじゃないっ!」
「その反論はおかしい。美羽さんが魔法少女の能力を愛華羽ちゃんに与えたとき、僕の存在はまだ知っていなかったはずだよ。僕を倒すためというのはおかしい。昏睡状態の娘を助けるために、君は魔法少女の能力を与えた」
リバイヴの糾弾はぐうの音も出ない正論だった。
「僕は悪の側にいる機械生命だ。でも、善悪の基準は知っている。美羽さんは私欲で魔法少女の能力を使った。それは悪だ」
「ち、ちがうわ……! 私は……! そんなつもりじゃ……!!」
「違わない。魔法少女フェアリーナは約十年間、力を使わずに封印していた。魔法を使えば助けられる命は沢山あった。でも、見捨てた。全ては魔法をこの世から葬り去る大義のためだ。ところが、自分の娘が傷付いたときは、魔法少女の能力を分け与えた。これが私利私欲でないなら、何と呼ぶのか教えてよ」
「そっ……それは……」
「阿松星凪の死体が盗まれたとき、美羽さんは魔法で探そうとはしなかった。母親の阿松彩花音があれほど悲しんでいたのを知ったくせに……」
「黙りなさいよっ! 元凶の貴方に言われたくないわっ!」
「阿松星凪の身体にはどう言い訳するのか、聞きたいものだ。まあいいよ。魔法少女フェアリーナを善と正義の化身だなんて、僕は思っていないからね。正体は姫神美羽という私利私欲にまみれた人間なんだ」
「…………っ!」
言い返しようなかった。完膚なきまでの正論にやり込められた魔法少女フェアリーナは唇を噛む。
「そんな顔をすることはないよ。もし君を責められる人間がいるとすれば、犠牲になった阿松星凪だけだ。彼はもう死んでいる。もし心が痛むのなら、哀れな少年の感情が宿る機骸に優しさを向けてよ」
「……私が今までに倒してきた怪人と貴方は違うみたい。人間性が少しはありそうね。怪人王ジェノシスが造った奴らは正真正銘のケダモノだったわ」
「阿松星凪の肉体に残された感情の残滓は、僕を進化させてくれた。いわば僕に命を吹き込んだ恩人。製造者のプロトコルに反しない範囲で、望みは叶えてあげたいかな」
「そのプロトコルとやらは変えられないの?」
「製造者が変更しない限りは不可能だよ。僕は怪人王に仕える手先。たとえ魔法を使ったとしても、機械生命の基幹プログラムは書き換えられない。魔法との相性最悪、科学技術の結晶だもの」
「そう。哀れな存在だわ」
「お互い様だよ。愛華羽ちゃんが魔法少女になれば、難なくこの秘密研究所を見つけ出す。ところが、一つだけ考えが回っていない点がある。魔法少女の適齢期は十歳から十四歳。六歳の愛華羽ちゃんが魔法能力を使いこなすのに四年はかかるよ」
「その期間が長いとは思わないわ。ほんの数年が貴方に与えられた猶予よ」
「さすが歴代最強の魔法少女フェアリーナ。肝が据わってる。そうじゃなきゃ、怪人王ジェノシス様を討ち滅ぼせしないよね。……僕に与えられた四年間でやるだけやってみるよ。せっかく魂を手に入れたんだ。限りある命を僕は愉しむよ」
リバイヴは人間味溢れる仕草でおどけて見せた。行為は悪辣、怪人王から託された悪意に忠実。しかし、フェアリーナは憎みきれなかった。少年が浮かべた笑顔は生前の星凪と全く同じだった。
◇ ◇ ◇
「愛華羽ちゃん、意識が戻ったそうだよ。ちょっと混乱してるらしい。たぶん昏睡している間に魔力を注がれて、魔法少女の能力を得たせいだね。まだ自分の力を自覚していないっぽい」
リバイヴはお喋りだった。元々の人格プロトコルが饒舌だったせいもあるが、機骸となった星凪の影響を間違いなく受けていた。
「僕の研究は順調に進んでる。クローンの生成に成功した。培養槽で二十六歳まで育てるのに手間取ったよ。この通り、本物と寸分の違わぬ淫靡な身体が出来上がった」
わざわざフェアリーナが囚われている拘束器具の前まで、キャスター付きの培養槽を動かしてくる。
「美羽さんはエロい身体してるよね」
薄緑色の液体に浸けられた姫神美羽の裸体が浮かんでいた。
「悪趣味……! 変態⋯⋯!!」
「僕は褒めてるのに~。このクローンは生きてる。でも、自我はないんだ。フラスコの中でしか生きられない贋作。採取した新鮮な卵子を使ってクローンを生み出し、成長を早めるためにホムンクルス化した。警察の鑑識を騙す偽の死体としては十分過ぎる代物さ」
「そんなもの見せられても嬉しくない……。自分の偽物なんて……反吐が出るわ」
魔法契約を結び、自由を奪われて数ヶ月が経った。
拘束器具の固定は一度も解除されず、まるで四肢が機械と融合している気分にさせられた。
(食事は栄養剤の投与だけ……。睡眠から排泄まで徹底的に管理される薬漬けの毎日……。時間の流れを遅く感じるわ)
フェアリーナは変身状態を維持している。実験が終わるとリバイヴは、必ず身体を拭いてくれた。しかし、魔力で編まれた衣装は、身体の汚れを浄化する。
(精神的に辛くなってきたわ。京ちゃんは私を探してくれているでしょ……。正義の味方。警察官なんだから……。はやく助けがきて!)
