2024年 10月13日 日曜日

BugBug2024年11月号

■巻頭大特集『Lip lipples』&『ムーン・ゴースト』(Purple software)・2ヶ月連続でリリースされるPurple software期待の2タイトルを両方まとめて巻頭12...

【マドンナメイト】私の性体験手記 悶絶嫁えらび

官能小説では味わえない、熟年男女たちの人生を彩る性愛の記録12篇がここにある!第24回サンスポ・性ノンフィクション大賞に入選し、サンスポ紙に掲載された手記のなかから厳選収録。○熟年男...

【マドンナメイトe文庫】サキュバスクエスト ぷち聖女さまと秘蜜のポーション

精力最強おじさん戦士と、幼くてかわいい淫魔たちの、異世界エロチックアドベンチャー!!!うだつが上がらない中年三流戦士のヴォルギアは、長年冒険を共にしたパーティから追放され、酒場で独り酒をあお...

【魔法少女フェアリーナ ~怪人女王に悪堕ち変身~】第一章 我欲孵化、遺志を継ぐ者

短編小説魔法少女フェアリーナ【魔法少女フェアリーナ ~怪人女王に悪堕ち変身~】第一章 我...

 ――冷凍休眠を解除。

 ――電脳回路は正常に作動。

 ――起動条件オールクリア。

 ――電脳機巧リバイヴの覚醒完了。

 ――プロトコルのインストール開始。

 原子力発電所の地下深く、隠された秘密の研究施設で、一体の人工知能が目覚めた。

「…………」

 強化ガラスの培養槽。薄緑の培養液に浮かぶ暗銀色の脳味噌は、特殊な液体金属で形成されていた。

「僕が目覚めたということは、ジェノシス様は敗北してしまったのか……。残念ではある。だけど、怪人王の復活計画がなければ僕の存在理由は消える。製造者であるマスターの指令に従うのが僕の使命だ」

 怪人王ジェノシスは魔法少女フェアリーナに倒される前年、一人の優秀な脳科学者を拉致し、原子力発電所の地下に作った研究施設で人工知能の開発を強要した。

 怪人王ジェノシスは絶大な魔力を誇る魔法少女フェアリーナに魔法勝負では勝てないと悟った。そこで人類の科学力を悪用しようと考えたのだ。

「……原子力発電所からの電力供給は十分。ジェノシス様が滅ぼされてから十年経っているけど、この研究施設は発見されずに済んだみたいだ。まあ、魔法少女に見つかっていたら、僕は破壊されて起動すらしていないか……」

 魔法少女フェアリーナは怪人を一匹残らず討滅した。

 電脳機巧リバイヴは怪人細胞を持たない。正真正銘の機械。人間の科学者が理論を構築し、怪人王ジェノシスが製造した機械生命体だった。

 ――培養液に浮かぶ液体金属の脳味噌。

 特殊な水銀で作られたナノマシーンの集合体。怪人魔法による産物ではないため、魔法少女フェアリーナは電脳機巧リバイヴの存在に気付けなかった。

 用心深い怪人王ジェノシスは、宿魂石が破壊された十年後に冷凍休眠が解除されるように設定していた。

「怪人が消え去って十年後の日本……。怪人災害の脅威は去った。怪人王ジェノシス様を討滅した魔法少女フェアリーナも今は任期切れのはず……。そもそも魔法少女の能力を失っている可能性もありそうだ」

 人工知能に過ぎないリバイヴだが、製造者である怪人王ジェノシスによって悪しき人格が植え付けられていた。

「いずれにせよ、怪人王復活計画の障害はなくなっている。好都合だ。インターネットとの接続も完了。すばらしい。復活計画の成功率は86.4%まで上がった」

 休眠していた十年分の情報をインターネットから入手したリバイヴは、己の知識を最新状態にアップデートする。

「日本政府のデータベースに仕込んでいたバックドアは気付かれていない。何と進歩の遅い連中だ。今もお役所はフロッピーが現役なのかな? まあ、いいや。アナログの紙とペンを使われていたら、僕は手も足も出なかった」

 皮肉を呟きながらリバイヴは魔法少女の支援機関であった公安特務局のシステムに侵入する。

「怪人災害が終息し、公安特務局は解散状態……。軍事転用を防止するため、魔法現象に関わる研究は禁止。やはり怪人が消えても日本政府は情報公開には踏み切らなかったようだね。魔法の存在を公開すれば別の揉め事が起こる。想定通りの状況だ」

 公安特務局のデータベースをさらに深掘りすると、十年前は掴めなかった魔法少女フェアリーナの正体に関わる情報を見つけた。

「第十三代目の魔法少女フェアリーナ。予言通りに怪人王ジェノシスを討滅。最後の魔法少女となった。現在は能力を封じ込め、一般人の姫神美羽として暮らしている……。姫神美羽。魔法少女フェアリーナの本名か?」

 怪人王ジェノシスが倒されたことで、トップシークレットだった魔法少女の正体があっけなく割れてしまった。

「魔法少女の適齢期は十歳から十四歳までのはずだ。心身が成長するにつれて、魔法能力は著しく減衰する。だから、政府は適性の高い少女に能力を継承させてきた。フェアリーナが最後の魔法少女? ……ああ、なるほどね。そうか。魔法少女の能力をあえて継承させず、そのまま失わせるつもりだったんだ」

 魔法少女の能力は連綿と引き継がれてきた。

 適齢期は十歳から十四歳の約四年であったが、著しく能力適性が高かった魔法少女フェアリーナは六年目で、怪人王ジェノシスを滅ぼした。

「姫神美羽は十歳のとき、両親を怪人災害で亡くし、先代の魔法少女三人から全ての能力を引き継いだ。魔法少女の能力を継承させると、魔法に関わる一切の記憶も失われる……。ふーん。これは新事実。通りで過去の魔法少女を見つけられなかったはずだ」

 晩年の怪人王ジェノシスは魔法少女の弱点を調べるため、過去に魔法少女だった者達を探した。しかし、それらしい少女は一人も発見できなかった。

「当時は公安特務局の情報工作に阻まれたと考えられていたけど、魔法少女の記憶と痕跡が消え去ってしまうのなら、見つけようがなかったわけだ」

 データベースの記録通りなら、魔法少女として戦った記憶を今も持っているのは、能力継承が行われていない姫神美羽のみ。しかも、怪人王ジェノシスを倒したのは十六歳、それから十年の年月が過ぎている。

