息子のお守りをサムに任せて、カトリーナは久しぶりの外食に出掛けた。
ルキディスが会食に選んだ場所は魚料理で有名なレストランだった。会員制とまでいかないが、庶民が日常的に通えるような価格帯の料理店ではなかった。
「今日はお食事に誘っていただいてありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ。こちらから誘ったんですから。カトリーナさん、妻を紹介します。彼女がユファです」
カトリーナは息を呑む。ルキディスが連れてきた女性は、猫の耳と尻尾を生やした猫族の獣人だった。
(凄い美人……。年齢は私よりもちょっと若く見えるわ)
ユファはルキディスの隣を歩くのに相応しい美少女であった。
美女としてのタイプがカトリーナとは異なっているので単純な比較はできない。けれど、カトリーナよりもユファのほうが一般受けする愛らしい可憐な顔立ちと体付きをしている。
ユファの美貌と妖艶な肢体を見せつけられ、カトリーナは敗北感を覚えた。実を言えば大きな劣等感を抱いてしまった。
ルキディスとユファは美男美女の夫婦で、文句の付けようがなかった。
「はじめまして。カトリーナさん。夫から話は聞いています……」
ユファは普段のバカっぽい口調を使わない。語尾に『ニャ』も付けず、陰気で影のある幼妻を演じ、カトリーナを欺いた。
「よろしく。ユファさん」
猫被りの演技にすっかり騙されたカトリーナは、ユファが大人しい性格の女性だと思い込んだ。事前の打ち合わせで、ユファは気弱な妻になりきると決まっていた。
(んにゃ〜。この服、地味過ぎて気分が悪いニャ。素肌の三割は露出させてないと息苦しくなっちゃうのニャ〜。困ったニャ……!!)
(シェリオンよりは適任だが、なぜか不安だ。実はノーパンだったりしそうなのが怖い……。だが、要領の良いユファのことだ。どうとでもなるだろう。信じているぞ……。信じているからな?)
配役はルキディスの予想通りだった。シェリオンは妻役をすぐに辞退した。
知的で聡明な容姿をしているシェリオンだが、実はかなりの脳筋気質である。こういった腹芸は苦手としていた。
その点、演劇はユファのお家芸だ。どんな人格だろうと演じきる自負があった。
レストランの個室席で三人は会食を楽しむ。しかし、ユファは相づちする程度で会話には混ざらない。基本的に話しているのはルキディスとカトリーナの二人だけだ。
(とても静かな人だわ……。せっかく三人で食事してるのに、私とルキディスさんばかり話していて大丈夫なのかしら?)
(んにゃ〜。カトリーナの胸は普通ニャ……! 巨乳とは言えないニャ。う~ん。顔はまあまあ、お尻の肥え具合はそこそこ。でも、苗床堕ちしそうな匂いがプンプンするニャ)
ユファはバレないようにカトリーナの身体を観察する。新たな眷族と手に入れたばかりの冥王は、カトリーナも迎えいれようとしている。だが、ユファは否定的だった。
(ルキディスには悪いけど、眷族化しなくても別にいいニャ〜。だって、この女が眷族化しないなら、僕の自説がさらに強化されるニャ。それに、人妻の眷族化はオマケ。最大の目的はイマノルとかいう鍛冶職人のオッサンをサピナ王国に移民させることなのニャ!)
カトリーナを寝取るのは確定しているが、目的ではなく手段だ。妻を奪うことでイマノルをサピナ小王国に招致する。
これから行う回りくどい作戦は、その下準備でしかない。
ルキディスは会話の最中にオペラ鑑賞の件を切り出した。
「それでだ。明日は三人でオペラ鑑賞に行かないか? どうだ。ユファ? お前は最近、引きこもってばかりいるし、今日みたいに出掛けてみないか?」
「私は別に構いませんよ。貴方が望むのなら、妻の私は従うだけです……」
「……含みのある言い方だな。それは肯定でいいのか? ユファ」
「ええ……。そうです」
ユファの台詞は予め決まっている。少しぶっきらぼうな感じで、どうでも良さげにつぶやいた。
(にゃはっ! 我ながら完璧な演技力ニャ!)