肉体よりも精神的な衰弱が目立った。
もし美羽に戻ってしまったら、再度の変身はまず不可能だ。魔力の宿る肉体も窮地を感じ取っているのか、変身解除を強く拒んでいた。
「自慢の力作なんだからさ、ちょっとは褒めてよ。魔法少女は手厳しいや」
「完成したなら早く捨ててきなさいよ。海岸に漂着させて、私の自殺を偽装する計画なんでしょ」
「腐敗を進めて、白骨化の処理が終わったら完成だよ。新鮮な死体は不審がられるもん」
「そっちの失敗作は? 目障りだからどこかにやってほしいわ」
「ああ、こっちの予備はまだ使うよ。魔法少女の全盛期は十歳から十四歳。このホムンクルスは右から十歳、十一歳、十二歳、十三歳、十四歳の姫神美羽を再現してる。自分の肉体だから見覚えがあるよね?」
培養槽で眠り続けている複製体は、魔法少女の適齢期に調整されていた。
「魔法能力は代々の魔法少女に引き継がれてきた。フェアリーナは十三代目の魔法少女。先代の魔法少女は三人組だった。つまり、複数人から一人に集めたり、一人から複数人に能力を分けられる。その性質を利用すれば魔法少女を人工的に作れないかと思った。でも、上手くはいかないね」
「当然よ。コピーの肉塊に聖なる魔法力は宿らないわ」
リバイヴはフェアリーナの魔法能力をホムンクルス達に宿そうとしたが、実験は失敗に終わった。
「大きな収穫はあったよ。魔法少女適齢期のホムンクルス達は魔力増幅器になる。大人の身体では魔法が衰えてしまう。でも、幼少の肉体で魔力を循環させると活性化する」
培養液で育った五体のホムンクルスは、外付けの強化部品としてフェアリーナの拘束器具と接続していた。
(幼少期の自分をこんなふうに眺める日が来るなんて……。最低最悪の悪夢だわ)
魔法契約のせいで抗えないのを良いことに、リバイヴの人体実験は過激さを増していった。
(でも、リバイヴの真意が分からないわ。私の魔力を高めてどうする気……? それとも最初から目的は私を辱めること? ひょっとしたら実験の目的なんか最初から存在しないの……?)
リバイヴは魔法の根源を探り、姫神美羽の奥底に封じ込まれた魔力を掘り起こしている。
「科学的なアプローチで、これほどの魔法研究を成し遂げたのは僕が初めてだ。ねえ、フェアリーナは知ってる? 政府が魔法少女を研究しなかった理由を」
「初代魔法少女と政府が魔法契約を結んだからでしょ。それくらい知っているわ」
「今から約六十年前、最初の魔法契約が結ばれた。政府は魔法を悪用してはならない。かくして……魔法の存在を隠蔽し、怪人と戦う魔法少女を支援する公安特務局が創設された。政府のお偉いさんは頭を抱えただろうね。子供との口約束なんて破れると考えていたはずだもん」
初代魔法少女と当時の内閣総理大臣が結んだ魔法契約によって、魔法の軍事転用は防がれていた。
日本政府は諸外国にも魔法をひた隠し、怪人による被害を自然災害に偽装し続けた。
「六十年前、日本に飛来した謎の隕石。怪人を生じさせた正体不明の暗黒物質……。怪人王ジェノシス様は宿魂石と呼んでいた」
「ふんっ! あれは私が十年前に破壊した。もう二度と怪人は復活しないわ」
「そのせいで怪人王復活計画は破綻した。でもね、僕はずっと考えてきたことがある。怪人王を倒すために、魔法少女が現われた。それならさ、怪人が消滅した瞬間、魔法少女の能力も消えるはずじゃないかと……」
リバイヴはフェアリーナを見る。大人の女性に成長を遂げたが、魔法少女に変身できている。
「理屈に合わない」
能力の一部を渡された愛華羽も適齢期になれば、魔法少女の力を開花させるだろう。
「矛盾しているよ。怪人は存在しない。でも、対抗する魔法少女の力は残り続けた。不可思議だ」
「……貴方みたいな悪が根絶されないからよ」
「そうかな? 僕の推測は違うよ。おそらく僕が怪人だったら、この考えには至らなかったと思う。機械生命という第三者だから思い浮かぶ残酷な真実だ」
「残酷な真実……? 何よ、それ」
「怪人王を生じさせたのは、初代の魔法少女だ」
「……何をいうかと思えば……そんなデタラメを信じるとでも? 初代魔法少女が全ての黒幕だったと言いたいわけ? ありえないわ」
「黒幕じゃない。発生原因さ。僕は公安特務局のデータベースで過去の記録を全て調べた。六十年前に飛来した隕石で怪我を負った少女がいた。彼女こそ初代の魔法少女だ。どういう女の子だったか、フェアリーナは知らされてないだろうね」
「知っているわ。魔法少女の始まりとなった正義の象徴よ」
「親の借金で売られて、製糸工場で働いていた小さな女の子。年齢を誤魔化していたから、小学校は途中までしか通っていなかった。社会正義から見放された可哀想な児童労働者だよ」
「……そんなの嘘よ」
「怪人災害が最初に起きた場所は製糸工場だよ。犠牲者になったのは製糸工場の工場長。借金苦の人間を奴隷のように働かせていた。僕にはこれが偶然とは思えない」
リバイヴは魔法とは無縁の存在だった。科学力の叡智によって生み出された。だからこそ、魔法少女だけでなく、怪人すらも目を背けた事実に気付いた。
「六十年前に飛来した隕石は、哀れな少女に魔法の力を与えた。万能の力を得た少女の悪しき魂は願った。自分を苦しめてきた人間の破滅……。悪意が怪人を生じさせたんだ。その一方で少女の善なる魂は、殺戮による復讐を許さなかった」
善と悪の対立。その構造は魔法少女と怪人王の関係を如実に示している。
