異世界転生の切っ掛けは、ゲームコミュニティのチャットで届いた奇妙なダイレクトメッセージだった。
「なんだこれ。てか、こいつ誰だよ?」
失業中だった鬼窪王緑は、求職活動をしながらゲームに勤しんでいた。最悪な経済状況で日本は失業者で溢れている。王緑のような無職は珍しくなかった。
第三次非核大戦後から続く、最悪の不景気。貧富の格差は広がり、治安は年々悪化している。国外も似たような状況で、米国と中国が国交断絶してからは、転げ落ちるように世界情勢が緊迫化している。
悲惨極まる現実世界からネットゲームに逃避する人間は増えた。
王緑はテレビを見ない。「未来はもっと悪くなります」そんなニュースしか報じられないからだ。
天気予報でさえ、化学兵器や核兵器の実験で、汚染物質が降り注ぐだとか、そんなのばっかりだ。
「いや、マジで誰だコイツ? フレンド登録してないよな? ID検索で俺を見つけて、直接メッセージを送り付けてんのか? スパムじゃねえだろうな」
内容を見ずに削除しても良かった。しかし、そうできない理由がある。文頭に自分の本名がフルネームであった。
――鬼窪王緑さんへ。私の世界に参加してみませんか。ご返信、お待ちしてます。
メッセージを送ってきたアカウントのユーザー名を見る。〈WORLD MASTER〉という見知らぬ名前があった。
フレンド登録をしていればアイコンに友人マークが付く。それがないのなら、今まで交流が一切なかったユーザーだ。
「なんで俺の本名を⋯⋯。ワールド・マスター? こいつスゲえな。ユーザー名に数字がない。サービスの開始初期じゃなきゃ、こんなありふれたユーザー名を取れないだろ」
王緑が使っているチャットツールは、世界的に普及している。ゲームプレイヤーでアカウントを持っていないのは、情報統制国家で自由に通信できないなど、特殊な環境にいる人間くらいだ。
「あっ! 分かった。これ運営だな! くそ! 分かりにくい名前を使いやがって。公式運営のメッセージなら、そうしろよな」
本名を教えたネットの友人はいない。しかし、チャットサービスのアカウント登録時、運営に対しては本名や住所を明かしている。
〈WORLD MASTER〉のユーザー名に数字が含まれていないのも納得だ。運営が使っているアカウントで、最初からIDを取得していれば、名前の奪い合いは発生しない。
(私の世界に参加してみませんか⋯⋯。分かったぜ。これはテスターの誘いだ。たまにあるんだよな。運営経由なら、それなりのビッグタイトルな予感がする。どうせ仕事は決まらねえし、ボランティアでもやってやるかな)
王緑は軽い気持ちで届いたダイレクトメッセージを開封した。
――初めまして。鬼窪王緑さん。私はワールド・マスターと申します。真名ではありませんが、こちらの世界で対応する名称が存在せず、便宜上そのように名乗っております。
開封通知が向こうに届いたのか、即座にメッセージが書き込まれた。
「え? 運営のメッセージだよな? これが自己紹介のつもりか? 意味わからんぞ。こちらの世界? ⋯⋯なりきりキャラっぽい。ゲームのテスター募集だよな?」
運営らしくない文体に王緑は戸惑う。しかし、この程度で驚くべきではなかったと後悔する。
――ゲームのテスター募集ではありません。求神です。私が管理する世界で働いてほしい。これは転生スカウトです。
キーボードには触れていない。一文字も返信は打ち込んでいなかった。しかし、ワールド・マスターは王緑の発言に対して答えた。
「おかしいな。パソコンのマイク⋯⋯ミュートだよな⋯⋯? 俺の声は聞こえていないはずだ」
不安になった王緑は安物のマイクをパソコンから取り外した。これで音声を拾うことは絶対にできない。
――王緑さんの声は聞こえています。しかし、思考を読む許可は得られなかったため、私に対する意思表示は必ず発言をお願いいたします。
「冗談だろ。俺の声が⋯⋯聞こえてる?」
――はい。聞こえています。説明を続けてよろしいでしょうか?
「夢でも見てんのか? 俺は⋯⋯?」
――これは現実です。
「インターネットで神を見た。そんなネットミームがあったけど、まさか⋯⋯ワールド・マスターさんは神?」
――いいえ。こちらの世界では対応する概念がありません。しかし、私の管理する世界においては、「神」「GOD」「創造主」などに類似する上位存在です。
「異世界の⋯⋯神様⋯⋯?」
――そう呼ぶのは構いませんが、私はそんな低劣な存在ではありません。
「まぁ、いいや。ワールド・マスターさんが超常的な存在だってのは⋯⋯認めてもいい。そっちのほうが面白い。幻覚や妄想よりも、信じたい気持ちのほうが勝った」
――受け入れるのが早くて助かります。人選は正しかったようです。
「求神ってあるけど⋯⋯どういうことだ?」
――私の世界に参加し、働いていただけませんか。やりがいのある役割を用意しております。ある種族を繁栄させる大神です。
「異世界の大神になる。つまり異世界転生か?」
――はい。記憶や人格は維持されます。ご安心ください。
「俺の身体はどうなるんだ?」
――こちらの世界で使っていた肉体は消滅します。私の世界で大神は実体を持ちません。奉仕種族の身体に憑依、あるいは受肉するなどは可能だと思います。
「面白そうではある。他にも転生する人っているのか?」
――王緑さんだけです。他は許可が下りませんでした。ケチですよね。
「許可ってことはさ。こっちの世界にもワールド・マスターさんみたいな⋯⋯。その、要するに、世界を支配する超常的な存在がいるのか?」
――ええ。詳しくは明かせませんがいますよ。増えすぎたので人類を半分まで減らすと意気込んでいました。
「なっ!? 物騒すぎるだろ⋯⋯! 人類を半分まで減らす? 第三次非核大戦で人口が一〇〇億人まで減ったんだぜ。そのさらに半分ってことは⋯⋯五十億人も死ぬのか⋯⋯?」
――約一分後に始まる第四次世界大戦では、終末兵器としてコバルトを用いた水素爆弾が使われます。核の冬により約五十年で人類の総人口は半減する。そう聞いています。長くて雑な計画だったので、ほとんど聞き流してきましたけれど。
「へえ。水素爆弾⋯⋯。次の大戦は大量破壊兵器を使っちまうのか。ん? って⋯⋯おい! おいおい! 核兵器だろ! それ! いや、待った! いま! なんつった? いっぷん? 一分後ぉ!?」
――はい。もう一分を切りましたが世界大戦が始まります。ロンドン、ワシントンDC、ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、ハワイ、グアム、東京、台北など、約二十の都市が核弾頭を搭載した大陸間弾道ミサイルによる攻撃で壊滅します。
「マジ? マジでぇ!? じゃあ、俺がいるアパートは!? 都内にあんだけど!?」
――爆心地に含まれています。王緑さんは蒸発して死ぬでしょう。苦しんで死んだ後、地獄に墜ちて永遠に苦しみます。
「ふざけんな! 死ぬだけじゃなくて地獄行き!? 俺は地獄に落ちるようなことしてねえぞ!?」
――私という究極至高の存在が勧誘をかけたにも関わらず、低劣なゴミ虫が愚かにも断ってきたら⋯⋯。すごくムカつきますよね?
「何を言っているんだ!? 訳が分からんぞ!」
――私に従わなければ、死後の王緑さんを永遠に苦しめてほしい。そうお願いしました。
「は? はぁあ!? お前! なんてことをしてくれるんだ!? 絶対にろくな存在じゃねえだろ!? 本性が透け始めたぞ!!」
――さて、王緑さんの寿命は残り十秒です。骨の欠片さえも残りません。
「おいおい! 嘘だろ!」
――私の世界に参加することを拒否しますか? 拒否しちゃうんですか? このままだと地獄に堕ちますよ? 私が創った世界なら、貴方は崇め奉られ、畏怖される大神になれます。このビッグチャンス。乗るしかありませんね?
