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【6話】美熟母の子宮は命を宿すか?

 誰かがベロニカの結婚指輪を奪い取り、何らかの経緯で騎士兜の妊婦の手に渡った。

 そう考えたくなる。だが、指輪には夫婦の名前と結婚記念日が刻まている。見事な銀製の指輪だろうと、普通の人間なら身に着けたくないはずだ。

 中古の結婚指輪に値打ちはない。一目で盗品だと分かる。

「…………」

 購入後に盗品だと分かって、指輪を持ち主に返そうとした。

 それもありえる。だが、司祭の証言によれば、妊婦は左手の薬指に指輪を付けていた。盗品を返そうとする高潔な人物にはそぐわない振る舞いだ。

「司祭様は二日前に墓所を訪れた騎士兜の妊婦が……私の母さんと思いますか?」

 カレンティアは勇気を振り絞って問いただした。司祭が気まずそうに、この場から逃げたがっているのは、きっとこの質問が怖いからだ。

 豊満な乳房の女性。妊娠していることを差し引いても、カレンティア並みなら、強く印象に残る。カレンティアの爆乳は母親から遺伝だった。四年前に失踪したベロニカは大きなバストを誇る美女だった。

「あっ、ありえんよ! ベロニカ様のはずがない! あの妊婦は長い黒髪じゃった!」

 騎士兜で頭部を覆っていたのなら、黒髪はカツラかもしれない。

「…………」

 カレンティアはあえて指摘しなかった。

 司祭が強く否定するのを望んでいた。二日前に現れた妊婦が、行方知れずだった母親であるはずがない。

「年齢も合わない! 儂が見たのは子を孕んだ夫人じゃ。ベロニカ様は四十路を超えておる……」

「私が今年で十八歳。母さんは四十四歳だわ。さすがに妊娠は年齢……ですね……」

 妊娠は難しい。客観的な事実だ。しかし、閉経していなければ不可能ではない。カレンティアが断定を避けた。それにも理由がある。

(司祭様の言う通りだわ。絶対に……ありえない……。絶対に……)

 伯爵家の跡継ぎが顕在化したのは、カレンティアの伯父が病没した一年前。しかし、以前から懸念はされていた。

 実現はしなかったが、伯父夫婦が幼少のカレンティアを養女に迎える案もあった。

 冒険者の父親は死んで英雄となった。「どこの馬の骨とも知れない男」は偉大な勇者に祭り上げられた。伯爵令嬢ベロニカの駆け落ちが貴族社会で許される風潮が生じたのだ。

 伯爵家がカレンティアを迎え入れる。当然、未亡人となったベロニカも貴族に戻る。

 十五年前のベロニカは二十代後半、まだ子供が望める年齢だった。

(母さんがヒースウッド修道院に入ったのは、伯爵家が水面下で画策してた再婚から逃げるため……。そんな噂を私は聞いた。たぶん、それは本当だわ。病弱だった伯父さんは自分に子種がないと知っていた。伯爵家のために母さんを……)

 後継者を産む。貴族令嬢の大切な御役目だ。

 本来なら実家から逃げたベロニカが悪い。裕福な暮らしの代償は政略結婚。大貴族に自由恋愛は許されない。

(……でも、十五年以上も前の話だわ。母さんの逃げ勝ちで終わったはずでしょ)

 ヒースウッド修道院に逃げ込んだベロニカは時間切れを狙った。

 閉経してしまえば伯爵家の計画は潰える。四年前の時点で勝敗はついた。

(四年前、母さんが行方不明になったとき、私は伯爵家の誘拐を疑ったわ。でも……当時の私以上に伯爵家は慌てていた。目撃情報に謝礼を払ったり、帝国軍にも捜索を依頼してたわ)

 カレンティアが伯爵家に向けた疑いはすぐに晴れた。

 伯爵家がベロニカを誘拐したお家騒動なら、皇帝に頼み込んで帝国軍を動かしたりはしない。かなりの金額を投入したと聞いている。伯爵家は行方不明のベロニカを真剣に探し回っていた。

(私は母さんの失踪を冬の遭難と決めつけてしまった。でも、伯爵家の跡目争いなら……? 本家は無関係でも、ひょっとしたら分家が……)

 四年前だ。ヒースウッド修道院に保護されていたベロニカは初めて遠出した。それまでは亡夫の墓参り以外では俗世と関わらなかった。

 ちょうど四十歳のベロニカは油断していたかもしれない。

 ――もう子供を産める身体ではなくなった。伯爵家も手荒な再婚はさせない。ベロニカはきっとそう思い込んだ。

 事実、本家筋の人間はベロニカが思った通りだ。結局のところ、祖父と伯父は家出したベロニカに甘かった。

 父親の生前、さまざまな妨害は仕掛けてきたという。冒険者組合に圧力をかけたこともあった。だが、「屋敷から盗んだ聖剣を返せ」とは訴えなかった。

「母さん……生きているの……?」

 カレンティアは結婚指輪を握りしめる。墓所で目撃された騎士兜の妊婦がベロニカだと決まったわけじゃない。母親の結婚指輪を薬指に嵌めていた。それだけなのだ。

「司祭様。村で一番の駿馬を私に売ってください。ヒースウッド修道院に行っています。母さんの私物を整理してほしいと頼まれてました。もしかしたら……、司祭様がすれ違った妊婦は修道院の人かも?」

「あ、ああ! なるほどのう。ありえる! いや、そうに違いない! ベロニカ様は失踪する前に、結婚指輪をヒースウッド修道院に置いていったのじゃろう」

「母さんが失踪して四年です。遺体の代わりに結婚指輪を埋めにきてくれたんでしょうね」

 カレンティアと司祭はお互いに納得したふりをする。だが、この説には無理がある。

 ベロニカは結婚指輪を寝るときでも外さなかった。肌身離さず、大切に身に着けていた。

 そもそもヒースウッド修道院の使者として、騎士兜の妊婦が派遣されるだろうか。それこそ、ありえない人選だ。高価な結婚指輪を墓地に無断で埋めることだって奇妙だ。カレンティアや伯爵家の了解を得ず、そんな勝手をするとは到底思えない。

(母さんを探そう。この結婚指輪を墓所に埋めた妊婦が誰なのか突き止めるまで、帝都には帰らない。ごめん。クロヴィス……。やっぱり貴方も連れてくるべきだった。戻りは遅くなりそうだわ)

 カレンティアは村で一番の馬を即金で買い取り、ヒースウッド修道院に急行した。

 ◆ ◆ ◆

 日没前に到着したものの、大きな問題が起きた。

 強行軍を強いた農耕馬は、厩舎きゅうしゃの前で泡をぶくぶくと吹いて倒れてしまった。村で一番の駿馬だったが、所詮は農村の馬である。サラブレッドの屈強な馬とは違う。

 家畜の世話を担当する修道女からは「なんと惨い。どんな走らせ方をしたんですか? この可哀そうな子を屈強な軍馬とでも思っていたの? はぁ。なんて酷い人でしょう……。私が責任をもってお世話いたします。ですから、疲労が回復するまで、絶対に渡しません」と厳しく非難された。

 カレンティアは黙って頭を下げるしかなかった。理由があったとはいえ、馬を酷使してしまった。罪悪感で胸が苦しい。あの馬が意識を取りもしても、再び自分を乗せてくれないだろう。だが、急がなければならなかった。

 父親の墓前で見つけた指輪を握りしめ、カレンティアはヒースウッド修道院の門を叩いた。

 男子禁制の聖域。訳ありの貴族令嬢や未亡人が逃げ込む最後の砦。母親の部屋には失踪の手がかりが遺されているはずだ。

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