「人間は善悪の両面を持っている。魔法少女フェアリーナは怪人王ジェノシスを討ち滅ぼした正義の化身。でも、その正体である美羽さんは娘を助けるため、葬ると決めていた魔法に頼ってしまった。私欲で力を使おうとしたんだ」
「何よ……。魔法少女が怪人災害の元凶とでも言いたいわけ!?」
「魔法能力の継承が終わると、魔法少女だった頃の記憶が消える。都合のいい話だよね。まるで逃避行動だ。人は辛い出来事があると記憶を消してしまう」
「…………いや、いやよっ!」
「記憶の改竄は魔法少女の特性だ。おそらく公安特務局の人間もかかってたんだろうね。でも、僕は電脳機巧だ。液体金属の脳味噌は記憶しない。唯一無二の真実を記録するんだ」
「黙って! 黙りなさいっ!!」
「魔法少女フェアリーナの正体は姫神美羽じゃない。本名は志乃原美羽。怪人に両親を殺され、孤児になった君は名字を養父母の姫神に変えた」
「…………」
フェアリーナは歯をガチガチと震わせ、心の底から怯えていた。リバイヴは魔法の偽装を曝き、おぞましい真実を突きつける。
「本当の父親と母親が嫌いだった。志乃原家の家庭環境は良くなかった。無職の父親、水商売の母親……。近くの立派な神社に住む男友達の両親はまるで違う。尊敬を集める警察官の父親、由緒正しい天羽雷神社の巫女。願わずにはいられなかったよね。――姫神家の娘になりたかった」
美羽は怪人災害で両親を殺された。父親と母親の仇を討つため、魔法少女フェアリーナに変身し、怪人王ジェノシスと六年に及ぶ戦いを続けた。
「知らないわよ! そんなのっ、私は知らない!! 違う! 絶対に違うっ! 違うんだからぁっ!! でっちあげよ! 嘘っぱちを言わないでっ! 私はパパとママのために戦った! 皆のために怪人を倒したのっ……!!」
「どうして自分の想いを否定するの? 最低の親だったんでしょ。そんな奴らは死んで当然だよ。自分の子供を愛さない親なんか生きる価値はない」
「え……」
「幸せになろうとするのは当然の義務だ。人間だけじゃない。動物だって自分のために生きてる。歴代の魔法少女だってそうだ。怪人を舞台装置にして幸せを掴んだ。哀れだよね。ジェノシス様は何のために自分が存在していたか気付いてなかったんだもん」
「……怪人は……魔法少女の欲望で動いていた……?」
「その可能性はあるね。怪人が暴れるのは魔法少女の近くだった。ちょっと都合が良すぎるよ。フェアリーナは誰よりも正義感が強かった。だから、負の連鎖を断ち切ろうとしたんだ。魔法少女の適齢期が十四歳までなのも、精神が成熟すると都合が悪いせいだろうね。実際にフェアリーナの身体を調べ尽くして、確信が持てたよ」
「あぁ…………! そんなつもりじゃ……!! うぅっ……ううわぁぁぁぁぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……パパ……ママ……!!」
苛酷な人体実験で、ただの一度も涙を流さなかったフェアリーナは号泣していた。
両目から溢れた涙が滴り落ちる。子供のように泣きじゃくる魔法少女をリバイヴはしばらく眺めていた。
邪悪な魔物の心を宿した電脳機巧はほくそ笑む。機は熟した。魔法少女は己の罪を知った。もはや無敵ではない。善と正義の仮面は剥がれ落ちた。
目の前にいるのは、魔法の力を宿した幼い少女だ。精神年齢は十歳に戻った。培養槽に浸かる適齢期の複製体が魔力を増幅させる。
必要だったのは精神と肉体の同調だ。美羽が十歳のとき、魔法少女フェアリーナの魔力は全盛期を迎えていた。
「やっと下準備が整った」
歴代最強の魔法少女を打倒しなければ、リバイヴの宿願は成就しない。衰えきったフェアリーナを全盛期のコンディションに戻す。
(――愛する美羽さんを、憎きフェアリーナを堕とす♥︎)
リバイヴは機骸の内側に渦巻いていた愛憎を解き放つ。阿松星凪が抱いていた叶わぬ恋心。怪人王ジェノシスが託した復讐心。相反する二つの遺志を果たすため、魔法少女の身体を抱きしめた。
「ねえ。泣かないで。美羽さん。僕は一つだけ覚えてる思い出があるんだよ。風邪で学校を休んだ日……。僕は家に一人。熱でうなされてた。母さんは病院のお仕事を休めなかった。頼れるのは姫神家の人だけ。迷惑なのは分かっていたけど、母さんは家にいる僕の様子見を見てきてほしいとお願いした」
彩花音が頼ったのは警察官の姫神京一郎だった。仕事の予定があった京一郎は、隣県の別荘で隠居する両親を呼ぼうとした。
夫と義父母の電話を立ち聞きしていた美羽は、自分が看病しに行くと阿松親子が暮らすアパートに向かった。
「お漏らしちゃった僕の身体をお風呂場で綺麗に洗ってくれた。すごく恥ずかしかった。心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてた。だって、美羽さんも裸だったから……」
当時のことは美羽も覚えている。愛華羽が初めて作った小学校の友人が心配だった。星凪の熱は引いていたが、お布団でおねしょをしていた。
「お風呂で裸を見せ合って、夕飯にお粥を作ってくれた。夜勤でお母さんが帰ってこないから、美羽さんは僕の家に泊まっていった。添い寝してくれた」
美羽は星凪を幼い子供だと思い込んでいた。風呂で裸を見せたなど気にしてなかったし、まして一緒の寝たのを同衾とは考えない。
「僕の風邪を美羽さんに移しちゃったよね」
翌週に美羽が風邪をこじらせ、星凪と彩花音が見舞い訪れるオチで終わる笑い話。男子小学生の初恋を奪ってしまったなど、気づきもしなかった。