「クソ野郎め! そんなのもう選択がねえじゃねえか!? やるよ! やるに決まってるだろ! 異世界転生する! このまま死ぬくらいな――」
十秒が過ぎてしまった。
水爆。人類が開発した最凶最悪の大量破壊兵器。
第三次大戦では各国が使用を自制した。ゆえに非核大戦。強大過ぎる破壊兵器は人類を滅ぼしかねない。まだ人間は理性を保っていた。しかし、この日、人類は狂気に取り憑かれてしまった。
(あぁ⋯⋯。爆風だとか、轟音だとか、それよりも早く閃光が⋯⋯真っ先に⋯⋯)
鬼窪王緑の視界が真っ白に焼ける。太陽が炸裂し、超高熱の光線がありとあらゆるものを溶かした。
蒸発した肉体は爆風で建物ごと消し飛ぶ。身体から抜け出た魂だけを誰かが掴む。
「――さあ、参りましょう! 私の世界へ!!」
何のために生まれてきたのか。人生の終わりを噛み締める間もなく、ワールド・マスターを名乗る存在は鬼窪王緑を異世界に引きずっていった。
◆ ◆ ◆
――異世界転生。
水爆を打ち合う狂気の終末世界から逃げ出せた。本来ならばラッキーだったと大いに喜ぶべきだ。
(死んじまった。だが、喜んでいいのか⋯⋯?)
異世界転生を起こしたワールド・マスターは頼みを断ったら腹いせで、王緑を地獄に落とすように仕向けていた。そんな存在はほぼ間違いなく悪であろう。
(地獄で永遠に苦しむよりは⋯⋯いいのか⋯⋯?)
王緑は後悔した。もしかすると地獄よりも苦しく辛い世界が待っているかもしれない。
異世界転生後は大神にしてくれるとワールド・マスターは説明した。だが、詳しい内容はまったく聞かされていなかった。
「私の世界にようこそ。鬼窪王緑の名前は捨ててくださいね。前世に愛着がありますか? 使いたかったら別にいいですけど」
(真っ暗闇だ。死後の世界ってこんな感じなんだ⋯⋯)
「ここは私が統べる世界の裏側です。貴方はこれから大邪神となります」
(待て。大邪神だと⋯⋯? 転生前は大神って言ってよな?)
正社員の求人に募集したはずなのに、契約社員で働かされそうになったブラック企業を思い出した。
「大神には違いありません。異界で侮蔑され、虐げられ、この世の美しきものを全てを憎悪し、嫉妬に狂った異界の邪神です!!」
(あのさ⋯⋯。俺、そこまで性格捻じ曲がってないぞ)
「えぇ!? まさか真面な善神に生まれ変われるとでも思ってたんですか!? 正気ですか!?」
(なんでそこまで驚くんだよ。確かに無職で、蔑まれて、嫉みもあったけど⋯⋯。犯罪行為はしなかったぞ?)
「これまたご謙遜を。ゲームの世界では酷いことをやりまくっていたでしょう」
(ひょえ⋯⋯? なっ! なんで知ってる?)
「私、全知全能です」
(全知全能⋯⋯? ん? んん? お前、俺とどっかで⋯? その棘のある毒舌口調。既視感あるんだが?)
「ヒントをあげます。私、ゲームプレイヤーとして貴方と遊んでいました。誰か当てることができれば、ご褒美を授けましょう」
(俺と一緒にゲームをしてたプレイヤー。じゃあ、俺のプレイスタイルを⋯⋯知ってるのか?)
「初心者を狩りまくり、嫌がらせプレイで新規の心をへし折る。掲示板や動画サイトで晒すのも愉しかったですね。その陰湿さを私は高く評価してます」
(酷い言いがかりだ。ゲームのルールは守ってたぞ)
「そう、そこです! 貴方はルールを守る。しかし、道徳心はありません。皆無です! だからこそ、大邪神の適性があります!」
(褒められてるんだろうが、ちっとも嬉しくねぇ⋯⋯)
「他の人間だと良心だとか、善性が邪魔して、役割を果たしてくれないんです。貴方の歪みきった精神性であれば、きっと大邪神をエンジョイ&エキサイティングするでしょう」
(俺が転生する大邪神って⋯⋯要するに何なんだ⋯⋯? 魔王になれってことか?)
「醜悪なゴブリンが奉る邪悪なる大神です」
「ごぶりん? それってゲームの敵モンスターでよく出てくるゴブリンか?」
「私の世界には多種多様な種族が暮らしています。貴方が生まれたテンプレ手抜き世界よりも面白味がある世界です」
(剣と魔法の世界っぽいな⋯⋯? それって俺が考えているようなファンタジー世界?)
「ええ。稀に夢で異世界と交信する者がいます。あちらの世界で空想とされる生物は、私の世界では実在するのです。世界は隔絶していますが、干渉し合っています。ああ、元の世界に戻れるなんて期待は持たないことです。戻ったところで、貴方は永遠に地獄で苦しみますよ」
(だから、ゴブリンの神様を頑張ってやれと⋯⋯?)
「ええ。これまで低知能なゴブリン族に種族神は設定していませんでした。小鬼なんて雑魚い魔物ですからね。繁殖力も強めにしてたので、放っておけば増える経験値稼ぎモンスターだったんですよ。でも、ちょっとした問題が発生しました」
(どんな問題だ?)
「人間が七つの宝玉を集めたら、一つだけ私が願いを叶える。どうせ誰もできないだろうと思ってたら、達成者が出ちゃいましてね。宝玉を集めた冒険者はゴブリンの絶滅を願いました」
(その冒険者はゴブリンに親でも殺されたのかもな)
「そうらしいですよ。故郷の村をゴブリンに滅ぼされたとかで⋯⋯まあ、ありがちな逆恨みでゴブリンを絶滅させてくれと願われたわけです。しょーもないですよねぇ? もっとマシな願いあるでしょうに!」
(お前の性格が悪いのはよく分かった)
「特定の種族を絶滅させる願いは無理だとゴネました。そんな願いは不健全です」
(最低だな)
「たとえ魔物であろうと意味があってこの世界にいます」
(苦労して宝玉を集めたであろう冒険者が気の毒になってきたぜ。⋯⋯てかよぉ、七つの宝玉を集めたら願いを叶えるって設定⋯⋯どこかで聞いたような⋯⋯?)
「冒険者のほうも理屈屋で、あーだのこーだのと言ってきて、面倒だったからゴブリンの繁殖力を低くしてあげました。地道に駆除していけば、いつかは絶滅できる。それでやっと納得してくれました」
(じゃあ、ゴブリンの数は減ったのか?)
「減ったどころかゴブリンは絶滅寸前です。雌のゴブリンが産まれなくなってしまったせいで⋯⋯。種族全体の繁殖能力を下げたつもりが、雌の出生率がほぼゼロになってしまったみたいです。人間達は時間をかけてゴブリンの雌を駆除し、もうゴブリンは雄しかいません」
(雌がいないなら絶滅確定だ。調整ミスってんじゃねーか!)
「はぁ? 私は間違いなんかしませんが?」
「⋯⋯ああ、そうですか。お前、俺とゲームしてて、フレンドだったなら⋯⋯何人か思い当たるヤツがいるぞ。プレイミスを頑なに認めねえタイプだろ」
「私はプレイミスだってしていません。ともかく、これからゴブリンを復興させる種族神を降臨させます。そう、貴方です! 貴方は私のために、世界を甘っちょろいとなめくさってる人間を懲らしめるのですよ」
(なんでそうなる? そういうのが趣味か⋯⋯?)