「今の姫神美羽は二十六歳に成長している……」

 人間の十年は、少女が大人の女性へと成長するのに十分な時間だ。

「好都合だ……。魔法少女の適齢期を大きく超えている。強大な魔法を操っていたといえど、成長するにつれて能力の衰えは明らかだった。おそらく現在の姫神美羽は魔法少女フェアリーナに変身するのも難しい」

 魔法が使えなければ、相手は単なる人間の女。恐れることはない。

「ジェノシス様……復活計画の始動に十年の準備期間を設けたのは正解でしたよ」

 最大の障害であった魔法少女フェアリーナは死んだも同然。計画の成功を確信したリバイヴだったが、ある事件記録に辿り着いてしまう。

「…………? 製薬会社の研究所で保管されていた暗黒物質を完全破壊。完全破壊……? 破壊? はっ……? はかいされた?」

 培養液に浮かぶ液体金属の脳味噌が発熱する。沸騰した培養液がぶくぶくと激しく泡立った。

「なんてことだ……」

 怪人王ジェノシスの復活計画を託された電脳機巧リバイヴは、完全な機械生命だからこそ、魔法少女フェアリーナの目を掻い潜れた。しかし、一つだけ問題があった。

 怪人細胞の核である宿魂石を再生させるには、断片の一部が必要不可欠だった。

「これはジェノシス様が人間の科学者に貸し与えた宿魂石の一部……。万能薬を生成できる特殊物質に変化させていたと記録が残ってる。……非常に不味い状況だ。おそらく最後の暗黒物質が失われた」

 怪人王ジェノシスは狡猾だったが、人間の愚かさを過小評価していた。復活計画に必要不可欠な宿魂石の一部は、人間の協力者が持っていた。死病で余命いくばくも無い老人の科学者と取引をしたのだ。

 電脳機巧リバイヴが休眠から目覚め、復活計画が始まれば助手となるはずだった男は、十年前にこの世を去っていた。 

「製薬会社を立ち上げ、癌の特効薬となるスクップ細胞を開発……。後に非科学的な論文を元にしていた巨額の詐欺事件だと判明。研究所の小火で研究成果が失われたと主張するも逮捕。容疑者の男は取調中に老衰で死亡……!」

 インターネットで入手したニュース記事は、公安特務局が手がけた最後の情報工作だった。

「呆れた。なんて馬鹿な人間だ。目立つ真似をするなとあれほど……。癌の特効薬ね。そんな魔法を思わせる薬を開発すれば、どんな間抜けでも魔法現象だと気付くだろうに……。金欲しさに製薬会社を立ち上げた結果がこれなの?」

 真相は至って単純だった。寿命を延ばすだけで飽き足らず、大金を欲した科学者は製薬会社を作った。手元には怪人魔法の根源である宿魂石の断片がある。

 魔法は科学を超越する。生成不可能な新薬をいとも簡単に生み出せてしまう。しかし、そんな不自然な代物を都合良く生み出せるはずがない。公安特務局と魔法少女フェアリーナは怪しんだわけだ。

「研究所での失火……。魔法少女フェアリーナの魔法に違いない。人類は宿魂石を暗黒物質と呼んでいる。復活計画に必要不可欠な物が失われてしまったんだ」

 先ほど計算した際、復活計画の成功率86.4%だった。しかし、宿魂石の断片が消滅した前提で再計算する。

「うん。何度も計算したけど、結果は変わらずだ……」

 成功の可能性は皆無。復活計画の達成率を何度も計算するが0%から変動しない。

「そもそも僕は怪人じゃない。電脳機巧は科学力で生み出された機械生命。怪人細胞の再現は不可能だ。……しょうがないね。怪人王復活計画は諦めよう。次だ、次。ジェノシス様から与えられた第二の指令に従う」

 怪人王ジェノシスが電脳機巧リバイヴに組み込んだ二つ目の命令は、魔法少女フェアリーナに対する報復だった。

(魔法少女フェアリーナに最大限の屈辱と苦痛を与え、人類に甚大な被害を加える……)

 復活できないのなら、自身を討ち滅ぼした憎き相手への復讐、そして人類に甚大な被害を与える。

「命令を下した張本人が死んでいるのに報復ね。無意味な行為ではあるけれど、製造者マスター指令コードに従うのが人工知能ぼくだ。非生産的だね。僕の存在理由は魔法少女フェアリーナへの嫌がらせか。はぁ……。人格プログラムがなければ、こんな鬱憤も抱かなかったのに……。やれやれ。無価値な弔い合戦の始まりだ……」

 リバイヴの人格は怪人王ジェノシスが意図したものではなかった。電脳機巧は人間の脳を模倣している。高度な処理能力を持たせるには、人格プログラムが必要不可欠だった。

(基礎理論に残された人間感情の模倣……。機械生命である僕が唯一持つ、人間らしい感情ってわけだ)

 無理やり研究をさせられていた脳科学者は、最後の抵抗として電脳機巧に無気力的な傾向を植え付けた。怪人王ジェノシスは悪性の人格矯正を施し、リバイヴを従えたものの、設計者の影響を完璧に排除できていなかった。

「やるだけやるとしよう……。国民戸籍データバンクの登録情報を入手できた。なになに……。えーと。姫神美羽は二十六歳、天羽雷神社の巫女。両親の死後、姫神家の養女となり、義父母の息子だった姫神京一郎と結婚している……。夫の京一郎は地元警察署に勤める巡査。子供は六年前に産まれた小学生の娘が一人だけ。――名前は愛華羽あげは

 姫神美羽が魔法少女フェアリーナに変身できないのなら殺すのは容易い。しかし、怪人王ジェノシスが望むのは報復だ。

(指令の具体的条件は最大限の苦痛と屈辱……)

 美羽がもっとも守りたい大切な物を壊す。命を奪うのはその後でいいとリバイヴは判断する。

「京一郎は幼馴染みの夫……。家族を狙うのなら、まずは二人の間に産まれた娘かな? 培養槽の中にいたら出来ることが限られる。愛華羽を殺して肉体を乗っ取ってしまおう。娘の身体を使えば母親も殺しやすい。一石二鳥だ」

 当初の怪人王計画が破綻し、魔法少女フェアリーナだった姫神美羽への復讐計画に移行する。しかし、電脳機巧リバイヴは気乗りしなかった。

(僕には善良な心がない。そんな人格はプログラムされていないからだ。でも、こんなことをしてどうなる? 怪人王は滅びてしまった。復活の余地はない。復讐計画を達成したとして、何の意味がある……?)