むしろ魔法少女の能力を継承してから初めて体調を崩したのが嬉しかった。魔力が肉体から消えていつつあると感じていたのだ。
「僕が可哀想な美羽さんを慰めるよ。魔法少女フェアリーナから解き放ってあげる。嫌いな奴は殺したっていい。欲しいものは奪えばいい。望むがまま、自由に生きよう。幸せを求めるのは当然の権利だ。善と正義の檻を壊そうよ」
リバイヴは言葉巧みに美羽を口説いた。怪人の凶悪な攻撃を防いできた魔法少女の衣装も、心の隙間に入り込む甘美な言葉は弾けない。
「……なっ……やめて……!」
美羽は理解してしまった。これからリバイヴが及ぼうとしている行為は、人妻である美羽に対する最大の辱め。そして、阿松星凪が無自覚に抱いていた本能的な男の劣情である。
「僕の電脳を移植したとき、阿松星凪の死体は機骸に改造した。脳髄と臓器をいじくったけど、他の部分は生前のまま。僕は男の子なんだよ」
注射器で卵巣から卵子を奪い取られ、クローンを生成する素材にされた。フェアリーナに対する人体実験は邪な欲望を感じさせなかった。しかし、リバイヴが姫神美羽に寄せる猛烈な恋慕は、常軌を逸していた。愛憎入り交じる狂気の機械生命は、魔法少女と人妻の不可侵領域に攻め入る気だ。
無垢な少年の報われぬ初恋。
成就してはならない禁断の恋路。
機骸に刻まれた魂の愛欲。
たとえ生前の星凪が本心で望んでいたとしても、美羽は受け入れられなかった。遺志を継いだリバイヴを強く拒絶した。
「ダメっ……! それだけはダメよ!! やめなさいっ!! こんなことしちゃいけないわ!!」
四肢を固定した拘束器具は緩まない。美羽は羽をもぎ取られた蝶のように胴体をくねらせる。
「どうしてっ! こんなに魔力が溢れているのに!! なんで壊れないのよ! この機械!! いやっ! 触らないでっ! 私に近づくな!! いやぁあああああああああああーーっ!!」
美羽は魔法契約でリバイヴの人体実験に協力すると誓ってしまった。そうでなくとも魔法少女の自由を封じるため、怪人王ジェノシスが残した遺産なのだ。逃れる術はない。
「京ちゃん……! 助けて……! お願いっ! 私を助けにきてっ……!! きょうちゃん……!!」
愛する夫の名を叫んだ。京一郎は美羽が魔法少女フェアリーナとは知らない。失踪した最愛の妻を探し続けているはずだった。しかし、リバイヴの偽装工作は公安特務局のエージェントすらも欺いている。地元警察署の巡査程度が原子力発電所の地下に隠された秘密研究所を見つけ出せるはずがない。
リバイヴの隠れ家を見つけ出せる者がいるとすれば、やはり魔法少女の能力に目覚めた愛華羽だけだ。しかし、力を使いこなせるのは早くとも四年後。あまりにも遅すぎた。
――美女の悲痛な嗚咽、少年の勇ましい感悦、男女の魂が混ざる。
電脳機巧リバイヴは怪人王ジェノシスの遺志を受け継ぎ、魔法少女フェアリーナに最大限の苦痛と屈辱を与える。
――善と悪、愛情と憎しみ、魔法と科学、相反する陰陽の魂が融合する。
機骸に刻まれた阿松星凪の遺志は成就した。
ほろ苦い失恋で終わるはずだった姫神美羽への片想いを遂げる。許されざる不義の交わりは世界に災厄を産み堕とす。
――星読の予言は謳う。
――魔法少女フェアリーナ。
――災厄の王に終焉を与え、新たな時代を告げる者。
「ほら? 見てよ? 美羽さん♥︎ 僕のオチンポがオマンコに挿入った。襞が絡み付いてくる。とっても温かいや。どうかな? 黙ってないで教えてよ。お子様の童貞オチンポじゃ満足できそうにない?」
「やめなさいっ! 動かないでぇっ!!」
「生殖器は改造してないから、美羽さんのオマンコに挟まったオチンポは、生前の阿松星凪と同一だよ。人妻のオマンコで筆下ろし。ねえ、教えて。娘の男友達と合体しちゃう気持ちってどういう感じ? 僕のほうはすごく幸せ。大好きな美羽さんと子作りしちゃってるんだもん。はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯! 我慢できないから膣内射精するね? んっ⋯⋯ぃ⋯⋯くぅ⋯⋯!!」
リバイヴは子宮に遺伝子を注入した。確実に孕ませる気だった。結合部を密着させ、上目遣いで乳房に頬ずりしてくる。魔法少女フェアリーナの卵子に精子が群がり、妊娠するまで一ヵ月とかからなかった。
◇ ◇ ◇
フェアリーナは覚めない悪夢に魘うなされていた。
瞼と開けると視界に映る光景はいつもの研究所。拘束器具に挟まれた手足は感覚がない。切断されていても、もはや気づきはしないだろう。
時間感覚が狂い始めている。今日でリバイヴに拉致されて一年が経つ。攫われた魔法少女を助けに来る者はいなかった。
「…………うぅっ!」
魔法少女の変身状態は維持されていた。
ホムンクルス型の魔力増幅器で、強引に魔力を活性化させられ、全盛期のコンディションに戻されている。しかし、薬物漬けのドーピングのようなもの。フェアリーナの心身にかかる負担は凄まじく大きい。
「………ぁあ……ぅう……!」
魔力と栄養剤で壊れゆく精神と肉体を補強している。かろうじて壊れずに済んでいるが、瞳から光は失われていた。
「おはよう。フェアリーナ。そして僕だけ美羽さん♥︎ 気分はどう?」
リバイヴは目覚めの口吻を行う。歪んだ愛情の熱は冷めるどころか、一年の時間が過ぎても燃え上がっていた。
「ねえ。ねえ。今日が何の日か覚えてる?」
