魔女ロザリー・クロスの父親は帝都の貴族だった。
優れた魔法の才能は父親からの遺伝だった。ロザリーが正妻の子供であれば、帝都の魔法学院に進学し、優秀な成績で卒業できたであろう。しかし、そうはなっていない。
ロザリーの母親は娼婦だった。貴族を専門とする高級娼婦。道端で客を取る売春婦よりは格上、と当人達は自負しているが、商売の女に上品も下品もない。母親が貴族の子種で妊娠し、女児を産んでしまったのは、身請け話に絆されたせいだ。
母親は娼婦から貴族夫人、ロザリーは貴族の令嬢となって、魔法学院で知識を学ぶ。四歳の誕生日を迎えるまでは、父親が語る話を信じきっていた。
ある日、貴族の父親は娼婦を捨てた。母娘の幸せはあっけなく終わった。
いくら高級娼婦とはいえ、金で体を売る卑しい女。帝都の貴族社会では認められない。世間知らずな御曹司も五年や六年もすれば、常識を身に付ける。薄情な父親は貴族の伝統を優先した。
若気の至り。当人はそう笑い飛ばしたという。しかし、母親とロザリーにとっては人生の破滅を意味した。
身請け話は反故にされ、手元に残ったのはわずかな手切れ金。この先、母娘が生きていく方法は一つ。
――自分達の体を売っていくことだった。
ロザリーの母親は絶望に耐えきれなかった。希望を与えられ、娘まで産んだ。しかし、愛した男を間違えた。
いつか貴族夫人になれる。そんな希望を抱かなければ、高級娼婦なりの幸せを掴めた。分不相応な幸福を夢見たばかりに、心を病んでしまった。
母親は身を投げた。一緒に落下したロザリーが死ななかったのは、皮肉にも父親から授かった魔法のおかげだった。
第一魔法は力学。魔力を浮力に変換する飛行魔法は、魔法を学ぶ者が一番最初に修得する業である。父親に教えてもらった飛行魔法で、ロザリーは玩具を浮かせて遊んでいた。
自分の体を浮かせたのは初めてだった。奇跡的に上手くいったというべきだろう。もし魔法が使えなければ、ロザリーは母親と一緒に落下死していた。
母親の死に顔は一生涯忘れない。その表情に刻まれていたのは恐怖ではない。悍ましい怨恨。父親にぶつけるべき憎悪がロザリーに向けられていた。
――お前も私を捨てるのか。
断末魔はそう叫んでいた気がした。ロザリーの母親は貴族を呪った。魔法を憎悪した。シュトラル帝国で、魔法は貴族の特権。魔法の才能に秀でいたロザリーは、貴族の血を引く女だった。
(おかしい⋯⋯! 間違っているわ!! なんで!? どうして⋯⋯? 他の国は平等に魔法を教えているわ。才能さえあれば、誰だって魔法使いになれる! 帝国は間違ってる。だから、正さなきゃいけない! 魔法は貴族の独占物じゃない⋯⋯! そうでしょ?)
己の爪で掻き毟った皮膚が痛む。背中から剥がれた刺青の箇所はもっと痛んだ。両目から溢れる澄んだ涙は、血を洗い流してくれる。
(下にある者は上にある者の如く! 上にある者は下にある者のごとく! 唯一無二の奇跡を果たすために⋯⋯!!)
父親に捨てられ、母親は自殺した。天涯孤独のロザリーは必死に生きた。第一魔法を独学で鍛えて、我が身を守った。どれだけ飢えに苦しんでも、たとえ犯罪に手を染めても、身体だけは売らなかった。
娼婦に身を堕とせば、運命に屈服する気がした。
神秘結社ドラゴノイドとの出会いは人生の転機だった。才能ある魔法使いに知識を授ける非合法ギルド。構成員になったロザリーは第二魔法を教わり、天生の才を認められて第三魔法の知識をも授かった。
それはまるで、ドラゴンが魔法を独占していた時代、偉大なる大聖女が人類魔法体系を広めた逸話の再現だった。神秘結社ドラゴノイドは平等に叡智を授けてくれる。組織への貢献度、魔法使いの才能。求められるのは、たったの二つだけだ。
(刺青が裏切り防止の呪詛? それが何だというの? 願いを叶える対価じゃない。貴族に忠誠を誓っても、奴らは何も与えてくれなかった。奪うだけ奪って! 弄ぶだけ弄んで! 飽きたら捨てる! そんな奴らに縋る家畜にはならない!)