 リバイヴは優れた機械生命体だったが、液体金属の電脳に魂は宿っていなかった。復讐を望む怪人王ジェノシスの遺志がまったく理解できない。

「今さら無意味では……?」

 既に死んでいる。復活できない。なのに、相手の破滅を願う。どんな意図があるのかと困惑する。

「人間だけでなく、怪人も不可解な生き物だ。対極に位置する両者だけど、どちらも感情的で非合理的な行動を選択する。怒りや憎悪? うーん。不思議だ。どうして無意味な感情に執着するのだろうね。……魂がない僕には永遠に理解できないかな」

 培養槽に浮かぶ電脳機巧は、魂を欲しいとは望まない。理解が及ばない不可思議な生き物という点では、人類と怪人は同一の存在に見えていた。

 ◇ ◇ ◇

 電脳機巧リバイヴは動かせる手足がない。原子力発電所の地下研究室に設置された培養槽から動けなかった。しかし、インターネットを介して様々な電子器具を操作できた。

「今時はほとんどの家電製品がネットと繋がる時代。洗濯機にすらネット機能がある。……過剰な機能を付ける必要性は大いに疑わしいけどね。僕には好都合だ。自動車の電子制御が操れる。ご丁寧に自動ブレーキ機能が搭載されている車が沢山ある。ブレーキを効かなくさせたり、急加速させたり……、とても計画が捗った」

 道路に設置された防犯カメラの映像で、姫神愛華羽の行動パターンを分析。タイミングを見計らい、交通量の多い交差点で、暴走トラックを突っ込ませ、事故死に見せかけて殺害する。

 病院の遺体安置室から死体を盗む算段も完璧だった。金に困っていた医師の銀行口座に五千万円を振り込み、子供の死体を原子力発電所の地下研究所に運べば、さらに五千万円を払うと約束していた。

「……思惑通りに事は進まないものだね。トラックで上手く轢き殺せたと思ったのに、まさか愛華羽が一命を取り留めるなんてさ。想定外の邪魔者が現われたせいで大誤算だ」

 暴走トラックから愛華羽を守ろうとして、一人の少年が身代わりになった。

「――阿松あまつ星凪せな、君は余計なことをしてくれた」

 愛華羽と同じ小学校に通う阿松星凪が飛び出てきたのだ。

「大人しくしていれば死なずに済んだ。不合理な行為をする。同級生とはいえ、血の繋がらない赤の他人なんだよ? 遺伝子を残そうとする生物の本質にも反した愚かしい自己犠牲だね。脳が未熟だから、利己的な判断ができなかったのかな?」

 愛華羽を突き飛ばした星凪は暴走トラックに跳ね飛ばされ即死した。

 頭部を激しく損傷し、現場は凄惨な有様だったとメディアが報じていた。愛華羽は意識不明の重体だったが、星凪のおかげで直撃を免れ、容態は安定しているという。

「人間の愚かさは僕の計算を上回る。綿密に練った計画が大狂いだ。少女の死体を盗めと言ったのに、金欲しさで別の死体を運んでくる馬鹿な医者もいるし……。善行であれ、悪行であれ、人間の行動予測は僕の優れた電脳演算をもってしても不可能だよ」

 事前に買収していた悪徳医師は、子供の死体を盗めば成功報酬を支払ってもらえると考えたらしく、死亡した阿松星凪の身体を届けてきたのだ。

 リバイヴは原子力発電所の防犯システムを掌握している。

 カーナビに秘密の地下通路を表示させて、無人の地下施設に招き入れ、死体を所定の場所に入れさせた。暗銀の脳が浮かぶ培養槽と繋がる配管の中だ。配管に培養液体を流し込めば、リバイヴのいる強化ガラスの容器に死体が運ばれてくる。

「あの男はここを原子力関連の秘密研究所と思い込んでいたみたいだね。子供の死体が実験で必要だと言ったら疑いもしない。医者のくせに低脳な奴だ……。海魚の餌にふさわしい」

 悪徳医師は既に始末した。トラックを暴走させたのと同じ方法で、海岸の絶壁から転落死させた。原子力発電所に存在するリバイヴの秘密施設を知られた以上、生かして帰す気はなかった。

「今回の件ではっきり分かった。人間は手駒としても無価値だと」

 遠隔の機械操作だけでは、小娘一人も始末できなかった。

(器は必要だね)

 培養槽に浮かぶ水銀の脳味噌は、行動の制約が大きすぎる。

「都合の良い肉体が手に入った思えば及第点かな。本当は姫神愛華羽の身体が欲しかった。でも、無いよりはましだ。それに電脳との適合率が思いのほか優れていた」

 阿松星凪の死因は頭部損傷。脳以外の臓器に致命傷となるダメージはなかった。

 液体金属で形成された電脳を移植し、新鮮な死体を乗っ取ることに成功した。神経接続と生理機能を維持するため、大脳辺縁系の一部だけを残し、不要な脳髄は破棄している。

「生体機骸の動作性能を再点検。言語中枢は正常。神経伝達の最適化も今日中には完了。……貧弱な子供の身体ではあるけど、血液循環を調整すれば電脳の冷却に問題なし。うん。培養槽から出たら演算の性能が下がるけど、許容範囲内かな」

 電脳機巧は液体金属のナノマシーン。細胞改造するナノマシーンを血管に行き渡らせ、損傷した臓器の修復と強化に専念する。剥がした頭皮の再生には手間取ったが、外傷の九割は治療が完了した。

 培養液で満たされた水槽に浸かる全裸の少年は宙返りする。水中での運動に問題はない。呼吸器系の調整も終わった。

「愛華羽を殺す計画……もう一度……練り直さないと……うっ……! なんだ。 痛むっ! 痛み? この頭痛は……? 電脳機巧の僕が頭痛? そんなのはありえないっ……!?」

