講義の邪魔になってはいけないと思い、クロエは早足で礼拝堂から立ち去る。崇高な眼差しの乙女達に、引け目を感じていたせいもあった。
(私にはあの乙女の存在が眩しすぎる。聖女のマーテル様も⋯⋯まるで太陽のよう⋯⋯。穢れてしまった私には直視できないわ)
悪魔の愛人となる前であれば、クロエは誇らしげに武勇伝を語っていたかもしれない。あるいは得意だった剣技で修道女達を指導していただろうか。
(騎士の剣を捨てて⋯⋯どれくらい経ったんだろう⋯⋯)
今のクロエは騎士と名乗れなかった。悪魔の辺境伯シャイターンの領地に囚われた二年間、クロエは淫奔な生活を送った。悪魔の愛人として、ひたすら性奉仕に身を注いだ。剣の振り方を忘れ去り、燃え盛っていた闘志は次第に失せていった。
(私はまだ、心のどこかで悪魔に抱かれていた過去を懐かしんでいる⋯⋯。あぁ、なんで恥ずかしい。いやらしい女なの)
悪魔の男根を握り、股を開く淫悦な日々。悪魔の子を孕み、心身が堕落したとき、クロエの魂は穢れた。
(私は弱い女だ。魔女になる運命を受け入れてしまった。悪魔の誘惑に屈してしまった⋯⋯。きっとマーテル様やあの礼拝堂にいる修道女達であったなら⋯⋯。悪魔に惚れたりしなかったはず⋯⋯)
クロエは下腹部を押さえる。悪魔に明け渡した子宮には、聖女マーテルの奇跡をもってしても拭えぬ痕跡が刻まれている。
(私は悪魔と愛し合った穢れた淫女⋯⋯。今さら⋯⋯昔のようには⋯⋯。もし再びシャイターンに会ってしまったら⋯⋯私は⋯⋯!)
クロエは魔界から逃れられる日が来るとは思っていなかった。シャイターンに飼われて生涯を終える。卵子が尽きるまで、角の生えた悪魔の赤子を産み落とす。覚悟はしているつもりだった。
(今さらどうしてなの⋯⋯? 送り返されるなんて⋯⋯。いっそ戦場で死んでしまっていれば⋯⋯!)
捕虜交換による解放。これはシャイターンにとっても予想外だった。神軍と勝手な取り決めを交わした魔神王に、シャイターンは酷く立腹していた。
一方的な魔神王の要求を突っぱねようとしたが、正妻の大淫婦ジャンヌは「愛人一人のために我が侭を言うな」と夫を叱りつけ、シャイターンは渋々の態度でクロエを手放した。
思わぬ幸運で救い出されたが、実家の両親は変貌したクロエを見て絶句し、聖女マーテルに助けを求めた。それが一年前の出来事だった。
(きっと父上と母上は、悪魔に囚われても私が誇り高い女騎士のままだと信じていたのだろうな⋯⋯。変わり果てた私に向けられた嫌悪の眼差し⋯⋯。あの顔は死ぬまで忘れられない。私が一人娘でなかったら、きっと見捨てられていた)
クロエは死にたくなるほど惨めな気持ちになった。騎士団時代の知り合いとは、絶対に顔を合わせたくない。
(猫毛は抜け落ちて、爪も元に戻ったけれど⋯⋯)
聖女マーテルの奇跡で異形に変じた肉体は元に戻りつつある。だが、鉄鎧で戦場を駆けた精悍で凜々しい女騎士にはもう戻れない。
(私が生んでしまった悪魔の子はどうしているだろう。あの息子はいつか人間を害するようになるのだろうか⋯⋯?)
