大陸歴八年、十三月十五日の午後三時過ぎ。
アルテナ王国の諸侯が玉座の間に呼び出された。数にして約三百人。セラフィーナの公開出産を見届ける観客達である。
玉座の間は戴冠式や叙勲といった重要な式典が執り行われる厳かなる場。真なる貴族でなければ、この一室に足を踏み入れられない。しかし、メガラニカ帝国との戦争に敗れるまでの話だ。
王室の権威を象徴する豪華絢爛の玉座には、場違いな分娩台が安置されていた。
集まったアルテナ王国の貴族達は、どこか後ろめたそうにお互いの顔ぶれを確認し合った。
「おぉ、ゲドラナ男爵! 貴方にここで会えて嬉しい。てっきり貴方は⋯⋯、そのなんだ⋯⋯。貴方も白月王城を去ったものだとばかり」
「東へ逃れたと? 三十年前なら分からんが、老いぼれとなった今の我輩にその気概はありませんな。息子達は戦争で死んだ。息子達は孫を三人残してくれたが、苦労を背負わせたくない。楽な道を進ませてやりたいのだ」
「理解できます⋯⋯。グレイハンク伯爵の件、聞きましたか?」
「彼が貧乏くじを引いたという話なら、我輩も聞き及んでいる。これから先、分断された我が国のどちらが勝利にするとしても、汚名でありましょうな」
「⋯⋯しかし、メガラニカ帝国は一定の自治権を我らに与えた。私はそういうことだと解釈しておりますよ」
「矜持を捨て、帝国の飼い犬になれば安泰やもしれぬな。誇りを捨てられなかった者もいるにはいるが⋯⋯我輩は負け犬でも長生きがしたい。貴公もそうであろう。フェルトナー子爵?」
「⋯⋯ええ、まあ。そうですね。父と兄が帝国との戦争で死に、私に当主の席が回ってきた。家の者⋯⋯。特に兄の妻は私を腰抜けと罵っていますよ。ですが、私も長生きをしたい」
フェルトナー子爵とゲドラナ男爵は口を噤んだ。汚辱に塗れようとも一族を守る。そう決意したからこそ、帝国の呼び出しに応じ、玉座の間に馳せ参じたのだ。
「後世の人々は私達を何と呼ぶのでしょうね⋯⋯」
「首輪を付けられた負け犬。そんなところだろうな⋯⋯。だが、何とでも言えばいいさ」
メガラニカ帝国の支配には屈しないと領地を捨てて、東側へ逃れた貴族も少なからず存在した。王家の催事には必ず参加していた有力貴族の幾人かは姿を消していた。
その一方、祖国の敗戦を潔く受け入れ、いち早く立場を変えたのは一部の中堅貴族と新興貴族だった。保守派から売国奴との罵られ、彼らの評判は芳しくない。しかし、現実的対応を求められているのだ。
――東と西、どちらの側におもねるべきか。
メガラニカ帝国軍の圧倒的軍事力を思い知った貴族には迷いがなかった。
バルカサロ王国を始め、大陸の中央諸国は絶大な軍事力を有する。災禍が終息し、勃興期のメガラニカ帝国は、大陸を平定した全盛期の繁栄を取り戻そうとしている。
現在、大きく弱体化したメガラニカ帝国だが、大陸のいかなる国とも比較にならぬ力を秘めていた。
帝国と地理的に近しい領地の貴族は、恭順の意を示すほかなかった。
アルテナ王国の貴族は選択を強いられた。唯一例外は病気療養と偽り、領地に引き籠もっているフォレスター辺境伯である。
フォレスター辺境伯の領地は帝国領と隣接し、一時は戦後賠償の領土割譲候補地だった。現在は中立的立場を堅持している。
召集を拒絶したフォレスター家に対し、メガラニカ帝国は圧力をかけられずにいた。そのことには複雑な事情がある。
ロレンシア・フォレスターが皇帝ベルゼフリートの後宮に入内し、側女となっているためだ。
セラフィーナの一件でロレンシアが果たした役割は大きく、ベルゼフリートの過去を知る一人ともなった。さらにロレンシアは皇胤で孕み、御子を宿している。
フォレスター家は帝国の有力貴族に比類する地位を得ていた。それゆえに玉虫色の曖昧な立場を貫ける特殊な背景があった。
帝国軍の将校は貴族達に待機を命じた。
ついにセラフィーナの公開出産が始まろうとしていた。玉座の間にいる貴族が証人となる。胎から生まれ落ちるは、皇帝と女王の御子。アルテナ王家の新たな始まりを告げる赤児だ。
