2024年 10月13日 日曜日

二次元ドリームマガジンVol.127(表紙:玉田平準)

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【12夜】侵食される心

NOVEL冥王の征服録【12夜】侵食される心

 冥王のスキル〈変幻変貌メタモル・フォーゼ〉は応用性に富む。巨大な物、小さすぎる物、複雑な道具などには化けられないが、あらゆる姿に変身できる。つまり、全身を透明にすることが可能だった。

 ルキディス普段着は肉体の一部を変化させて作り出したものだ。全身の色素を極限まで減らし、光を硝子のように透過させれば、常人の視力では捉えられない透明人間となる。

(この透過率なら気付かれない。気配は感じ取るかもしれないがな)

 カトリーナと約束した時間が来る前に、ルキディスはアーケン家に忍び込んだ。足音を殺し、気付かれないようにドアを開ける。カトリーナとジェイクは魔物の侵入に気づけなかった。

 まずはルキディスは息子のジェイクを眠らせる。睡眠導入液をジェイクのひたいに垂らした。

「ママー! 家の中なのに雨が振ってきたよー!」

「雨……? コップの水でもこぼしたんでしょう?」

「違うー。おでこにね、雨粒が落ちたの!」

 ジェイクに垂らした薬液は皮膚から吸収されるタイプの睡眠薬だ。

 ルキディスの訪問時、ジェイクは薬の効果でぐっすり眠っいるはずだ。これでジェイクと顔を合わせずにカトリーナと談笑できる。

 次は台所の水瓶に無味無臭の媚薬を混ぜた。この媚薬は若い人間のめすにしか効かない。

 ルキディスが独自開発した媚薬であり、その効果はちょっとした興奮作用だけだ。薬効は微弱だ。個人差はあるものの薬を盛られたと自覚しない程度の弱さ。これが重要なのだ。

 不自然に沸き起こった情欲は、対象を困惑させてしまう。周到に準備を進めているルキディスにとっては、弱々しい薬のほうが好都合だった。

(これでカトリーナは日常的に媚薬を摂取せっしゅすることになった。劇的な効果はないが、こうした小さな影響が積もり積もって理性を惑わせ、過ちにつながる……)

 悪事を終えたルキディスはアーケン家から抜け出した。そして、約束の時間になると透明化を解除して、何食わぬ顔でアーケン家の扉を叩いた。

「こんにちは。カトリーナさん」

「いらっしゃい。まだサムは来ていないわ。どうぞ、お入りになって。お茶と茶菓子を用意しますわ。息子のジェイクを紹介したかったのですけど、ついさっき眠ってしまって……」

「いえいえ。構いません。寝る子は健康に育つと言いますしね」

 真実を知らないカトリーナは、ルキディスを自宅に招き入れてしまった。

 *******************

「――空飛ぶ船があるなんて、とても信じられないわ」

 ルキディスの話す異国の話は、狭い世界で暮らしているカトリーナとサムにとって御伽噺おとぎばなしのように聞こえた。

 ジェイクは昼寝をしているので、この部屋にはいない。ルキディスが睡眠薬を使った結果だ。もちろんカトリーナは気付いていないし、なんら違和感を覚えていない。

 ルキディスの計画通りに進んでいた。

「写し絵がありますよ。俺もこの目で見るまでは、信じられなかった」

 ルキディスは1枚の写し絵を見せる。カトリーナとサムは目を丸くする。精巧に描かれた絵には、鋼鉄の船が空に浮いている光景が写っていた。

 空飛ぶ鋼鉄製の船だけではない。その隣りには天空を貫く超高層の塔が立っていた。

「アミクス帝国は機械文明の技術を復活させ、飛空船を製造しています。まだ試作の段階で、長距離の移動はできないそうです。しかし、いつかは鋼鉄の船が空を跋扈ばっこする時代になると思います」

「すごいですわ。西側の国々はこんなに発展しているなんて……。それほど発展しているのなら、アミクス帝国では馬車なんか廃れているでしょうね」

「そうでもありません。機巧技術は地上で使えないそうです。地脈から発生するマナの干渉で起動できなくなるとか……。この大空を貫く尖塔は、地脈の影響を受けないように建造された空港だと聞きました」