夫婦を演じるルキディスとユファの間に気不味い沈黙が生じる。それを見ているカトリーナは苦笑いを浮かべていた。
(にゃははは〜。台本通りニャ。冷え切った夫婦を頑張って演じるのニャ〜。バカっぽいから、この人妻はきっと引っかかるニャ)
(はぁ……、もう、見ていられないわ。ルキディスさんがこんなに気遣いを見せているのに素っ気ない人……! こんな素敵な男性と結婚しているのに、どうして冷淡な態度なのかしら? 世の女性達はルキディスさんみたいな美男子を放っておくはずがないわ。こんなことをしてたら、誰かに取られても文句を言えませんわよ……?)
と、言うような感情をカトリーナは思ってくれるはずだ。ユファの演技だけでなく、ルキディスは〈誘惑の瞳〉を使って、カトリーナの精神に働きかけていた。
家族を裏切る禁断の愛情。日常に退屈していた人妻を瞳術の印象操作で煽り続ける。知らず知らずのうちに、カトリーナの心はルキディスに傾倒していく。
「はあ……。やれやれ。ちょっと、トイレに行ってくる」
苛立ったような態度を見せながら、ルキディスは席を外した。残されたのはカトリーナとユファの二人のみ。個室には沈黙が訪れる。
三人で食事をしていたが、会話の中心にいたのはルキディスだった。そのルキディスがいなくなれば会話は続かない。
「…………」
「…………」
このままの雰囲気ではあまりにも居心地が悪い。耐えきれなくなったカトリーナは、ユファに話しかけようと口を開きかけたときだった。
「カトリーナさん。私の夫をどう思っていますか?」
ユファが先に話題を振ってきてくれたので、カトリーナは喜んで答える。ユファの夫であるルキディスを褒め、煽てることを意識し、慎重に言葉を紡いだ。
「とても魅力的な男性だと思いますわ。私はユファさんが羨ましいです。ルキディスさんのような殿方を射止めるのは、ライバルが多くて大変だったでしょう?」
「はい……。恋敵は沢山いました。結婚した今でも、貴方のように近づいてくる女性は今でも沢山います」
「え? えっ!? ……えっと、私はもう結婚して子供もいるから! とにかく、そういうつもりは微塵もありませんわ……!!」
「本当にそうなの? だとしたら、ごめんなさい。夫に近づいてくる若くて綺麗な女は全員そうなんじゃないかって思ってしまうの。私を愛してくれているけど、きっと夫は疲れているわ。私だって今の夫婦生活には疲れ切ってしまったもの……」
「疲れる? それはどういう?」
「今の私を見ていると想像できないかもしれませんけど、私はルキディスに近寄ってくる女性を追い払い続けてきたわ。ありとあらゆる手段を使って……。以前の私は嫉妬の塊みたいな女だったから」
ユファは顔を俯かせる。普段は満面の笑顔を作っている表情筋を押さえ付け、ふさぎ込んだ妻の貌を作る。
(んにゃんにゃ〜。この陰気なキャラ設定、ちょっと疲れてきたのニャ。もうちょいハキハキしたキャラ設定にしておけば良かったかも?)