「これは被造物に対する躾です。適度に痛めつけないと私への敬意を忘れてしまう。貴方が元々いた世界で人口を半減させるのと同じです。ただし、私は大洪水や世界大戦みたいなバカっぽい手段は使いません」
(俺は今、知りたくなかった聖書や人類史の真実を知ってしまった気がする)
「さあ、君臨しなさいっ! 大邪神ウィリディス⋯⋯。いや、ちょっと待ってください。名前が格好よすぎますね。ライムグリーン⋯⋯は安直過ぎる⋯⋯。うーん。どうしましょう。考えていませんでした」
「面倒だし、鬼窪王緑のままでいいよ」
「あ! 決めました。ウォーロック694にしましょうか」
「それ! 俺がネットで使ってたアカウント名じゃねえか!!」
「数字は省略していいですよ。それでは頑張ってください」
「おわぁっ! ちょっ! 足下にいきなり大穴が! 落ちそうなんだけど! やばいぃい! 落ちる! 吸い込まれる!!」
「一つだけ忠告しておきます。邪神とはいえ、不滅の神格持ちなので、貴方を殺す手段を人間は持っていません。安心してください」
「神だから最強チートなんだな? そうなんだよな!? ん? 待て! おかしいぞ! 忠告なのに『安心してください』ってどういうことだよ!?」
「ただし、ゴブリンが絶滅したら神格は没収です。信仰がなければ神は存在できません。ゴブリンが滅びたとき、貴方は永遠の苦しみを味わうことでしょう」
「そういうゲームオーバーの条件はもっと早く説明しろ! 他には!? 言い忘れてることあるだろ!」
「まぁ、後は流れで⋯⋯」
「お前! 説明が面倒臭くなってきただろ!」
「何とかなりますって。知恵を尽くしてゴブリンを繁殖させてください」
「待て待て! チュートリアルが雑すぎる! そもそもゴブリンは雄しかいないんだろ!? どうやって増やすんだよ!?」
「大邪神ウォーロックが降臨すれば、ゴブリンは人間族と異種交配できるようになります。雄が五匹です。五匹は残機と思ってください。童貞だからって、私の助けは期待しないように! はやく地上に堕ちてください!」
「おいぃ! 雑すぎるだろ! ん? 待て、俺を童貞って呼ぶのは⋯⋯! あぁああ! お前! お前! お前えぇええ! 分かったぞ! 俺がギルマスしてたMMORPG『青天儀礼』の問題児だった〈†創世の全知全能者†〉だろ! クソ中二病患者! 中身はマジモンだったのか!」
「ちっ、違いまーす。開発で十年かかったくせに、一年ちょっとしか持たず、サ終したクソゲーなんかやってません。まったくもう! 早く落ちて! さっさと降臨してください!」
「この野郎! ソロプレイで詰んでたお前を救ったのは誰だ! 恩を仇で返しやぁ、ぎゃああああああああぁぁーー!! やばい! やばいぃい! 俺、バンジージャンプとかそういうの無理! マジ無理! 落下系は無理なんだってぇええええーー!!」
暗闇にポッカリと空いた大穴は地上に繋がっている。ゴブリンの種族神、穢れた小鬼の邪神は世界に堕ちていった。
「ふぅ。王緑さんは本当に騒がしい人です。おっと! これからは大邪神ウォーロックでした。無理をしてまで、あちらの世界から引き抜いたのですから。たっぷり愉しんでくださいよ。究極至高の私が運営するこの世界を!」
こうして無職ゲーマーだった鬼窪王緑は、大邪神ウォーロックに異世界転生した。
◆ ◆ ◆
大邪神ウォーロック。滅びかけたゴブリンの種族神。醜悪な小鬼族が崇め奉る禍々しき上位存在。与えられた権能は人間族との異種交配である。
(馬鹿な全知全能者が繁殖力のバランス調整をミスったせいで、雌ゴブリンはもう産まれない。残りの雄ゴブリンたたった五匹だけ⋯⋯)
実体を失った状態でウォーロックは空間を浮遊している。
(よりにもよって雑魚モンスターの種族神かよ。せめてエルフとかドワーフとか、そういう善の種族が良かった。ゴブリンが絶滅したら俺は⋯⋯クソ。どうにかして増やさねえと⋯⋯)
暗闇の空間、世界の裏側から地上世界に降臨した。廃れたゴブリンの巣穴に大邪神ウォーロックは降り立つ。
(どうやら俺はゴブリンの近くにしか存在できない思念体らしい。邪霊? いや、神だから神霊なのか?)
「ぴぎぃ。ぴぎぃ。がるがぅぅうぅ⋯⋯」
ウォーロックの足下には汚らわしいゴブリンがうずくまっている。この巣穴にいるのは一匹だけだ。
(何にせよ、物理的な干渉は一切受けないみたいだ。ゴブリンからは離れられないが、地面をすり抜けられる。そんでもって俺を見たりすることも無理らしい)
下劣なゴブリンの種族神。禍々しい大邪神であろうと、上位存在の神ではあった。神には種族を導く権能が与えられている。
(ゴブリンの気配は感知できる。五匹のゴブリンは別々の群れで生き残った最後の一匹らしい。五匹とも離れた位置にいる。念じれば他のゴブリンがいる場所にテレポートできそうだ)
絶滅危惧種となったゴブリンを観察する。醜悪で品性を感じさせない小さな怪物。取るに足らない下級の魔物だ。
(今の俺に嗅覚がなくてよかった。これがゴブリンの巣穴⋯⋯。掃除だとか、衛生概念はなさそうだ。こんな汚物塗れの洞窟じゃ、鼻がもげ落ちる。粗末な竪穴式住居が豪邸に思えてくるぜ)
ゴブリンの能力は低い。木々を叩き折って棍棒を作ったり、野生動物の毛皮を引き剥がして腰巻きを作る。道具の意製作スキルはその程度しかないようだ。
――ゴブリン通常種。レベル5。道具作成スキルF。
(レベル5のゴブリン。典型的な雑魚モンスターだ。基礎ステータスが低過ぎる。この棍棒は手作りだな。だったら、罠くらいは作れるか? 最下級ランクのスキルレベルじゃ、単純な落とし穴くらいが限界か?)
ウォーロックは種族神の権能を行使する。意識を集中すればゴブリンの能力値が参照できた。
(神の権能や奇跡だとか、言い換える言葉は沢山あるんだろうが、まるでゲームシステムだな。⋯⋯って、それはそうか。この世界を創ったのは、〈†創世の全知全能者†〉の中身だ。ゲームを参考に弄くり回してるに違いない)
ここ数年、ゲームを一緒にプレイしてきた友人だ。最初の出会いはMMORPG『青天儀礼』で、ギルドメンバーに誘ってからだ。ソロプレイで行き詰まっていたところを手助けした。
ギルド加入後、当人はサブマス気取りだったが、問題児だったのでサブマス(笑)という役職にした。『青天儀礼』は運営がクソであったため、一年数ヶ月でサービスが終了してしまった。その後も〈†創世の全知全能者†〉とは別のゲームで頻繁に遊ぶ仲になった。
(働いてる感じはしなかったし、金持ちのニートか学生だと思ってたが、まさか異世界のワールド・マスターだったとは⋯⋯。そういえば、この前のチャットで『働き口を恵んでやろうか?』って言ってたな。あの野郎め⋯⋯。こういうことかよ!)
