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【3話】女冒険者カレンティアは父母を偲ぶ

 冒険者カレンティアがレーヴェ家の使用人となる二週間前の出来事であった。

 今日は十五年前にこの世を去った父親の命日だ。仲間達から「生き急ぎの冒険野郎」と言われた父親らしい最期だった。

 親しい者達は父親の早世を嘆き悲しんだが、当人は自分の死に方に満足していたはずだ。少なくともベッドの上で安らかに眠る、そんな死に方は望んでいなかった。

「クロヴィス! ちょっと! ちょっとぉ! 起きて! 起きなさい! 貴方って男は……! もう! ろくでなし! わざとでしょ!? 私! すっごく怒ってるわ!」

 シャワー室から出てきたカレンティアは、惰眠中の恋人に蹴りを入れた。ベッドから転げ落ちたクロヴィスは、冬眠明けの熊みたいに起き上がった。

「ふあぁ……。ぐえぇっ! 暴力反対……! たくっ……! カレンティアは最高の目覚まし時計だな。そんで、何の話だ? 何に怒ってる? トイレの便器が上がりっぱなしだったか? それとも今日はゴミ出しの日だっけ?」

「昨日のセックス! 膣内なかに出したでしょ」

「……酔ってて覚えてない。記憶にございませんな」

「依頼報酬を横領した組合長みたいな誤魔化しはやめなさい! 腹が立つ!」

「じゃあ、俺が膣内射精した証拠は?」

「物証があるわ。シャワー浴びてたら精子が股から垂れてきた」

「そいつは……。カレンティアが両性具有だった可能性は?」

「あるわけないでしょ!」

「……昨日の夕飯で飲んだ牛乳がヨーグルトになった可能性も」

「殺すわよ」

「痛っ! 蹴るなって……!」

「はぁ……。セックスしてる途中で気付かなかった私も私だわ。外出しの約束を守る気なんてなかったのね……。最低の男。赤ちゃんできたらどうするつもりよ?」

「そうだな。……きっと俺は立派な父親になるぞ! わははは!」

「黙りなさい」

「はい。すみませんでした。確信犯です」

「私よりも冒険者ランク低いくせに……、私より立派な親になれるわけ?」

「俺の心を抉らないでほしい。言葉の刃は傷つくから……」

「じゃあ、変な悪戯しないで。危険日だったら本当に孕んでたかもしれないのよ」

「ふざけてたわけじゃない。真面目な話、そろそろ考えてくれよ」

「考える。もうちょっとだけ時間が欲しいの。私だって……時期を選んでるだけなの……」

「責めてるわけじゃない。俺は待てと言われれば待つ。忠犬みたいな男だからな。……ただなぁ、この前、受付嬢に文句を言われた。結婚してるんだから指輪くらい付けろってさ」

「あの受付嬢、私には態度きついのよねぇ。嫌な感じだわ。狙わてれるんじゃないのー? 人の彼氏を奪いそうな性格してると思うわ。男の冒険者にだけ愛想を振りまく可愛い子ちゃんだものねぇ」