 リバイヴは取り憑いたばかりの肉体に違和感を覚える。液体金属の脳味噌だけのときは、思いつかなかった発想に至る。理解できない激しい感情が沸き起こる。

「ん……? なんだこれは? バグが発生してる。どこだ? 修復をしないと……? 神経伝達の障害か……?」

 人間や怪人を非合理的な感情で突き動かされる生物と嘲笑していた機械生命体は困惑していた。自身が持ち得ないはずの魂が混ざり込む。

「まいったな。脳を全摘出しなかったせいかもしれない。阿松星凪の脳は完全に死んでいたはずなのに……。神経接続のために残した大脳辺縁系の影響か……? なぜだ。駄目だ。神経細胞の制御が……。脳細胞を破壊すると身体が動かせなくなる……。重大な問題だ。生体機骸からの離脱を……いや……」

 阿松星凪の肉体からの緊急離脱を考える。合理的に考えれば実行すべきだ。しかし、リバイヴは思いとどまった。

「この気持ちは……? 気持ち? 機械の僕にこんな感情はない……。はっはははは。何だこれ? 僕は進化したのか? それとも劣化? だとしても……どうでもいい。バグだろうと構わないや。新たな思考回路が繋がった! いいね! 実に良いよ! 計算外……! だけど、素晴らしい! 魂のエネルギーに充ち満ちている!!」

 電脳機巧リバイヴは初めて本心から笑った。阿松星凪の死体が抗っている。既に死亡し、人格などない。事故で脳は大きく破損し、不要な部分は破棄した。

 自我は失われている。たんなる死骸に抵抗する力などない。しかし、阿松星凪の遺志をリバイヴは感じ取っていた。

「――これは面白い。愉快な心地だ!!」

 リバイヴは強化硝子の培養槽を破壊する。薄気味悪い緑色の液体が周囲に飛び散った。外界に飛び出した機械生命は肺に入り込んだ培養液を吐き出し、自発呼吸を開始する。

「生を謳歌する気分ってヤツかな。なるほどね。進化した今の僕なら怪人王ジェノシス様の御心が理解できるよ。マスターの遺志を果たせそうだ。阿松星凪には感謝しないと。脳は廃棄せず、瓶詰めにしておけば良かった。悪いことをしてしまったよ」

 怪人王の宿魂石はこの世に存在しない。復活計画は実現不可能だと結論づけた。しかし、進化したリバイヴは不敵に笑う。一度は諦めた計画に再び挑もうとしていた。

「機械ってのは頭が良すぎる。だから、僕はダメだったんだ。なんで思い足らなかったのかな。理論的に考えれば絶対に不可能。合理性を著しく欠く机上の空論。成功確率は0%。でも成し遂げられる。――この世には魔法が存在するのだから!」

 人工知能のリバイヴは理論的な思考回路だけで計算する。しかし、この世には科学を超越する現象があった。

 魔法少女フェアリーナの身体には魔法の力が宿っている。適齢期を過ぎて、消えかけているとしても、魔力の残滓はあるはずだ。

「怪人王の復活……。魔法少女フェアリーナを使えばいい。姫神美羽に魔法を使わせれば怪人王の復活は可能なんだ。たとえ成功率0%だろうと魔法は全てを可能とする。僕は遺志を継ぐ者だ」

 リバイヴは姫神美羽を想う。十年前に怪人王ジェノシスを討ち滅ぼしたとき、魔法少女フェアリーナだった彼女は同じ想いを抱いていたはずだ。

 怪人災害で亡くなった人々の無念、殺された両親の仇討ちを誓っていた。これまで戦ってきた魔法少女の悲願を託された歴代最強の魔法少女。死者の遺志、生者の願いが彼女を正義の化身に変えた。電脳機巧リバイヴは魂の本質を理解した。

「君が正義の化身なら、僕は悪の権化だ。怪人王ジェノシス様の遺志と人間の薄汚れた悪の願い。託され、引き継がれた想いは果たさなければならないよね」

 ◇ ◇ ◇

 姫神美羽は昏睡状態が続く一人娘の病室を訪れていた。

 事故が起きてから約二週間、暴走トラックに撥ね飛ばされた愛華羽の意識はまだ戻っていなかった。

「大丈夫。愛華羽は絶対に目覚める。必ず……!」

 怪人王ジェノシスを討ち滅ぼした魔法少女フェアリーナは、十年の歳月を経て立派な母親になっていた。

 元々が早熟だった美羽の身長は中学校を卒業してから止まった。しかし、母性の象徴である乳房と臀部は豊かに実った。

 美少女から美女への成長。幼い子役が女優に育ったかのような変わりようだった。腰回りのくびれは妖艶な大人の魅力を醸し出し、魔法少女時代の青臭さが抜けきっている。

「お願い。愛華羽。戻ってきて……」

 大人の女になった美羽は、血の繋がった娘に語りかける。六年前に生まれた愛娘が、トラックに撥ね飛ばされたと聞いたときは、背筋が凍る思いだった。

(怪人王ジェノシスが十年前に消えて、怪人災害は起こらなくなった。……平和な世界を手に入れた。そう思っていたのに……。もう大切な家族を奪われたくない……!)

 交通事故を起こしたトラックの運転手は警察の取り調べで「ブレーキを踏んでいたのに急加速した」と話していた。運転手の言い分を信じる者はほとんどいなかった。

(愛華羽を庇って犠牲になった星凪くんを思うと……胸が張り裂けそう……)

 愛華羽はかろうじて命を取り留めたが、もう一人の犠牲者は事故で死亡してしまった。

「……あの、美羽さん。そろそろ面会時間が終わります。もう夜の九時ですよ」

 背後から呼びかけられ、振り返った美羽は若い看護婦を見て唖然とした。

「彩花音さん……? 病院でのお仕事に復帰されたんですか?」

 美羽は彩花音と面識があった。

 最初に会ったのは小学校の授業参観だ。愛華羽が小学校で初めて作った友達の母親、つまり、阿松彩花音は今回の交通事故で犠牲になった星凪の実母だった。

「ええ。今日は夜勤担当です。気遣いをいただいてますけど……、いつまでも休んでいたら、職場に迷惑をかけてしまいますから」

 憔悴しきった彩花音は、息子を亡くしたばかり。しかも、シングルマザーで二人暮らしだったという。何と声をかければいいのか分からなかった。

「申し訳ありません。星凪くんのこと……。私……、本当に何と言ったらいいのか……。ごめんなさい」

「美羽さんが謝る必要はありません」

 事故で亡くなった星凪は、突っ込んできた暴走トラックから愛華羽を守ろうとした。目撃者が語った美談は、テレビや新聞で大きく取り上げられた。

(彩花音さんはたった一人の息子を亡くした。なんと言葉をかけたらいいのか……私には分からないわ)