巣穴で寝そべっていた貧相なゴブリンは、何かの気配を感じて立ち上がった。大人の半分くらいしか背丈がない。小鬼と呼ぶのに相応しい体躯だ。
(大邪神ウォーロック? ゴブリンの種族神? 笑っちまう。雑魚魔物の世話係じゃねえか。こんなのが五匹で俺の残機だって? チッ! クソが! どうする? 他のゴブリンがいる場所に転移してみるか? いや、やめよう。時間の無駄臭いな。どうせ他のゴブリンも似たような状況だ)
生き残ったゴブリンは臆病な性格だった。ゴブリンの性格にも個体差はあるらしい。記憶を読み取ったところ、常に戦いを避け続けていた。
産まれたときには、群れは大きく衰退した。全体をまとめていた雌ゴブリンが冒険者に殺されると一気に瓦解。人間達に狩り尽くされていった。
(ゴブリンに寿命はなく、病気にもかからない。雌ゴブリンが産まれなくなったのはおよそ一〇〇年前。それから駆除が進んで⋯⋯こいつの群れは約三〇年前に雌ゴブリンを失った。一匹ずつ狩られていき、こいつが最後の生き残りってわけだ)
ゴブリンの記憶を読み取り、この世界に冒険者がいることを知った。魔法使いもいる。
(人間の運動能力は高い。俺が元々いた世界の人間と同じに考えないほうがいいな。冒険者が特別なのかもしれないが、ゴブリンの記憶を見た限りじゃ、ライオン並の速力で森を駆けてやがる。こいつが逃げに徹するのも分かるぜ。一匹じゃ勝負にならねえ⋯⋯)
ゴブリンの強さは数の暴力だ。数十、数百、数千、数万の群れを形成し、犠牲を考えずに突撃する。強さの担保であった繁殖力が失われた結果、種族は滅びかけている。
(さて、どうする? このゴブリンは種族神である俺を認識できるはずだが、知能が低すぎて意思疎通が無理だ。そもそもこいつらは人語を解さない)
大邪神ウォーロックは神格を有する上位存在。この世界には他にも神格を持つ存在がいる。人間に味方する者、中立を維持する者、魔物に味方する者、その勢力はさまざまだ。
(神格は信者数と信仰力で強まる。大邪神ウォーロックは激弱だ。残機のゴブリンは五匹しかいねえし、こいつらは俺を信仰してねえ。まずは種族神である俺を認知させるところからだな。とりあえず触れてみるか。接触すれば、より強く俺を感じ取れるはずだ。⋯⋯うえぇ、汚い。風呂に入れとは言わねえが、水浴びくらいしろよな)
薄汚れた緑肌に触れてみる。大邪神ウォーロックに実体はない。しかし、前世の意識に影響された結果か人影を形成してしまう。
(お? おぉぉっ!?)
ゴブリンの表皮に接触した途端、強い力で引っ張られた。存在がゴブリンの肉体を包み込み、血肉に浸透していった。
「げぇっ!?」
間抜けな叫び声をあげて、ゴブリンはすっ転んだ。大邪神ウォーロックを知覚して驚いたのではない。ゴブリンは自分の手足を眺める。しばらくしてから動かしてみた。
「嘘だろ⋯⋯。俺がゴブリンになった? 憑依? これが受肉か? 大邪神ウォーロックはゴブリンの身体を乗っ取れるのか⋯⋯。これでゴブリンを操れるし、物理干渉もできるが⋯⋯」
緑色の肌は薄汚れている。
「うげぇえ~~。きったねえなぁ。ともかく水浴びだ。近くの川に行こう⋯⋯。身体が垢だらけだ。衛生的にマジで無理! 無理無理!」
ゴブリンに受肉したウォーロックは、記憶を頼りに川辺へ向った。ゴブリンの巣穴は人里離れた山奥にある。普段の飲み水は水溜まりのドブ水だった。身体を洗う習慣はない。
「はぁ~~。最悪の身体だ! 自分の身体として馴染んでるのが気持ち悪いぜ⋯⋯!」
受肉体からの離脱はできそうだった。しかし、肉体に強い負担がかかる。痩せ細ったこのゴブリンは神霊離脱の体力消耗に耐えきれず、絶命してしまう。
(くそ。しくじった。しょうがねえ⋯⋯。体力を回復させるまでは我慢するしかねえな。それに実体があるうちに、いろいろと試したいことはある)
もはや自分は人間を辞めた存在。大邪神ウォーロックであると言い聞かせる。醜悪なゴブリンは自分の大切な生命線。世界にたった五匹しかいない。
(こうしている間にも、他のゴブリン四匹が人間に殺されちまったら、この一匹が残された唯一の残機になっちまう。ためらってる余裕も時間もねえ。人間の身体を捨てたおかげで、善性や倫理観は消えてる。今の状態なら人間を殺せる。殺さなきゃ、俺が消されちまう⋯⋯!!)
小川に辿り着いたウォーロックは、冷たい水で皮膚にこびり付いた垢を落とす。冷たい流水に四肢を洗う。ゴブリンは寒地にも棲み着く魔物だ。この程度の寒さは何ともなかった。
(雌ゴブリンはもう一匹もいない。俺が世界に降臨したことでゴブリンは異種族交配が可能になった。いや、正確にはまだ未完成だ)
ウォーロックはゴブリンの手に泥を付着させる。
(俺はゴブリンに受肉した。神霊憑依されたゴブリンの自我は塗り潰され、俺が主導権を握った。この身体を自由に動かせる。だが、ゴブリンの自我や魂は消えてない。共存状態なのが分かる)
ウォーロックの邪神憑りはゴブリンを飛躍的に成長させる。操っている間の経験や記憶、思考は全てゴブリンの肉体に刻まれる。
(神霊離脱はゴブリンの脳に負荷がかかる。これは一種の成長痛だ。負荷に耐えればゴブリンは強くなる! これまでこのゴブリンは言語能力を持たなかった。俺が憑依した結果で、このゴブリンは高度な言語能力を会得した)
ウォーロックは真っ白な岩塊に泥を塗りたくる。泥で描くのは象形だ。必要な行為、為すべき行動は自然と分かってしまう。
己の神格を強化するためには信仰が不可欠。まずはゴブリンに信仰心を植え付ける。
「ちっぽけな脳味噌に刻みつけろ。これが大邪神ウォーロック! ゴブリンを導く蛮鬼の邪印!! 光栄に思えよ。お前は開祖のゴブリン・シャーマンだ!!」
ゴブリンの邪印。思い付くままに描いたのは、かつてゲームで使っていたギルドマークだった。
「はははっ⋯⋯! 懐かしいぜ。いいじゃねえか。上出来だ!」
初心者狩りで悪名を馳せた日々を思い起こす。ギルメンの〈†創世の全知全能者†〉にはクソダサいと酷評されたが、独力で創り上げた力作だった。小鬼の種族神に与えるのは勿体ないくらいに思えた。
(受肉している間、ゴブリンと俺は互いの精神が相互に影響するみたいだ。ゴブリンの暴力性⋯⋯。邪悪な本能が伝わってくる⋯⋯。これが魔物の凶暴性ってヤツか? 生き延びるために逃げ続けた臆病なゴブリンでこれほどとは⋯⋯。大邪神ウォーロックになった段階で、人間的な人格は消えちまったと思ったが、残滓まで蝕んでくるのかよ⋯⋯)
人間だった頃では絶対しなかった残虐行為が今ならできる。それこそゲームの中ではどんな卑劣なプレイもできたように。右も左も分からない初心者をPKしていった快感。この世界で言い換えるなら生まれたばかりの乳児を殺すのと同じだ。
(七つの宝玉を集めてゴブリンの絶滅を願った冒険者は正しかった。こんな邪悪な生き物。たとえ雑魚モンスターだろうと生かしておいちゃならんよなぁ? くっくくくくく!)
