ルキディスはハンカチでカトリーナの女陰を拭ってやった。食事用のナフキンが切れたので、ルキディスは自前のハンカチを使った。
冥王の精液は膣内に残留しやすい。けれど、カトリーナの愛液と混じり、白濁色の体液が膣口から漏れ出していた。自制したつもりであったが、かなりの量を出してしまった。それでも、人外というほどの精液量は出てない。
精液の魔素濃度も控え目にしてある。カトリーナに魔物化の前兆は現れていなかった。
(オペラの後半はずっとセックスしていたのに、まったく疲れていないわ。不思議……。身体の相性があっていたのかしら?)
冥王の精液は雌の疲労感を癒やす効果がある。セックスし続けていたのに、カトリーナの身体に疲労感が残っていないのはそのおかげだ。
「体調は大丈夫そうか?」
ルキディスは砕けた口調で労う。カトリーナは助けを借りて、パーティードレスを着直した。
愛液と精液で女陰は濡れている。股間部分に染みができたりしないか心配だったが、そうはならなかった。
ユファがカトリーナのために選んだ純白のパーティードレスは貴族愛用の高級服。汗などの体液で染みができないように特殊な加工が施されている。
カトリーナは食事のときも汚れがつかないように細心の注意を払っていた。しかし、飛沫程度の汚れは生地が弾いてくれる。
「ええ。もう大丈夫ですわ……」
カトリーナはこれから王立劇場に併設されてる高級宿に向かう。そして、ルキディスに種付けされてしまう。それを考えるだけで子宮が疼く。さっきまでずっとセックスをしたのに、もう情欲が溜まっていた。
「さあ、行こうか。カトリーナ」
ルキディスは本当の夫のように振る舞った。カトリーナの腰に手を添えて、二人で個室観覧席を出る。今のルキディスとカトリーナは、どこからどう見ても夫婦だ。
廊下ですれ違う貴族たちは、ルキディスとカトリーナの美男美女ぶりに目を奪われていた。社交界で見かけない美青年が、純白のパーティードレスを着こなす美女を連れまわしていれば、注目を集めるのは必然だった。
何人かの貴族たちが、ルキディスとカトリーナを指さしながら、あの夫婦はどこの貴族なのだと噂し初めた。
「ああいう連中は気にするな。貴族の記憶力などニワトリ並みだ。数日後にはきれいさっぱり忘れているさ」
「そうね。そうだと嬉しいわ」
「そもそもカトリーナがここにいることを知っている人間はいないだろ? 絶対にばれない。でも、そうだな。万が一にでもばれてしまったら、そのときはどうしてほしい?」
「そうですわね。その時は……私を誘拐してほしいですわ。一緒に遠くの国で暮らすなんてどうかしら?」
「はっはははは。二人で逃避行というのは悪くないな」
ルキディスは王立劇場の使用人を呼びつける。
伝書飛脚を使って留守番中の眷族たちに、今夜は家に帰れないと伝えなければならなかった。無断で外泊しようものならシェリオンとユファは、冥王の気配を辿って高級宿に攻め入ってくるかもしれない。
「それじゃ頼んだぞ。伝書飛脚は速達だ。これで駄賃は足りるか?」
「はい」
ルキディスが呼びつけた王立劇場の使用人は年若い少年だった。
年齢はサムと同じくらいだろう。ルキディスが連れ添っているカトリーナを見て顔を真赤にしていた。カトリーナの煽情的なドレスから目線を逸らそうとしているのがとても愛らしく映った。
(サムが弟子入りしたばかりのころは、ああいう顔をしてくれたわね。こんな格好をしている今の私を見たら、サムはどんな顔をするのかしら? くふふふっ♥)
初心な使用人の少年は、走り書きの伝書を渡すと廊下を駆けていった。王立劇場に駐在している伝書飛脚が走れば、日付が変わる頃合いには家に届くはずだ。
「想像はできるけれど、誰に何を伝えたのかしら?」
「朝帰りになると伝えただけだ。ユファは俺が外泊したって気付かないさ。最近はご無沙汰だったからな」
カトリーナの件が片付いたら、眷族にサービスをしてやらなければならないと考えていた。
放置気味のシルヴィアが暇を持て余しているとの報告を受けている。初めての妊娠だから、そっとしておいたのだが、すっかり魔に染まっているようだ。
「オペラが終わったのに、周りの人は帰る様子がありませんわね」
「雨が降ってるからだろう。昼間は降ってなかったのにな……。俺達は高級宿に泊まるから無縁だが、帰りの馬車が渋滞しているみたいだ。こういう降り方の雨は服が濡れるからな。傘があっても外を歩きたくないんだろ」