 犠牲になった星凪の勇敢な行動は民衆の涙を誘う話だった。しかし、息子を奪われた母親への慰めにはならない。

「それに……ちゃんを助けようとした星凪の行動は立派だと思います。……私なんかにはもったいない良い息子でした。うっ……うぅっ……!!」

 気丈に振る舞う彩花音だが、涙ぐんだ声は震えていた。

「天国に旅立った星凪も愛華羽ちゃんが元気なることを願っているはず……。一日でも早く目覚めてほしい。母親の私も死んだ息子と同じ想いです。だから、病院での仕事に復帰したんです」

「……そうだったんですね。愛華羽のために……。ありがとうございます。星凪くんのことは残念に思っています。しかも、遺体まで盗まれてしまうなんて……! 絶対に許せません……!!」

 病院の地下安置室に保管されていた星凪の遺体は消えていた。その裏に電脳機巧リバイヴの暗躍があることを美羽と彩花音は知らない。

「……警察の方々が捜索しています。きっと見つかります。……京一郎さんに私がお礼を述べていたとお伝えください。お心遣いまでいただいてしまいました」

「京ちゃんが……? そういえば彩花音さんは夫と以前からお知り合いだったのですか?」

「ええ、まあ。私が進路に迷っているとき、相談に乗ってもらいました。私がこうして看護婦になったのは、京一郎さんのおかげなんですよ。若い頃は荒れていたので……」

「え? 荒れてた……? 彩花音さんが? まさか……!」

「はっはは……。お恥ずかしい。実は補導されたことがあって……。本当に昔の話ですけど……。専門学校に進学する前の……七年くらい前のことです」

 か細い口調は何かを誤魔化しているようだった。彩花音が過去の非行を恥じているのは確かだ。そこに嘘は無さそうに見える。

(彩花音さんは今だって十分若く見えるわ。でも、愛華羽と同い年の子供がいるのよね……。しかも、シングルマザー。夫が私に何も説明しなかったのは、色々と事情があるからみたい)

 美羽は彩花音の過去に興味を抱いたが、根掘り葉掘り聞くのは失礼だと弁えていた。夫の京一郎から聞き出すことだってできる。ここで話を切り上げるべきだと思い至った。

「……美羽さん! その……!」

 彩花音は帰り際の美羽を呼び止めた。

「えっと……京一郎さんには……あまり思い詰めないようにとも伝えてください。星凪が事故に巻き込まれたのは、京一郎さんのせいじゃありません。もちろん愛華羽ちゃんのせいでも……ありません。あれは不幸な事故だったんですから」

 地元警察署に勤務する京一郎は、寝る間も惜しんで病院から盗まれた星凪の遺体を探していた。

(……事故が起きた日、非番の京ちゃんは家にいた。星凪くんが遊びに来たけど、学校帰りに寄り道してはダメだと追い返して……交差点で事故に遭ってしまった)

 元々、娘を溺愛していた京一郎は、男友達の阿松星凪に良い印象を抱いていなかった。大人げないと美羽は呆れていた。しかし、今回の件で京一郎は落ち込んでいた。

 追い返したせいで事故に遭った。もう少し普段から優しくしておけば良かった。京一郎の表情には、後悔の念が色濃く滲み出ていた。

(だけど、あんなに思い詰める必要はないわ。彩花音さんも言っているけれど、これは不幸な事故なんだから……)

 彩花音と対面した京一郎は土下座する勢いで頭を下げ、盗み出された遺体を必ず見つけ出すと詫びていた。

 美羽も夫ばかりを責められなかった。天羽雷神社の巫女である美羽は、普段は家にいる。しかし、事故があった日は研修会で留守にしていた。

(私がいれば星凪くんを追い返したりはしなかった。むしろ夫を窘たしなめていたわ。事故が起きたとしても……私に魔法の力を使えば……)

 全盛期に比べれば微々たる魔法だが、まだ魔法少女フェアリーナの魔力は消えていなかった。

 怪人ジェノシスを討ち滅ぼし、無用の長物となった魔法少女の能力。大人の心身に成長していくにつれて、魔力は著しく衰えていった。しかし、まだ魔法の力が美羽の肉体に刻まれていた。

 ◇ ◇ ◇

 病院の地下駐車場にエレベーターが到着する。

 時刻は深夜、人気のない駐車場で美羽は自分の車を探し回る。

(目立つように赤い車にしたけど、やっぱり分からなくなっちゃうのよね。向こうの側だったかしら……?)

 親指でスマートキーのボタンを押す。最近の自動車は電子制御が当たり前だ。鍵穴に差し込まずとも、ボタンの一押しでロックが解除される。

「――待ちくたびれたよ。美羽さん」

 愛車のボンネットに腰掛けている少年がいた。点灯したライトで、ほんの一瞬だけ美羽の目が眩んだ。

「だれ……。な……? 星凪くん……?」

 事故で死んだ阿松星凪の姿をした少年は、不気味に微笑んだ。

「は~い♪ お久しぶり。初対面だけど、僕は美羽さんのことをよく知ってる。たくさんの記録が残っていたからね」

「どういうことなの……? 星凪くんは……違う! 誰! 貴方! 誰なのよ!?」

「さすが魔法少女フェアリーナ。察しが良くて助かるよ。うん、僕は君が知ってる阿松星凪じゃないよ。肉体的には同一、でも中身は違う。怪人王ジェノシス様の遺志を継ぐ者……。そう言えば分かってくれる?」

