2025年 1月16日 木曜日

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【65話】変わり果てた母、変わらぬ娘

NOVEL亡国の女王セラフィーナ【65話】変わり果てた母、変わらぬ娘

 仮面舞踏会マスカレードのメインイベントは、男女が一対ペアとなって踊る社交ダンスだ。

 グラシエル大宮殿には帝国貴族の有力者が勢揃いしていた。帝国全土の地方貴族が集まり、名立たる名家、豪族が顔を並べている。しかし、後宮の住人である王妃や公妃の姿はなかった。

 妃達は天空城アースガルズに住む天上人。地上へ降り立つのは好まれない。

 後宮の女は一生涯を皇帝に捧げる。外との交流は最低限とする者が多く、親類との文通すらしない者がいる。

 勲章授与式に参列していた軍閥派の妃たちは、晩餐会の半ばで天空城アースガルズに帰還した。その理由をセラフィーナは身に染みて感じていた。

(……楽しげな祝宴ではあるけれど、帰る理由が分かりましたわ。時間が過ぎるのを待つだけで暇ですわ)

 戦勝トロフィーの扱いで連れ回されるセラフィーナは、ベルゼフリートの後ろに付き添っていた。しかし、皇后が臨席する場では席を外された。

 宮廷の頂点に君臨する三皇后、一方でセラフィーナは末席の愛妾。当然だがセラフィーナの扱いは三皇后に劣後する。

 曇った表情のセラフィーナを慮ったベルゼフリートは提案する。

「退屈ならロレンシアと一緒に温室御苑で休んでいなよ。人払いは済ませてある。ここよりはリラックスできると思うよ。もちろん、夜のお楽しみもセッティングしてある。時間が来たら迎えに行くからさ」

「ありがとうございます。陛下のお心遣いに感謝いたしますわ」

 貴族の見世物になるよりは、誰もいない場所で休んでいたかった。きっとロレンシアも同意してくれるだろうとセラフィーナは思った。

 ベルゼフリートが意味有り気に口走った「夜のお楽しみ」に心が弾む。頬はほんのりと赤みを帯びていた。

「温室御苑の場所は分かる? 案内に女官を付けるよ?」

「大丈夫ですわ。中庭に見えたあのガラス張りの建物ですわよね? 迷いようがありませんわ」

「本当に大丈夫? セラフィーナは公文書館で道に迷ってたから不安だなぁ……」

「心配は無用です。本当に大丈夫ですわ。なにせ、今回はロレンシアが一緒です。二人で陛下をお待ちしておりますわ」

 セラフィーナは一刻も早く、この場を立ち去りたかった。妖狐の仮面で素顔は隠している。しかし、面貌を仮面で覆い隠そうと、巨大な乳房と膨らんだ妊婦腹は誤魔化せない。さらに、猫又の仮面を被った赤毛の妊婦が傍らにいる。

 皇帝に付き添う妊婦二人は、アルテナ王国の女王と女騎士だと丸わかりなのだ。

 愛妾に堕ちたセラフィーナは、皇帝の女仙となっている。非礼な言葉を浴びせかける者はいなかった。しかし、嘲笑の貌と視線を向ける帝国貴族は多くいた。

 敗国の女王には聞こえない小声で、面白おかしく陰口を囁いている。

 セラフィーナとロレンシアへの侮蔑をベルゼフリートは快く思わない。だが、貴族を蹴散らす実力が幼い皇帝にはなかった。

 腹に宿る皇帝の御子が侮蔑の対象とばれば、女官達が窘めただろう。しかし、貴族階級の者達はそのあたりの造詣が深い。

 虎の尾を踏まない処世術は、貴族の常識だった。

(こうした雰囲気に慣れていないせいかしら? 帝国の社交界は居心地が悪いですわ。これなら、帝都の大通りで民衆の視線に晒されている方が気楽です)

 愉快な気持ちになろうはずがない。無惨に負けたアルテナ王家を貶め、屈辱を刻む口撃なのだ。しかし、セラフィーナにとって、もっとも耐えがたい精神的苦痛は別のことであった。

(あれは……ウィルヘルミナ宰相……。こっちに近付いてくる……。陛下も私に背を向けて手を振っているわ……)

 現れた皇后は主役の座を奪う。ウィルヘルミナはベルゼフリートを独占している。

 その様子を見せつけられたのだ。セラフィーナは自身を苛ませる感情を「醜い嫉妬」だと頑なに認めない。しかし、憤慨に酷似した泥々の怒気は、どす黒い妬みと表現するべきだ。