自殺した母親のような奪われる弱者にはならない。ロザリーは力を欲した。貴族を圧倒する力。魔法学院に通わずとも、偉大なる魔法使いとなる道。たとえ、それが人の道から外れていても踏破する。
(善人ぶった聖職者の説教なんか聞きたくない! それとも叶えてくれるというの? 私の願いを!!)
ロザリーが調合した媚愛の恍惚薬は効果覿面だった。ベッドで暴れるシオンの四肢を上から押さえつける。喧しい口は丸めた下着を突っ込んで封じた。
「んぁっ♥︎ 痛っ⋯⋯♥︎ はぁ♥︎ はぁはぁ♥︎ あはっ♥︎」
初めてのせいで挿入に苦戦した。何度も何度も逸れてしまう。ロングスカートを着たままのせいで、狙いが定まらなかった。しかし、下手クソなセックスでも数打てば必ずいつかは挿る。
(繋がった⋯⋯♥︎ 純潔を破られてしまった♥︎ いいえ、私が自分の意思で捨てた♥︎ お母さんとは違うっ♥︎ 私は自分の意思で処女を終えたっ♥︎)
ロザリーは自分の膣内に押し入った異物を愛でる。処女膜を貫いた男根は抜け出そうと足掻いている。
「ん! ぎゅ! まずぃ! やめっ! ふぎゅぎゅぅっ!! たすけぇ!」
往生際の悪さを嗤ってしまう。互いの生殖器は交わった。純潔を失った膣穴から鮮血が流れている。処女喪失の痛みが子宮に響く。それでも止める気にはならない。
(あぁ♥︎ なんて快感♥︎ これがセックス♥︎ すごいっ♥︎ 奪っているわ。私が支配している! この少年を穢している♥︎ 貴族がお母さんを搾取したように⋯⋯!! 今は私がこの少年を犯しているっ⋯⋯♥︎)
本能的な獣欲にロザリーは従った。騎乗位でシオンを拘束しつつ、尻を上下に振り続ける。激しいピストン運動の勢いで、ロングスカートがひらりと浮かぶ。交合部は見えずとも、お互いに感じ合っている。
「はぁはぁ♥︎ 気持ちいい♥︎ すごいっ♥︎ すごく♥︎ 病みつきになるっ♥︎ セックスしゅごいぃっ♥︎」
ロザリーの涎が胸元に垂れる。シオンの抵抗はますます激しくなった。しかし、逃がしたりはしない。単純な体格と筋力では勝っている。組み敷いた姿勢を維持したまま騎乗位セックスを続けた。
そして、ついにその瞬間が訪れる。
「いっ♥︎ いぐぅっ♥︎ オチンポが私の奥にぃっ⋯⋯♥︎ くるっ♥︎ きちゃう♥︎ はぁはぁ♥︎ いいわぁ♥︎ ねえ♥︎ はぁはぁ。本当は出したいんでしょ? 私のオマンコで♥︎ やせ我慢してるんだ」
「ロザぃ! んっ! んぎゅ~~! んぐぅごっ! ん~~!!」
シオンは首を横に振る。媚愛の恍惚薬は強力な催淫剤であると同時に強制排卵剤である。薬効は避妊の真逆。摂取した女に膣内射精すれば、確実に孕ませてしまう。
「あぁっ♥︎ あぁぁっ♥︎ んあぁあああああああああぁぁぁぁっ~~♥︎」
子宮にどびゅどっぴゅと精子が送り込まれる。シオンが我慢を重ねただけ、特濃の精子が注がれた。
「あぁ♥︎ んぁっ♥︎」
うっとりと頬を赤らめて惚けたロザリーは身体の動きを止めて、射精の快感を味わった。取り返しのつかない事態に陥っているが、淫乱化したロザリーは後先など考えない。
「もう一回⋯⋯♥︎ まだ、もう一回したい⋯⋯♥︎ あと一回だけ⋯⋯!! いいでしょ? 付き合ってよ。あと一回だけでいいんだから? ね♥︎ さっきよりも気持ちよくなれるからぁっ♥︎」
口角を吊り上げた満面の笑みは、魔女と呼ぶに相応しかった。シオンは怯えている。次の一回で終わるわけがない。媚愛の恍惚薬に精神を支配されている間、ロザリーの淫行は続くのだ。
「あっ♥︎ あぁっ♥︎ あぁっ♥︎ んぁっ♥︎ あんっ♥︎ あぁっ♥︎」
◆ ◆ ◆
喘ぎ声を漏らしながら、ロザリーは肢体を揺さぶる。
乱れ舞った赤毛が夜風で靡く。若々しい娘は未熟な少年の身体を貪る。伯爵令嬢のシャーロットがシオンに見せた執着心と劣らない。
伸ばした舌先でシオンの肋骨を嘗める。
(くうぅっ。めっちゃ唾液をつけられてるっ⋯⋯。しかも、喉奥に詰められた丸めた下着が苦しい。あと、なんかしょっぱい⋯⋯うぅう⋯⋯。なんでこんなことに⋯⋯。やべえよなぁ。これやばいって⋯⋯。オマンコの中に出しまくってる。あの薬を飲んだ後で膣内に出したら⋯⋯。あれ? なんか、おかしい。涼しい? 風が⋯⋯? 窓は閉まっていたはずだぞ?)