約十七年前、アルテナ王家は隣国のバルカサロ王家から婿を迎え入れ、婚姻の関係を築いた。しかし、昨日の調印式で離婚が正式に認められ、メガラニカ皇帝との新たな契りを結んだ。
幼き皇帝ベルゼフリートは、子持ちの人妻だった女王セラフィーナの心を射止めた。淫楽に染まり、過去を捨て、完全に屈服した。幼帝の愛妾、すなわち性奴隷という名の妻になった。
セラフィーナの出産予定日は昨日であったが、医務女官長アデライドは今日の出産を予見していた。
半蛇娘族の眼力は人体を透視する。胎児の容態と子宮口の緩み具合で、ほぼ正確に出産のタイミングを言い当てた。
「――ついにセラフィーナが出産か。感慨深いね。吐瀉物を引っかけられたり、泣き喚かれたり、最初に子作りを命じられたときは、どうなることかと思ったけどもさ」
宝物庫の探検を終えたベルゼフリートは、アデライドの長い蛇腹に腰掛けている。
「玉座の間に付いたら、自分の足でお歩きください。立派な足が二本もあるのですから」
「アデライドの蛇脚も立派だよ。僕さ、巻き付けられてヤるのが好きなんだよね。今夜あたり、どう?」
大蛇の下半身を左右に揺らしながら前進する。背中に乗せているベルゼフリートを振り落とさないように、蛇腹の伸縮運動でゆっくりと廊下を進む。
「セラフィーナ女王の公開出産が終わったら、陛下はすぐさま天空城アースガルズに戻らねばなりません」
「え~。少しくらいのんびりしても良くない?」
ベルゼフリートは鮮やか光沢を放つ翡翠色の蛇鱗を撫でた。硬く見える表面は、触ってみると柔らかさがある。
「女官と遊んでいる時間はございませんよ。年末年始はお仕事がたくさんあります。新年祝賀の儀、豊穣祈祷の祭礼、グラシエル大宮殿での慰霊祭⋯⋯。一刻も早く本国に戻らねばなりません」
「はい、はい。お祭りが盛りだくさん。⋯⋯内実は堅苦しい儀式ばっかりだけど」
「このほかにも多くの祭礼や祝賀の式典が開かれるのです。初めての新年ではないのですから、陛下はよくご存知でしょう」
「とってもご存知ですとも⋯⋯。即位一年目は楽しかったよ。最初の一年目だけね。お仕事か⋯⋯大切なのは分かってるよ」
「お分かりのようで嬉しゅうございます。ですから、陛下は不浄な場所で遊んでいる暇はありません」
「年末年始はいつも慌ただしい。スケジュールが過密だと思うんだ。メガラニカ皇帝はあっちこっちに引っ張り凧だ。一つくらい減らしたら?」
「陛下が必要とされているのです。そのようなことを仰らないでください」
アデライドはするりと廊下を曲がり、玉座の間へ続く大廊下に出る。
床に敷かれた真紅の絨毯、大理石の柱、黄金細工で彩られた壁面、満月を模した豪奢なシャンデリア。アルテナ王家の財を見せつける白月王城の装いは美事である。しかし、メガラニカ帝国の女仙はこの程度の富で瞠目したりはしない。
天空城アースガルズと比べれば遙かに見劣りする。さらに言うなら、メガラニカ帝国全盛期の財政を傾かせかけたグラシエル大宮殿の領域に及ぶ代物ではなかった。
「セラフィーナはもういるの?」
「セラフィーナ女王は先ほど玉座の間に入られました。陛下の到着をお待ちです」
産気付いたとき、セラフィーナはアルテナ王家の墓室を訪れていた。
歴代の王達が眠る白月王城の地下墳墓。メガラニカ帝国の占領軍に処刑されたリュートの亡骸は、骨片すら残っていない。小さな壺に遺灰が納められている。
セラフィーナはリュートの墓碑に刻まれた〈王子〉の称号を剥奪した。ガイゼフとの子供をアルテナ王家の一員から外す。メガラニカ皇帝の妻となった女王は、前夫との関係を精算しなければならなかった。
もはやリュートとヴィクトリカは、アルテナ王家の人間とは見做されない。セラフィーナ女王のお胎に宿ったベルゼフリートの子供達のみが、正当な王位継承者となる。
母親の堕落を知らず逝けたリュートは幸せだったかもしれない。国讐の胤で孕み、胎を膨らませたアルテナ王国の女王は、激しい陣痛の到来に感涙し、派手に破水した。