「妙な勘ぐりはやめとけって……。今は俺らの担当受付嬢なんだから……。でもよ、勘違いされるのも分る。付き合ってもうだぜ」

「違う。

「え? いやいや! 四年だろ? いくら俺でも間違わない。ひっかけか?」

「恋人になって五年目。四年目なのはセックスするようになってから」

「……あぁ、そうかも。でも、ある意味、俺が正しくない? だって、ほら、その……男女関係ってそういう……感じじゃん?」

「呆れたわ。クロヴィスの脳細胞って睾丸についているんじゃないの?」

「ははっ……! 手厳しいな。そういう新説が発表されてても、俺は頭ごなしに否定はしないぜ」

 濡れたプラチナブロンドの髪をクロヴィスは撫でてくる。カレンティアはそっけなく恋人の手を叩いた。

「私を猫か何かと勘違いしてない?」

「機嫌を直してくれよ。悪かった。でも、子供が出来たら……その……! 結婚の話を真剣に考えてくれると思ったんだ! 悪気はあったけど、本気なんだよ!」

「その堂々とした犯行声明、反応に困るわ。クロヴィスのことは好き。でも、結婚の話はもうちょっと考えさせて……。家族のことは真剣に考えたいの。だって、今日は……」

「――親父さんの命日だから」

「……ええ。そう。そうよ。……なんで?」

「え? 当たりだろ?」

「クロヴィスって私の誕生日、付き合い始めた記念日、ゴミ出しの日は忘れてるくせに、父さんの命日はしっかり覚えてるのね。なんで?」

「そりゃぁ、すごい人だったからな。帝都の冒険者じゃ伝説だ。憧れだよ」

「どうかしら。十五年も経てば忘れられていくわ」

「俺は忘れちゃいないぜ。故郷の村を救ってくれたんだ」

「伝説は塗り替えられるものよ。お墓参りに来てくれる人も少しずつ減っているわ」

「ちょっ、待てよ。カレンティア。一人で墓参りに行く気か? 俺も一緒に行く!」

「一緒に来るつもり?」

「当然だろ。毎年そうだったじゃないか」

「クロヴィスは冒険者組合の査定があるでしょ。そっちに集中しなさい。私はランク昇格がもう決まってるわ。貴方は? 今回の査定で良い成績を残せなかったら、私の三つ下になるわよ。ちょっとは焦りなさい」

「分かってるよ。くそ……。で、何日くらいで帝都に帰ってくる予定なんだ?」

「そうね。十日くらい? いや、二週間? もっとかかるかも……」

「長くないか? 俺の忠誠心は犬並みだが、孤独耐性は兎並みなんだぜ?」

「みっともない泣き言ね……。ヒースウッド修道院にも立ち寄るつもりだから。二週間はかかるわ」

「ヒースウッド修道院だって? 行方不明になった母親の件? まさかベロニカさんの足取りが掴めたのか!?」

「いいえ。失踪して四年目だから、母さんの私物を処分してくれってさ」

「……酷いな。荷物を取りに来いってか?」

「むしろ修道院長の温情じゃないかしら? 母さん消息不明で死んだも同然」

「まだ分からない。ベロニカさんだって現役時代は凄い冒険者だった」

「ええ。でも、今まで手がかりは見つかっていないわ。いなくなって四年よ? 頃合いでしょ。……そんな母さんの部屋を四年間もそのままにしてくれたんだもの。かなりの特別扱いだわ。修道院に入るとき、寄付金をたんまりと払ったのかしら」

 カレンティアの母親ベロニカは四年前に失踪していた。

(母さん……。どこへ消えてしまったの……?)

 元々は帝国貴族の令嬢だったが、若い男と駆け落ちして冒険者になった。温厚そうな見た目に反して、破天荒な人生を歩んでいる母親だった。夫が冒険中に命を落としてからは、一人娘のカレンティナに愛情を注いだ。娘の成人になると、冒険者を正式に引退。ヒースウッド修道院に隠居して静かに暮らしていた。

「ベロニカさん……。何があったんだろうな。友人を訪ねに北方へ向かったところまでは分かってるんだろ?」

「ええ。もっと正確な場所を誰かに伝えてくれていれば、探しに行けるのだけど……。四年も経つと……私も……諦めがつくわ」

「カレンティア……」

「たぶん、事故に遭ったんだと思うわ。北方は整備されてない道も多いし、母さんが北方に旅立ったのはちょうど今頃。冬が始まる季節だったわ。……厳冬期の遭難死は珍しくない」

「なあ、俺もやっぱり付いていこうか? 一人じゃ大変だろ。英雄の墓参りもしたいぜ」

「いいえ。ダメよ。ちゃんと査定を受けなさい。やる気を出させてあげましょうか? 査定に受かったら結婚指輪を買っておきなさい。左手の薬指に指輪を嵌めてあげる」

「本気だよな?」

「ええ。冒険者カレンティアに二言は無し! 出来たてほやほやの人妻になってあげるわ。それじゃあね、期待してるわよ。クロヴィス♥︎」

 カレンティアは一人で帝都を旅立った。

 十五年前に亡くなった父親の墓参り、四年前に失踪した母親の私物整理。この世から去ってしまった両親を弔うための旅である。

 カレンティアが恋人のクロヴィスと新しい一歩を踏み出すために必要な行為だった。

 査定の結果次第で結婚すると約束したが、仮にクロヴィスが昇格できずとも、自分から結婚を申し込むつもりでいた。

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