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【24話】五年前のレーヴェ家

 五年前のレーヴェ家は女家庭教師ガヴァネスを雇っていた。子息のヴォルフガングに読み書きと教養、そして剣術や馬術を教え込むためだ。

 教育熱心な奥方のお眼鏡にかなった人物こそ、ダミエーラであった。

 由緒正しい帝都の伯爵家に仕えた武家の生まれ。女でありながら騎士の称号を持ち、高等教育を受けた淑女である。ダミエーラはその年で三十五歳。十三歳のヴォルフガングとは適度に年齢が離れており、男女の過ちも起こりえない。

 荘園経営で経済的余裕があったレーヴェ家は、大切な跡取り息子の教育に大金をかけていた。

 ダミエーラとしても悪くない仕事だった。

 父親や兄達は依然として伯爵家で召し抱えられていたが、女のダミエーラはお払い箱になっていた。それにも理由がある。ダミエーラの主人となるべきご令嬢ベロニカが出奔してしまったからだ。しかも、間接的にではあったが、ダミエーラは家出の手助けをしてしまった。

 その当時、ダミエーラは十歳の少女。姉のように慕っていたベロニカの恋路を応援するのは当然だった。しかし、子供は無知である。その後にどうなるかをちっとも予想していなかった。

 主人が消えれば、従者の仕事はなくなる。

 そもそも雇用主は伯爵家だ。大切なご令嬢の家出を手助けした小娘は信用できない。失態の責任が父親や兄達に及ばなかったのは伯爵家の慈悲である。

 大人になったダミエーラは騎士の称号を得たものの、伯爵家での居場所はなくなっていた。物事の分別が付き始めた年頃である。伯爵家を逆恨みはしなかった。

 また、ダミエーラの境遇に責任を感じていたベロニカの誘いで、何度か冒険者の仕事をしたものの、ダミエーラは粗野な世界に順応できる人間できなかった。

 ベロニカの爆乳を揶揄からかった酔っぱらいが許せず、半殺しにしてしまった。伯爵令嬢を平民が侮蔑したのだから、その場で斬り伏せるのが当たり前だ。主人の名誉を守れぬ騎士などあってはならない。しかし、ダミエーラの過剰な暴力行為は許容されなかった。

 貴族籍は残っているが、家出したベロニカは一介の冒険者だ。

 ダミエーラは殺人未遂の罪で捕まり、情けないことに伯爵家の力で無罪放免となった。友人を助けるためにベロニカが裏で動いていたのだ。各方面に大迷惑をかけたダミエーラはベロニカに謝罪し、冒険業からも退いた。

 父親や兄達から結婚して身を固めることを勧められたが、好きでもない男に身を捧げる気にもなれなかった。

 しばらくしてダミエーラは中流貴族や裕福な商家の娘達を教育する女家庭教師ガヴァネスの仕事に就いた。教師の適性は自身が思っていた以上に高く、いくつかの家で働いて実績を得た。

 レーヴェ家に雇われた経緯は、教育を施していた豪商の娘が無事に成人となり、次の奉公先を探していたところ、「帝国北方の裕福な准男爵家に跡継ぎが生まれた。教育熱心な奥方は優秀な女家庭教師ガヴァネスを所望している。騎士の称号を持つダミエーラに興味があるようだ。一度、会ってくれないだろうか」と頼まれた。

 その豪商が経営する商業組合は、レーヴェ家のリンゴを扱う取引相手だったのだ。

 辺境の田舎貴族。しかも、正式な爵位をもたない准男爵家。そのうえ商人や隣町では不穏な噂も耳にした。異教徒の土地柄だという特殊事情も直前で聞かされた。北方の僻地に向かう道中は、豪商に売り飛ばされた家畜の気分だった。しかし、レーヴェ家の奥方から話を聞いて、豪商が抱えていた事情も察した。

 教育熱心な奥方は大切な一人息子を立派に育てるため、「女家庭教師ガヴァネスを紹介しないのなら、当家の取引先を競合の商会に乗り換えますわ」と脅迫していた。困った母親ではあったが、当主の夫とは良好な夫婦仲。使用人達からも慕われており、身内認定した人間には優しい女性だった。

