2025年 2月10日 月曜日

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【132話】翡翠の首飾り

NOVEL亡国の女王セラフィーナ【132話】翡翠の首飾り

「目元が腫れている。眠たそうだね」

「眠っていましたから。てっきりロレンシアが出産した知らせかと勘違いしましたわ」

 ユイファンに呼び出されたセラフィーナは、瞼を何度も擦って眠気に抗う。寝間着のえりから零れそうな爆乳がゆらゆらと揺れる。露出させた上乳が寝汗で光沢を帯びていた。

 乳輪こそ隠しているが、胸元から男を誘う娼婦の香りが色濃く匂う。

 天然モノの乳房ならば、間違いなく五指に入る巨大なバスト。サキュバス族に匹敵する淫気を孕んだ媚肉の女体。三つ子を産んだ胎は萎み、産後一ヶ月が経って、ウエストラインがすっきりと整い始めた。

「ユイファン少将は悪阻つわりが酷かったとお聞きしましたわ。体調はもうよろしいの?」

「今は落ち着いた。仕事には復帰しているよ。実は私が請け負った仕事をセラフィーナ女王にも手伝ってもらいたい。メガラニカ帝国の一員となったのなら、ご協力いただけるかな?」

「私はベルゼフリートに忠愛を誓いましたわ。メガラニカ帝国にお仕えする一人の端女となったのです。愛する主君のためであれば、軍務省の命令に喜んで従いますわ」

「呼び出しの理由は、先ほど説明した翡翠の首飾りについてだ。セラフィーナ女王はベルゼフリート陛下の血に宿った記憶を垣間見ている。奇妙なことだが、陛下の肉親を知る数少ない人物なんだ」

「この写し絵に描かれているのが、シーラッハ男爵の遺体から盗まれた翡翠の首飾りですの?」

「それは当時の裁判資料だよ。現物はシーラッハ男爵家に返却された。売り払ってなければ、まだ持っているかもしれない。調べるために取り寄せるつもりだが、まずはセラフィーナ女王に写し絵を見てもらいたかった。記憶を追体験しているとき、この首飾りを見たかい?」

「いいえ、見ていませんわ。特徴的な刻印が施されているから、見ていたら忘れたりしないはず。私が体験した記憶は断片的なものですけど、このアクセサリーの装飾はとても目立ちますわ」

「⋯⋯翡翠の首飾りは、族滅を言い渡された森番の男が持っていた」

「森番の男⋯⋯。名前はベルゼフリートでしたわね」

「そうだ。陛下と同じ名だ。血縁で言えば陛下の祖父にあたる。森番の夫婦は

「陛下が私に実母の面影を見たのはきっと名前のせいですわ」

「運命を感じてしまう巡り合わせだ」

「⋯⋯でも、偶然ですわ。祖父の名を孫が受け継ぐのはよくある風習です。妻のほうはきっと隣国の女王と同じ名前を付けたのでしょう。おそらく森番の妻だったセラフィーナは、私より年下ですわ」

 セラフィーナは思わず子産み終えた子宮を撫でる。年齢差はちょうど一世代。

 ――女王は息子や娘よりも年下の少年に孕まされた。

 ――皇帝は自分の母親より年上の人妻を孕ませた。

 結ばれるはずのない男女が、奇妙な運命で愛し合う夫婦となった。最初は互いを利用するための関係。だが、今のセラフィーナとベルゼフリートは愛し合う家族だ。

「ユイファンさんは気付かれているかしら? 最近の陛下はますます精力が盛んですわ」

 昨年末からベルゼフリートの精力は高まっている。身近にいる女仙は誰もが気付いていた。

 原因は両親の死去だ。本来、破壊者ルティヤの転生者はベルゼフリートの父親だった。しかし、器の移し替えが行われた。荒魂の所在が受け継がれた後も、父親は生ける屍となった実母を犯し続け、瘴気を発散させていた。

