「まさか……! 母さんがここに……!?」
結婚指輪に経年劣化の汚れはなかった。泥はこびりついておらず、綺麗に磨き上げられている。つい最近になって埋められたような感じだ。
カレンティアは毎年、父親の墓参りをしている。一年以上前に埋められた可能性は低い。去年は指輪なんか埋められていなかった。
「ありえないわ。母さんがここに来たなんて。きっと、誰かが届けたんだわ」
母親が自分で埋めに来たわけがない。失踪中の母親が戻ってきたなら、娘に連絡を寄こさない理由はない。
そもそも十年以上も大切にしてきた結婚指輪を外すのはおかしい。
母親の結婚指輪を見つけた衝撃は大きく、カレンティアは父親の墓前で立ち尽くしていた。
「おおぉ……。カレンティアちゃん。そろそろお墓参りに来る頃合いだと思っておったよ。偉大な父君もお喜びだろう。帝都での活躍は村にも届いておるよ。すっかり名うての冒険者じゃな」
長箒を握った司祭がカレンティアの前に現れた。いや、突然現れたのではない。カレンティアが呆然自失だったので、近づいてきたことに気付けなかったのだ。
「司祭様……! お久しぶりです……!」
「まあ、一年に一度しか会わんし、お久しぶりじゃな。大きくなったのう。母君とそっくりの美人さんじゃ。おや? もしやお父君と話しておられたのかな? お邪魔虫になってしまったのう。儂はあっちを掃除しておるよ。すまんね」
「いえ、違います! 待ってください! 司祭様!」
「ん?」
「あの……これ……。お父さんのお墓に埋まってたんです。母さんの指輪が……」
「指輪? ベロニカ様の……? しかし、ベロニカ様は四年前に失踪してからずっと……」
「はい。母さんは見つかってません。でも、ここに……! お父さんの墓前で結婚指輪を見つけたんです。司祭様、誰かを見ませんでしたか? この指輪はつい最近、誰かが置いていったんです! たぶん、お父さんの命日に! たぶん二日前! お墓参りした人はいませんでしたか!?」
「二日前なら村の者達で花束を手向けたぞ。その時はベロニカ様の指輪なんてなかったのう……。墓参りの後に、村の者達で酒を飲み交わしてから……儂が後片付けを……。ああっ、そういえば夕暮れに……。村への帰り道で奇妙な女性とすれ違った」
「奇妙な女性!? きっとその人よ! どんな人でした? 顔は? 年齢は?」
「お、落ち着きなされ。顔は見ておらんよ。奇妙というのは、面貌を隠しておったのだ。奇天烈な格好じゃったよ」
「奇天烈な格好……?」
「騎士のヘルムを被っておった。厳つい漆黒の兜じゃ。……なんというか……頭部だけなら立派な騎士じゃったよ。訳ありに見えたので、その女性に近づこうとは思わなかった」
「騎士兜で顔を隠していたのに、なぜ女性だと? 話してもいないんでしょう?」
「その女性は身籠っておったのだ。奇天烈な格好と言ったろう? 立派な騎士装備は頭部の兜だけじゃった。身体はゆったりとした妊婦服を着ておったよ。妙齢の女性らしい肉付きであったし、お腹は遠目からも臨月だと分かるほど膨らんでいた」
「臨月の妊婦が騎士の兜で……? すごく不審人物ですね」
絶対に村の人間ではない。もしカレンティアが出くわしていたら絶対に正体を探っていた。
「うーむ。……だが、儂は話しかける気になれなかった。弔いの花束を持っておったし、素顔を隠す理由があるのだと……。深入りはしたくなかったのじゃ。大貴族の夫人とはそういうものじゃろ? それにカレンティアちゃんのお父君は伯爵家と因縁がある。それ絡みかと……」
「伯爵家の人間じゃないわ。お祖父ちゃんは失踪した母さんを見つけ出せなかったと言っていた。北方の辺境で足取りは途絶えてしまった。そこから先は……。この指輪をお墓に埋めた妊婦は……どこで母さんの結婚指輪を……?」
「ん? カレンティアちゃん。その指輪……見せてもらってもよいか?」
「ええ、もちろん。どうぞ」
「銀色の指輪……。この輝き……。まさか……いや……儂の見間違いじゃな……。そうに違いない」
困惑顔の司祭はカレンティアから受け取った指輪を突き返した。言葉を噤み、居心地悪そうにしている。
「何か気付いたんですね」
「いやいや、儂の勘違いだ! ありえぬ! あの妊婦は黒髪……。髪の色が違った。……はカレンティア様と同じプラチナブロンドの御髪じゃ。ありえぬ。歳も……。そうじゃ、たぶん年齢が違う。若い夫人であった。絶対にありえん。見間違いじゃ……」
ぶつぶつと司祭はつぶやいている。
口調は弱々しく、風の音で掻き消える。肝心の結論がカレンティアの耳には届かなかった。
「司祭様……! 教えてください。何か、気付いたのでは?」
「いいや、何も。儂は……ただ……その……。すれ違っただけで……。帰り道に……。だから……。はぁ……。見間違いじゃよ。だから、これから話すのは老人の戯言だと思ってくれるかい? カレンティアちゃん」
「分かりました」
「似てると思った。その……カレンティアちゃんに……。あの妊婦は変な格好をしているが……。冒険者はそういう格好をしたりもするじゃろ。命日じゃったし、カレンティアちゃんかと思った。変な意味で捉えてほしくないのだが、胸回りの発育も……似ておったから……」
「司祭様、その程度で怒ったりしません。私のデカパイは帝都の酒場で飽きるほどネタにされましたから。揉もうとした男はボコボコにしてきましたとも。……えっと、つまり、その妊婦は私と同じくらいのバストサイズだったんですね。すごく助かりました。身体的特徴は大きな手掛かりです」
「そうではない……。その妊婦がカレンティアちゃんじゃないとすぐ分かった」
「髪の色が違ったから? それとも妊娠してお腹が大きかったから?」
「騎士兜の妊婦は左手が光っておった。薬指に結婚指輪を嵌めておったのじゃ。銀色の……。だから……儂は……その……。見間違いじゃ……」
「司祭様、落ち着いてください。思ったことを口にして。私は怒ったりしません! ……この指輪を父さんの墓に埋めたのが誰なのか、知りたいだけです。見間違いでもいいわ。私の目を見て話してください」
「カレンティアちゃんがその結婚指輪を見せてくれたから思い出したんじゃ。儂は村の司祭じゃ……。新郎新婦に夫婦の誓いを立てさせる。ベロニカ様の結婚式も儂が執り行った……。この銀の指輪は間違いなく……ベロニカ様の薬指に嵌められていた。儂が二日前にすれ違った奇妙な姿の妊婦も……同じ指輪を……薬指に……していたような気がする……」
「二日前、この結婚指輪を見たんですね。見間違いだったら、司祭様は言い淀んだりはしないでしょう」
「その結婚指輪を妊婦が薬指に嵌めていた。気付いたのはさっきじゃ。間近で実物を見なければ、ベロニカ様の指輪だとは分からなかったじゃろう」
「そんな……? どうして身重の妊婦が母さんの結婚指輪を……」