 一人息子のヴォルフも奇妙なところはあったが、素直で礼儀正しい少年だ。わざわざ女家庭教師ガヴァネスを付けずとも、母親や使用人達からの教育で、十分なのではないかと思うほど聡明だった。

 レーヴェ家の荘園に向かう道すがら「どうやって断れば、後腐れがないだろうか」と考えていた。しかし、当人達から事情を聞き、レーヴェ家の本邸に逗留して荘園の暮らしぶりを観察しているうちに考えが変わった。「隣町で聞いた悪い噂には真実味がない。流言飛語のデマでは……?」と思い至った。

 ダミエーラは依頼を承諾し、レーヴェ家のお坊ちゃんを教育する女家庭教師ガヴァネスになった。一年目、二年目、三年目と歳月を重ねて、荘園の人々とも仲良くなった。

 ――たしかに異教の土地ではあった。

 レーヴェ家の葬儀では死者の首を斬る奇習があった。切り取られた頭部は、黒森の首塚にレーヴェ家の当主が埋葬していると聞かされていた。それを隣町の司祭は邪悪な儀式と非難した。だが、異文化に寛容なダミエーラはこの地に暮らす穏やかな人々が邪教徒とは思えなかった。

 この地で三年も暮らせば隣町の悪業に詳しくなる。ダミエーラは自警団に参加し、荘園に侵入した不届き者を捕まえたこともあった。

 帝国辺境の寒村でありながら、レーヴェ家はとても裕福だった。富を独り占めせず、荘園の人々にも平等に分け与えた。二〇〇人程度が住む荘園であるが、隣町よりも経済規模は大きい。商人達も異教徒を不気味に思っているが、莫大な利益に繋がるレーヴェ家の荘園に尻尾を振っている。

 極貧に苦しむ隣町の人々は、裕福な荘園が妬ましいのだ。

「――ヴォルフ坊ちゃん。中庭におられたのですね。探しましたよ」

 ダミエーラは上着をもって駆け寄る。もうすぐ厳しい冬が到来する。先週から雪が降り始め、レーヴェ家の荘園では越冬の準備が進められていた。

 ヴォルフガングはダミエーラに気付いていない。中庭の枯れ井戸を覗き込むのに夢中だ。

(あんなに身を乗り出して……。落ちてしまわないか心配ですわ)

 深さは五メートルほどの浅井戸。昔はもう少し深かったが、枝や葉っぱが積み重なって今の深さになった。底は腐葉土で柔らかいが、頭から落下すれば死ぬかもしない。

「ヴォルフ坊ちゃん。また黒森の精霊様とお話ですか?」

 ダミエーラの肩を掴んだ。驚かせて落ちないように気を付ける。

「あっ! ダミエーラ! お帰りなさい。早かったんだね。武器の買い付けに行ってたんじゃなかったの?」

 ヴォルフガングは寒風でかじかんだ指先を丸めて、脇の下で温める。井戸の底に語りかけるのに夢中で寒さを忘れていたようだ。

「自警団の指南役としては剣や槍、クロスボウを買いたかったのですが……」

「ですが?」

「ヴォルフ坊ちゃんのお父君が難色を示されました。武器の購入は見送りです。奥方や村長の説得にも応じずです……。当主様は意固地なところがございますね。来春に隣町の有力者と話し合う前に、武器を新調したくないようですね。お立場は分かりますが……」

「ああ、そうなんだ。なるほど。それでの機嫌が悪かったんだ。隣町の司祭さんが荘園の近くにいるんじゃないの? 沢山の用心棒も連れている。僕らが武器を買ったら隣町を襲うかもしれない。それで監視に来たんでしょ」

 本邸の屋敷にいたヴォルフガングは知らないはずだ。しかし、まるで現場を見ていたかのように言い当てた。

「ええ。その通りですわ。私達が招いた武器商人に引っ付いてきて、司祭様のくせに柄の悪い傭兵を雇っていましたね。……おかしな奴らですわ。レーヴェ家が隣町を襲うだなんて……。お金持ちが貧乏人の家に押し入るはずがないでしょう」