気を引き締め直し、ユファはカトリーナに語りかける。
「ルキディスはずっと私に気遣ってくれているの。だけど、ある日、こう言われてしまった。『そんなに自分の夫が信用できないのか?』って……。夫はずっと私を愛してくれていた。でも、私はその夫を信頼していなかったことに気付きました」
(うわぁ……。めっちゃ聞き入っているニャ。ドン引きなのニャ。他人の不幸は蜜の味ってことにゃのかなぁ? まあ、いい感じニャ。都合のいい嘘を信じ込ませて、不倫セックスのお膳立てしてあげるニャ)
「その時から、ずっと私は自己嫌悪に陥っています。私みたいな卑屈な女が、ルキディスの妻でよいのかと……」
ユファは言葉を切って、カトリーナの反応を窺う。夫婦生活が上手くいっていないとアピールするのが狙いだった。
カトリーナはユファの話を信じ込み、心配しているかのような態度をとる。だが、内心ではルキディスともっと親しくなれるのではないかとの想いが生じていた。
「ルキディスさんを信じてあげるべきですわ。だって、ユファさんを心配して私を紹介したのよ? ルキディスさんはユファさんを心から愛していますわ! だから、ユファさんはもっと自信を持つべきです!!」
カトリーナはこれまでの経緯を説明する。
ここまでの出来事は全てルキディスが仕組んでいる茶番だ。なので、ユファは全部知っている。だが、もちろんユファは表情に出さない。
「……カトリーナさん、私は夫を束縛しないと決めました。寄ってくる若い女を追い払い、夫を独占することに疲れました。ルキディスの妻というだけで、私はもう十分です。けれど、私と一緒にいる今のルキディスが幸せとは思えません」
そしてカトリーナの理性を外す爆弾発言を投下する。
「――もし夫がカトリーナさんを求めて、カトリーナさんが受け入れるというのなら、私は何も言いませんから」
カトリーナは息を呑み、言葉を失ってしまう。
夫との不倫関係を許容するとユファは断言した。カトリーナは顔を赤らめてしまう。
ふしだらな想いは抱いていないつもりなのに、言われてしまったらルキディスを一人の男として強く意識せざるを得ない。
「ちょ……っ! あの、ユファさん!? 私にそのような不純な気持ちはありませんわ。確かにルキディスさんは魅力的な男性です。けれど、私には家庭がありますわ。夫と息子を愛しているし、何よりも大切に思っています! そもそもルキディスさんは私みたいな女に目を向けたりしませんわ!!」
「その割には夫と楽しげに会話していましたね。それに今も頬が赤らんでいますよ。カトリーナさん」
「これは……そういうことじゃなくて……! 私はお喋りしてくれる近い歳の友人がほしかっただけで……!!」
「……仮定の話です。私は夫が少しでも自由になってくれたらと思ってるだけです。ルキディスが何を考えてるか分かりませんし、カトリーナさんがそう言うのなら、多分大丈夫なんでしょう。でも、夫と何かあっても私は気にしません」
「いえっ、そのですから……!」
「カトリーナさんは『私に気を使う必要が無い』とだけ教えておきたかったのです。何があっても見なかったことにしてあげます。それとも、そこまで必死に否定するのなら、カトリーナさんは夫ともう致してしまったのかしら……?」
ユファは既に肉体関係があるのかと問う。貞淑な人妻であらんとするカトリーナは強く否定する。
「ないです! 絶対にありませんわ! ユファさんは魅力的な女性です。ルキディスさんが浮気をするなんて考えられません! そんなのルキディスにだって失礼です……!」
「そうでしょうか……? 夫があんなに楽しそうにしているのは、本当に久しぶりのこと。きっとカトリーナさんと過ごしているのが楽しいのでしょうね」
突然の展開にカトリーナは混乱してしまった。まさか夫を寝取ってもいいと、妻であるユファが言い出してくるとは思ってもいなかったのだ。
(私とルキディスさんが……そんな関係になるなって……いやダメダメ! 何を考えているのかしら! もう! いくら自分に自信がないからって、変なことを言わないでほしいわ。私までおかしくなっちゃうじゃない……!)