「空港……?」

「空の港です。飛空船の離発着は塔の先端で行われています」

 ラドフィリア王国はエリュクオン大陸の東部にある大国である。東側諸国においてラドフィリア王国は発展している先進国だ。

 一方でアミクス帝国は強国がひしめく西側随一にける超大国だ。

 東の大国であるラドフィリア王国とですら、比較にならない国力を有している。エリュクオン大陸の覇権国家と呼んでも差し支えない。

 アミクス帝国の根幹を支えているのは、飛び抜けた技術力だ。その進歩と躍進はめざましく、いずれは大陸全土を支配するとまで囁かれる軍事大国であった。

「すごい……!」

「サム。今度はアミクス帝国に行きたいと言って、イマノルさんを怒らせるなよ。次は拳骨で制裁されかねないぞ」

 ルキディスは写し絵に穴が空きかねないほど夢中になって見詰めるサムをからかった。

「しませんよ。僕だって、同じ間違いは繰り返しません。それに、あの時は舞い上がって、冷静さを欠いてただけです」

 ムッとした表情でサムは言い返す。

 〈誘惑の瞳〉の効果で、サムが感情的になっていたのは事実である。サムの言い分は、言い訳のように聞こえるが、真実を言い表していた。

「とっても面白かったわ。ルキディスさんはまだ若いのに色々な経験されているのね。私より年下なのに、私が百年生きても経験出来ない経験をしてるわ」

「自分でも波乱万丈はらんばんじょうの人生だと思ってます」

 魔物なのにという表現は不可思議だと思いつつ、ティーカップに口を付ける。

 ルキディスは台所の水瓶に媚薬を入れておいた。三人が飲んでいるお茶には媚薬が混入している。だが、媚薬の効果が作用するのは、女であるカトリーナだけだ。

(カトリーナもお茶を飲んでいるな。いいぞ。媚薬は煮沸しても無効化されない。そうやって飲み続ければ、ゆるやかに発情していく……。男を欲する淫欲の邪念に惑わされるがいい)

 媚薬は若い女性にしか効かないのでサムは対象外。そしてルキディスは魔物なので毒そのものが効かない。

「あ、そうだったわ。サム。夫の衣類を工房に持っていってもらえるかしら? あの人ったら、もう三日も家に帰ってきてないのよ。しかも、あと一週間は工房に篭もるつもりらしいわ」

「分かりました! 僕が服を届けてきます。いつもみたいに汚れた服を持って帰ってきますね」

「お願いね。それと、ジェイクが寂しがるから、はやく家に帰ってくるようにと伝えて」

 ルキディスの話を聞き終えたサムは、工房に篭もっているイマノルに着替えを届けにいった。

 自慢の愛妻が魔物に狙われている中、イマノルは仕事に没頭していた。

 このとき、イマノルが請け負った仕事はとても困難なものだった。

 通常の仕事であれば弟子に手伝わせている。だが、今回の仕事は少しでもミスをされると取り返しがつかない。未熟なサムに任せられる仕事がないため、最近はお使いばかりを任されている。

「イマノルさんは、お仕事に熱中されているようですね」

「本当に困ったものだわ。あの人ったら、子供や私に会うよりも鉄を叩いている方が楽しいみたい……。そのうち工房の金槌と結婚してしまうんじゃないかしら?」

「はっははははは。さすがにそれはないと思いますよ。愛する奥方と愛息子のために仕事をしているはずです。おっと……、今日は長話をしてしまいました。もう夕方ですね。ちょっと時間が不味いかな……」

「時間が不味い……? この後に何か予定があるのかしら?」

「早目に帰らないと、俺も妻に嫌味を言われてしまうってことですよ」

「あら? ルキディスさんは結婚していたの?」

 カトリーナは少し驚く。妻帯者とは聞いてなかったし、ちょっと意外に思えた。しかし、世の女性達がこんなにも魅力的な美青年を放っておくはずがない。

(私だってイマノルと出会う前だったら、夢中になっていたかも……。今は夫や息子がいるし、ルキディスさんだって私なんかに興味はないでしょうけどね)