三つ子の胎児を包んでいた羊膜が破れる。子宮を満たしていた半透明の体液が流れ出た。亡くした息子への未練は消え失せ、新たな子供の誕生を悦ぶ女の貌だった。
背徳の道を進んでいる。その自覚がセラフィーナにはあった。多くの人々を裏切り、失望させ、憎悪を向けられる。だが、それでもセラフィーナが選んだのはベルゼフリートだった。
――玉座の間でセラフィーナは、アルテナ王国の貴族に陰裂を晒している。
「あぁ⋯⋯♥︎ 皇帝陛下っ♥︎」
壇上に置かれた分娩台で、息を荒げながら、力んでいる。あられもなく両脚を開き、産道の出口がヒクつく。熟れた超乳からは母乳が溢れる。
「お待たせ。間に合ってよかった。アデライドの背に乗って、急いで来たんだよ」
セラフィーナの傍らに立ち、ベルゼフリートはボテ腹を撫で回した。
「赤ちゃんが産まれるのを待ちわびてる。皆がセラフィーナのオマンコを見てるよ。恥ずかしい? でも、我慢してね。三皇后が提示した条件なんだ」
陣痛の疼きが強まった。破水を済ませた孕み腹は、すこし縮んでいた。
「うっ⋯⋯あぅっ⋯⋯!! 陛下っ⋯⋯♥︎」
「呼吸をゆっくり。赤ちゃんを産むのは初めてじゃないでしょ。それとも忘れちゃった? 息を吸って、吐き出す。陣痛の波に合わせて、呼吸を整えるんだ」
「ひぃっ⋯⋯ひぃっ⋯⋯ふぅ⋯⋯ふぅっ♥︎」
「ここにいる皆が見てるよ。セラフィーナのオマンコから赤ちゃんが出てくるのをね。全員が目撃者となるんだ。頑張って産んでね。セラフィーナは僕のママになるんだ。僕だけの⋯⋯」
「はいっ♥︎ 産みますッ♥︎ 陛下♥︎ 愛しの人っ♥︎ 産むのを見届けてくださいませっ♥︎ 私と陛下の赤ちゃん♥︎ ふぅぅうっ♥︎ ふぅっっ♥︎ 私達の⋯⋯♥︎ 夫婦のぉおっ♥︎ 愛し子が産まれるっ♥︎ くぅっ♥︎ あぁっあぁう⋯⋯っ♥︎ あうぁあああああああああぁぁあぁああぁ~~⋯⋯っ♥︎」
セラフィーナの子宮口が開大し、産道の準備は整った。めきめきっと皮膚の筋が断裂する。リュートやヴィクトリカを産んだ時には感じなかった淫悦の喜び。心の底から感情が沸き起こる。
「いっ♥︎ んぁっ♥︎ んんんんんぅぅぅうっ♥︎ いっ♥︎ 痛っ♥︎ んひぃっ♥︎ んぅうくぅぅう~~っ♥︎ ひぃっ、ひぃっ♥︎ ふぅぅぅっ♥︎ いぅぅぅぅぅうっ♥︎ はぁはぁぅっ♥︎ ううぅうっ♥︎ はぁはぁっ♥︎ 陛下♥︎ わたしぃの手を握ってください⋯⋯♥︎」
「僕はいるよ。セラフィーナ。力んで。もう頭が見えてきた」
「はいっ♥︎ 頑張りますっ♥︎ ベルゼフリート陛下のためにっ♥︎ んっ♥︎ んぃああっ⋯⋯♥︎ んっ♥︎ んんぅぅあぁあああああああああああああああああああああぁあ♥︎」
大きな肉塊が膣道の肉襞をごりごりと刺激しながら、移動している。収縮を繰り返す子宮は胎児を強い押し出す。残留する羊水混じりの体液が膣からこぼれた。尿道から黄色の小水が噴き出した。
「あぅっ♥︎ あぁぁっんっ♥︎ んっ♥︎ んんっ♥︎ はぁはぁっ♥︎ んんぃいぃぃ~♥︎」
女王の失禁を貴族達は見せつけられる。開口した膣の奥に赤児の頭部が現われていた。盛り上がった腹部が激しく蠢いた。
「もう頭が出てきたよ⋯⋯! 肩まで見えた⋯⋯! 一人目が産まれるよ。これで僕とセラフィーナは本物の家族だ。血の繋がった子供で、夫婦の契りは強まった」
「あぁっ♥︎ んんぁぁぁっ♥︎ 愛しておりますッ♥︎ この世の誰よりもっ♥︎ 陛下が愛しいっ⋯⋯♥︎ たとえ⋯⋯何を犠牲にしてでも⋯⋯添い遂げたい⋯⋯♥︎」
セラフィーナは接吻を求め、ベルゼフリートは応じた。
唇を重ね合わせ、互いの舌を絡ませた。唾液が口元から伝って流れていく。強く手を握り締め、純粋で背徳的な愛を甘受する。
「おぎゃぁぁぁあぁあぁっ! おぎゃぁああああああぁぁぁっ!! おぎゃぁあああああああぁぁぁーーっ!!」
けたたましい産声があがった。耳をつんざく赤児の叫び声が玉座の間に響き渡った。