子どもを産んだせいで、筋肉は栄養を蓄える脂肪に変じ、黒ずんだ乳房からは母乳が湧く。利き腕は剣の握り方を忘れ去っていた。
「まったく⋯⋯。笑ってしまう。父上と母上はこんな私をどこの貴族に嫁がせる気なのやら⋯⋯? 貰い手なんているはずない」
宿舎の私室に戻ったクロエは独り言をぼやいた。魔女になったクロエの肉体は異形化し、化猫の妖魔となった。その過去は絶対に消し去れない。
「ははは⋯⋯。世継ぎを作れない石女が政略結婚だなんて⋯⋯」
子宮に眠る卵子はシャイターンに捧げてしまった。
他の男に抱かれたとしても、クロエが人間の子を宿すことはない。
「――えぇ!? 嘘でしょ? クロエは誰かと政略結婚する気なの!?」
クロエは心臓が口から飛び出るかと思った。
聖なる結界で囲まれたパルセノス修道院に一匹の大悪魔が侵入していた。
「ど⋯⋯どうして⋯⋯?」
穢れなき聖域に存在してはならない淫邪の権化。神軍の誉れ高き女騎士を堕落させた張本人、魔界の辺境伯シャイターンはベッドの上でくつろいでいた。
「うそ⋯⋯。なんで⋯⋯? ここに⋯⋯!? シャイターン⋯⋯さま⋯⋯が⋯⋯?」
幻覚かと疑う。だが、クロエが見ているのは現実だ。少年の体躯、色気を振りまく露出過多の服装、悪魔の象徴である二本角と尻尾。何よりもクロエの視線を釘付けにしたのは股間だった。
恥ずかしげもなく晒す局部の膨らみは、クロエの子宮を孕ませた極太オチンポ。見間違えるはずがなかった。
「なんでって⋯⋯、それは僕の台詞だよ! 捕虜交換で里帰りは許したけど、クロエとの愛人契約は破棄してないんだけど?」
潤んだ瞳でシャイターンはクロエに訴えかける。
「そりゃさ。僕は優しい悪魔だから、ちょっとした浮気は許すけどさ。⋯⋯結婚はないんじゃないの?」
シャイターンの見た目は子供だ。しかし、魔界の大領地を治める辺境伯である。大悪魔に相応しい実力者だった。
「あ⋯⋯ぁ⋯⋯! シャイターン⋯⋯さ⋯⋯まぁ⋯⋯?」
驚いて腰を抜かしたクロエは、泣き出しそうになる。陰裂から湧き出した愛液が下着を濡らし始めた。自分があまりにも情けなかった。
(マーテル様に罪を告白したばかりなのに⋯⋯! パルセノス修道院に預けられてからの一年間⋯⋯私はずっと悔いていたのに⋯⋯! なんで⋯⋯? どうしてよ⋯⋯!! 卑猥な気持ちが⋯⋯抑えきれない⋯⋯!)
座り込んだままのクロエは逃げ出せず、かといって抗うこともできなかった。
「僕はクロエと会いたかったよ。クロエも同じ気持ちなんだよね?」
悪魔の嗅覚は、発情した女の淫臭を嗅ぎつける。シャイターンは嬉しそうな笑みを浮かべる。真っ黒な牙が唇の隙間から垣間見えた。
「ねえ。クロエ♥︎ 結婚だなんて冗談でしょ? だって、僕のオチンポに誓ったもんね。忘れちゃった⋯⋯? だったら、ここで思い出させてあげようか?」
寝そべっていたシャイターンはベッドから下りて、腰を抜かしているクロエに近づく。ショートパンツのファスナーを開帳し、勃起した極太オチンポを見せつける。亀頭がクロエの鼻先に突きつけられた。
「ほぉ~ら? どう? クロエが大好きな悪魔オチンポだよ。魔界で暮らしてたときは、毎日キスしてくれたよね」
「あぁ⋯⋯ぁ⋯⋯♥︎ はぅ⋯⋯♥︎」
クロエの瞳孔にハート型の淫紋が浮かび上がる。脳内を駆け巡るのは、シャイターンと愛し合った二年間の爛れた過去の記憶。聖女マーテルの聖印がクロエを引き留めるが、悪魔の誘惑は圧倒的だった。
「クロエが恋しくて僕はわざわざ追いかけてきたんだ。それなのに⋯⋯。僕を忘れて⋯⋯ほかの男と結婚する気だったの? そんなの酷いよ。泣いちゃいそう」
シャイターンはクロエに泣きつくような声で語りかけた。堕落した魂を呼び戻すため、さらに続けて拐かしの言葉を囁いた。
「また一緒に暮らそう。クロエが産んでくれた赤ちゃんは元気に育ってる。僕らの可愛い息子クシャラ。会いたいよね? 愛おしいでしょ? ママに会いたがってる。だから、戻ってきて⋯⋯。お願いだよ⋯⋯。クロエ、僕達を捨てないで⋯⋯?」
クロエは異形化した身体を治すため、祈り続けてきた。
己の罪を認め、悪魔と交わった過去を悔い改め続けた。妖魔の肉体を捨て、魔女から人間に戻ろうとしていた。だが、シャイターンは一年間の努力を台無しにしようとする。
「魔法をかけてあげる。本当のクロエに戻ろうよ。クロエは女騎士なんかじゃない。僕だけの愛おしい魔女なんだからさ」
「あっ♥︎ あぁっ♥︎ シャイターン様⋯⋯♥︎」
「じゃあ、誓ってもらおうかな? できるよね?」
「はぁ⋯⋯んぁ⋯⋯♥︎ はぅうっ⋯⋯♥︎」