【聖処女マーテルの懐胎】第四話 追放された大悪魔

 清貧を掲げるパルセノス修道院は朝夕の一日二食。健康を維持するには二食で十分。聖典は大食を戒めている。昼に休憩を挟んで、礼拝堂での講義を再開する。聖典を詩を詠みあげていたマーテルは異変に気付いた。

(寝息⋯⋯? 昼下がりですし、眠気に負けてしまったのね。講義が退屈だったかしら? 困りましたわ。もう一踏ん張りしてもらいま⋯⋯え⋯⋯?)

 上半身を机に突っ伏して眠っているのは、一人だけではなかった。二十人の生徒達が全員、惰眠を貪っている。

「これは⋯⋯? どういう⋯⋯こと⋯⋯?」

 聖女であるマーテルは眠気を感じていない。だが、未熟な修道女達が眠気に勝てず、意識を手放してしまったのだ。

「なっ⋯⋯!? この猛烈な邪気は⋯⋯!! 間違いないっ! 悪魔の仕業ですわ。パルセノス修道院の聖なる結界をどうやって⋯⋯? 聖天使ジョヴァンナ様の護りを突破できるほどの大悪魔が侵入したというの⋯⋯!?」

 悪魔が力尽くで結界を破ったのなら、マーテルはすぐさま気付いたはずだ。しかし、悪魔は結界をすり抜けるように、平然と入ってきた。

(あぁ、良かった。この子達は悪魔の邪気にあてられて、眠っているだけですわ。悪魔の魔法で欲望を煽られ、眠気に負けてしまったのね。まだまだこの子達も修行不足⋯⋯。ともかく元凶の悪魔を討ち滅ぼさねばなりませんわ⋯⋯!)

 数年ぶりの実戦だが、聖職者としての力量は衰えていない。むしろ静謐せいひつな環境で信仰心を研ぎ澄まし、聖なる力は増大していた。

「悪魔の気配は宿舎に⋯⋯! まさか悪魔の狙いはクロエさん⋯⋯!?」

 マーテルは駆け出した。宿舎の方角から感じ取った穢れは二つ。強大な邪悪は悪魔の者で間違いない。

 もう一つの小さな邪気は覚えがあった。パルセノス修道院に預けられたばかりのクロエだ。化猫の魔女に堕とされた女騎士の魂。異形化した身体を聖なる奇蹟で清めて、少しずつクロエは人間の姿を取り戻していった。

「クロエさん! どうか無事でいて⋯⋯! いま、助けに行きますわ⋯⋯!!」

 ◆ ◆ ◆

「ううっ⋯⋯。やってしまった⋯⋯。また、私は⋯⋯やってしまった⋯⋯!」

「やっちゃったねぇ? ふぅ。いっぱい射精できて大満足!」

「うわぁああああぁ⋯⋯! どうしよう⋯⋯!! ど、どうしようっ!!」

 クロエは大粒の涙をベットシーツの上にこぼしていた。子宮は悪魔の精液でたぷたぷだ。黒い陰毛が生えた膣から逆流した白濁液が漏れている。

「クロエって躁鬱が激しいよね。溜め込んで爆発しちゃう感じ。やらかした後、ふと冷静になって後悔する。魔界にいるときもそうだったよね。分かるよ。僕も射精した後で『冷静になって考えるとヤバくね?』って思うことあるもん」

「そっ、そういうレベルじゃないっ! あぁっ! あぁあぁーー! 私はなんてことを⋯⋯! また魔女墜ちてしまった!」

「魔女墜ちさせちゃった♪ てへぺろっ!」

「マーテル様のおかげで⋯⋯! やっと普通の身体に戻れそうだったのにっ⋯⋯!」

「えぇ~。猫ちゃんのほうが可愛いよ。ほら、『にゃん♥︎ にゃんっ♥︎』って、ぶりっ子しようよぉ~?」

 クロエは一気に不機嫌な顔になってシャイターンを睨みつけた。

「⋯⋯少し静かにしてください。何ですか? ぶりっ子?」

「はい⋯⋯。ごめん。ちょっとした冗談だよぉ⋯⋯! 悪魔ジョーク⋯⋯!」

「前々から言ってますけど、それ笑えませんから」

「本気にならないで⋯⋯!! 怒らないで⋯⋯!!」

 クロエが正気を取り戻したが、すでに後の祭りだった。聖女マーテルの奇蹟は砕かれ、子宮は大悪魔シャイターンの精子が元気に泳ぎ回っている。

(これからどうしよう。魔女化しちゃった⋯⋯。これ⋯⋯間違いなく妊娠もしちゃってる⋯⋯。私、また悪魔の子を産んじゃう)