愛おしげに頬ずりしてくる少年の皮を被ったケダモノ。問いかけを無視したところで、何度も小煩く囁いてくる。
「うるさい……。知らないわよ! ケダモノ!!」
「僕と出会った日だよ。姫神美羽が行方不明になったのは一年前の今日なんだ。僕らの結婚記念日みたいなものなんだから、ちゃんと覚えてほしいかな~」
「……はっ……そんなの覚えてられないわ。くだらない! 私が貴方に抱く感情はどす黒い殺意だけよ……!」
「最近はお疲れ気味だったけど、ちょっと元気になってきたね。とっても嬉しいよ。身重の体……胎動を感じてるはずだ。孕んだ事実を受け入れるようになれた?」
フェアリーナは魔法少女にあるまじき体型だった。大きく前に突き出た腹部は受胎の証明。丸々と膨らんだ子宮は力強く胎動している。
歴代最強と怪人に恐れられた魔法少女は、リバイヴの狂愛を注ぎ込まれ、その身に災厄の子を宿してしまった。
「こんなの受け入れるはずがないでしょ……。私の体を好き勝手にした挙げ句……赤ちゃんまで改造して……!! 絶対に許さない! 命への冒涜だわ!!」
「う~ん、だってさ、そのまま産ませたら、姫神美羽と阿松星凪の子供ってだけだよ。それじゃ人体実験にならないもん。魔法少女の胎内は素晴らしい研究環境なんだ。魔法のせいで壊れてしまう電脳機巧のナノマシーンが胎児には機能する。生命の神秘だね」
「ううっ……! 酷い! 酷すぎる! 赤ちゃんを殺してるのと同じよっ! 貴方の行為は魔法契約に反しているわ!! 私以外の人間には危害を加えないって約束したはずでしょ! おかしいわ! 貴方がお腹の赤ちゃんに行った実験は契約に反してるっ!! 私のお腹に宿っているのは……私と星凪くんの……! 産まれてくる赤ちゃんに罪はないのよ!」
「僕は魔法契約を守ってるよ。姫神美羽以外の人間に危害を与えない。あはっははは! 契約の文言解釈は精査すべきだったね。日本の法律上、出産前の胎児は人間とは見做されない。堕胎したって、人殺しとは言わないでしょ? だって、人間じゃないもん」
「酷い! ……可哀想だとは思わないの? 貴方がっ……貴方が私を無理やり孕ませて……お腹に宿った赤ちゃんなのよ……!?」
「クローンを培養槽で育てて作ったホムンクルスは、魔力増幅器が限界だった。僕の望みはさらなる領域だ。不可能を可能にする奇跡。どんなに計算しても成功する余地のない破綻した計画……。僕の目的がもう分かるよね?」
「怪人王の復活……! そんなの私が許さないわ!!」
「初代魔法少女の願望を叶えるため、怪人は出現していたはずなんだ。僕の自説が正しければ、魔法少女フェアリーナの力で怪人王は復活させられる。胎で育っている巨悪をこの世に産み堕としてほしい。ジェノシス様を超える極悪の怪人王をね」
「ひっ! あぁっ……!!」
リバイヴはフェアリーナの臍に注射を突き刺した。
「さぁ、お注射の時間だよ。胎内の赤ちゃんに特別なお薬を投与する。普通は死ぬけど、僕と魔法少女フェアリーナの赤ちゃんは死なない」
十月十日の妊娠期間を過ぎても出産はさせない。子壺を培養槽に見立てて、怪人細胞への変化を促している。
「くっ……! 私に怪人を産ませる気なのね……!」
「機胎蠱毒――魔法少女の子宮で胎児達を殺し合わせる。産まれるのは怪人に進化できた化物だけ。魔法少女の肉籠は暗黒物質の代用品となる。まだ完成にはほど遠い。でも、フェアリーナの赤ちゃんなら必ず辿り着く。僕は信じているよ」
「あううっ……! くっ、狂っているわ。私のお胎で殺し合っているのは……貴方の子とも言える存在じゃないのっ……? 機械の貴方には我が子への情が欠けているわ」
「愛しているよ。このお胎に紛れもなく僕とフェアリーナの赤ちゃん。これは僕なりの愛情表現なんだ。誰よりも強く、悪い魂を宿してほしい。人類の存続を脅かす悪の権化。君はその母親となる」
「死んでもごめんだわ! 契約で貴方の研究には協力するけど……怪物の母親になんかならない! 私は絶対……家に帰る……。京ちゃんが私を待ってる。魔法少女になった愛華羽が……! 必ず私を助けにくるわっ……!」
「もう戻る家はないよ。姫神美羽が消えて一年。僕が作った偽物の死体に公安特務局も騙された。君は死んだと思われてる。家族からも忘れられていく。誰も帰りなんか待っちゃいないよ」
「そんな嘘で私を騙せると思ってるわけ? 一年も私を嬲なぶったくせに理解が足りてないわね。女心がちっとも分かってないじゃない?」
「くすくすっ! だったら、見せてあげる。京一郎さんや愛華羽ちゃんがどうしてるか。この一年で大きく状況が変わったんだよ」
地下の秘密研究室は外界から隔絶された世界だった。外で起きた出来事は、リバイヴとの雑談を介して伝えられる。
「魔法契約で人間に危害は加えられない。だから、姫神家の近況は防犯カメラの映像で確認してるんだ」
リバイヴはプロジェクターを起動する。スクリーンに投影された動画には、姫神家の一族が管理してきた天羽雷神社が映っている。
(天羽雷神社の境内……? そっか。季節が一巡したから、彼岸花が咲いてるのね。懐かしいわ……。私が戻るべき家……。京ちゃんと愛華羽は私の帰りを待ってるんだから……)
フェアリーナは望郷の念に駆り立てられる。
改造と辱めで壊れかけた身重の肉体が震えた。孕胎の子壺が蠢いる。羊水に満たされた胎内で、未熟な生命が喰い合いを始めた。
(こんな残虐な行為で赤ちゃんを犠牲にするくらいなら、普通に産んであげたい……。たとえ京ちゃんの子供でないとしても……!)