「ダミエーラもすっかり染まってしまったね。嬉しいような、悲しいような……」

「私は卑怯者が嫌いなだけですわ。隣町の人間が全員、大悪党とは言いません。しかし、町の有力者や司祭様は金の亡者です。レーヴェ家の土地を狙っているとしか思えない。教会の修道院を誘致するために、土地を喜捨しろと言ってきているそうです。十分の一税を払えという要求も……」

「税? 税金って領主や国主の皇帝陛下にお支払いするものじゃないの? 税金は商会の徴税請負人に払ってるよ」

 レーヴェ家は国府への巨額納税で准男爵家の家格を得た一族だ。税金はきっちりと払っている。

「『十分の一税』教会の悪しき慣習です。もちろん、自発的に収穫高の一割を納めて、教会の司祭様が教育を施す。もちろん、そういう村もありますわ。それで上手くいっているなら、誰にとっても幸せでしょう。文句は付けませんわ。しかし、レーヴェ家に教会の庇護は不要です」

「今の状態で不自由はしてないしね」

「……もっと生活が良くなるはずです。最近、リンゴを使った酒造で収益が見込めるようになりました」

「僕は子供だから飲めないけど、美味しいリンゴ酒ができるようになったんだよね。リリトゥナが褒めてたよ」

「黒森の精霊様がお墨付きくださる味ですわ。きっと評判になるでしょう。……しかし、隣町の主要産業である酒造を上回る品質になってしまった。ますます妬みが激しくなりますわ」

「……お酒造りを始めた発端は、隣町の蔵人くらびとさんが逃げてきてからだもん。揉めるとは思った」

「酒造りの名人を扱き使って報いですわ。鞭を打って冷遇すれば逃げられる。当然ですわ。職人を家畜とでも思っていたんでしょうか……」

 レーヴェ家で酒造りの中核を担っている職人は、隣町で酒造に携わっていた蔵人くらびとだった。劣悪な労働環境に置かれ、背中には鞭打ちの痛々しい傷があった。奴隷として酷使され、生き地獄を味わった。早く死にたいと願って、蔵人くらびとは黒森に逃げ込んだのだ。

 黒森への侵入は禁忌だ。しかし、黒森の主リリトゥナには慈悲の心がある。レーヴェ家への微塵も悪意がなく、黒森を侮蔑する意図もない。「早く殺してくれ」と懇願する痩せこけた蔵人くらびとの男を哀れんだ。

「二年前に助けたとき、酷い状態の傷が背中にあった。今は元気になってくれて良かったよ」

 二年前に蔵人くらびとを助けた命の恩人は、ヴォルフガングだった。中庭の井戸を介して、ヴォルフガングは黒森の主と会話ができる。

 リリトゥナは「森で騒いでいる自殺志願者の奴隷が不憫でならない。殺してやってもいいけれど、助けてやればレーヴェ家に忠義を尽くすかもしれません」とヴォルフガングに伝えた。

 レーヴェ家は荘園の自警団に命じて、黒森をさまよっていた蔵人を救出した。その救助にはヴォルフガングが同行し、ダミエーラが護衛についた。

 助けられた蔵人は怪我が治るとレーヴェ家の荘園で働き始めた。今では酒造を取り仕切る最高責任者となり、蔵元と呼ばれている。

「……レーヴェ家はそれなりの自衛戦力を持ったほうがいい。当主様には何度も進言しているのですけれどね。黒森の精霊様にお願いできませんか?」

「うーん。父上は僕と違って声が聞こえないから……。リリトゥナはダミエーラに大賛成だろうけど……」

「精霊様の声を聞ける御方は、レーヴェ家で稀にしか生まれないそうですね」

「らしいね。僕の前だと曾祖父……。僕と違ってちょっとの時間しか話せなかったらしいよ。僕はレーヴェ家の初代以来だって。リリトゥナが褒めてくれた」

 教会の教えに染まった隣町だったら、子供の妄想と切り捨てるだろう。だが、ヴォルフガングの力は本物だ。黒森を支配する主リリトゥナと会話し、予言のような真似ができる。

 本来、黒森に入る許可はレーヴェ家の当主が与えるものだ。次期当主であっても無断では入れない。しかし、ヴォルフガングは例外的に自由な出入りが認められた。それほどまでに黒森の主がヴォルフガングを好いている。