 十回以上は膣内射精をされてしまった。気力が尽き、淫悦の熱が冷め始めたとろこで、クロエは自身の愚行を痛感した。

「ううぅ⋯⋯。シャイターン様⋯⋯! こうなったらちゃんと責任を取ってくださいッ! もう私は人間の世界じゃ生きていけません!」

「悪魔とセックスするのは重罪なんだっけ? 今どきさ、自由恋愛の禁止って⋯⋯笑っちゃうよ。人間社会は野蛮だよねぇ。多様性が欠けてるよ」

「そうじゃなくてっ! 私っ! 捕虜交換でこっちに送り返されてから大変だったんです! 私がどんな目に遭ったか⋯⋯! 恥ずかしくて死にたくなる毎日でした」

「え? アナルセックスよりも恥辱だったの? 『これ以上の屈辱はないっ!』キリッって前に言ってたよね?」

「笑い事じゃありません! 私、とても怒ってます! ずっと手元に置くってあれだけ言ってたのに、『いろいろあったから人間の世界に帰ってくれない?』って酷すぎですよ!」

「⋯⋯ごめん。悪かったとは思ってる。ほんとだよ? がちのまじで」

「パルセノス修道院に身を寄せて、人生の再出発をするはずだったんですよぉ⋯⋯。はぁ⋯⋯もう終わり、なにもかも⋯⋯! 私の人生終わり⋯⋯!! やっぱり戦場で討ち死にしてればよかった⋯⋯!」

「まあまあ、そんな悲観的にならず。僕のオチンポでもしゃぶって落ち着いたら?」

「⋯⋯シャイターン様!」

「ごめんってば⋯⋯。もう茶化さないよ」

「私を魔界に連れ帰ってくださいっ! 誘拐して⋯⋯!」

「おぉ! 誘拐! なんかロマンチック!」

「もう愛人でも性奴隷でも何だって構いません! 私はもう人間社会では暮らしていけないっ⋯⋯! いくらお優しいマーテル様でも⋯⋯。悪魔とセックスして魔女化した私をみたら、きっと見捨てる⋯⋯!」

「男子禁制の女子修道院で悪魔とド派手に淫行だもんね。慈悲深い聖女でも助走をつけてぶん殴るね。これはもう破門どころじゃ済まないよ」

「もう破門されてるんですっ! 悪魔の子を産んじゃったから! 私っ! 魔女墜ちしたせいで、騎士団での功績も抹消されたんですっ!!」

「そうなんだ。ご愁傷様だね。どんまい」

「他人事みたいに済ませないでください! シャイターン様のせいです! 今度こそ、ちゃんと責任取ってください!!」

「取る、取る~。僕は責任感の固まりみたいな大悪魔だよ?」

「⋯⋯あと私の息子は元気ですか? クシャラは⋯⋯その⋯⋯寂しがったりしてません?」

 クロエは魔界に残してきた息子のクシャラを想う。悪魔の子だが、腹を痛めて産んだ我が子だ。母親としての愛情はあった。

「乳母がちゃんと面倒を見てるよ。僕はこれでも辺境伯だよ。部下達だって優秀なのだ。えっへん!」

「⋯⋯奥さんに領地経営は乗っ取られてるじゃないですか」

 辺境伯シャイターン。魔界で随一の領土を保有する大悪魔だが、実権は妻に奪われていた。優秀な臣下が揃っているのは事実だ。しかし、家臣団は大淫婦ジャンヌの命令で動いている。

「結婚する前はジャンヌもお淑やかだったんだよ。女って恐いね。まさかあんな豹変をするとは⋯⋯。結婚は人生の墓場だって言うけれど、悪魔の場合も同じだった。婚姻契約は考えて結ばないとね。はぁ。一時の性欲は身を滅ぼす⋯⋯ってことかなぁ」

「⋯⋯浮気相手の私にそれを言うんですか?」

「ちゃんと浮気許可は取ってるよ。愛人との遊びは許容範囲なの。本気になったら僕か相手を殺すって言ってたけどさ」

「⋯⋯だから、私の前でそれを言うんですか?」

「細かいことを気にしてると人生で損しちゃうよ?」

「現在進行形で大損している最中なのですが⋯⋯?」

「そんな顔しないでよ。嬉しかったでしょ。僕が迎えに来たとき」

「それは⋯⋯そう⋯⋯にゃぅう⋯⋯♥︎」

「あぁ、良かった。ほっぺたが真っ赤だ。惚れた弱みだねぇ。くふふふっ! クロエに拒絶されたら、どうしようかと思ってたよ」

 クロエはシャイターンを突き放せなかった。生まれて初めて、ありのままの本心を打ち明けた相手だった。迎えに来てくれて、嬉しかったのは嘘偽りない本心。クロエは魔界に残してきた息子のクシャラが気がかりであったし、シャイターンにも未練があった。

