2025年 2月10日 月曜日

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〈魔法と奇跡のミスティリオン ~最強を喰らう最弱の聖導士~〉【14話】データクリスタルの国家機密

短編小説魔法と奇跡のミスティリオン〈魔法と奇跡のミスティリオン ~最強を喰らう最弱の聖導士~〉...

「――不埒者ふらちもの。祈りなさい。今の貴方にできるのはそれだけです」

 シオンに浴びせかけられた折檻の言葉は痛烈だ。ジェルジオ伯爵城の冷たい床に正座していると足先が痺れてくる。

「ルフォン先生⋯⋯。おかしい! こんなのおかしいです!」

 抗議の声を上げるが、ぴしゃりと撥ねのけられる。

「おかしいのは貴方の倫理観ですよ。シオン」

「俺が襲ったんじゃない! 襲われたのが俺なんですってば!!」

「⋯⋯⋯⋯」

「被害者は俺なのに! なんで⋯⋯どうして⋯⋯! そんな生ゴミを見るような目で俺を⋯⋯!! ううう⋯⋯。あんまりだ! こんなの理不尽だぁ!!」

「黙らっしゃい。普段の素行が悪いからこうなるのです」

「レイナード達が助けてくれなかったんです! あいつらが悪い! 俺は助けを求めたんだ! なのに、あいつらはドアをそっ閉じしたんだぜ!? 信じられます!?」

 シオンはレイナードを指差した。騎士達は笑っているが、シオンからすれば笑い事では済まされない。

 ロザリーを孕ませてしまったかもしれないのだ。

「悪かった。さっきから何度も謝ってるじゃないか。でも、俺らにも言い分はある。どう見ても、あれは⋯⋯あれだったんだ」

「どんなだよ! の間違えだろ!?」

 我慢ならなかったシオンは、半笑いで反省の色が見えないレイナードに飛びかかった。

「うぉ⋯⋯!? やめろって。俺らはてっきりお楽しみ中かと思ったんだ。そもそも作戦は『高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処して魔女を捕まえちゃおうぜ大作戦』だったろ? まさかシオンが襲われてるとは思わなかった」

「嘘つけ! 酒飲んで判断能力が低下してたんだろ! レヴィアは俺をちゃんと助けてくれたぞ!!」

「こら、やめろ。じゃれつくなって。俺は女じゃないぞ? エロ坊主」

「うるせー! 今までの恩を仇で返しやがって! 誇り高きジェルジオ伯爵家の騎士がやることかーー!!」

「おいおい。シオンはそれを言える立場か。清廉なる聖職者がどれだけの女と寝てるんだよ?」

 醜い責任の押し付け合いが始まる。

 ルフォンは大きな溜息を吐き出した。

「高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に⋯⋯? 何ですか? その国家を半壊させそうなふざけた作戦名は?」

「作戦の命名者はレイナードだ!」

「計画の発案者はシオンとアイリスですよ。ルフォン先生」

 レイナードは暴れるシオンを軽くあしらう。騎士の訓練を受けたプロの戦闘員が、小さな子供に負けるなどありえない。そもそも喧嘩にすらなっていなかった。レイナードは片手でシオンの頭を押さえている。

「やれやれです⋯⋯。魔女の捕縛は、アルヴァンダート卿に任せておくべきでしたね。時間は掛かったかもしれませんが、ここまでこじれた問題は起きなかったでしょう」

 心底呆れた。そんな様子のルフォンは両肩をすくめる。

 ベッドに横たわるロザリーは、寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。魔法で膣部を洗浄し、緊急避妊の魔法薬を摂取させた。一向に目覚めないのは、魔力切れによる疲労困憊のせいだ。

「彼女の治療は終えています。しかし、今後がどうなるかは大聖女様の御心次第でしょう」

「ちょ! ルフォン先生? その意味深な発言は⋯⋯?」

「命に別状はありません。別の意味です」

 ロザリーは軽傷だった。呪詛魔法を解除しなければ、魔力枯渇後に生命力も奪われていただろう。しかし、そうなる前にシオンが祓った。

 魔法医のルフォンが言及は、ロザリーの胎に関する診断だった。こればかりは一流の医療者でも分からない。

「えぇ⋯⋯それはそれで⋯⋯ちょっとぉ⋯⋯。困る⋯⋯ぜ⋯⋯?」

「そうなったときは、二人でよく話し合われることです」

「⋯⋯⋯⋯。大人の助けがいるんじゃないか? チラッ! チラッ! 心優しくて、見識ある大人が助けてくれたらなぁ!!」

「こんな時だけ子供扱いはしませんよ。伯爵様と奥方は、お城が賑やかになるとお喜びになるかもしれません。しかし、素行不良児と闇魔法使い⋯⋯。どちらにも似ないことを祈るばかりです」