ルキディスが部屋に戻ってきたとき、カトリーナは紅潮した両頬を見られまいと顔を背けてしまった。狙い通りの仕草をするカトリーナを見て、ルキディスは作戦の成功を確信した。
(もう一押しでこの人妻は終わりニャ♪ それより、この料理……! ひどい味なのニャ〜。うげぇ……。シェリオンは辞退して正解だったニャ。顔に出すタイプだから絶対にばれてたニャ)
ユファは、魚料理を口に運び、咀嚼するふりをして飲み込む。まったく美味しくない。味のない紙切れを噛んでいるかのようだった。
カトリーナとルキディスは、口を揃えて美味しい料理だと言っているので、きっと美味なのだろう。だが、食欲のない魔物には、料理の味なんて分からない。
(家に帰ったら、ルキディスのチンポにしゃぶりついて精液で口直しニャ)
魔物である眷族が美味しいと思えるご馳走は冥王の子種くらいしかない。三人が会食しているレストランはルキディスが気に入っている店であった。
魔物でありながら冥王には食欲がある。食糧の摂取を怠れば餓死してしまう例外的な魔物であった。
*****************
明くる日、カトリーナはルキディス夫妻とオペラ鑑賞をすることになった。
当日のカトリーナは朝から興奮気味だった。念願の王立劇場でオペラを鑑賞できるからではない。夜に見てしまった淫靡な夢のせいだ。
淫夢の内容は口に出せるようなものではなかった。
(もう、私ったら何であんなエッチな夢を……! ルキディスと私が結婚して、沢山の子供を作る夢を見てしまうなんて……! ほんと、どうかしているわ)
原因は間違いなく、ユファが唐突に言ってきた夫の浮気を許すという宣言のせいだ。ユファに焚き付けられてから、ルキディスのことを考えると頬が赤く染まり、心臓の鼓動が高鳴るようになってしまった。
カトリーナは自分が夫と子を持つ成熟した人妻から、恋患いを抱える乙女に変わってしまったのを自覚した。
(ふしだらな感情に流されそうで怖いわ……。だけど、大丈夫。ルキディスさんが私なんかを求めてくるなんてありえませんわ。だけど、もし……、ありえないけれど……! 彼が求めてきたら、私は拒絶できる……はずよね?)
カトリーナは寝息を立ている息子のジェイクを見る。夫のイマノルは愛しているし、息子のジェイクを悲しませたくない。カトリーナは母親なのだ。
「大丈夫。間違いはしでかさないわ。私はそんな馬鹿な恩じゃないんだから」
瞳術の印象操作、水瓶に仕込まれた遅効性の媚薬、そしてユファの浮気公認でカトリーナの心は揺れた。だが、イマノルとの間に設けた愛する息子の顔を見て、母親の理性で踏みとどまった。
(私ってば、とても危険な妄想ばかりしているわ。ルキディスさんともっとお話しをしたい。けれど、これからは距離を置いたほうがいい。あんな卑猥な夢を見てしまうほど、揺れ動いているわ。……何があろうと、過ちは起こさないようにしないとね)
ベッドのうえで目覚めたとき、カトリーナの下着は漏れ出した淫蜜でジットリと湿っていた。
どうしても火照った身体を静められず、発情心を抑えきれなくなった。寝室のドアに鍵を閉めてから、カトリーナは自慰で性欲を発散させてしまった。
――年下の青年と不倫を愉しむ不道徳な妄想をオカズにして、カトリーナは手淫で絶頂した。
思い浮かべるセックスの相手は、どうやっても夫ではなくルキディスになってしまう。オナニーを終えると、下着はお漏らしをしたようにビショビショになっていた。
(私ったら、本当にどうしちゃったのかしら? イマノルと結婚する前だって、はしたない真似はしなかったのに。……本当に恥ずかしいわ)
水瓶に入れられた媚薬の効果が少しずつ現れていた。
朝食を終えたころ、弟子のサムが玄関のドアを叩いた。カトリーナは留守の間、サムにジェイクのお守りをするように頼んでいた。