ゴブリンの嗅覚は、悪臭をまったく気にしない。嗅ぎつけるのは獲物の体臭だけ。近くに人間がいる。
(匂う。人間の子供だ。狩ってみるか? 大人の人間相手はきついが、弱っちい子供が一人や二人なら⋯⋯)
ウォーロックは上流から流れてきたヤマモモを拾い上げた。
腹が減っていたので、口に放り入れる。噛み潰すと、甘酸っぱい味が口内に広がった。
(二人だな。いや、二匹か。川岸でヤマモモを取ってる。雄が木に登ってヤマモモを川に落とす。雌は水面に浮かんだヤマモモを拾ってるわけか。下流に流れてきたのは取り損ねたヤツだな。他に人間の匂いはしねえ)
岩に身を隠しながら、ウォーロックはヤマモモを収穫している少年と少女に近付く。ここはゴブリンの巣穴から遠い。川魚や木の実が採取できるが、滅多に近付かないようにしていた。人間の縄張りだからだ。
近くの山村から人間が訪れている。ウォーロックに乗り移られる前のゴブリンであれば、小さな子供二人であってもこのまま逃げていた。
(異種交配でしかゴブリンを増やす手段はない。俺の残機を増やすためにも必要な行為だ。魔物の体に受肉したせいで、多少は精神も狂ってるのかもしれねえが⋯⋯! 弱肉強食だ! よし。やろう。邪魔な雄はぶっ殺す。そして、雌ガキは巣穴に連れ帰って犯すッ!!)
ウォーロックは粗末な腰巻きを外した。獲物を前にしてゴブリンの男根が猛っている。薄汚れた醜悪な小鬼のオチンポは我慢汁を漏らす。
肉欲を煽り立てる匂いが漂ってくる。未成熟な人間の雌は、落ちてきたヤマモモを拾って竹籠に集めている。
天真爛漫な幼女は、岩陰から覗くゴブリンの姿に気付いていない。木に登っている少年は、ヤマモモを捥ぎ落とすのに夢中で、下を周囲に注意を払っていなかった。
「グカッ! グカカカッ! グヒャヒャッ⋯⋯!」
心身に刻まれたゴブリンの本能に連れてしまう。ウォーロックは下卑な笑い声を噛み殺す。
(やれやれだ。ゴブリンの精神に引っ張られちまった)
相手は子供だ。しかし、油断はできない。数は向こうのほうが多い。
(まずは雄を倒してからだ)
ウォーロックは河原の石を握り締めた。レベル5のゴブリンは弱々しい。しかし、人間を殺すのに必要なのは力ではない。生命を殺すという殺意。明確な意思さえあれば、不意打ちで人間を容易く殺せるのだ。
◆ ◆ ◆
ヒメナはヤマモモが山盛りになった竹籠を満足げな表情で見下ろす。辺境地の寒村は甘味が少ない。この季節にだけ味わえる甘酸っぱい里山の御馳走。皮付きのまま日陰干しにすることで、さらに甘味が高まる。
「マーモット。もう十分! 見て。ほら! こんなに沢山集まったよー! そろそろ村に帰ろう! 私達だけじゃ、これ以上は持って帰れないってばー! 日暮れになっちゃうよ!」
ヒメナは頭上に声を張り上げる。力いっぱいに両手を振って、果樹の頂点まで登った幼馴染に合図を送った。
「もうちょい遊んでいこうぜ! すげえ景色だ! なあ、ヒメナも登ってこいよ!」
ヤマモモの樹高は25メートル以上、根回りは8メートルにも及んだ。栄養豊富な腐葉土に根を張ったヤマモモの樹齢は約300歳。巨樹を成長させた肥料は、川の流れによって運ばれてきた枯葉の堆積物が築いた。広がった樹根の一部は川底まで伸びている。
「やだよ! 高いところは恐いもん!!」
「ビビりだな。簡単だって。枝を掴んでいけば、とろくさいヒメナでもここまでこれるぜ?」
「私は登らない。ねえ、早く! 降りてきて! 帰りが遅いと私まで怒られちゃうよ!」
馬鹿と煙は高所を好む。そんな言葉があるように、調子に乗ったマーモットは、巨樹の頂きから見える絶景に魅了されていた。
「だったら、ヒメナだけで帰ればいいだろ?」
「もぅ⋯⋯。そんな意地悪を言うならいいわ。私だけで先に行っちゃうからね!」
苛立ちで頬を膨らませたヒメナは、竹籠を担ぐ振りをした。慌てたマーモットが地上に降りてきてくれる。そんな期待を抱いていたが、眼前の光景を楽しむマーモットは、足下に視線を向けようとはしなかった。
――石礫が空を切る。
投石のターゲットは木登りに夢中な少年マーモット。拳サイズの石礫が胴部に直撃する。突然の激痛にマーモットは呻いた。痛みと衝撃で呼吸が乱れる。
「うっ! ぎゃぁっ!」
踏ん張っていた手足の筋力が緩む。ずり落ちたマーモットは、25メートルの高所から落下する。
「マーモット? マーモット!? お、落ちちゃったの!? 」
ヒメナは叫んだ。その瞬間、藪の茂みに身を潜めていたゴブリンは駆け出す。
(よっしゃぁあ! クリーンヒットだ!! 狙い通り! 思い通り!!)
墜落したマーモットは水面に叩きつけられた。ド派手な水しぶきが飛び散る。起き上がる様子はない。
頭を強打して気絶しているのなら、そのまま溺死する。絶命は不可避な状況だ。
「マーモット!? だっ、だいじょうぶ!? 今、そっちに行くからね!!」
慌てた様子でヒメナが助けに向う。靴が濡れるのも厭わず、川の水で流されるマーモットに駆け寄った。その無防備な背後をゴブリンは急襲した。
「ギャヒヒヒヒッ!! 行かせねぇよ!! おらぁー!!」
大邪神ウォーロックが受肉したゴブリン。肉体の操縦者が変わったことで知能は飛躍的に向上している。しかし、身体能力は雑魚モンスターから何ら成長していない。
「なっ! なにっ!? えっ!? いやぁッ!! やぁああああああああぁっ!?」
首を掴まれたヒメナは、水面に顔を押し付けられた。パニック状態に陥ったヒメナは水を吸い込んでしまった。
「ゴボボボボボッ!! イアァッ!! イヤァッアアアァーー!! ヤメェエエ!! 誰かァ!! 助けぇっ!! 死んぢゃうぅう⋯⋯!!! 苦しぃ⋯⋯!! ンンゥッ!! ゴボッ! ゴボボボボッ⋯⋯!!」
手足をバタつかせて暴れる。だが、ゴブリンは力を緩めずに首のうなじを押さえ続けた。
(思ったよりも元気がいい。だが、不意打ちで先手を取った。このまま弱らせる。暴れられたら厄介だ。山中で鬼ごっこなんてやりたくねえ)
投石で木から叩き落とした少年は、川下に流されている。追撃するまでもなく、放置すれば溺死する。
初めての人狩は成功した。高揚で男根が熱り勃つ。収穫は肉付きが貧相な幼女。もがき苦しむヒメナの意識が薄らいでいる。恐怖と苦しみで失禁し、下着が小便で汚れた。
「おっと。そろそろか。死んじまったら意味がねえ」
衰弱しきったのを確かめてから、ヒメナの顔面を引き揚げる。
「アァ⋯⋯ァ⋯⋯ウウゥ⋯⋯」
目線が定まっていない。吸い込んでしまった水が、鼻孔から垂れ流れていた。酸欠で意識が朦朧しているヒメナは、助けを求める叫び声すら出せなくなっている。
(騒がれる前に反抗心を叩き潰してやる。くっくくく。面白いもんだ。俺がすべき行動は分かる。まったく良心が痛まないぜ。これがゴブリンの悪性的本能か?)