 突き放すような無慈悲な返答にシオンは焦る。ベッドで眠るロザリーが目覚めたら、どんな反応をするだろうか。自分で調合した媚愛の恍惚薬ラブ・ハイポーションとはいえ、薬瓶が割れた原因はシオンの不注意だ。

 行為時の記憶を覚えているかは怪しい。

 ロザリーは知らぬ間に処女を喪失し、シオンの子胤で孕んでしまった。そんな事実を突き付けられたら、どんな反応を示すだろう。シオンには予想もつかない。

 それもそのはずだ。シオンとロザリーは出会ったばかり。お互いのことを全く知らない。

「避妊の魔法薬を使ったなら大丈夫なはずじゃ? そうだよね? ルフォン先生は優秀な魔法医だろ!?」

「⋯⋯⋯⋯」

「いえ、そうですよね? ルフォン先生? 先生!? 助けてください! お願い! この通りです!!」

 焦燥に駆られたシオンは、ルフォンに媚びを売り始める。

「シオン。私が彼女に飲ませたのは避妊の魔法薬です。精子の活動を止めることはできるでしょう。しかし、受精卵になっていたらもはや手遅れです。受精卵になっても着床しなければ妊娠には至りませんが⋯⋯」

「受精卵⋯⋯? たしか同じようなことをレヴィアも言ってた」

 ジェルジオ伯爵城に帰る道すがら、レヴィアは難解な説明を聞かせてくれた。

 人間をどの段階で人間と定義するか。すなわち、生命と魂魄の始まりをいつとするかの問題だ。

 大聖女が定めた教会の経典、そして人類魔法体系では、受精卵の段階で「人命」が始まるとしている。

「レヴィアさんの言葉は真実です。いいですか? はこの世に存在しません。新たな魂が胎に宿ってしまったら、魔法では堕胎できないのです」

「中絶は経典で禁じられてる。戒律に反するし、反倫理的な行為だ。そんなことはしない。俺は腐っても聖職者だ」

 教会は堕胎を認めていない。どのような経緯で宿った赤子だろうと、無辜むこの魂は守られる。聖職者が堕胎を推奨したり、施術費用を肩代わりしたり、それらに類する行為をした場合、破門が言い渡される。

 淫行に溺れる破戒的な聖職者だったとしても、この戒律だけは守らねばならない。

「はぁ、普通は腐らずに聖職者を目指すべきですよ。シオン」

 読師見習いでも、教会の聖職者には違いない。ロザリーが孕んでしまったら、シオンは父親になる義務が発生する。

「⋯⋯でも、人を殺める魔法はないって? それは間違ってるよ。俺の祓魔で呪詛魔法を消さなかったらロザリーは死んでたぜ? 今までの魔法だってそうさ。人を死に至らしめる危険な魔法はわんさかある」

 教会の聖職者が手を差しのばさなければ、死んでいたであろう魔法被害者は多い。ルフォンの説明にシオンは納得がいかなかった。

「私が言ってるのはです。間接的には人を殺めることができます。たとえば発火魔法ファイアで火炙りにすれば人間は焼死するでしょう。しかし、魔法の効力は、あくまでも火を出現させること」

「ん? んん? それ、屁理屈じゃないか? 首の骨を折ろうとしただけで、人を殺すつもりはなかった。そんな言い分が通っちまうよ」

 人命を毀損きそんする魔法は、この世に数多く存在する。

「人類魔法体系は理詰めの叡智です。たとえ呪いであっても直接的に生命を奪う効果はない。何が言いたいか、はっきり述べましょう。どこからが命かの定義は曖昧ですが、人類魔法体系においてはの時点でそうなります」

 人類魔法体系は大聖女が創始したとされる。人命をたっとんだ大聖女の魔法で、胎内の受精卵を破壊するのは殺人と見做される。

 無論、シオンが指摘した通り、抜け道はある。内臓を傷つける魔法の発動過程で受精卵が割れてしまった。魔法の主たる目的ではなく、間接的な被害で中絶が成立する。しかし、それは外道な手段だ。