 水瓶に混じった媚薬の効果は僅かだ。けれども、小さな影響は徐々に増大していく。

「ええ。革命をやっていたときに死ぬかもしれないから、結婚しておこうと思って勢いで式をあげました。近頃はご機嫌が斜めで、オペラ鑑賞にでも連れていってご機嫌伺いをしないと不味そうです。妻の前では口が裂けても言えませんが、勢いだけの結婚だとその後に苦労します」

「他人事に聞こえませんわね。それについては、私も大いに同意してしまうわ。ところでオペラって……、もしかして王立劇場のオペラに行かれるの?」

 カトリーナが王立劇場のオペラに興味を抱いているとルキディスは知っていた。

 サムとの会話で聞き出したのだ。一度だけ、カトリーナは王立劇場のオペラを鑑賞する機会があった。

 イマノルの依頼主だった貴族が招待状を譲ってくれたのだ。けれど、オペラ劇の当日にジェイクが熱を出してしまったため、カトリーナは劇場での鑑賞を取りやめた。

 母親としては当然の選択だ。

 熱を出している息子を放置して、オペラ鑑賞に出掛けるような母親は親として失格だ。しかし、未練がないかといえば嘘になる。

 もし機会があれば、行きたいと心から願っていた。その欲望を魔物は利用する。

「ええ。そうですよ。サピナ小王国の大使から譲ってもらったんです。特別招待というヤツです。買うと物凄く高いらしいですね」

 王立劇場で開催されるオペラの席代は高価だ。貴族や裕福な商人でなければ手が届かない。しかし、駐在する外国の大使に友好の証として無償贈与される。

「カトリーナさん。もしかして興味があります? よろしかったら一緒に行きませんか?」

 冥王は〈誘惑の瞳〉を発動する。

 良識ある賢母ならば断るだろう。誘っている相手は若い異性で、自分は人妻なのだ。妙な疑いをかけられかねない。

 こうして夫に無断で家に招き入れていることでさえ、外聞の良い話ではないのだ。しかし、〈誘惑の瞳〉で『欲望』を増長させれば、カトリーナはこう言ってしまうのだ。

「ご一緒してよろしいの……? ですけど、いくらなんでも、ルキディスさんの奥様に失礼ではないかしら……?」

「その、なんていうか……。変な頼みですが、俺の妻と友人になってくれませんか? ラドフィリア王国に来てから、妻は家に引きこもりがちで、友人をまったく作っていないみたいです。機嫌が悪いのは、そのせいなんじゃないかと思ってます」

「あら、そうなのでしたの? ラドフィリア王国は暮らしやすい国ですけれど……。外国から来たのなら、そういうこともあるのでしょうね」

「明日、妻と会ってくれませんか? そのときに三人で王立劇場へ行くような流れにできればと考えてます。オペラは明後日なので急な話ですが、どうでしょう?」

「そういう事情ならお引き受けます。実を言いますとルキディスさんの奥様がどのような女性なのか、私は興味がありますわ。それに、王立劇場のオペラを以前から見たいと思っていましたの」

「息子さんは大丈夫ですか? たしか、王立劇場のオペラは子供の同伴が禁じられていたはずです」

 鑑賞の妨げになるので、未成年者は入場を拒否されるのが王立劇場の規則だった。

「ジェイクはもう六歳です。サムにお守りをしてもらえば大丈夫ですわ」

「それなら明日と明後日は、息子さんをサムに預けてください。妻が気に入っているレストランがあります。その店で食事をしましょう。妻が了承してくれれば、明後日は三人でオペラ鑑賞ができますよ」

 カトリーナは喜んでルキディスの誘いを受け入れた。

 ルキディスは妻役をシェリオンとユファのどちらにすべきか思案していた。

(家に帰ったら妻役を決めないとな)

 シェリオンとユファは仲がいい。どちらを妻役にしても喧嘩になったりはしない。本国で留守番をしているサロメとユファだと修羅場になるが、シェリオンとなら大丈夫だ。

(まずはシェリオンとユファに相談しよう。台本は三人で話し合って決めたほうが良さそうだ。演技力でいったらユファのほうか? シェリオンは嘘が下手だし、自分から辞退しそうだな……)

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