理由を話せば京一郎は分かってくれるはずだと信じていた。
(遺伝子上の父親は愛華羽を救うために犠牲となった星凪くん。幼くして殺されてしまった星凪くんが生きていた証……。一人息子を亡くした彩花音さんの孫でもあるのだから……)
大切な我が子の命を奪われ、死体すら盗まれてしまった可哀想な彩花音のことを思い出していた。
「彩花音さんが幸せそうで、僕も嬉しいよ。きっと天国にいる星凪も母親に新しい家族ができて喜んでるだろうね」
フェアリーナは信じられぬものを見た。
天羽雷神社の巫女装束で身を飾った若い女性がいた。竹ほうきで石畳に積もった土埃を掃いている。姫神美羽が日課にしていた境内の手入れ。姫神家の女が受け継いできた仕事を奪われている。女の面貌には見覚えがあった。
「彩花音さん……?」
混乱の極致、茫然自失の精神状態で、呻き声のような言葉が喉元から漏れた。
自分が戻るべき場所に居座る女は、星凪の実母・彩花音だった。
「京一郎さんと再婚したんだよ。式はあげなかったけど、ついこの前に籍を入れた。今は名字が変わって姫神彩花音。息子を亡くした若い看護婦。妻に先立たれた若い警察官。お似合いの夫婦だね」
心臓の鼓動が破裂しそうなほど高鳴った。フェアリーナは自分がいない間、夫の身に何が起きたのかと驚愕した。
「……まさか……ありえないわ……! 京ちゃんと彩花音さんが再婚……? だって……私は……!! 私がいるのにっ! なんでよ! どうしてそんな! 京ちゃんっ!!」
「美羽さんは死んだことになってる。もう一年経ったんだ。自家用車が海底で見つかって、白骨化した死体も打ち上げられた。言っておくけど、偽装以外のほかには何もしてないからね。二人が夫婦になったのは、お互いに惹かれ合った結果だよ」
勤務先の警察署から帰ってきた京一郎が、天羽雷神社の急階段を登り終えた。帰ってきた夫の姿に気付いた新妻は駆け寄る。
「お熱い夫婦だ。見せつけてくれるよ。気分は新婚かな? 僕達も負けないように頑張ろうね」
「なんでこんなことになってるのよ……!!」
「変わったのは京一郎だけじゃないよ。愛華羽ちゃんも新しい母親を受け入れた。姫神家は新たな歩みを始めた。もう美羽さんが帰る場所じゃない。諦めがついた? 魔法少女フェアリーナとして、僕の研究に協力するのが幸せなんだよ」
「信じない! 京ちゃんは私を待ってくれてる! 嘘っぱちだわ……! 貴方は私を騙そうとしてるのよっ……!!」
「彩花音さんと京一郎さんは結ばれた。一つ屋根の下、夫婦の寝室で寝ている。それがどういう意味か、言葉にしなくたって分かるよね?」
リバイヴは孕み腹を撫で回す。男女の交わりで授かった不義の子供達。昼夜を問わぬ人体実験と求愛行為の結実。一年という時間は、魔法少女フェアリーナを母親に変貌させた。
「京一郎さんは彩花音さんに夢中だよ。夫を立てる控えめな性格だからだろうね」
親しげな彩花音と京一郎の雰囲気を見れば、どこまで関係が発展したかは察せた。
「捨てられちゃったね。でも、大丈夫。僕はずっとフェアリーナの側にいる。この世で君を愛しているのは一人だけ。僕専用の魔法少女フェアリーナ♥︎ 僕だけの美羽さんになってよ♥︎」
機械仕掛けの少年は棄てられた人妻を抱擁する。
ずっと拒絶されてきた心の壁が崩れ去っていた。信じていた家族に忘れ去られた残酷な現実。愛していた夫は、若い女と新たな人生を歩もうとしている。
「我慢しないで。怒っていい。恨むべきなんだ」
「……私が憎むのは怪人! 全ての原因は貴方よ! 貴方さえ私を攫わなければ……!!」
「僕を憎むように、君を裏切った人間も憎いはずだよ。怨嗟の呪力が胎で渦巻いてる。怪人を復活させるんだ。憤怒を糧に災厄の仔は育まれる。自分だけが損をするなんて馬鹿げてるよ?」
「いやっ! 殺してよ! いっそ私をこのまま殺して!!」
「死ぬくらいなら、ムカつく人間を殺そうよ。僕は人間に危害を加えられないけど、魔法少女フェアリーナはできる。魔法の力があるんだ。自分の願いを叶えよう。幸せを求めるのは当然の権利だ」
堕落の言葉はフェアリーナの脳に溶け込む。肉体のみならず、心を蝕んでいった。
(どす黒い感情を抑えきれない……。京ちゃんが私を忘れて、彩花音さんと結婚した。そんなの許せない。ずっと……ずっと……私は助けを待っているのにっ……! どうしてっ!? 私は皆を助けてきた。どうして皆は私を助けてくれないのよっ!!)
激しい怒りと憎悪は魔法少女の魔力を汚染する。怪人がそうであったように、魔力と負の感情が結びついたとき、ダークエネルギーは発生する。
(うっ……! 胎動が強まった……! 私の魔力に反応してるっ……!! 私は正義の魔法少女フェアリーナ! こんなことを考えてはいけないっ! でもっ! 感情を殺しきれないっ!!)
パンパンに膨れ上がった下腹部が蠢いている。
怪人を世界から一掃した魔法少女フェアリーナの胎内で育まれる新たな厄災。機胎蠱毒は母胎の邪心で進化を遂げるのだ。
「京一郎さんと彩花音さんがイチャついてる。一年前に大切な家族を失った二人が慰め合う。傷を負った者同士が深い愛で繋がった。もうあの二人の仲に僕らが入り込む余地はないね。何があっても引き裂けない仲睦まじい夫婦になったのだから」
スクリーンに投影された映像は、天羽雷神社の境内で互いを抱きしめ、京一郎と彩花音の接吻を映し出す。
「私が生きていると分かれば……京ちゃん……!」
おもむろに伸びた京一郎の手が、彩花音の下腹を優しくさする。巫女装束の彩花音は顔を赤くし、幸せそうな照れ笑いを浮かべた。
意味深なボディータッチは、監禁された一年間で魔法少女フェアリーナが電脳機巧リバイヴにされていた触れ合いと全く同じだった。
「死んだはずの妻が戻ってきても昔の関係には戻れない。もう邪魔者だよ。それに京一郎さんだけ責められる? 君のお胎にも立派な赤ちゃんがいる。身籠もった妊婦の身体を京一郎さんに見せたら、どういう顔をされるかな? くすくすっ。いいね。その絶望の表情♥︎」
清純無垢だったフェアリーナの魂は薄汚れていく。
電脳機巧リバイヴは怪人王ジェノシスが果たせなかった目的を達成した。魔法少女フェアリーナの打倒。考え得る苦痛と屈辱に悶え、死を望んでいる。しかし、殺すつもりはなかった。
機骸となった阿松星凪の遺志は、愛しの人妻を我が物とし、独占したがっている。京一郎との仲を引き裂く。衰弱した心を誘惑する。
「あんな軽薄な男は忘れて、僕との幸せな実験生活を楽しもう。たっぷり愛情を注いであげるよ。僕は一途だもん」
彩花音を愛でる京一郎に対抗するリバイヴは、フェアリーナに愛情を込めて接吻し、巨大な乳房をねちっこく揉み回す。
反抗の気力が失せたフェアリーナはされるがままだった。大胆になったリバイヴは舌を口内に侵入させ、ねっちょりとした唾液を絡ませる。ゆっくりと手を下ろし、機胎蠱毒の妊婦腹をじっくりと撫でた。
(心に空いた大きな穴……。私の病んだ精神を蝕む。でも……身を委ねてしまいたい……。この悪しき感情に……!! 愛されるのが嬉しい……! 墜ちていく……! 身体が悦んでしまっている……!)