待ち構えていた助産巫女が赤児を取り上げた。素手では触れず、穢れを清める特殊な布で包む。陰裂から排出されたばかりの赤児は体液と白い粘膜で汚れていた。
――最初に生まれた子供は女児であった。
セラフィーナはまだ休めない。若き幼帝の胤で三つ子を宿していた。まだ子宮の中に二人の赤児がいる。
女仙の出産は危険が伴う。瘴気の穢れを身に宿すため、通常の人間は女仙の肉体に触れられない。赤児は胎内にいる間は、女仙の臓器と判定されている。しかし、胎外に排出され、臍帯の繋がりが絶たれた瞬間、他人という扱いになる。
たとえ母子に血の繋がりがあり、皇帝の子であっても、女仙と触れあうことは許されない。
医務女官長アデライドは医務女官と助産巫女に指示を飛ばす。女仙である女官、普通の人間である助産巫女。役割の使い分けを誤れば、生後間もない赤児の命が危うくなる。
「臍の緒を切るのはまだです。もう二人が出てきてからにしなさい。産まれた赤児は巫女が、臍帯を切るのは女仙です。手順と役割を間違わないように⋯⋯」
セラフィーナ程度の瘴気であれば、取り返しのつかない大事には至らない。しかし、これがウィルヘルミナのような濃い瘴気を宿す寵姫だと、命に関わる事故となってしまう。
「んちゅぅっ! ふぅ⋯⋯んっ、ふぅう! キスは終わりね。一人目は女の子だった。もう一踏ん張りだよ。残り二人。僕の赤ちゃんを産んでね。セラフィーナ」
熱烈な接吻を終えたベルゼフリートは、汗だくで踏ん張り続けるセラフィーナを激励する。
「はぁはぁっ♥︎ んうぅぅっ♥︎ んっあぁ~~っ♥︎」
「二人目も女の子だ。すごいや。立派な臍の緒が付いてる。あんな太い管で栄養を送ってたんだね。そりゃ、お腹がパンパンになっちゃうよ」
「うぅっ♥︎ はぁはぁ⋯⋯赤ちゃん⋯⋯来るっ♥︎ 来ますわっ♥︎ あぁっ♥︎ んあぁぁぁぁぁああぁっ♥︎」
――ぶにゅるぶぅっ!!
三人目の胎児が分娩された。弾き出された赤児を助産巫女が優しく抱きしめた。
出産の疲労感がセラフィーナに押し寄せる。だが、産みの苦しみは終わった。腹を痛めて産んだ愛し子達に微笑みを向ける。
「んっ♥︎ んぅふぅ⋯⋯っ♥︎ 三人とも女の子ですか⋯⋯?」
「うん。可愛い三人姉妹。セラフィーナの血が強かったのかな。たぶん金髪だね。肌がちょっとだけ僕寄りかな? というか、セラフィーナが真っ白過ぎるんだよ。美女になるだろうね。きっとオッパイも大きくなる。くすくすっ!」
子宮内膜にへばり付いた胎盤から三本の臍帯が伸び、新生児に繋がっている。
間違いなく女王セラフィーナの娘達だ。父親は皇帝ベルゼフリート。リュートやヴィクトリカに比べて、肌が薄らと暗褐色を帯びている。しかし、全体的には母親の血が濃く出ていた。
「臍帯を切る前なら、赤ちゃんを抱けるよ。どうする?」
「お願いしますわ。最初で最後なら我が子と触れあいたい⋯⋯」
セラフィーナとベルゼフリートの願いを医務女官達は叶えてやることにした。安全上の理由で拒絶するべきであったが、医務女官長のアデライドは優しさを見せた。
臍帯が結ばれたままの三姉妹をセラフィーナは抱きしめる。乳房よりも小さいが、元気な姿で産まれてくれた。
セラフィーナはベルゼフリートの股間が盛り上がっていることに気付いた。人妻の心を寝取り、己の子を産み落とさせた。その事実に興奮しているのだと分かった。
「――あぁ、私と陛下の赤ちゃん♥︎ 可愛いですわぁ♥︎」
アルテナ王国の女王セラフィーナは三人の女児を産んだ。母胎から伸びた三本の臍帯。愛娘達は元気よく産声を上げる。愛母の表情を浮かべるセラフィーナは赤児を抱きしめた。
「セラフリート。コルネリア。ギーゼラ⋯⋯」
セラフィーナは産まれたばかりの娘に名を授けた。
「娘達の名前?」
「はい。名を与えるのは母親の務めですわ」
一人目の娘には自分と皇帝を掛け合わせた名前。二人目の娘には母親の名を与えた。三人目の娘に与えたのは、ガイゼフとの間に三人目の子供が生まれたら名付けるつもりだった名前。