 教会から追われる反倫理的な魔法使いでなければ、魔法による中絶や堕胎は引き受けない。

「そんなに出してないし⋯⋯。たぶん⋯⋯デキてないはず⋯⋯」

 震え声は、ますますか細くなった。不安げなシオンをよそに、レイナードは面白おかしく笑っている。

「帝都のお嬢様が知ったらブチ切れだな。逆鱗に触れて斬首刑になったら俺がスパッとやってやるからな。シオン」

「この野郎!! 誰のせいだと! もう我慢ならんぞ! 他人事だと思いやがって! うぉおおおおーー!! こんにゃろおおお!!」

 レイナードの騎士鎧をシオンはガチャガチャと叩いている。口汚く罵っているが、気にも止めていない。

「よせよ。女に飽き足らず、男にまで襲いかかるのか? きゃぁーー! やめてー! ふしだらな聖職者に襲われるーー! ぎゃっははははははは!」

「言ったな! こいつ!! 聖なる拳でご自慢の騎士鎧をヘコませてやる!!」

「やめとけ。シオンのへなちょこパンチじゃ、逆に怪我をするぞ?」

 騎士と見習い聖職者の喧嘩は第二ラウンドに突入した。周りの騎士達がはやし立てる。

 シオンが子持ちの父親になったところで、さもありなんと誰も驚かないだろう。激怒するのは帝都に旅立ったシャーロットくらいだ。

 若母になるかもしれないロザリーを同情する者もいない。危険な魔導具や魔法薬を無許可で売りさばいていた犯罪者。文字通り、自分でいた種だ。

 領地を騒がしていた魔女は捕まった。ジェルジオ伯爵家の騎士達は大いに満足していた。

「随分と騒々しいのう」

 アルヴァンダートが戻ってくる。ロザリーが所持していた品々の鑑定が終わったようだ。背後にはレヴィアの姿もあった。

 〈教会の聖導師〉と〈真なる魔法使い〉の二人が揃っている。ロザリーがどんな危険な物を持っていようと完璧に対処できる。誰もがそう信じて疑っていなかった。

「アルヴァンダート卿? なにかあったのですか?」

 ルフォンはアルヴァンダートの深い懸念を感じ取った。

 治療を優先したため、ルフォンはロザリーの所持品をほんの一瞬しか見ていなかったが、大したものはないように思えた。

 シオンの祓魔で、既にいくつかの魔導具は無力化されていた。しかも、一番危険な魔法が宿っていたのは、ロザリーの背中に彫られた刺青だった。ルフォンはロザリーの身体から、邪悪な魔法が剥がされたのを確認している。