抵抗を諦めかけていたシオンは異変に気付く。密室でロザリーの長髪が乱れているのはおかしい。窓がいつの間にか開いていた。
シオンは窓からの侵入者を視認する。背恰好が大きすぎるせいで、窓の格子に頭をぶつけた。大きな物音がしたが、ロザリーはセックスに夢中で気付いていない。
「⋯⋯⋯⋯」
困惑する侵入者は、シオンとロザリーを交互に眺める。そして、とても悲しい顔をした。
(待ってくれ! ちょ! 帰らないでッ!! なんで皆、帰っちゃうんだよ! 助けてくれよ! 和姦じゃないって!)
涙目でシオンは訴えかける。引き下がろうとした侵入者は、ジェルジオ伯爵家の騎士よりは察しが良かった。
「⋯⋯⋯⋯ッ!!」
「ん! んんぅうっーー!! たすっぎゅてぇ!」
身振り手振りで、シオンが助けを求めていると分かってくれた。
「――衝撃波!」
呪文宣告。澄んだ美しい声で唱えられた魔法は、ロザリーの前頭葉を揺らした。
第一魔法の力学は浮力や斥力を操る。石ころを浮かせたり、吹き飛ばせたりする。しかし、それは見習いの魔術師レベルだ。
凄腕の魔法使いであれば、衝撃波で内臓を攻撃できる。枝木を折る程度の微弱な斥力であっても、それを脳幹で引き起こせば人間は即死する。
言葉で説明するのは簡単だ。しかし、強大な魔力を持つ魔法使いであろうと実行は至難だ。魂魄が宿った人体は強力な結界である。しかも、内臓は視覚的には捉えられない。
「はぅっ♥︎」
ロザリーは脳震盪で気絶する。放たれた神業的な衝撃波は、的確な威力かつ正確な箇所に作用した。気絶したロザリーはパタリと倒れて、寝息を立てている。
「ふぎゅぅっ⋯⋯‼ んあ! んぎゅぐぎゅうう!」
シオンはロザリーの体重に押し潰されながらも御礼を言う。助けてくれた侵入者に伝わっているかは分からない。
「これはどういう状況です? 心配でいてもたってもいられず、様子を見に来てみれば⋯⋯」
レヴィアはシオンの口に詰め込まれていた下着を引っこ抜いた。
「ぜはぁぁっ! はぁはぁ! ありがとう⋯⋯。助かった⋯⋯! レヴィアが大聖女様の御使いに見えたぜ⋯⋯。げほっ! げほぉっ!! はぁはぁ⋯⋯。酷い目に遭った」
「襲われていたのですか?」
「そうだよ。見ての通りだ。うぅっ⋯⋯。こんなに無理やりされたのはお嬢様以来だ。汚された。もうお婿にいけない⋯⋯」
「なぜレイナードさん達に助けを求めなかったのです? 一階の酒場で会いましたが、シオンは夜戦の最中だと⋯⋯」
「なにが夜戦だ! あいつら! なあ、お願いだよ! レヴィア! ジェルジオ伯爵家のアホ騎士どもを魔法でカエルにしてくれっ!! あいつら、最低なんだ!!」
「本気ですか? ⋯⋯シオン、ごめんなさい。人間に危害を加える魔法は使いたくありません」
「⋯⋯いや、そんな真面目に返さなくても⋯⋯ね」
「嗚呼、良かった⋯⋯。冗談ですか?」
「うん。冗談だけど、奴らの返答次第では本気になっちゃうかもしれない」
「はぁ⋯⋯。そうですか。でも魔法の悪用はオススメしません。ところで、これは女性の下着ですが⋯⋯。口に含んでいた理由を聞いても?」
レヴィアが指先で摘まんでいるロザリーのパンティーは唾液塗れだった。
「それは⋯⋯。話すと長くな⋯⋯って! あ! やばぁい!」
「やばい?」
「レヴィア! すぐ息を止めて! この部屋は危険だ! やばいぞ! そこの床にこぼれた薬液は強力な媚愛の恍惚薬だ! 匂いを嗅いだら大変なことになる! はやく部屋の外に避難してくれ!」
「これですか。発情薬の類いですね」
「⋯⋯え? レヴィアに効かないの?」
「私にもシオンにも効きませんよ。これは」
「そうなんだ。てっきり男だけに効かないもんだとばかり⋯⋯。え、どういうこと? じゃあ、なんでロザリーはこんな状態に?」