念のためにヒメナの衣服を剥ぎ取る。鬼窪王緑だった頃の精神性は消えていた。
可愛らしい幼女に蛮行を働く。人間だったのなら絶対にできなかった。しかし、大邪神ウォーロックはどんな悪虐非道も成せる。ゲームで敵対プレイヤーをPKするのと同じだ。
「ギャヒィ! ギャヒヒ⋯⋯!」
ヒメナを全裸にひん剥いた蛮行は、大邪神ウォーロックが合理的な思考で導き出した選択だった。裸体の人間は精神的にも弱くなる。道具を隠し持って反攻する機会も潰せる。
大邪神ウォーロックは最適解を選んだはずだった。誤算があるとすれば、ゴブリンの低俗卑劣な本質を過小評価していたこと。
水辺の湿った砂利場に突っ伏したヒメナは、真っ白なお尻をゴブリンに向けている。
呼吸は浅く、ビクビクと痙攣していた。漏らした小便で濡れた陰裂は、まだ男の逸物を受け入れるには狭すぎる。肉ビラの薄膜で封じられた幼女の生殖器に、飢えたゴブ人は目を奪われていた。涎が口から漏れ滴る。
孕むには早すぎる未成熟の胎。しかし、不完全ながらも生殖能力はあると体臭で分かった。
大邪神ウォーロックは、受肉したゴブリンを支配できる。しかし、ゴブリンの自我は生き続けていた。抗いようのない欲望は、ゴブリンの薄汚れた魂を燃え上がらせた。
(巣穴に持ち帰る。犯すのは安全な場所に撤退してからだ。ここはまだ人間の縄張りだ。安全圏じゃねえぞ⋯⋯!!)
周囲に人間はいない。しかし、子供達を心配した村の人間達がやってくる可能性はある。
(くそっ! 馬鹿か!? この低俗モンスターめッ!! まだ早い! まずは運べ! 巣穴まで運ぶんだ!! ちぃっ! 止められねえ!! 性欲モンスターが⋯⋯!!)
大邪神ウォーロックの意図はゴブリンに届かなかった。全裸の獲物を前に性欲を御しきれない。
(順番をしくじった。こいつは蛮鬼の邪印を識った。大邪神ウォーロックを崇拝するゴブリン・シャーマン。異種交配で仲間を増やせると理解しちまってる。俺自身の焦りも影響しているとはいえ⋯⋯くそ⋯⋯!)
気がかりなのは、投石で叩き落としたマーモットが死んでいるかだ。起き上がった様子はなく、川下に流されていった。溺死しているのなら問題ない。
(不安は残るが、まあいい。あの高さからの落下だ。水面に叩きつけられても意識が戻らなかった。大丈夫なはずだ。助けはこない。ゴブリンの好きにやってやる。お前が望む通りに動いてやるんだ。これで文句はないだろ?)
大邪神ウォーロックとゴブリンの意識が再統一される。
「ギャヒヒ! 抵抗すればぶっ殺す。分かったな?」
流暢な口調で発せられたゴブリンの脅迫は伝わっていない。ヒメナの抵抗心は失われていた。ぐったりとした虚脱状態、必死に息を吸って吐くだけの幼女。絶滅寸前のゴブリンは種族を存続させるべく行為に及ぶ。
細く痩せた腰を掴み上げ、小ぶりな幼女の尻を引っ張る。綺麗な背中がよく見える。無防備な臀部がゴブリンの股間に密着する。
大邪神ウォーロックが創造主の気紛れで降誕しなげれば、ヒメナの純潔は数年後に想い人の幼馴染みに捧げられていたはずだ。
薄汚いゴブリンは硬く勃ったオチンポを無垢な処女穴に突き立てた。
「ひぎっ! あぁっ⋯⋯!! なぁ!? ひぃぎぃっ! いやっ⋯⋯!! いっ、痛いぃ⋯⋯!!」
ブチブチッと肉膜を引き裂き、ゴブリンのオチンポがヒメナのオマンコに押し入ってくる。窮屈な膣道を乱暴に押し拡げる。
「痛いっ! 痛い!! 痛い!! やだよ⋯⋯! やめてぇっ⋯⋯!!」
股が引き裂けそうな激痛にヒメナは泣き喚き始めた。何をされているのか理解できなかった。緑肌の怪物が背後から覆い被さってくる。ヒメナは目撃する。破瓜の血で真っ赤に染まったオマンコの穴は、異物で貫かれていた。
「⋯⋯な、なにこれ⋯⋯おちんちん⋯⋯? なんで⋯⋯? 私のお股に⋯⋯? ひぎぃんっ!? あぁっ! あぁぁああああああああああぁっぁぁーー!!」
小鬼の肉棒は人間と比べて大きくはない。しかし、未成熟な幼女の身体には過大なサイズだった。
「ひぃっ! いぎぃぃっ! 痛い! 痛いよぉ!! やだっ! やだぁっ!! 助けて! マーモット! お母さん!! お父さんっ!! 誰かぁッ!!」
「騒ぐな! 次、騒いだら臓物を引きずりだすぞッ!! 今日からお前はゴブリンの家畜だ。繁殖用の孕み袋としてたっぷり可愛がってやる! げひゃひゃひゃ! 大邪神ウォーロックにこのメスガキの胎を捧げるッ!!」
「あぁっ⋯⋯いや! いやぁあぁぁあっ⋯⋯!! なにっ!? 何かがお腹の中に⋯⋯! 出てるッ! 出てきてるっ!! やだっ! 抜いてっ! 抜いてよぉ!! あぁっ! あぁあぁぁっ!! んひぃぃっ!!」
ゴブリンの子種がヒメナの膣内で炸裂する。白濁汁の色合いは人間と大差ないが、樹液のような粘度を誇る。雌ゴブリンが滅ぶ前は、選ばれた優秀な雄ゴブリンだけが交尾の権利を得た。繁殖は群れに利益をもたらした者への褒美だった。
(すげえな。これがセックス⋯⋯! 泥々の精液が止めどなく溢れ出る! ロリっ子のオマンコが温かい。気持ちよすぎる! そりゃあ、巣穴まで待ちきれないよな。今ならゴブリンの気持ちがよく分かるぜ。女を犯す悦び! あぁ! 神格が強まるのを感じる!!)