「騎士達には退席してもらおうか。レイナード。すまぬが、お主は残ってほしい。軍事教育を受けた者の助けを借りたいのじゃ」

「はぁ。軍事教育ですか?」

「アルヴァンダート先生。この老け顔騎士は酔っ払いですよ。軍事教育なんか受けちゃいないと思います」

「シオンよ。レイナードは士官学校を出ておる」

「まじ? 賄賂わいろでいくら使ったんだ?」

「さすがにぶん投げるぞ」

「おわっ!? そういうのはぶん投げる前に言えーー!! うぎゃーー!!」

 投げ飛ばされたシオンをレヴィアが受け止める。巨大な乳房がクッションとなって、衝突の痛みをまったく感じなかった。

「ふぎゃ!」

「喧嘩はよろしくないですよ。シオン。少し落ち着きましょうか」

 レヴィアはシオンを抱きしめたまま拘束する。苦しくはないが、どう足掻いても絶対に脱出できない。巨女の胸中は柔肉の牢獄と化した。

 アルヴァンダートは他の騎士達が退出し、廊下で聞き耳を立てている愚か者を追い払ってから、レイナードに本題を投げ掛けた。

「レイナードよ。これの真偽を確かめてほしい。仮に本物であれば、絶対に口外してはならぬぞ」

 磨き上げられたダイヤモンド。最初は美しく施された加工で誤認したが、すぐに正体が分かった。

「石英結晶? 単なる水晶では?」

 鑑定眼を持ち合わせないレイナードでも、間近で観察すれば分かる。アルヴァンダートが持っている鉱石は石英だった。

 特段珍しい物質でない。日常生活の光源で活躍する結晶灯は石英が原材料となっている。どこにでもある、ありふれた鉱石だ。

「これは加工された石英水晶じゃ。微弱な魔法が込められておる。聖導師や魔法使いでなければ、見逃してしまうほどの弱い魔法じゃ⋯⋯。レヴィア殿」

 アルヴァンダートに頼まれたレヴィアは、複雑な魔法を発動する。抱きしめられているシオンは、強大な魔力が渦巻いているのを肌で感じ取った。

(すごい魔力だ⋯⋯。ロザリーなんかとは比較に⋯⋯。俺なんかじゃ分からないけど、シャーロットお嬢様やルフォン先生をも上回っている気がする)

 シオンの見立ては間違っていない。レヴィアが発動した魔法は、第六魔法の幻影イリュージョンに分類されている。石英のクリスタルに隠された秘密は曝かれた。

「――魔法暗号破壊エニグマ・デモリッション

 アルヴァンダートの掌にあるクリスタルは、立体映像を投影し始める。

「これはデータクリスタルじゃ。高度な暗号技術によって、そう簡単には見破れぬ代物となっているのだ。正しい起動方法を知らなければ、レヴィア殿のように無理やり魔法で秘密を曝くしかない。さて、これを見てレイナードはどう思う?」

「⋯⋯これは⋯⋯待ってください。なんですか? これ?」

 レイナードは酷く困惑している。狼狽とさえ表現できる。

 投影された立体映像を読み解けているからこそ、取り乱してしまった。

(なんだ? レイナードの様子がおかしい。レヴィアのせいで声しか聞こえない。俺もちょっと見たいんだけど⋯⋯)

 何が映し出されているのか気になったシオンは、上半身を捻ろうとする。しかし、レヴィアの拘束力が強まり、乳間に頭部を挟み込まれてしまった。

(見えない⋯⋯。声も聞き取りづらくなった。レヴィアのデカパイから心臓の鼓動音が聞こえる⋯⋯)

 レヴィアはシオンに見せるつもりはなかった。データクリスタルに隠されていた秘匿情報は、ごく少数の人間だけが知っているべきもの。賢明なアルヴァンダートの意見にレヴィアも賛成した。

「ありえない。これは⋯⋯あってはならない! シュトラル帝国軍の軍事機密だ。指揮官だけが閲覧できる統帥綱領! 諜報部の協力者名簿! 帝国軍の編成や補給計画表まで⋯⋯! 信じられない」

「やはり本物じゃったか。儂やレヴィア殿も偽情報だとしたら出来が良すぎると結論づけた」

「本当の情報と照らし合わせなければ分かりようがないことですが⋯⋯」

「それはその通りじゃな。このデータクリスタルに詰め込まれた情報が全て正しいとは限らん。しかし、この場では些細な問題じゃろう」

「これは国家機密ですよ。絶対に漏洩してはならないし、そもそもこんな重要な秘密を一つのデータクリスタルに保存すること自体が異常だ!」

「うむ、まさしくその通り。正論じゃ」

「アルヴァンダート様、どういうことですか!? あの魔女がこれを持っていた? そうなんですか!?」

 データクリスタルに投影された情報は、指先で軽く触れると動かせる。シュトラル帝国の国家秘密が総覧できる。

 レイナードは恐ろしくなった。もし自分の口から情報が漏れてしまったら、祖国に取り返しの付かない損害を与えてしまう。震えた両足が後退った。

「持ち物に紛れ込んでおった。魔女はこのデータクリスタルの真価に気付いておらなかったようじゃ。扱いはガラクタ同然だったのう」

 アルヴァンダートはデータクリスタルを革袋にしまい込んだ。この場にいるシオン以外の視線が、ベッドで眠るロザリーに向けられた。

(俺も見たかったのに⋯⋯。ちょっとくらい見せてくれたって⋯⋯。でも、なんでロザリーがそんなものを持ってたんだ? まさか他国の諜報員スパイだった? そんなわけないな。俺とセックスしてああなるくらいだ。てか、レヴィアはいつまで俺を抱きしめてるんだ?)

 シオンは潔く抵抗をやめている。レヴィアがそろそろ離してくれるのではないか。そんな淡い期待を寄せた。

 

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