「発情薬の材料には人体の一部が使われます」
「え、なにそれ。こわ」
「⋯⋯あっ、いえ、人体といっても、血液や爪先、体毛などです。臓器などは適していません」
「びっくりした。人間の腕や足を煮込む魔女鍋で精製したのかと思ったぜ⋯⋯」
「この発情薬を調合したのはそこの女性ですか?」
レヴィアはシオンの上で倒れているロザリーを指差した。
「うん。魔女のロザリー・クロス。そう名乗ってた。魔導具の密売をしてた魔法使いだよ。でも、おかしいな。媚愛の恍惚薬は女性を強制発情させるって言ってたぞ。違うのか?」
「効果はあっています。しかし、薬の材料を提供した人間にしか効き目がありません」
「あーそれって⋯⋯つまり⋯⋯調合した本人だけをエロくしちゃうけど、他の人間には⋯⋯」
「効果はありませんね」
「なんてこったい⋯⋯。きっとロザリーは自分の一部を材料に使ったんだ。調合を間違ってたな。間抜けな魔女だ。他人に売る気満々だったぞ」
シオンは気持ちよく眠っているロザリーを小突く。媚愛の恍惚薬はロザリーにしか効かない。そのことを本人は分かっていなかった。
「魔法薬としての出来栄えは良くありません。込められた魔力も半端です⋯⋯」
「無慈悲なダメ出し⋯⋯。俺にはよく分からねえけど、レヴィアがそう言うならそうなんだろうな」
「そこのロザリーという女性は、ルフォン先生のように魔法を正しく学ばれている方ではなかったのでしょう」
「大当たり。怪しげな闇魔法使いの集まりから、知識を授かってたみたいだぜ」
「神秘結社ドラゴノイドですか?」
「何にしても迷惑な連中だ。恐ろしい薬だぜ。ちゃんとした調合で、たとえば他人の髪とかを盗んで使えば⋯⋯良からぬ企みに使えちまうんだろ?」
「ご安心ください。それは無理です。発情薬は調合条件が指定された魔法薬。材料は自分の正当な所有物でなければなりません。奪ったり、盗んだりした素材を使ったら、薬効は失われてしまいます」
レヴィアの説明によると、調合素材は正当な所有物を使わなければならない。無理やり奪った素材を一つでも使えば、この魔法薬は効力を失うのだという。
「え? じゃあ、この薬って何の意味があるんだ?」
説明の通りなら、誰かを無理やり惚れさせたり、薬を盛ったりはできない。薬を調合するためには、正当な方法で素材を提供してもらう必要があるからだ。騙して受け取った場合でも、調合は失敗してしまうそうだ。
「そもそもこれは⋯⋯。その⋯⋯」
レヴィアは言いにくそうに言葉を詰まらせた。
「ん?」
「⋯⋯大昔に家畜を繁殖させる薬として開発されました。種付けで使われてきた歴史があります」
「家畜? 牛とか羊みたいな?」
「⋯⋯ええ。そうです。家畜であれば、所有者が体毛を切り取っても、正当に入手したと見做されます」
「なるほど。家畜は物扱いってことか。じゃあ、これ、普通は人間に使わない?」
「人間に使うとしても、自分用や依頼人の処方薬として、不妊治療くらいでしか用途が⋯⋯」
レヴィアの視線がロザリーのロングスカートに注がれている。シオンの下半身が上手い具合に覆い隠されていた。
「妊娠薬でもあるんだよな? あのさ。レヴィア。じゃあ、健康な若い女性が使ったら妊娠する確率ってどれくらい⋯⋯? 色々と事故って⋯⋯ロザリーに出しちゃってるんだ⋯⋯」
「出す⋯⋯出してる⋯⋯つまり⋯⋯そういう可能性が?」
「まぁ、つまり⋯⋯そういうこと⋯⋯」
「今すぐジェルジオ伯爵城に戻るべきです。ルフォン先生に避妊薬を調合してもらいます。膣内を魔法で洗浄すれば⋯⋯。とにかく受精する前であれば大丈夫です」
「聞きにくいんだけど、受精しちゃってたらどうなる?」
「受精卵が自然着床する確率は一般的に⋯⋯。いえ、こうして話している時間がもったいないです。とにかく急いでお城に帰りましょう」