 昨年の末、シーラッハ男爵領の関所跡地に隠されていた皇帝の父親が死に、祖母にして産みの母――セラフィーナの生ける屍も安らかに眠った。

 両親の死を境に、ベルゼフリートの精力はより旺盛となった。破壊者ルティヤの無限に等しい力は、新たな器となったベルゼフリートの肉体に乗り移った。完全な継承を終えたと大神殿は分析した。

「⋯⋯陛下は年上が好きなのかもしないね。大神殿のご老人によく懐いている。もっとも、宮廷に陛下より年下の女児がいたらそれこそ大変だよ」

「陛下はきっと私達に甘えたいのですわ。だから、アレキサンダー公爵家でも、あのような騒動が起こったのだと思います。悪さをして叱られたかったのでしょうね⋯⋯。ふっふふふ♥︎ ほんとうに、可愛いですわ♥︎」

(陛下はセラフィーナ女王にも話してしまったのか⋯⋯。アレキサンダー公爵家で起きた出来事は、会った全員に暴露してるとしか思えない⋯⋯)

「――でも、陛下なりのお考えもあるようですわ」

「陛下に考えが?」

「ええ。陛下は戯れだったと笑っておられました。しかし、レオンハルト元帥の母君を孕ませていると思いますわ。アレキサンダー公爵家の当主はレオンハルト元帥ですが、ご実家の領地を治めているのは母君。実権を握られているとお聞きしましたわ」

「レオンハルト元帥の実母、先代アレキサンダー公爵のヴァルキュリヤ様は家督を譲られ、引退の身だが⋯⋯なにせあの英雄アレキサンダーの一人娘。ケーデンバウアー侯爵家と軍務省を立て直した功労者だ。軍務省に強い影響力がある」

 アレキサンダー公爵家はメガラニカ帝国で有数の大貴族。勇猛果敢な家臣団を抱え、軍務省への影響力は計り知れない。

「皇帝が孕ませるのは血酒を賜りし女仙だけ。ですが、ベルゼフリート陛下は拘っていませんわ。夫や子供がいた私、女仙でなかったヴィクトリカ。陛下は私達を孕ませた。だったら、レオンハルト元帥の母君にも胤を仕込めるはずですわ」

「アレキサンダー公爵家の七姉妹が八姉妹になったら⋯⋯。レオンハルト元帥は大変だね。またお家騒動だ。心底、同情するよ」

「ただ⋯⋯、性欲の発散だけでレオンハルト元帥の母君と密通されたりはしませんわ。きっと陛下は何かお願い事をして、その対価に肉体関係を要求されたのでしょう。私の勝手な推測に過ぎませんけれど⋯⋯。色仕掛けは陛下の得意技ですわ」

「身に覚えがあるだろうね。特にセラフィーナ女王は⋯⋯」

「皇帝陛下のオチンポに抗える女なんて、この世におりませんわ♥︎」

 けして若いとは言えないレオンハルトの母親を孕ませる理由。ベルゼフリートはアレキサンダー公爵家を動かせる味方を欲しがっていた。密約が交わされ、七姉妹に気付かれぬように、義母との子作りを行ったセラフィーナは読んでいた。

 答え合わせは十月十日後。アレキサンダー公爵家にアマゾネス族の幼児が誕生すれば分かる。もしアレキサンダー公爵家の大御所ヴァルキュリヤと皇帝ベルゼフリートの子供であれば、レオンハルトに匹敵する女戦士へと成長するだろう。

「ともかく、私の話は終わりだよ。夜遅くに呼びつけて悪かったね。首飾りの件は⋯⋯もしかすると私の考えすぎかもしれない」

「⋯⋯ユイファンさん。ごめんなさい。もう一度、その写し絵を見せてもらってもいいかしら?」

「構わないよ。何か気付いたのなら教えてほしい」

「この首飾り⋯⋯。見ましたわ。記憶の世界ではなく、メガラニカ帝国のどこかで⋯⋯」

「確かですか?」

「あれは⋯⋯! グラシエル大宮殿に飾られていた絵画ですわ。昨年の夏に開かれた戦勝式典⋯⋯! 陛下の案内で美術品をいくつか鑑賞しましたわ。たしかあの肖像画に描かれていたのは⋯⋯。自殺された皇帝の寵姫だった⋯⋯名前は⋯⋯。思い出せないわ。ごめんなさい。聞いたはずなのだけど⋯⋯」