(ああ……、思い返せばガイゼフは私に一筋でしたわ⋯⋯。王婿の立場だから、アルテナ王家への遠慮もあったとは思うけれど。私にはもったいない良夫だったのでしょうね⋯⋯。それに比べ、ベルゼフリート陛下は⋯⋯。一夫多妻の皇帝だからといっても、周りに女性が多すぎますわ)

 ガイゼフとベルゼフリートは、正反対で対極の男だった。人間性の善し悪しを見れば、どちらが良い伴侶なのか迷うべくもない。だからこそ、かつてのセラフィーナはガイゼフを心から愛した。

 セラフィーナが抱くベルゼフリートへの感情は複雑怪奇だ。憎愛の混在は、セラフィーナ自身を酷く混乱させている。

 強姦された夜は今でも忘れていない。だが、熟れた淫穴はベルゼフリートの肉棒だけを愛するようになっていた。

 肉体はベルゼフリートの極太オチンポを求めている。もはやガイゼフとのセックスでは満足できない身体となった。それは否定できない半年での変化だ。

「――さあ。もう行きましょう。ロレンシア」

「はっ、はい! セラフィーナ様! お供いたします」

 セラフィーナはロレンシアを従えて、ダンスホールの会場を早足で駆けていった。ベルゼフリートに近づくウィルヘルミナを視界から逸らし、逃げるように消え去る。

 二人の妊婦は爆乳とボテ腹を揺らしながら、温室御苑に向かう。予期せぬ出来事が起ころうとしていた。

 待ち受けている意外な人物との邂逅。意図や策略は介在していない。アルテナ王家の母娘は、偶然の再会を遂げようとしていた。

 ◇ ◇ ◇

 温室御苑の熱帯植物園には、樹皮編みのチェアベッドが二つ並んでいる。ベルゼフリートは最初からセラフィーナとロレンシアを、この場所に避難させる腹積もりだったらしい。

(今夜は私とロレンシア、二人で性奉仕するのかしら……? 三皇后に邪魔されなければ……ということなのでしょうね。でも、今日はロレンシアが旅立つ日。きっと陛下は私たちを選んでくれますわ)

 ベルゼフリートとの逢瀬を妄想し、セラフィーナの身体は火照る。

 もし隣にロレンシアがいなければ、自慰に耽ってしまったかもしれない。股間の秘所が湿り、愛液で黒い下着が濡れる。

 四方を円形に囲む石英ガラスは、高い断熱効果を発揮している。日中に貯えた温熱を逃さず、日暮れ後も気温を維持していた。湿度は高く結露が肌にまとわりつく。蒸し風呂のような高温多湿の環境だ。

 セラフィーナとロレンシアは露出の多いの薄手のドレスを着ている。高温多湿の環境をそれほど不快と感じなかった。

「あら⋯⋯? どなたかしら?」

 魔術師らしき人物がセラフィーナにふらふらと近付いてくる。

 ベルゼフリートは人払いを済ませたと言っていた。女官ならメイド服を着ている。温室を管理している使用人だと思った。

「この施設の管理をされている魔術師さんかしら? 私たちはここで休んでよいと許しをもらっているわ。もしかしてお邪魔だった⋯⋯?」

「お母様⋯⋯っ! 私です! ヴィクトリカです!」

 それは思いがけない出会いだった。セラフィーナは死んだはずの実娘と予期せぬ形で再会する。

「そんな⋯⋯ヴィクトリカなの⋯⋯? どうして? 貴女は本当にヴィクトリカ……?」

 まず真っ先に浮かんだのは疑問だった。沸き起こる感情を処理できなかった。セラフィーナは口を開け、呆然と立ち尽くしていた。

 ロレンシアの反応もほとんど同じだ。王女の亡霊が現れたと思ってしまった。

 ヴィクトリカはセラフィーナの素肌に触れようとする。半年ぶりに再会した母。とても信じられなかった。だが、次の瞬間、眼前に現れたヴィクトリカが実在する人間だとセラフィーナは思い知る。

「きゃっ……!?」

 伸ばした指先がセラフィーナの皮膚に触れた。突然、電撃に似た激痛がヴィクトリカを襲った。

 セラフィーナ自身、初めて実感した。これこそ不老の女仙が身に宿す穢れの瘴気だ。血酒の仙薬を飲み、破壊者ルティヤの器である皇帝と交わった女は、拭い去れない穢れを身に宿す。