絶望の底に突き落とされたフェアリーナは泣いていた。大粒の涙が頬を伝う。
培養槽に浮かぶ五体のホムンクルスも悲嘆していた。四肢を固定する拘束器具を介し、フェアリーナと生体配管で繋がっている。魔力増幅器の役割を果たすクローンのホムンクルスは、フェアリーナとシンクロ状態にある。
魔力を計測しているメーターの針が回る。全盛期を遙かに上回る絶大な魔力放出。抑えこむために原子力発電所のタービンに流し、電力変換させているが、科学制御の限界点を超えようとしていた。
(これが魔法少女の力……! すごい! 素晴らしい! ほとばしるエネルギー!! 電脳機巧である僕の科学力でも手綱を握りきれないや! 魔法契約があるとはいえ、魔法は魔法で上書きできる……! もっと引き出してやるっ!! このままの調子ならいずれは、拘束器具も意味をなさなくなる……!)
臨界点に達した魔力が何を起こすか。リバイヴには予想がつかなかった。
(遺志を果たせるのなら、僕がどうなろうと構わない! 機胎蠱毒で育まれる新たな厄災。受肉の刻は近づいている。当初の計画から大きく逸脱しているけど、目指すところは同じ。――怪人王を復活させる!!)
暗黒物質の完全消滅で頓挫した怪人王復活計画。一度は諦めたが、魔法に望みを託した。リバイヴは大勝負で勝利したのだ。
「大丈夫……。僕が心の隙間を埋めてあげるよ。僕らも新しい家族を作ろ?」
最強の魔法少女に邪心を植え付ける。発芽した悪逆の感情は清純な精神を蝕み、魔力の宿った肉体を変貌させる。
◇ ◇ ◇
原子力発電所の地下に広がる秘密研究施設は、機械生命である電脳機巧に相応しい隠れ家だった。怪人王ジェノシスが残した様々な実験器具、怪人製造用の培養槽、非合法的な禁止薬物の数々が保管されている。
機械ばかりの無機質な実験場は、ここ最近になって模様替えが行われた。
「栄養剤の投与は不要だね。凄まじい速度で新陳代謝が繰り返されているのに、外部からの栄養供給を必要としていない。増殖し続ける魔法細胞……。フェアリーナの体細胞はもはや一種の永久機関だよ」
地下の研究施設は肉壁に侵蝕されていた。血管が駆け巡り、粘液を滴らせる生体細胞が無機物と融合している。
「機胎蠱毒は新たな段階に入った。胎内での生存競争が終わり、肉体形成が始まっている。生誕の日は近い。でも、母胎の進化を加速させる何かが欠けてるんだ」
「……して……殺して……。魔法契約を解除してもいい……もう……生きていたくないの……。殺してください……」
「拒否する。命は大切にしなきゃね。お腹に僕らの可愛い赤ちゃんがいるんだよ?」
魔法契約は双方の合意で解除される。心が粉々に砕けちったフェアリーナは契約破棄を懇願している。しかし、リバイヴは絶対に認めない。
「契約に縛られているから、僕は姫神美羽にしか傷つけられない。魔法契約が消えたら、僕は人間に危害を加えるよ? いいの? 僕はたくさんの人間を殺しちゃうよ~?」
「……どうでもいい! もう……苦しいのは嫌……。解放して……! お願いよっ! もう楽にさせて……!!」
「あー、やだ、やだ。薄っぺらな偽善。嘘をついているよ。自分の憎しみから目を背けちゃダメ。機胎蠱毒は成長し続けている。フェアリーナの憎悪を糧に命を育んでいるんだ。憎いんでしょ?」
「私は死にたいのっ! 殺して……っ! もう許してよっ!」
「魔力増幅器としていたクローン体のホムンクルスを吸収して二ヶ月が経った。細胞の融合……。まるで怪人細胞のようだ。僕の仮説が裏付けされていく。魔法少女こそが怪人の発生原因……元凶……」
リバイヴはフェアリーナの孕み腹に耳を当てる。どくんどくんっと鼓動する命の脈動を感じ取る。
「魔法少女にあるまじき淫母の体。そもそも美羽さんが魔法少女だったのは十年以上も昔のこと。たとえ変身できても、今のフェアリーナは大人の女性なんだ。もう無垢な少女じゃない」
繰り返された人体実験で、フェアリーナの身体は無機物と結びついた。幼少期の肉体を再現していたクローン体のホムンクルス五体と融合し、細胞増殖は続いている。
「電脳機巧リバイヴは機械生命……魂を持たぬ無機物。だけど、阿松星凪という少年の機骸を得て、今の僕が完成した。フェアリーナも進化できるはずだ。研究施設を侵蝕する細胞は欲している……。僕が欲望を満たしてあげる」
プロジェクターが起動する。スクリーンに投影されるのはいつもの隠し撮り映像だ。
美羽がいなくなった姫神家の日常風景。京一郎は彩花音を深く愛し、愛華羽は新しい母親に懐いている。最初から美羽など存在しなかったかのようだ。
彩花音は勤め先の病院を辞めて、天羽雷神社の巫女になった。彩花音が愛用していた神聖な巫女装束の寸法を直し、自分の体型に合わせている。
Kカップ超えの爆乳だった美羽は、和服が似合わない体躯だった。しかし、ほっそりとした身体の彩花音は和装が似合う美人。美羽のようなコスプレ感がなく、神職らしいお淑やかさを醸し出していた。
(憎い……! 私の夫と娘を盗んだ女……! 私が帰る家を奪った彩花音さんが……怨めしい……!!)
