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〈魔法と奇跡のミスティリオン ~最強を喰らう最弱の聖導士~〉 【8話】シュトラル帝国の暗闇

「アルヴァンダート卿、あのエルフは何者ですか?」

 ルフォンの医務室にはアルバァンダートが招かれていた。

 魔法医師のルフォンは、シャーロットの家庭教師を兼任している。第五魔法の回復ヒールを極めた魔導師であり、ジェルジオ伯爵領の衛生管理を任された優秀な魔法医だった。

 しわの目立つ老女であるが、鋭い目付きに灯る力強さは若輩を圧倒する。鷹のような雰囲気の女性だった。いつも定規のように真っ直ぐな姿勢で、性格が身体的特徴に現われていた。

 奔放なシオンは領主夫妻や養父のアルヴァンダートからも甘やかされている。そんな悪ガキをいつも叱りつけているのがルフォンである。しかし、今回は珍しく、詰問の相手がアルヴァンダートだった。

「よもやルフォン先生の口からその質問が出てくるとはのう。驚きじゃ」

 アルヴァンダートは鼻先で笑った。しかし、ルフォンは笑い事ではないと語気を強めた。

「今さらシオンの素行をどうこうは言いません。叱りつけたところで、風に向かって説教するようなものですからね。もう諦めました。しかし、ジェルジオ伯爵家に仕える魔法使いとしての義務は果たしますよ」

「ほほう? 義務とは?」

「そういう態度を取られるのなら、ジェルジオ伯爵家の魔法使いとしてお訊ねしましょうか。あのエルフは何者ですか?」

 ここ数週間、城内の話題はシオンが連れ込んだ黒髪の美しいエルフについてで持ちきりだった。

 魔法使いのレヴィアは、ジェルジオ伯爵に逗留とうりゅうの許可を願い出た。城に宿泊している間、レヴィアは魔法に関する仕事をこなすと提案した。

「レヴィア殿はシオンが見つけて連れてきた。たいそう可愛がられておる。それ以上のことは儂も知らぬよ」

「それだけですか⋯⋯?」

「ふぅふぅ。紅茶が熱すぎて口を付けられん。舌を火傷してしまいそうだ」

 アルバァンダートは紅茶に息を吹きかけて冷ましている。見かねたルフォンは魔法の冷気で、ちょうど良い温度に調整した。

「ありがとう。ルフォン先生。飲みやすくなった。魔法は実に便利じゃな」

「話を逸らすのなら、私の見解を述べましょう。レヴィアさんの実力は第七魔法の熟達者マスター以上です。あるいは第八魔法に挑む覚醒者アルティメットかもしれない」

「どうじゃろうな」

「シュトラル帝国の魔法学院でもそうはいませんよ。使の高みに辿り着いた者は⋯⋯」

「そうじゃのう。シュトラル帝国でさえ、現代の魔法使いで第七魔法の覚醒者アルティメットに辿り着いた人間は何人いるのかのう。それこそルフォン先生の師匠くらいなものだ」

「第八魔法は特別です。私の師匠は未だに辿り着けずにいる。ひょっとしたら、これからもずっと⋯⋯」

「結局、ここ百年で第八魔法の領域に足を踏み入れたのは、だけのようじゃな」

「大魔法使いイヴァラク=ナイトウォーカーのことですか?」

「うむ。旅先でも彼奴の話を耳にした。あまり良い噂は聞かぬ。心を入れ替えてくれることを祈っておるよ。才能だけは頭抜けた奴じゃ。おそらくは近代で最強の魔法使いじゃろうな」

「ここ百年に限った話ではあります」

「⋯⋯⋯⋯。エルフは長生きじゃからのう」

「エルフ族の魔法事情はシュトラル帝国の辺境まで流れてきません」

「そうじゃな。レヴィア殿の年齢はどれくらいじゃろうな」

「アルバァンダート卿のお知り合いではないのですね?」

「くどいな。疑心は魔法使いの欠点じゃぞ。レヴィア殿と面識はなかった。儂が招いたわけではない」

「本当に?」

「嘘は言っておらん。エルフ族は儂らよりも魔法の才能に秀でておる。第七魔法を会得していても不思議ではあるまい。魔法大国を自称しておるシュトラル帝国じゃが、第三魔法までしか使えぬ〈〉止まりは案外多い」

「魔法教育を貴族に限定しているからでしょう。本来、推薦入学枠は非貴族の入学を認めるための制度でしたが機能しておりません」

 使でなければ爵位は継げない。しかし、それは広義の意味における魔法使いであった。大聖女が定めた人類魔法体系には位階が存在する。

 第一魔法から第三魔法は魔術師。

 第四魔法は高位魔術師。

 第五魔法は魔導師。

 第六魔法は大魔導師。

 第七魔法は魔法使い。

 第八魔法は大魔法使い。

 厳格な魔法位階が定められているが、知識のないもの達からすれば、魔法を使う者はすべて〈使〉に見える。

 事実、第一魔法であっても〈魔法〉には違いないのだ。そう呼ぶのは致し方ない側面がある。そのため、第七魔法を修得した者達に対し、同業者は畏敬の念を込めて〈真なる魔法使い〉と呼んだ。