ヒメナの子宮にゴブリンの邪悪な遺伝子を植え付ける。未熟な子壺に注がれた精液は卵子を探し回る。
「しっかり孕んでゴブリンを増やせよっ! ぐひゃひゃひゃ!!」
性悦に酔ったゴブリンは雄叫びをあげる。
「やだっ! やだ!! やだぁっ!!」
ヒメナの子宮はゴブリンの種族神に捧げられてしまった。
「あぁ⋯⋯ぁ⋯⋯ううぅ⋯⋯。や⋯⋯やだぁ⋯⋯! 痛いっ! 痛いよぉぉ⋯⋯!! お父さんっ! お母さんっ! 誰かぁぁあ⋯⋯!! お家にかえして⋯⋯!」
異種姦受胎は果たされた。放精を終えたゴブリンは、ヤマモモを押し退けて、竹籠にヒメナを押し込む。辱められた幼女は泣きすすっている。
「ギャッハハハハハハ!! 巣穴でたっぷり犯し尽くしてやるからなぁ!」
ゴブリンは竹籠を担いで巣穴に急ぐ。太陽は沈みかけている。子供達の両親が探しに来るのは時間の問題だ。
村娘ヒメナは世界で初めてゴブリンを産む憐れな聖母となる。
◆ ◆ ◆
ゴブリンに妊娠期間は極めて短い。巣穴に拉致されたヒメナの胎は三日と経たず、大きく膨らみだした。初潮を迎えたばかりの幼女は、ゴブリンの赤子を孕んだ。
「あぁ⋯⋯っ! うぅっ⋯⋯! あぅっ⋯⋯!!」
雌ゴブリンは一ヵ月で出産する。ゴブリンと異種交配した人間の女も同様だった。
急速に膨れ上がった下腹部は、青緑色の毛細血管が浮き出ている。ゴブリンの母胎になった女は、生殖器が造り変えられてしまう。
「やぁっ⋯⋯!! いやぁっ⋯⋯!! あぁぁっ⋯⋯!! 怪物の赤ぢゃんなんか産みたくないぃっ⋯⋯!!」
薄汚い巣穴に囚われたヒメナ。その首には植物で編んだ粗雑な縄が繋いである。逃げられないように右足の腱は噛みちぎられていた。ゴブリンの胎児が宿るボテ腹は、日増しに重くなり、自力脱出は不可能になってしまった。
「早く産めッ! ゴブリンを増やせと大邪神ウォーロック様はお望みだッ!! 我が肉体に宿りし、ゴブリンの種族神! 偉大なる御方!! いいか! お前に餌をやってるのは、人間に殺されたゴブリンを増やすためだ! 産みやすいように、こうやって毎晩、オマンコを拡げてやってるんだぞ!」
饒舌なゴブリンシャーマンは、ヒメナの妊娠オマンコを亀頭で刺激する。
妊娠が明らかになった後も、ヒメナに対する陵辱を止めなかった。無垢で綺麗だった陰裂は、粗悪なオチンポに苛め抜かれて、すっかり変貌していた。
(つい一ヵ月前まで、人間から逃げ回っていた低能ゴブリンが強くなったもんだ。受肉を機に人語を使いこなすようになった。職位とレベルアップの効果だな)
現在のウォーロックはゴブリンの肉体から離脱し、周囲を漂っていた。憑霊には時間制限があり、ゴブリンが睡眠を取ったタイミングで、受肉状態が強制解除されてしまった。
(ゴブリンの身体に受肉するのは様々な制限がある。まず、俺自身にも疲労が溜まる。物理的な身体はないのに、疲れちまうなんて不思議なもんだ。心労とでもいうのか? 何にせよ、バッドステータスってヤツだな)
離脱直後の憑霊はできなかった。大邪神ウォーロックが憑依したゴブリンのステータスは著しく成長する。しかし、数日程度の休息時間をあけなければ、再び宿ることはできない。
無理に身体を奪おうとすれば、ゴブリンの自我が崩壊してしまう。
(厄介なのはもう一つ。受肉したゴブリンに俺自身も囚われてしまうことだ。この世界には他にも四匹のゴブリンがいる。他のゴブリンがいるところに転移できなくなってしまった。ゴブリンシャーマンの信仰心が大邪神ウォーロックを引き繋いでいるせいだ)
別のゴブリンがいるところに転移しようとしたが、それはもうできなくなっていた。
(取り憑くゴブリンは厳選すべきだな。こいつが死ぬまで、離れた場所にいるゴブリンには干渉できなくなってしまった)
ゴブリンシャーマンは飽きもせず、ヒメナを犯している。ヒメナを犯す度、経験値が加算されているので、異種姦セックスは筋トレのようなものだ。しかし、一ヵ月も見続けていると飽きてくる。
憑霊しているときは、ヒメナを陵辱して暇を潰せたが、神霊状態では空中を漂うことしかできない。
(ヒメナを脅して村の情報は聞き出せた。十分な戦力が整ったら、村を襲ってしまおう。最低でも三十匹は産んでもらわなきゃな)
一回の出産で使い潰すわけにはいかない。ヒメナには無理やり食糧を食わせている。出産を終えたら、すぐに次も産んでもらわねば困る。
「いやっ! いやぁっーー!! どうして! どうしてこんな酷いことできるの⋯⋯!! あぁっ! んぁぁっ! あぁぁっ⋯⋯!! こわれぢゃぁううっ! おながぁあぁっ! ごわれぢゃぅぅうよぉぉぉっ!!」
淫惨な悲鳴が巣穴に響き渡る。ヒメナはゴブリンシャーマンを心から嫌悪する。だが、無慈悲にもヒメナの子宮はゴブリンを伴侶と認めていた。
「おぉっ⋯⋯♥︎ おっ♥︎ おぉっ⋯⋯♥︎ イヤなのにっ⋯⋯! 嫌いなのにっ⋯⋯!! 変になっぢゃううぅうっ⋯⋯♥︎」
狭苦しいオマンコは愛液の涎をこぼしながら、ゴブリンのオチンポを抱擁している。肉襞が絡み付き、交合の悦びに酔っていた。オナニーすら知らなかったヒメナは、下腹部から発せられる、不気味な快楽が恐くて堪らなかった。
ぢゅっぼぉっ♥︎ じゅるっ♥︎ ぢゅぼっ♥︎ ぢゅるぅぅっぽぉんっ♥︎
男根の激しい出し入れは、淫猥な水音が奏でる。緑肌の蛮鬼に犯されるボテ腹幼女は、堪えきれずに達してしまう。歯を食いしばり、四肢をビクビクと痙攣させた。
(ん? なんだ⋯⋯?)
セックスに夢中のゴブリンシャーマンは気付いていない。放心状態のヒメナに覆い被さり、腰を振り続けている。だが、大邪神ウォーロックは「バキッ!!」という木の枝を踏み折る音が聞こえた。
(誰かが枝を踏んだ? いや、気のせいか⋯⋯?)
巣穴は薄汚れているが、以前に比べれば衛生状態は改善している。大邪神ウォーロックがゴブリンに多少は掃除や糞便の処理を覚えさせたからだ。そして、ヒメナの脱走を防ぐために、入口付近には音が鳴るように枝を敷き詰めた。
(気のせいじゃない!! 誰かが入ってきた! 間違いない!! 煙が巣穴の天井を伝っている。それに光も⋯⋯!! 松明だ! まっ、まずい!! 人間が巣穴に侵入している! くそ! 馬鹿が! セックスしてないで後ろを向け! 敵がいるぞ!!)
大邪神ウォーロックは弓を構える人影を見た。村人の装備ではない。冒険者の斥候だった。背後には仲間らしき者達の姿があった。
――ビィンッ!!
冒険者は矢を放った。一直線に飛んでいった鏃は、膣内射精中のゴブリンシャーマンを射殺した。魔法で強化された一撃は頭部の爆裂四散させた。
「ピギャァ!」
ヒメナの膨れ上がったボテ腹に首なしのゴブリンが横たわる。
(クソ⋯⋯! クソクソ!! 死んだ! 死んじまった! どうして巣穴の場所が⋯⋯!!)
大邪神ウォーロックの存在が揺らぐ。世界にたった五匹しかいないゴブリン。そのうちの一匹が殺された。身体の二割を失ったかのような喪失感に襲われる。
(まだだ!! ヒメナの子宮にはゴブリンの胎児がいる⋯⋯!!)