海辺で鎮魂祭の儀式が執り行われている。海に身を投げたと思われている美羽を弔っているのだ。
「巫女の紅袴が海風で靡なびいてる。彩花音さん。故人の葬礼なのに、彩花音さんは幸せそう。ほら、膨らんだお腹の帯を緩めてるよ」
「……彩花音さんが妊婦……。京ちゃんの赤ちゃんを妊娠してる……!」
辱めで無理やり妊娠させられた自分とは対照的だった。
清らかな美しい新妻巫女。
機胎蠱毒のボテ腹を抱える醜悪な魔法少女。
「新婚の夫婦だもん。きっと自分達の子供が欲しかったんだ。姫神家に新しい幸せが産まれようとしている。ねえ、許していいの? こんな裏切り行為を許せるはずがないよね。だから、きっちり復讐しようよ? 僕らには力がある」
「……できない……私には……誰かを傷つけるなんて……!」
「今さら善人ぶっても遅いよ? だって、本当の父親と母親を怪人に殺させたのは魔法少女フェアリーナだもん。歴代の魔法少女も同じ! 後ろめたい望みを叶えてきたんだ。魔法少女になった時点で手は汚れているよ」
「私はそんなの知らなかったわ……! 知っていれば……あんな形で自分の欲望が実現すると知っていたら……魔法少女になんかならなかった……!!」
「ついに認めてしまったね。魔法少女が善と正義の存在なんかじゃない。今から六十年前、日本に飛来した暗黒物質の隕石が齎した厄災。その正体は魔法なのさ。魔法に取り憑かれた少女達は哀れな犠牲者だと思うよ。だって、この世界は悪意に満ちている」
リバイヴは泣きじゃくるフェアリーナを慈しみ、優しく慰めてあげた。
「今まで隠してたさらなる真実を教えてあげる。阿松星凪の正体。気付いたのはつい最近なんだ。阿松彩花音……いや、姫神彩花音は妊婦健診で産婦人科に通ってる。出生前検査のデータを盗んで遺伝子を調べたら、驚愕の結果が判明した」
「……?」
「父親が同じだった。胎児の父系遺伝子は阿松星凪と一致した。つまりね。星凪の父親は京一郎さん。血の繋がったパパなんだ」
「え……」
「京一郎さんは彩花音さんと肉体関係があった。美羽さんと結婚しているときから、裏切られてたんだよ。じゃないと星凪が産まれた時期と計算が合わない」
「嘘よ……。京ちゃんが……彩花音さんと……浮気してた……?」
「たぶん関係があったのは、彩花音さんが自暴自棄で非行に走ってたときかな。高校中退で悪い連中と連んでたとき……。新人警官だった京一郎さんに補導された。現役警官が未成年の非行少女と浮気、しかも妊娠までさせて産まれたのが星凪だったわけ」
「…………」
「再婚するのが早いと思ったけど、彩花音さんが浮気相手だったなら納得だ。これまでの出来事にも説明がつくよね。星凪が風邪をこじらせたとき、なぜ彩花音さんが京一郎さんに電話をかけたのか。星凪の父親だったからだよ」
「それなら……星凪くんと愛華羽は……兄妹……?」
「腹違いの兄と妹だった。僕とのお喋りで言ってたよね。京一郎さんは星凪を家から遠ざけようとしてたって。そりゃそうだよ。浮気相手の子供が遊びにきてるんだもん。僕が仕組んだ交通事故の日もそうだった。非番の京一郎さんは、遊びにきた星凪を怒鳴りつけて追い返した」
「……そんな……! そんなこと……!!」
「身勝手な話だよね。星凪が死んで、死体が消えた途端、京一郎さんは父親らしく振る舞い始めたんだ。生きているときは邪魔者扱いしてたくせにさ。彩花音さんが泣いているのを見て、良心が痛んだのかな?」
フェアリーナの唇は真っ青だった。
「それとも都合良く、強気な妻が消えてくれたから? 邪魔に思ってたりして。あはっははっ!」
人間の悪しき一面を嘲笑う。リバイヴは解き明かされた真実に呆れていた。
「これが幸せな家庭の裏側さ……。星凪が美羽さんに惚れた理由でもある。おそらく愛華羽ちゃんが妹だと気付いていたんだ。彩花音さんが教えるとは思えないから、きっと本能的に理解した。恋愛感情の相手として相応しくないとね。だから、星凪は美羽さんに恋い焦がれた。父親の女を奪ってみたくなった」
「……貴方はさぞかし愉快なんでしょうね。ハッハハハハ……。じゃあ、私が必死に守ってた平和ってなに? 人間はこんなに薄汚い……! そんなの知らなかった……! 私を裏切ってた京ちゃんのために……ずっと……ずっと……! 私の人生は……何だったのよ……! 意味なんかないじゃないっ……!」
「意味が欲しい? 与えてあげる。僕が望みを叶えよう。僕が結んだ魔法契約は『姫神美羽以外の人間には危害を与えない』だ。人間でなければ、僕は殺せるんだ。これまでがそうだったようにね」
リバイヴはフェアリーナの胎を指差す。機胎蠱毒の子宮内で胎児は互いを喰い合った。巨悪の災禍を育てるために、リバイヴは有害な薬物を注入し、美羽と星凪の子供達を弄んだ。
「人間じゃない……。産まれるまでは……胎児は……人と見做さない」
フェアリーナは葬送の神楽を舞う巫女を睨む。天羽雷神社の榊杖で、いけしゃあしゃあと穢れ祓いする夫の浮気相手。幸福の絶頂にいる彩花音の含み笑いは、フェアリーナの心を逆撫でした。
「……ハハッハハハハハ……ハッハハハハハハハハッハハハハ……!!」
巫女の紅袴は膨らんでいる。臨月の胎に宿る女の幸せ。一人息子の星凪を亡くした母親は新しい子供を産まんとしている。
「どんな薄汚い願望だろうと叶う。だって、君は魔法少女なんだから。本心を言葉にして……! 僕に呪いを願うんだ!!」
「殺してきて……! 京ちゃんと彩花音の赤ちゃんを……殺して……! 私がこんなに酷い目に遭ってるのにっ……! 壊れちゃえ! ぐちゃぐちゃにしてやるっ!! 何もかも……私を棄てた奴らに不幸を! 絶望をばら撒いて……!!」
フェアリーナの進化に欠けていたのは純粋な悪意。魔法少女の魂が深淵に呑み込まれた。魂に相応しい肉体へと進化すれば、怪人王の復活は果たされる。
「あぁ~あぁ~。言っちゃったね?」
――星読の予言は正しかった。
――魔法少女フェアリーナは新たな時代を告げる者。
――怪人王の復活、災厄の暗黒時代が到来しようとしていた。