「分かる気はするわ。私だってドレスを着ていたら雨風にあたりたくないもの……。化粧だって落ちてしまうし……」
「貴族達にとっては災難だが、俺達には好都合だ。天は俺達を祝福してくれているな。雨のせいで家に帰れなかったと言い訳ができる。まあ、それでも朝には帰らないとな。心配したサムが工房に行って、イマノルさんに教えてしまうかもしれない」
「それはそうね。サムのことだから、あの人に伝えてしまう気がするわ。ジェイクの朝食だって作ってないし……、夜明けには帰るわ。朝に起きられなかったら、どうしよう……」
「今夜は眠らなければいい。お望みなら、俺はカトリーナを寝かせないように俺は頑張るぞ」
「もうっ♥︎ あなたってば私を寝かせない気なのね? 本当に頼りになるわ♥」
カトリーナは身を寄せた。ルキディスは腰に添えていた手を尻に伸ばした。尻肉を鷲掴みにすると、カトリーナは嬉しそうに微笑んだ。イチャつきながら高級宿に向かった。
二人が泊まる部屋はすぐ確保できた。最上級の個室観覧席を利用していた客は、優先的に部屋が割り当てられるからだ。
雨で帰宅を嫌がった観客が受付に殺到していたが、ルキディスとカトリーナには関係のない行列だった。
ルキディスとカトリーナは、サピナ小王国からやってきた外交官夫婦のように装った。たとえ満室でも外交官夫婦を追い返すことはできない。国営の高級宿は、どんな事をしてでも部屋を空けてくれただろう。
(属国サピナへの恩典とはいえ、ラドフィリア王国は太っ腹だな。オペラ鑑賞と宿泊が無料。西の覇権国家アミクス帝国ほどじゃないが、東の大国と言われるだけはある)
(属国に対する国力の誇示なのだろう。まったく、余力があって羨ましい限りだ……。サピア小王国だって余裕があれば、色々な事業に着手できるというのに……)
用意された部屋はベッドが一つしかなかった。その代わり、二人で寝るのに十分過ぎる大きさだった。
部屋に足を踏み入れたカトリーナは、自らの肉体が高揚していくのを感じ取る。このままルキディスをベッドに押し倒し、すぐさまセックスをしたいと思っていた。
「――湯船の準備はできていますが、どうされますか?」
確認をしてきたのは高級宿の使用人だ。
バトラーと呼ばれる役職で、上級客室を使う要人の世話役だ。ルキディス達に付いたのは若い女性バトラーで、犬の耳と尻尾がある獣人だった。
「そうだな。最初は風呂に入って汗を落とすか」
ルキディスは女性バトラーがサピナ小王国から売り飛ばされた奴隷なのではないかと思った。できることなら、こういう人材が国に戻ってきてほしい。しかし、彼女のように売られた先で、確かな職に就いた人間は祖国に戻ってきてはくれない。
獣人の待遇が改善されたと懇切丁寧に説明しても、帰国を拒絶する者は大勢いた。
暴政の記憶は一年で拭い取れるものではない。生まれ故郷に帰るくらいなら、死んだほうがましだと吐き捨てる獣人も少なくなった。
(酷い国だったからな……無理もない。)
おそらく彼女は帰国しないタイプの人間だ。だから、ルキディスは何も言わなかった。
どのような経緯で彼女がバトラーとなったのかは分からない。しかし、並々ならぬ努力で勝ち取った職だ。ラドフィリア王国は獣人への差別が酷くない国である。偏見や見下しは存在しているが、他国に比べればよっぽどましだった。
「妻の着替えを手伝ってくれ。俺は一人で大丈夫だ」
「かしこまりました」
ルキディスの着替えを手伝わせる訳にはいかなかった。着ている服は〈変幻変貌〉で変化させた冥王の肉体そのものだからだ。肉体の一部である服を脱いだりはできない。
ルキディスは〈変幻変貌〉を発動する。服を外皮に変化させる。
(前哨戦は大成功……。しかし、本気を出すのは二回戦目からだ。精力には余裕がある。カトリーナは膣内で俺の精液を摂取しているから、体力が有り余っているはずだ)
今のところ苗床化の兆候はなく、カトリーナの瞳は濁っていない。しかし、眷族化している様子もなかった。
(魔物化の進みが遅いようだ。新薬のせいで魔素耐性が上がっているからか……? 魔素放出を自制しているのもあるが、ここまで侵食が遅いのは初めてだ)
侵食速度を上げたいのなら、高濃度の魔素を与えてしまえばいい。だが、冥王はまだ加減が必要だと考えていた。
カトリーナには一度帰宅してもらう予定である。ここで魂が壊れてしまうと後の計画を修正しなければならない。
(焦る必要はない。ここまでは順調だ。じっくりとカトリーナを魔物に作り変えていけばいい)