冒険者は巣穴に立ちこめる邪神の穢れた気配を感じ取っていた。
「光神ミュートレイの名の下に!! 忌まわしき穢れを禊ぎ祓え!! ホーリーライト!!」
後衛の僧侶が神聖魔法を唱える。眩い聖光が巣穴を照らした。大邪神ウォーロックは物理的干渉を受け付けない。しかし、魔法的な攻撃は通る。ゴブリンが生きている限りは不滅だが、聖なる光を浴びた途端、凄まじい激痛に襲われた。
「――ウギャァアアァアアアアアアアァァ!!」
大邪神ウォーロックは絶叫した。全身を炙られるかのような痛み。耐えられるはずがなかった。ゴブリンシャーマンが討伐された今、巣穴に留まる繋がりはない。
突風が吹き荒れ、大邪神ウォーロックは姿を消した。
「今のは? 鼓膜が破れそうだ。 な、なんだったんだ?」
剣を構えた冒険者は僧侶に問う。
「悪霊の叫びです。私の神聖魔法で祓いました。この洞窟には邪な存在が棲み着いていたようです。この泥で描かれた紋様は⋯⋯モンスターが崇拝する邪神の印でしょうか⋯⋯?」
弓使いは仕留めたゴブリンを指差す。
「それより、俺が仕留めたアレを見ろよ。緑の小鬼だ⋯⋯。あれはゴブリンだろ。爺さんの代に絶滅したって聞いたんだがな」
絶滅したと思われていたゴブリンの生き残り。巣穴に侵入した冒険者達は驚いていた。
「村の少年が言っていたのは真実だったってことだ。一緒に木の実を取ってた幼馴染みが、緑色の鬼に攫われた⋯⋯。どうする? 遺体を持ち帰る覚悟はあったが⋯⋯これは⋯⋯。この子は治療できるのか?」
剣を鞘に収めた冒険者パーティーのリーダーは僧侶に確認する。村からの依頼は、女児を攫ったモンスターの駆除だった。依頼を受けたの一週間前。女児が攫われてから約三週間も経っていた。
依頼は行商人を経由して、街の冒険者組合まで届けられた。時間はかかってしまったが、村人達は最善を尽くし、冒険者達も最速でゴブリンの巣穴を特定した。
「⋯⋯あ⋯⋯あぅ⋯⋯ぁ⋯⋯! や⋯⋯⋯やだ⋯⋯!!」
ヒメナの生存は絶望視されていた。遺体の一部でも見つけてほしい。両親からはそう頼まれた。ヒメナは五体満足の身体で生存していたが、とても村に連れて行ける状態ではなかった。
「ひとまず、私の神聖魔法で魔物の仔を堕胎させます」
「助けられるのか?」
「母胎への負担が大きい魔法です。おそらく⋯⋯この子は⋯⋯。しかし、このまま放置すれば死ぬよりも酷い目に遭います。これ以上は苦しませたくありません」
「そうか。わかった。やってくれ。⋯⋯ちくしょう! 胸くそ悪いぜ。この悪鬼め!!」
剣士はゴブリンシャーマンの首無し死体を蹴飛ばした。探していた少女は生きていた。しかし、喜べるはずがなかった。
「村の人達には黙っておくべきだな。あの少年には秘密にしておきたい⋯⋯。ゴブリンを恐れて川を泳いで逃げた⋯⋯。そう言っていたよ。その少女と親しかったようだ。泣き叫ぶ友達を見捨てた卑怯者だと自分を罵っていた⋯⋯」
心痛な面持ちで弓使いは放った鏃を回収する。
ゴブリンは冒険者が一撃で倒せる雑魚モンスターだ。戦闘訓練を受けていない農民でも撃退はできる。だが、小さな子供では恐怖に負けて、逃げてしまっても、誰も責めはしない。
逃げ出したマーモットを責めているのはマーモット自身だった。ヤマモモの巨樹から落下して、水面に打ちつけられた。気絶して川下に流されたが、木の根に引っかかって目覚めた。
起き上がってヒメナのところに戻ろうとした。だが、マーモットが目撃したのは、裸にされたヒメナが緑鬼に陵辱されている瞬間だった。覆い被さったゴブリンがオチンポを突き挿し、ヒメナの股から血が飛び散っていった。
恐怖に駆られたマーモットは岸には上がらず、そのまま泳いで逃げ出した。ヒメナの嗚咽と悲鳴に耳を塞ぎながら、必死に村まで戻った。
マーモットの話を聞いた村の大人達は、ヒメナを攫った魔物を退治するため、行商人に冒険者を呼んできてほしいと頼んだのだった。
――ヒメナの胎からゴブリンの死体が産まれる。
僧侶に神聖魔法で中絶させられていなければ、けたたましい産声を上げていたことだろう。十二匹のゴブリンは、ヒメナの体質も遺伝していた。体毛は金色で、明らかに母方からの遺伝だった。
もし冒険者が巣穴を特定できず、ゴブリンシャーマンを取り逃がしていたら、ヒメナが産み落としたゴブリン達は群れを成し、村を襲撃していた。村の男達を殺し、若い女達は犯され、鼠算式に頭数を増やしていったはずだ。
大邪神ウォーロックの目論見は、冒険者達によってあっけなく潰された。
◆ ◆ ◆
「――ああ、大邪神ウォーロック! 絶滅危惧種のゴブリンを死なせてしまうとは情けない!! 残りのゴブリンはたった四匹! これでは幸先が思いやられます!!」
(お前⋯⋯。ずっと見てたのかよ)
逃げ彷徨った末、大邪神ウォーロックは世界の裏側に戻っていた。世界の創世者は箱庭を見下ろしながら笑い転げている。
巣穴に囚われたヒメナは、神に助けを求めていたが、こんな悪辣な存在に縋ろうとしていたと知ったら、どう思ったことだろう。
「幼女のロリおマンコで童貞卒業を済ませていたのは、ばっちりと観察していました。初セックスはどうでした? これでネトゲで馬鹿にされることもないですよ! いやはや、良かったですね。おめでたい」
(良くねえよ! なにもおめでたくねえよ! ゴブリンが死んじまったんだぞ。冒険者の弓矢で一撃死とか、ゴブリンシャーマンの耐久性が雑魚すぎるんだが!?)
「所詮は繁殖だけが強みの雑魚モンスターですから。巣穴を発見された時点で詰みです」
(なんで冒険者は巣穴の場所が分かったんだ? そもそも冒険者はどこから湧いて出た? 村には農民しかいねえはずだろ!)
「目撃者をしっかり殺さないからです。少女と一緒にいた少年の死を確認しなかったのが間違いでしたね」
(待て待て! 嘘だろ? あのガキは生きてたのか? 溺れ死んだはずじゃ?)
「私の世界に生きている人間は、貴方が生きていた世界の人間よりも遙かに頑強ですよ。さらに言うなら植物も特別です。あの川に自生していたヤマモモは里山の主です。溺れた少年を助けて、ゴブリンの巣穴を冒険者に示しました」
(はぁ!? なんじゃそりゃ!? 植物に意思があるってのか!?)
「魔物は忌み嫌われる存在です。妖樹と呼ばれる魔物に利する植物もいるにはいますけどね」
(クソが⋯⋯。ヒメナが孕んだゴブリンはどうなった⋯⋯?)
「ゴブリンの種族神である貴方なら分かるでしょう。中絶で死産。残りのゴブリンは一匹減って四匹です」
(マジかよぉ⋯⋯)
「気をつけてくださいね。残りは四匹。ゴブリンが絶滅したら、大邪神ウォーロックの神格は没収です。でも、ヤり方は分かってくれましたね? 次こそは上手くやってください。ここで楽しんでみています。では、いってらっしゃい!」
大邪神ウォーロックの足下に大穴が開いた。
「おっ!? おわぁあああああああああぁぁーー!! だから、俺はバンジージャンプとか落下系は無理! 無理なんだってぇええええーー!!」
「高所恐怖症なんですよね。ええ、もちろん知ってますよ。私は全知全能です。だからぁ、上げて♪ 堕とす♪」
(性格が悪すぎるぞ! お前ぇえええええーー!!)
「次も失敗したら、今度はもっと高い場所から落とすので覚悟していてくださいね~」
全知全能の創世者は、自らが創り上げた自慢の箱庭を見下ろす。多種多様な種族、上位存在である神々、世界を蝕む魔物。異界から連れてきた悪友が、この退屈な世界を滅茶苦茶にしてくれることに期待を込める。
「さて、次はどんな結末になるのか愉しみです。くすくすっ♪」
完
久しぶりの短編です。
過去の反省を生かして、切りの良いところで区切って短編に仕上げました。
「大邪神ウォーロックの戦いはこれからだ!」ENDです。
色々な作品を書いていますので、他の作品も興味があればぜひ!