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【14話】レーヴェ家の使用人リリトゥナ

 カレンティアは村長の家で一晩を過ごし、レーヴェ家の当主とメイドが暮らす闇樹館に赴いた。

 帝国北方の厳冬をレーヴェ家の荘園で越すことになる。その許しを得るための挨拶だ。しかし、本当の目的はこの地で消息を絶った母親ベロニカについて探るつもりだった。

(もう後戻りはできないわ。行商人は今日の昼には町に戻る。もう雪が降り始めているわ。徒歩で町には帰れそうにない。……帝都のクロヴィスに会えるのは来春ね。心配してるかな。まあ、でも、手紙は行商人に預けたわ)

 荘園に連れてきてくれた行商人にクロヴィス宛ての手紙を渡してある。だが、カレンティアの手紙は帝都に届かない。

 行商人はレーヴェ家に屈服していた。隣町の司祭が自殺した四年前、反抗心をへし折られた。行商人はレーヴェ家に歯向かえない。

 カレンティアは自分が窮地に立たされているとも知らず、レーヴェ家の縄張りに取り残された。

(ここが闇樹館。たしかに不気味な雰囲気だわ。人里離れた森の中に佇む真っ黒な御屋敷……。ペンキの色じゃないわ。建材の表面を焼き焦がしてる……? いいえ、黒檀こくたんというヤツかしら? 木目が漆黒で染まっている……)

 石畳が敷かれた玄関先で、お絵描きの跡を見つけた。幼い子供が白亜墨チョークで色々な絵を描いている。

(私も小さかった頃は白亜墨チョークで、石床に落書きをしてたわ。当主のヴォルフガングには小さな娘が二人いる。描いたのはきっと娘達ね)

 微笑ましい気持ちで落書きを鑑賞していたカレンティアは、不自然な絵を見つけた。闇樹館で暮らすレーヴェ家を描いた子供達の落書き。車椅子に乗った青年、その周りで遊ぶ二人の少女。ここまでは何もおかしくない。

 四肢を欠損した父親、幼い娘達であろう。そして、奇妙なメイドが描かれている。

「え? なに、これ……?」

 不気味な姿のメイドが描かれていた。顔面が炭で塗りつぶされ、どす黒い黒点が空いている。ヴォルフガングや二人の娘は、下手くそであるが口や目がある。楽し気に笑っている。なのに、メイドの貌は潰れていた。

 白亜墨チョークで落書きしているくせに、わざわざメイドの頭部を炭で執拗に押し潰している。娘達はメイドを嫌っているのだろうか。そんな勘ぐりをしてしまう。

(メイドの顔がない……。気味が悪いわ)

 所詮は子供が遊びで書いた絵だ。メイドの面貌かおを上手に描けなくて塗りつぶしたのだろう。

「…………」

 カレンティアは口をつぐみ、押し黙る。闇樹館が醸し出す異様な空気に寒気を覚えた。行商人がこの古びた館に近づこうとしない理由が分かった。

 玄関に備えられた真鍮製のドアノッカーで扉を叩いた。

「――ごめんください」

 しばらくすると足音が聞こえてきた。館内の廊下を誰かが小走りで駆けてきている。

「どなたですか?」

 扉の向こうから誰何すいかの声が聞こえた。大人びた女性の声である。レーヴェ家に仕えるメイドであろう。

(母さんの声じゃないわ……)

 失踪した母親の声は忘れていない。たとえ四年以上、会っていないとしても唯一の肉親だ。

 カレンティアは胸を撫で下ろす。メイドの声は母親とは別人。旅の道中で抱いていた嫌な予感は外れた。

(あぁ……よかった……。変なことを考えていたわ。ずっと……)

 見当違いの妄想だった。失踪した母親が帝国辺境でメイドになっているなど、絶対にありえない。ましてや今年で四十四歳の母親が、レーヴェ家の若君と子作りしているなんて現実味に欠けている。

「私は旅の者です。帝都で冒険者をしているカレンティアと申しますわ。先日、行商人の案内でレーヴェ家の荘園に来ました。冬をこの地で過ごそうと思っています。そのご挨拶で参りました」