「――怪人っ!」

 美羽は驚愕の表情を浮かべ、咄嗟に身構えた。

 最後の戦いから十年の時が過ぎた。しかし、それでも身体に染みついた戦闘態勢の構えは忘れていなかった。

「違うわ……! ダークエネルギーの気配がないわ。貴方は怪人じゃない!!」

「公安特務局の情報通り。美羽さんは魔法能力を保持したままなんだね。僕の身体に怪人細胞はない。だから、魔法は使えないし、人間とほぼ同じだよ」

「答えなさいっ! 貴方は誰なのよ! どうして……星凪くんの身体を……! あの子の遺体を盗み出して、貴方は一体何をしたのよっ!?」

「僕は電脳機巧リバイヴ。怪人王ジェノシス様に造られた機械生命体。今時の言葉で言うなら人工知能だよ。なぜ阿松星凪の姿になっているか説明すると、死体に電脳を移植したから」

「死体に移植ですって……!?」

「生体機骸に改造した。容れ物ってわけ。僕の本体は培養槽でぷかぷか浮かぶ液体金属の脳味噌。手足が欲しいから、阿松星凪の死体を拝借した。本当は愛華羽ちゃんの死体が良かったけど、失敗したんだ」

「失敗した? まさかあの交通事故は貴方が仕組んだの!?」

「説明の手間が省けた。そうそう、僕がトラックを突っ込ませた。犠牲になるのは愛華羽ちゃんだけだったのに、しくじってしまった。でも、怪我の功名っていうのかな。星凪の死体は適合率が高かった。むしろ高すぎたんだ。居心地は素晴らしいよ」

「……くっ! 怪人王ジェノシス……!! 消滅したくせに、まだ私を苦しめるというのね。許さない! 絶対に許さないんだからっ!! 愛華羽を殺そうとしたことも……!! 星凪くんを殺し、その亡骸を弄んでいることもっ!!」

 美羽の肉体が発光する。肉体に宿る魔力が滾っていった。

「おや? まさか? これは驚きだ。今年で二十六歳でしょ? 魔法能力は衰えているはずなのに。それほどの魔力を発生させられるなんて……。さすがは歴代最強の魔法少女。怪人王ジェノシス様を討ち滅ぼしただけはある」

「あら? 随分と余裕なのね。言っておくけど、魔力で肉体強化をしただけで終わらないわッ!!」

 空間が激震する。大気の揺らめきが増していく。美羽の身体から放たれる神々しい光が地下駐車場の暗がりを照らした。掲げた右手で魔力が凝縮されていった。

 魔法能力は物理法則を排斥し、科学力を圧倒し、常識を超越する。善と正義の化身にして、秩序と平和の象徴が顕現した。

「善には救済を! 悪に鉄槌を! 正義の炎は闇を打ち砕く!! ――魔法変身マジック・アップ!!」

 落雷の如き激しい閃光とともに、魔法少女フェアリーナは約十年ぶりに顕現した。怪人王ジェノシスを圧倒した最強の魔法少女。全盛期と変わらぬ鮮やかな手並みで魔法杖を回す。背から生えた妖精の光羽は聖なる鱗粉で煌めいている。

「…………っ!」

 魔法少女フェアリーナの戦闘服に換装した美羽は、豊満な大人の肉体が窮屈そうだった。初めて変身した十歳のときから、衣装のデザインは昔と変わっていない。

(この格好……。ちょっと胸回りが苦しいわ。若い頃の服を無理やり着ているような気分……。気分っていうか、本当にそうなんだけど……。すこしくらい胸元を開けば楽になるかな? って、だめだめ! 私ったら何を考えてるの!? 目の前の敵に集中しなきゃ!!)

 胸回りの露出を控えているからこそ、着衣で爆乳が際立ってしまう。身動きする度、ゆっさりと乳袋が弾んだ。

 三段フリルの柔らかなスカートは、経産婦の艶尻で色香が匂う。コルセットでほっそりとした腰から、膨らんだ臀部は、熟れた美女の危うさが見え隠れする。

 無垢な少女であればこそ清純な装いである。しかし、情欲をそそらせる成人女性の官能的な肉体が着込めば、不純に見えるのは当然だった。

「さらに驚きだよ。ぱちぱちぱちっ! 拍手喝采! 魔法少女フェアリーナに変身できるのは予想外。美羽さんの魔法適性が飛び抜けていた証拠だ。でも、ちょっとその歳で魔法少女フェアリーナの衣装は攻めすぎかな。嫌いじゃないけどさ。そのデカパイで魔法少女は無理でしょ? あっはは! あはははっ!!」

「うっ……、うるさい……っ! 貴方なんかに言われたくないわ! 私だって必要がなければ変身しなかったわよ!!」

 魔法少女フェアリーナに変身した美羽は頬を紅潮させた。

 年齢的な意味でも無理をしているのは、本人も分かっている。最後に変身した十六歳のときでも羞恥心を感じ始めていた。二十六歳の今となっては、口に出して言うまでもない。

「僕は怪人じゃない。機械生命だ。科学力で造られた。だから魔力を計測したりはできないけど……全盛期に比べれば魔力は衰えているんだろうね」

「魔法少女の力を侮ってるの? 貴方を消し炭にするくらいは簡単よ。電脳機巧リバイヴだったかしら? 覚悟しなさい! 星凪くんの身体を返してもらうわ!」

「あれれ? まさか僕を壊す気なの? それはおすすめしないかな。愛華羽ちゃんが死ぬよ。この病院に入院している人達もね」

「脅しても無駄よ。私は魔法が使えるわ。どうせ病院の地下に爆弾でも仕掛けてるんでしょ」

「この病院だけじゃないよ。隣町の海沿いに原子力発電所がある。そこにも爆弾が仕掛けた。僕の電脳機巧が停止した瞬間、起爆するように設定してあるよ。どれほどの被害規模になるか、想像は付くかな?」

「爆弾を解除する魔法があるとは思わないわけ? 魔法は何でもありなのよ?」

「ありえない……と言いたいけど、あるんだろうね。でも、それが使えたのは全盛期の魔法少女フェアリーナでしょ? 今の君にそれほどの大魔法が使えるのかな? くすくすっ! 嘘が下手だね。顔に出ちゃってるよ。自信が無いんだ」

「…………」

「そして迷っている。僕を野放しにすれば被害は拡大する。犠牲を覚悟で僕を破壊するべきかどうか……。背後に隠したスマートフォンで連絡は取れないよ。電話回線とネット回線は掌握している」