「えっ?  あぁ! 駄目よ! ヴィクトリカ……! 私の身体に触れてはいけませんわ」

 同じ穢れを身に纏う女仙か、元凶そのものである皇帝以外とは触れあえない。たとえ血の繋がった娘であってもだ。

「王女殿下……? 大丈夫ですか?」

 ロレンシアは尻餅をついたヴィクトリカの身を按じる。ロレンシアも穢れた女仙だ。けして、王女と接触しないように細心の注意を払った。

 セラフィーナとロレンシアは混乱していた。なぜヴィクトリカがいるのか、分かるはずがなかった。しかし、本物のヴィクトリカが現れたと、すぐに理解した。

「メガラニカ帝国はヴィクトリカが死んだと……。ヒュバルト伯爵に殺されたと聞いていましたわ。でも、生きていたのね。ヴィクトリカ! ああ……本当に……! 本当に良かったわ……!」

 娘の生存を知って、喜ばない母親はいない。頬を伝う涙は妖狐の仮面で隠れているが、この一瞬に限り、セラフィーナはかつての自分を取り戻していた。

「お母様とロレンシアに、どうやって私が逃げ延びたかを説明したら、とっても長い話になっちゃう。とんでもない大冒険をしてきたんだから! とにかく人がこないところに隠れましょう。こっちに! お母様! ロレンシア!」

「いいえ。ここから離れないほうがいいわ。しばらくの間、温室御苑には誰も来ないはずよ。事情を教えてほしいわ。一体何があったの? どうしてここに?」

 質問攻めしたいのはヴィクトリカのほうだった。

 母親だけでなく、親友のロレンシアの身体的変化。帝国に囚われた半年で、母親と親友は孕み腹の妊婦となってしまった。

 帝国の虜囚となった二人の身に起こった出来事は、生娘のヴィクトリカにも想像がついた。あえて語る必要はない。

 敬愛する母親の胎には、憎きメガラニカ皇帝の赤子が宿っているのだ。

(ロレンシアも変わってしまった。こんなに胸は大きくなかったし、肉々しい身体じゃなかった。もっとほっそりとしていた⋯⋯。いくら妊娠したからって、半年程度の時間で劇的に体格は変わらないわ……。きっと酷いことをされたに違いない……!)

 ロレンシアのバストは、セラフィーナの爆乳を凌駕するサイズに巨大化していた。膨らんだ妊婦腹の出っ張りが、垂れた乳房の重みを支えている。

 妊娠5カ月を迎えたセラフィーナは、乳房に張りが生じ始めた。出産に備え、身体が出来上がっている。薄手の白ドレスは、熟したボテ腹の曲線を如実に描き、淫猥かつ妖艶な体躯を際立たせる。

(可哀想なお母様⋯⋯! こんな姿はお父様に見せたくないわ。帝国から連れ出したら、お母様とロレンシアには、普通の身体に戻ってもらわないと……)

 二人の妊婦が醸し出す存在感は巨大だ。細身のヴィクトリカは自分が小さくなったかのように錯覚する。

 まずはヴィクトリカから事の次第を説明した。とんでもない無謀を繰り返し、メガラニカ帝国に入り込んだ冒険譚。ヴィクトリカは楽しげに語った。

 メガラニカ帝国軍からすれば、王女を取り逃がし続けた失態は滑稽極まり、まったく面白くない話だ。逃げ切ったロレンシアの立場だと、痛快かつ愉快で仕方がない。

 ヴィクトリカが話し終えると、次は セラフィーナとロレンシアの番だ。二人は妊娠するまでの経緯を語り始める。

「講和条約を結んだ日、私はベルゼフリート陛下に求婚されたの。その夜、寝室に皇帝陛下がやってきて……」

 ヴィクトリカを非常に不快にさせる内容だった。覚悟はしていた。自分の母親が父親以外の男に種付けされ、子を孕まされた生々しい体験談。ヴィクトリカの心は軋み、精神的な苦痛で肺が潰れそうだった。

「もう分かっているわよね? 私の子宮にいるはガイゼフの赤子じゃないわ。メガラニカ帝国の皇帝ベルゼフリート・メガラニカの子よ。ロレンシアは少し特殊だけど子胤は陛下よ。皇帝陛下の子を身籠もっているわ」

 セラフィーナはある事実に気付いている。しかし、ヴィクトリカは母の心が変貌していると分かっていない。

(ヴィクトリカが死んでいたのなら、お腹の子供が唯一の王位継承者だった。けれど、嫡子のヴィクトリカが生きている限り、婚外子は王位継承権を得られないわ……)

 ガイゼフとの間に産まれた嫡子ヴィクトリカ。ベルゼフリートと作ってしまった不義の婚外子。女王から産まれた種違いの子供は、アルテナ王国の王座を奪い合う政敵なのだ。


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