 アルテナ王国で生まれ育ったセラフィーナは名前を失念してしまった。しかし、メガラニカ帝国で産まれた者であれば、誰だろうとその名前は知っていた。

「――哀帝の寵姫アンネリー」

「そうですわ! アンネリー! そう仰っておられましたわ」

「⋯⋯⋯⋯」

「哀帝が唯一愛していた女性だと陛下が説明してくださりましたわ。翡翠の首飾りが描かれているのを見ました。でも、似ているだけかも⋯⋯。写し絵の翡翠は複雑な刻印が施されいるけれど⋯⋯あの肖像画では⋯⋯」

「無理に思い出さなくていい。明日にでもグラシエル大宮殿から肖像画を取り寄せて調べるよ。⋯⋯私も見た覚えがある。寵姫アンネリーの首飾り。セラフィーナ女王の言うとおりだ。⋯⋯緑色の宝石だった気がする」

 思わぬ形でユイファンは大きな手がかりを掴んだ。セラフィーナに指摘されなければ見過ごしていた。だが、そうなると不穏な気配が漂ってくる。

 翡翠の首飾りは死恐帝だけでなく、哀帝の死にも関わっていた可能性がある。

「もし同じ首飾りだとしたら、どういうことなのかしら?」

「哀帝と自殺した寵姫。死恐帝を暗殺した宰相。そして、ベルゼフリート陛下の肉親を死なせる原因となったシーラッハ男爵。破壊者ルティヤの転生者を三代にわたって破滅させた者達は、翡翠の首飾りを所持していた。これを偶然と片づけるのは⋯⋯難しい⋯⋯」

 ユイファンは参謀本部所属の情報将校である。憲兵を使ってシーラッハ男爵家に返却されたであろう翡翠の首飾りを押収できた。しかし、相手は帝国貴族。しかも、現在のメガラニカ帝国で最高の地位にいる帝国宰相ウィルヘルミナ・ナイトレイの一門である。

(宰相派に協力を求めよう。円満に解決したとはいえ、セラフィーナ女王がウィルヘルミナ宰相を陥れようとしたのは、ほんの数ヶ月前。シーラッハ男爵家を強引な方法で調べれば誤解されかねない)

 下手に隠し立てするよりは、宰相府と連帯して疑念の真偽を確かめるべきだと判断した。

「ユイファン少将、私にお手伝いできることはあるかしら?」

 セラフィーナは考え耽るユイファンににじり寄った。圧倒的な重量感を振り撒く爆乳で、眼前の視界が遮られる。前のめりの姿勢になると、乳房の巨大な体積がことさら際立つ。相手が同性のユイファンでなければ、誘っているよう見える。

 ――脳よりも乳の大きい愛妾。

 宮中でセラフィーナを嫌う女仙の陰口である。アルテナ王国の西側を征服し、子産みの役割を終えた女王は用済みだ。宮廷の置物として生かされるだけの愛妾。しかし、ベルゼフリートはセラフィーナを気に入っていた。幼帝の寵愛を授かってない者達からすれば、とてつもなく気に入らない。

 その空気感はセラフィーナ自身もよく分かっている。メガラニカ帝国に対して、己の有益性を示そうとする覚悟、強い意欲があった。

 ――全ては四人目の御子を産む備え。

 セラフィーナが産んだ三人の愛娘、セラフリート、コルネリア、ギーゼラの三姉妹だけで終わらせる気はなかった。皇帝との繋がりを強めるため、多くの子供を産むつもりだった。

「私はメガラニカ帝国の愛妾セラフィーナですわ。ぜひ御国のために働かせてくださいませ」

 売国女王と罵られ、汚辱に塗れようとも、幼帝の寵愛を選んだ淫女は卑しく微笑んだ。


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