「なぜ〈真なる魔法使い〉が帝国の辺境に現われたと思われますか? それもエルフです。西の森からジェルジオ伯爵領までは距離があります。このあたりで森育ちのエルフはまず見かけません」

「遺跡で眠っておったそうじゃ。出身が西の森とは限らん」

「魔法使いに奇人変人が多いのは認めましょう。しかし、それが理由になりますか?」

「ふぉほっほほほほ。ルフォン先生もその部類じゃぞ。第六魔法を目指さず、医道の探究にのみ没頭した。才能の無駄遣いだと師匠に罵られたそうじゃな」

「位階が全てではないでしょう。そもそも第六魔法以上は日常生活で使う機会がありません。私は魔法医を目指しておりました。野心家の師匠とは違います」

 ルフォンは師匠と大喧嘩をして、帝都を飛び出してきた。彼女にとって魔法は人を救う方法だった。

 第五魔法の回復ヒールこそ、追い求めていた至高の御業だった。第六魔法に挑むより、第五魔法の探究をルフォンは選んだ。しかし、師匠は愚行と罵った。才能をどぶに捨てた断言した。

「ルフォン先生であれば共感できるはずじゃろう。レヴィア殿は穏やかな日常を愛しているのではないかな。ジェルジオ伯爵領は喧騒とは無縁。老骨が最期を終えるには良い場所じゃ」

「アルバァンダート卿。相手は第七魔法を使えるほどの人物なのですよ。警戒すべきです」

「レヴィア殿はジェルジオ伯爵家に仕える気はなさそうじゃぞ。仮にそうだったとしても、伯爵様は魔法使いが増えると大喜びするはずじゃ。ルフォン先生も仕事が楽になるじゃろ?」

「心外ですね。自分の地位が脅かされるのを懸念しているように見えましたか?」

「ふむ。そうではないようじゃな」

「レヴィアさんはご自分がどこから来たかさえ説明できていない。あまりにも不自然です。アルバァンダート卿の知人でもないのなら、怪しむべきでしょう。その気になれば、あの正体不明のエルフは伯爵様や領民を魔法で洗脳できるのですよ?」

「第六魔法の幻影イリュージョンはそこまで便利な魔法ではないぞ。もし魔法で完全な支配や洗脳が可能であれば、世界の覇権は竜族が握り続けていた。人の心を操るのは、魔法をもってしても困難じゃよ。心はモノと異なる」

 アルバァンダートは空っぽのティーカップを差し出す。

「ルフォン先生がレヴィア殿に抱いている懸念は杞憂じゃよ。おかわりを頂けるかのう?」

 不服そうな顔のルフォンは、紅茶のおかわりを注いだ。

「分かりました。シャーロットお嬢様の件はどうでしたか? 予定通り、帝都の魔法学院に?」

「うむ。木を隠すなら森の中じゃ。シャーロットお嬢様の魔力は目立ち過ぎる。帝都のほうが良かろう。魔法の知識を学ぶためにも⋯⋯」

「いつまでも隠しおおせるでしょうか? 古代竜を信奉する怪しげな連中が蠢動しゅんどうしております。イヴァラク=ナイトウォーカーの配下は帝都にもいるはずです」

「竜紋の魔法使い達は、古代魔法の遺物を収集しておる。その一方で粗悪な魔法具を製造し、密売で資金を荒稼ぎした。神秘結社ドラゴノイドと名乗っておるそうだ」

「神秘結社? ドラゴノイド?」

「ルフォン先生の師匠が調べた。新派を起こし、魔法使いに変革を⋯⋯と煽っているそうな。表向きの理想はご立派なのだがな。魔法教育の平等化、貴族特権の廃止、魔法による利益の平等分配⋯⋯。支持する者は増えておる」

「裏にいるのがイヴァラク=ナイトウォーカーなら期待はできませんね」

「神秘結社ドラゴノイドは反権力を掲げておる。しかし、自分達が権力を握れば豹変するであろうな。力の虜となる⋯⋯」

「シャーロットお嬢様の才能は本物です。私など一年もあれば追い越してしまうでしょう。間違いなく都で目立ってしまいます。そうなれば十二年前の秘密を探る者が現われるやもしれません」

「儂らにできることは限られておる。お嬢様は周りに気遣われるほど弱い御方ではない。だからこそ、課せられた運命に立ち向かう力を学んでもらわねばならぬ」

 

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