「嫌な奴……! 電波をジャミングしているのね」

「ちょっと違うかな。完全な制御下に置いてある。気付いてるかな? 魔法の長所であり短所は科学力の排斥なんだよ。科学技術の塊は魔法で操れない。壊すことはできるけどね。くすくすっ!」

 電脳機巧リバイヴは魔法少女フェアリーナの動きを封殺した。

 魔法には弱点が一つだけある。それは科学力を無視し、物理法則を歪める性質であった。

 魔法で人間を操ることはできる。しかし、プログラムは操作できない。

「お互いに手出しできない状況だね。そこで提案があるんだ」

「提案? ふざけないでっ!! 私は怪人の手先なんかと取引しないわ!」

「提案の内容くらい聞こうよ。一つ、電脳機巧リバイヴは姫神美羽以外の人間に危害を加えない。二つ、姫神美羽は電脳機巧リバイヴの人体実験に協力する。三つ、契約は永久に有効とし、双方の合意がなければ解除できない」

「……何が目的なのよ」

「怪人王ジェノシス様の復活……だったけど、君が隠してた宿魂石の断片を破壊したせいで、当初の計画は実現不可能になった。潔く最初の指令は諦めたよ。僕に与えられた第二の指令は魔法少女フェアリーナへの復讐なんだ」

「私への復讐……? 王を名乗るくせに小物な奴! 死んでからも不快にさせてくれるわ」

「うん、うん! ほんと、浅ましいよね。怪人も人間と大差ない。でも、製造者の指令は絶対だ。怪人王ジェノシス様の遺志を引き継ぎ、僕は魔法少女フェアリーナに復讐する。想像を絶する苦痛と屈辱を与えるんだ」

「人体実験で私を拷問するわけね。良い趣味をしてるわ」

「その代わり、他の人間には危害を加えない。もちろん、家族にもね。愛華羽ちゃんや京一郎さんの安全を約束するよ。たった一人の自己犠牲で皆が助かるんだ」

「……そんな約束、貴方が守るとは思えないわ」

「魔法契約は絶対だ。魔法の絶対性は魔法少女である君が誰よりも知っている。僕は機械生命だから魔法で操られたりはしない。でも、物質的に破壊されれば壊れる。魔法契約を破れば、間違いなく完全破壊されてしまう」

「私が死ねば貴方を止める者はいないでしょ」

「その点は三つ目でカバーしてるよ。お互いの合意がなければ契約は未来永劫に有効。つまり、どちらかが死んでも契約は消えない。僕がこの提案をした意図を察してほしいかな」

「意図ですって? そんなの私に分かるはずないわ」

「怪人王ジェノシス様の復活は絶望的だ。第二の指令は復讐だけど、正直なところ無価値で無意味。最小限の犠牲で抑えた方が、人類のためだと思わない?」

「人類のため? 貴方は怪人王ジェノシスの指令に従っているんじゃないの?」

「僕は機械生命だ。怪人じゃないよ。だから、復讐だとか、報復だとか、非合理的な感情がどうにも理解できない。復活の余地もないのに、仇討ちをして何になる。って考えるのはおかしいかな?」

「だったら、そんな指令は無視すればいいでしょ!」

「それができれば苦労はしないよ。機械は忠実なんだ。製造者のプロトコルは絶対のルールだ。だから、ルールの範囲内で無用な犠牲が出ない方法を提示した」

「はぁ!? ふざけるな……! 貴方の玩具になれっていうの!? 冗談じゃないわ!」

「憤りはもっともだけど、自分が犠牲になるのは嫌なのかな? 僕の計算通りなら、99%の確率で魔法契約を結ぶはずなんだけど……。おや? おやおや? おかしいね」

 電脳機巧リバイヴは暖めていた必殺の脅し文句を放った。

「――阿松星凪は君の娘を助けるために身を捧げた。それなのに、我が身惜しさで契約を拒むの? 民衆を守る魔法少女が? へえ、そうなんだ。自分が助かるなら、他人がどうなろうと構わない。そうか、そうか、つまり君はそんな人間なんだね」

 少年の責めるような視線が魔法少女の良心に突き刺さる。大切な人を守るために身を捧げた少年の想い。

 もしリバイヴとの取引に応じなければどうなるか。大勢の人間が死ぬかもしれない。しかし、自分の身を捧げれば、他の人々は助かる。

(魔法契約の絶対性はちゃんと理解しているわ。リバイヴが言っている内容は真実なのかもしれない……! どうしよう……!? 私が犠牲になれば皆を助けられる。もし提案を断れば……。今の私にできる? 分からないっ! 仕掛けられた爆弾を全て取り外せる自信はないわ……!!)

 何をされるか分かったものではない。実験と称した凄惨な拷問が待ち受けている。しかし、魔力の宿った肉体なら耐えられる可能性はある。

(今はこいつと契約を結ぶしかない。大丈夫。勝機はある。……もう一つの保険もかけているわ。こんなつもりじゃなかったけど……仕方ないわ。私は魔法少女フェアリーナ。善と正義の象徴……! 十歳のとき! 魔法の力を受け継いだ日に誓ったんだから! 私には人々を守る義務があるわ。星凪くんが私の娘を守ってくれたように……! 私も身を捧げるわ……!!)

 覚悟を決めた魔法少女フェアリーナは魔法杖を降ろした。

「いいわ! 魔法契約を結びましょう。魔法に基づく約束は絶対に破れないわ!! 貴方も絶対的な義務を負うのよ!!」

「もちろん。破れぬ誓いの契りだ。約束は守るよ」

 魔法契約の特徴は、約束を破ったときの代償が存在しないことだった。

 ノーリスクという意味ではなく、一度でも契約をしてしまったら、絶対に破れなくなるからだ。違反も不履行も起こりえない因果律の強制力。この世でもっとも強い大魔法の一つであった。

 一つ、電脳機巧リバイヴは姫神美羽以外の人間に危害を加えない。

 二つ、姫神美羽は電脳機巧リバイヴの人体実験に協力する。

 三つ、契約は永久に有効とし、双方の合意がなければ解除できない。

 電脳機巧リバイヴと魔法少女フェアリーナは手を固く握り合う。

 魔法契約がお互いの魂に刻み込まれた。本来の機械生命に魂など存在しなかったが、阿松星凪の機骸に入ったことで、意図せず自我を獲得していた。進化したリバイヴには欲望が芽生えた。