「パルセノス修道院の院長は聖女マーテル様です。気付かれる前に逃げないと⋯⋯討滅されてしまう。もしかしたら魔女化した私も⋯⋯。早く逃げましょう!」

「そうなんだよね。逃げなきゃ不味いわけだけど、どこに逃げたものかな」

「どこって魔界の領地でしょ! 腐っても辺境伯!」

「失礼なぁ。腐ってないよー」

「シャイターン様は大悪魔で領地持ちなんですから! はやく私を連れて行ってください!」

「それがさぁ⋯⋯僕ね、魔界を追放されたんだよねぇ」

「はぁ!? 追放⋯⋯!?」

 困り顔で腕組みをするシャイターンは、クロエに衝撃の事実を告げた。

「なんで!? いったい何をしでかせば大悪魔が魔界を追い出されるんですか!?」

「捕虜交換の一件でさ。魔神王が勝手に引き渡す約束をしちゃったじゃん。僕の愛人であるクロエを⋯⋯それで⋯⋯我慢できなくてさ⋯⋯。悔しかったんだ」

 真剣な面持ちでシャイターンは語る。怒鳴りつけてしまったクロエは唇を噛んだ。

「まさか⋯⋯私のために? 魔神王に反逆したというのですか⋯⋯?」

「うん。そうなんだ。ムカついたら、魔神王の正妃リリス様を寝取ることにした」

「ん? え? はにゃ!? 寝取る!?」

 シャイターンが何を言っているのか、クロエは理解できなかった。否、脳が理解を拒絶した。

「戦争狂いだから、あいつっていつも戦場じゃん。きっと奥さんは夜の営みがなくて退屈してるなぁと思ったわけ」

「⋯⋯? にゃ? にゃにゃ!?」

「ガードはきつかったよ。そりゃ魔神王の妻だもん。リリス様は『妾はセックスなんか興味ありません』って性格の冷たい美女なのね。でも、僕ほどの悪魔であれば、狙った獲物は逃さない。一ヵ月もかかったけど、リリス様と不倫関係になった」

「はぁ!? にゃしてるんですか!?」

 魔神王の正妃リリスと姦通。もちろん、魔界の大スキャンダルであった。

「最高のスリルだったね。魔神王ザマァ♥︎ って思いながら、リリス様の爆乳を揉みながら、膣内射精しまくったの。人類と不毛な戦争なんてしてるから、奥さんを寝取られるんだよ。ざまあ見ろ!」

「魔神王の正妃と不倫して⋯⋯魔界を追放⋯⋯? なんで!? なんでそう変な方向ばかり思い切りがいいのにゃ!!」

 思わずクロエはシャイターンの頬を叩いてしまった。女を泣かすのも、叩かれるのも、時には刺されるのも慣れっこなシャイターンは気にしない。

「もっと事情は込み入っててさ。復讐でリリス様を寝取るところまでは良かった。でも、さすがに妊娠させたら不味いじゃん? 大悲報⋯⋯! 避妊に失敗してたの⋯⋯!」

「にゃ、にゃ、にゃっ! にゃにしてるんですか!? よりにもよって魔神王の正妃を孕ませるなんて⋯⋯!?」

「リリス様が本気になってたらしくてさ。避妊してるから、オマンコに出していいって誘われたら⋯⋯そりゃさ。やっちゃうよね。出しまくるわけよ。もうお分かりかな? 実質、僕も謀られた被害者なんだよ」

「言えた口ですか⋯⋯!」

「戦争で夫が留守の間に妻が妊娠したら、そりゃバレるわけじゃん? 秘密出産で魔神王に内密で産ませようとしたんだけどダメだった」

「当たり前にゃ⋯⋯。とんでもない不祥事にゃん⋯⋯」

「リリス様が思ったより重めな女でさ。オッパイも重いけど、お気持ちのほうもね。魔神王と別れて僕と結婚するとか言いだしたの。そんで、問題なのが僕の奥さん。ジャンヌはリリス様と凄まじく仲が悪いんだよね」

「もはや仲とか⋯⋯そういう話ですらにゃいような⋯⋯?」

 浮気性の夫シャイターンに向けられた正妻ジャンヌの怒りは凄まじかったという。魔神王の正妃リリスとは前々から因縁があり、浮気相手としては絶対に許せなかった。そういう事情でシャイターンは自分の領土にすら戻れなくなった。

「ジャンヌは浮気を許してくれる。でも、相手次第なのは知ってるでしょ? リリス様との浮気で本妻にブチ切れられて、自分の領地に帰れないの。臣下は全部、ジャンヌ側についちゃった。魔神王は僕を反逆罪で死刑にするとか言い出すし、これはもう魔界にいられないよ。だから、人間界に逃げてきたわけ」

「ってことは⋯⋯ああ、そう⋯⋯」

「ん?」

「やっぱり私を迎えにきたわけじゃにゃかった⋯⋯。そんなことだろうとは思ってにゃ⋯⋯。シャイターン様は酷い悪魔にゃ! ふしだらにゃーー!!」

「違うってば! クロエを迎えに来たんだよ! 今やクロエと僕は運命共同体じゃん! 一緒に頑張って生きていこうよ? ね? ね?」

「もうっ! いやにゃ! 一緒に破滅に引っ張られているだけにゃ!」

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