(だから、ご両親が心配されているのでしょうけど……)

 ダミエーラは当主夫妻から厳命を受けていた。

 ヴォルフガングが黒森に入るときは必ず同行し、絶対に目を離してはならない。

 両親も最初はヴォルフガングが特別な子供だと誇らしく思った。黒森の主はさまざまな恩恵を与えてくれた。屋敷の使用人や荘園の村人達も、ヴォルフガングを敬愛するようになった。まさに黒森の寵児であった。

 ある日、枯れ井戸から伸びた透明な手がヴォルフガングの首元を撫でていた。年老いた使用人が目撃し、駆け付けた当主夫妻もその光景を見たという。

 ――リリトゥナは戯れついていただけ。父上や母上にも見えたんだ。この時期は力が強まるらしいよ。だから、僕じゃなくても見えたんだね。父上と母上も握手したら?

 ヴォルフガングは笑いながらそう語った。しかし、周囲の者達は素直に喜べなかった。黒森の主はヴォルフガングを枯れ井戸に誘い込もうとしているようだった。それから、しばらく経ったある夜、当主夫妻は夢を見た。

 夢の中に黒森の主が現れた。

 レーヴェ家に残された言い伝え通り、黒髪の女神だった。鏡面の無貌を直視してはならない。当主夫妻は夢の中で目蓋をすぐに閉じた。

 リリトゥナはレーヴェ家の人間なら見ても大丈夫と語った。だが、当主夫妻はけして目蓋を開かなかった。リリトゥナは当主夫妻に懇願した。ヴォルフガングともっと触れ合いたい。梯子を作って、枯れ井戸の底にヴォルフガングを降ろしてほしいと頼んできた。

 とても嫌な予感がして、当主夫妻は丁重に断った。

 黒森の主は泣き縋る口調で何度も頼み込んだ。恋する女の情欲が漏れていた。幼児だったヴォルフガングが声変わりし、男らしくなってきた頃の出来事だ。

 女家庭教師ガヴァネスのダミエーラを雇うときも、黒森の主は強く反対していたという。読み書きや教養なら自分が教えていると言い張った。今でこそダミエーラの忠勤を認めているが、最初の一年目は何とか追い出せないかと粗探しをしていたとヴォルフガングから聞かされた。

「ヴォルフ坊ちゃん。井戸の底に降りてはいけませんよ」

「分かってる。でも、リリトゥナは僕に悪さをしないよ。小さい頃から井戸で会話したり、夢の中で仲良く遊んでるんだ。皆は心配し過ぎ」

「危害を加えるとは思っていません。しかし、ヴォルフ坊ちゃんは黒森の精霊様に好かれ過ぎています。帰してもらえないかもしれない。当主様と奥方様はそれを恐れています。……私もですわ」