「帝都の冒険者様でございましたか……。道のり厳しき中、よくぞお越しくださいました。しかし、なぜ北方の奥地に? 当家は冒険者組合に依頼を出しておりませんが……?」

「個人的な目的で旅をしています。四年前に私の母親が行方不明になりました。ヒースウッド修道院で隠棲していたのですが、友人のダミエーラさんに招かれて、レーヴェ家の荘園を訪れているはずです。私は母親を探しています。レーヴェ家の方々からもお話を聞かせてもらえませんか」

「母君を探して、帝都からいらしたのですね。それはお気の毒に……。少々、お待ちくださいませ。玄関を開けますわ」

 施錠を解除する金属音が聞こえた。闇樹館の玄関扉が開かれる。

「――どうぞ、お入りください。私はレーヴェ家の使用人リリトゥナと申しますわ」

 出迎えてくれたメイドはリリトゥナと名乗った。黒色基調のメイド服を優雅に着こなしている。純白のエプロンドレスが美しく引き立っていた。だが、視線を集めるのは彼女の体型であろう。

(このメイド……妊娠しているわ……)

 膨らんだ孕み腹を包み込むため、メイド服の寸法を手縫いで調整している。出産が間近に迫っていると素人目でも分かる。ボテっとした臨月の丸みが、前部に飛び出していた。

 ひときわ目立つ媚体的特徴は、母性愛の強さを象徴する爆乳だ。はち切れんばかりに胸部の布地が張っている。これほどの巨峰は、なかなかお目にかかれない。

 カレンティアは唾を飲み込む。豊満を極めた乳房は母親の体躯と一致している。娘である自分にも受け継がれた爆乳の遺伝子。リリトゥナと名乗るメイドのデカパイは、カレンティアの美乳と形状が酷似していた。

「お見苦しい姿で申し訳ありません。五年前の大火事で顔面に火傷を負ってしまったのです。とても御客人に素顔を見せるわけにはできない醜女しこめなものですから……。どうかご容赦くださいませ」

 リリトゥナは素顔を騎士兜で隠していた。体型に意識が向いていたカレンティアは、黒騎士のフルヘルムを装着したメイドの異様な装いに気付くのが遅れた。

(厳つい騎士兜……。臨月の妊婦……。奇天烈な格好だわ……。間違いない。父さんのお墓に結婚指輪を埋めていったのは、レーヴェ家のメイドだわ)

 カレンティアは確信する。この世にこんな格好の妊婦が二人もいるわけがない。四年前に失踪した母親の結婚指輪をレーヴェ家は入手した。これは揺るぎない事実となった。

「そうなのですね。リリトゥナさんは五年前からずっとレーヴェ家で? その……若君のヴォルフガング様にお仕えしているのですよね?」

「五年前からずっとヴォルフ坊ちゃんと暮らしておりますわ。周知の事実ですので、隠しもいたしませんが、女としての幸せも享受しておりますわ。……ああ、それと、靴は脱いでいただけますか。そちらの棚にある上靴スリッパをお使いになって」

 闇樹館は土足厳禁だ。玄関のシューズボックスには成人女性と女児の外靴があった。

 両脚がないレーヴェ家の若君は靴を使わない。その代わり、車椅子の車輪に付着した土汚れを布巾が置いてある。

「こちらですわ。応接間にご案内いたします」

 リリトゥナの後ろをついていく。カレンティアの耳にドタバタと騒がしい生活音が入ってくる。廊下の奥から楽し気な幼女達の声が聞こえた。

「……申し訳ありません。ここでお待ちになってください」

 リリトゥナは小走りで駆けていき、子供部屋の扉を強めに叩いた。

「ダザリーヌ! アヴェロアナ! もっと静かに遊びなさい。声が廊下にまで聞こえていますよ」

 騒がしい声を発していた子供部屋は静まり返った。それに満足したリリトゥナは、カレンティアのところに戻ってくる。

「リリトゥナさんの娘さん達ですか?」

「レーヴェ家の娘ですわ」

「リリトゥナさんが母君では?」

「ええ。産みの母は私です……。しかし、私はメイド。あくまで使用人ですわ。ヴォルフ坊ちゃんのご厚意に付け込んで、奥方の地位をせしめるつもりはありません」

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