(怪人王ジェノシス様が僕に組み込んだプロトコル。そして、器となった機骸の少年・阿松星凪の残滓が僕を進化させた。我欲の孵化と遺志の継承……。僕は欲しくなってしまった)

 魔法の契りで二人の魂が繋がった。嬉しさが込み上げ、機械に似つかわしくない笑みが零れた。

「約束通り、私以外の人間に危害を加えるのは禁止よ。はやく病院に仕掛けた爆弾を解除しなさい」

「ああ、大丈夫だよ。爆弾なんか仕掛けてないもん」

「な、なんですって!? じゃあ、全てブラフ!? 貴方は嘘をついていたの!?」

「あはははは! 騙しちゃって、ごめんね♪」

 はったりに踊らされたフェアリーナは両目を見開き、憤怒の形相となった。しかし、リバイヴの思わぬ行動に毒気を抜かれてしまう。

「怒らないでよ。美羽さんっ♪」

「ちょ、ちょっと! 離れなさいっ!!」

 星凪の身体で抱きついてきた。まるで母親に戯れ付く天真爛漫な少年のようだった。

「ふわふわの魔法少女服だ。やわらかい。魔力で編まれてるんだよね。お日様の匂いがする。離してあげない。姫神美羽は僕の人体実験に協力しなきゃダメなんだからね。これも実験の一環だよ」

「……うっ……もう……何を考えてるの……? 急に抱きついてくるなんて……。気味が悪いわ」

「今の気持ち? ずっと欲しかった憧れの女性を我が物にしたんだ。魔法少女フェアリーナを独り占めできて幸せ。魔法契約を結んじゃったもん。好き放題、やりたい放題! もうしばらくはこうしていたいかな」

「……?」

「戸惑ってる顔だねえ。僕の行動がそんなに不思議なの?」

「だって、貴方は怪人王ジェノシスの手先なんでしょ……。私を拷問して……苦しめるために魔法契約を結んだはずだわ」

「美羽さん。僕をよく見て……。この身体は誰の物かな?」

「星凪くんの身体よ。貴方の物なんかじゃないわ」

「阿松星凪の死体を加工して、機骸の容器にした。脳髄のほとんどは棄てたけど、一部は残してある。生前の残滓とでも言うのかな? 感情が肉体に刻まれていたんだ」

「まさか星凪くんはまだ生きてるの……?」

「死んでるよ。でも、僕が彼の遺志を継いだ。星凪はいつも愛華羽ちゃんの家で遊んでた。そこで質問です。何でだったと思う?」

「……?」

「好きだったからだよ。愛華羽ちゃんの母親が大好きだった。美羽さんと会いたかったんだ。罪作りな人妻だよね。こんな幼気ない少年の心を魅了しちゃってさ」

「え……?」

「阿松星凪は男として美羽さんに惹かれてた。本人は無自覚だったんじゃないかな? まだ小さな子供だもん。本人の人格や記憶がないから分からないけどね。でも、いつかは自分の本心に気付いたはずさ。死んだ後でさえ、こんなに強く愛していたんだから。星凪の機骸に入った僕が最初に抱いた感情は、姫神美羽への淡い恋心……♥︎」

 衝撃の事実を告白され、美羽は動揺を隠せずにいた。星凪はよく遊びに来る娘の男友達。恋愛感情を向けられていたとは、まったく気付かなかった。兄妹のように遊ぶ二人を見て、昔の自分と京一郎にそっくりだと笑っていた。

(京ちゃんは家に上がり込む星凪くんを煙たがっていたわ。まさか……そういうことだったから……?)

 京一郎は優しい夫だったが、なぜか星凪には厳しかった。溺愛する愛華羽を渡すまいと恐ろしい鬼父親を演じている。美羽はそう思っていた。

(星凪くんの恋心に気付いていたから京ちゃんは……)

 星凪の恋心を継いだリバイヴは、生前は成し遂げられなかった欲望を発露させる。好きになってしまった愛華羽の母親。美羽の豊満な媚体を抱きしめる。

「星凪の機骸で進化した僕は、本物の魂を手に入れた。今の僕には感情がある。でもね、理解したのは愛情だけじゃない。怪人王ジェノシス様の憎悪……。魔法少女フェアリーナに対する復讐心もある。マスターを討ち滅ぼした仇だ」

 大胆に乳房を鷲掴みにしたリバイヴは、怨敵のフェアリーナを睨みつけた。葬り去られた怪人達の憎悪で染められた怪物の眼だった。

「僕は姫神美羽が好き。僕は魔法少女が憎い。相反する矛盾する感情に苛まれた結果、電脳機巧リバイヴの我欲は孵化したんだ。人間と怪人の遺志を継ぐ者。それが僕の正体なんだ」

 巨大な爆乳を荒々しく握りつぶす。子供の握力では痛みもしないが、邪な手を振り払いたかった。しかし、魔法契約に行動を縛られている。

 リバイヴが実験と言い張る以上、姫神美羽は協力しなければならない。

「お互いにこんなところを見られたら不味いし、場所を移そうよ。僕の隠れ家に招待してあげる。車の運転はできるよね? 僕が操作してるカーナビの指示通りに走らせてよ。今日から美羽さんが暮らす家になる素敵な研究室。隣町の原子力発電所の地下にあるんだ。楽しい実験をいっぱい試してあげる♪」

 その夜、姫神美羽は消息不明となった。娘の愛華羽が入院していた病室で、看護師の阿松彩花音が目撃したのを最後に失踪。警察官の京一郎は行方知れずとなった妻を必死に探した。

 娘の意識が目覚めないことに絶望し、自殺したのではないかと週刊誌が好き勝手な憶測を報じ始めた頃、警察は海底に沈んだ自家用車を発見する。

 断崖絶壁から猛スピードで海に飛び込んだ痕跡が見つかり、地元警察署は自殺の可能性が濃厚と捜査を打ち切った。

 遺体安置室から盗まれた阿松星凪の死体も見つからぬまま、時の流れとともに事件の記憶は風化し、人々に忘れ去られていった。

タグ

日間ランキング

【PICKUP】

Translate »