「考えすぎだと思うけど……。じゃあ、ダミエーラも一緒に降りてみる? 井戸の底なら声が聞こえるかもよ?」

「どうでしょうね。精霊様の声に興味はありますが、私はレーヴェ家の血族ではありません。たぶん、聞こえないと思いますよ。夢の中にだって一度も出てくれないのですから」

「それはダミエーラが教会の聖徒だからだよ。夢の中に入れないんだ。ちゃんとした信仰心があるからね」

「ここでは私が異教徒ですし……。嫌われているのかもしれませんわね」

「そうでもないよ。ダミエーラは剣術や馬術を教えるのが上手だって褒めてた。も羨ましがってたよ。もっと若かったら嫉妬してたって」

「あら。そうでしたの。今でも若いつもりなのですけれどね」

「リリトゥナはね。隣町の司祭とかが嫌いなだけで、他の宗教はどうでもいいと思ってるみたい。黒森の外に興味が無いんだ。地元最高だってさ」

「ふふ……。郷土愛がある精霊様ですね。人間味があって親近感が湧きますわ」

「ああ、そうそう。ダミエーラに確認しなきゃいけなかった。伯爵令嬢のお友達を招くって本当? リリトゥナが気にしてたよ」

「あれは奥方の早合点ですわ。私の旧友にベロニカ様という伯爵家の令嬢だったかたいらっしゃいますが、幼少期に家出をされて冒険者になってしまいました」

「伯爵家のお嬢様が冒険者に? すごいね」

「お招きすれば面白い冒険譚を沢山聞けたかもしれません。しかし、今はヒースウッド修道院にご隠居なさってます」

「ご隠居? なんだか……お爺さんやお婆さんみたいだ。僕の祖父も生きてた頃は旧館に隠居してたけど……。八十歳とかだったよ。そのお嬢様は何歳?」

「ベロニカ様は私より年上ですわ。今年で四十ですわね。いえ、私の三つ上だから……三十九歳かしら?」

「大人な女性だね」

「はい。奥方様の勘違いを正すのに苦労いたしましたわ。ベロニカ様を坊ちゃんと同い年と勘違いして……ふふっ……」

「どうしたの? ダミエーラ? 急に笑って」

 ヴォルフガングは首を傾げている。ダミエーラが笑ってしまったのは、伯爵令嬢ベロニカとヴォルフガングの見合いを奥方が目論んでいたからだ。

 奥方は伯爵令嬢ベロニカをダミエーラが教育を受け持った少女と勘違いしたのだ。その後、ダミエーラより年上の未亡人だと判明し、水面下で進んでいたお見合いの計画は水泡に帰した。

「いいえ。ところで話は変わりますが、ヴォルフ坊ちゃんはどんな女性と結婚されたいですか?」

「ダミエーラみたいな淑女レディかな」

「あら。嬉しいですわ。ヴォルフ坊ちゃんは口説き上手ですわね」

「ダミエーラは結婚しないの?」

「しないのでなく、できないのですよ。行き遅れてしまいましたわ。ヴォルフ坊ちゃんのような奇特な貰い手は、そうそうおりませんもの」

「じゃあ、僕も見込みありなわけだ。あはは」

「ヴォルフ坊ちゃん。年上の女性を乗せるのは程々になさってくださいね。お世辞を本気で受け取る女性もいるのですよ」

 ダミエーラは想像すらしていなかった。

 こんな冗談を交わしている自分が十三歳のヴォルフガングに高齢処女を捧げ、レーヴェ家の娘を産む日が来る。それは年内に起こる出来事だ。さらには一年後、ヴォルフガングは話題に上がった未亡人ベロニカとも結ばれ、子宝に恵まれる。

 枯れ井戸の底に蠢く闇は、石壁を這って這い上がる。幽体の身では現世に顕現できない。幼児の頃から見守ってきたヴォルフガングが、ダミエーラと楽しげに話している。

 嫉妬で心が燃える。だが、ダミエーラに醜い憎悪は向けない。羨ましいだけだ。レーヴェ家の女家庭教師ガヴァネスはよく働いている。奥方の厳しい鑑識眼は正しい。優秀な人材を引っ張ってくれた。

 ダミエーラのおかげで荘園を守る自警団は強くなった。ヴォルフガングの剣術と馬術は上達した。あと数年もすれば何処に出しても恥ずかしくない立派な青年になる。

(あぁ……。可愛いヴォルフ坊ちゃん。食べてしまいたいくらい愛おしい。年上の女でもいいなら、私だって……)

 もう一度、当主夫妻に夢の中でお願いしようと考えた。不遜な願いなのは分かっている。しかし、レーヴェ家の人間でも、リリトゥナとここまで交流できる人間は稀有けうだ。

(レーヴェ家の初代当主様を思い出すわ。私の大親友……。あの時は私が男だったらと願った。結局、そのせいで彼女との関係は主従と友情で終わった。でも、今は私が女神でよかったと思ってる。……ヴォルフ坊ちゃん……。どうすれば私を見てくれるだろう……? 井戸の底に降りてきてほしい)

 黒森の主は枯れ井戸の底に帰った。

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