「帰りは遅くなると思うから、家に泊まっていっていいわ。昼食と夕食は台所の戸棚に置いてるから、時間になったら食べてちょうだい。嫌がると思うけど、人参もちゃんと食べさせて。今日もお願いね」
「はい。分かりました」
息子の相手をサムに任せてカトリーナは家を出た。サムには友人のお誕生日会に行ってくると嘘を言ってしまった。
(サムに嘘をついちゃったわ。別に……。夫にばれたって問題ないはずだっていうのにっ……)
カトリーナはルキディス夫婦とオペラ鑑賞に行くとは誰にも教えていない。
ルキディスとは不純な間柄ではないものの、怪しまれる気がした。後ろめたさから、誰にも言えなかったのだ。それが逆に怪しい行為となっている。けれど、当人は自覚していない。
王立劇場のオペラは、十五時から深夜まで続く予定だった。連続で公演が行われるわけではなく、途中に何度も休憩を挟む。そうでなければ、見ている観客の方が疲れ切ってしまうからだ。
また、観客だけでなく演者の都合もあった。
王立劇場で行われる公演は大規模な舞台装置や仕掛けを使うため、準備に時間がかかるのだ。
(これから夜までルキディスさんと……! でっ! でも! ユファさんだっているわ! おかしなことにはならないはずよ。そう! 私はオペラを見に行くのよ。それだけを考えれば大丈夫なんだから……っ!!)
*****************
王立劇場には服装規定が存在している。カトリーナは一着だけ貴族のお下がりドレスを持っていたので、それを着るつもりだった。
しかし、ルキディスはカトリーナのためにドレスを購入すると申し出た。誘ったのは自分だから、せめて晴れ着を買わせてくれと言ってきたのだ。
「――とても似合っていますよ。カトリーナさん」
ルキディスに連れてこられた仕立て屋は、貴族街にある高級ドレスを扱う店だった。
こんなところで高価なパーティードレスを買ってもらって本当にいいのかと思ったが、ここまで連れてきてもらって、今さら断る度胸はなかった。
カトリーナにドレスをプレゼントするように強く働きかけたのは妻のユファだった。事情をルキディスから聞かされ、なおさらカトリーナは断れなくなった。
(何をやってるのかしら? 私ってば……)
カトリーナが着せられたのは純白のドレスだ。これではまるで、ルキディスに嫁入するための花嫁衣装である。
ドレスを選んだのがユファであるため、その裏にある意図を勘ぐってしまう。
「カトリーナさんに、とても良く似合っているとは思う……。だけど、ユファ。このドレスは少し露出が多くな――」
「これぐらい今時は普通です。ルキディスの感覚はちょっと古すぎます」
ユファが選んだのは、胸元が大きく見開いていて胸部を強調している。落ち着いた母親が着るものではない。遊びたい盛りの貴族令嬢が好む派手なドレスだ。
胸元だけでなく、背中から腰まで素肌を晒すドレスだったので、カトリーナは下着も新調した。通常のブラジャーとパンティでは、生地の一部がはみ出て見えてしまう。みっともないことになってしまうので、下着の新調はこのドレスを着るに必要だった。
(こんな薄い下着、初めて穿きましたわ……。お尻に紐が食い込んでくる……)
カトリーナは、いわゆるティーバック・ショーツを穿かされた。これなら生足やお尻を晒しても大丈夫であるが、とても下着とは思えない布面積に衝撃を受けた。
(は、恥ずかしい……)
現物を見せられたとき、紐に小さな布が付属しているようにしか見えなかった。秘部を小さな布生地で隠すだけで、あとはお尻の谷間に紐を通すのみだ。なので、後ろから見たら尻が丸出しになる。
(お尻にぴったり張り付いてるわ。形がくっきり浮き出てちゃう……! もっと普通のドレスじゃだめなの……?)
こういう下着だからドレスと身体が密着していても下着が透けないと教えられたが、代わりに生肌が見えてしまう。ようするに下着の布面積を最小限にしているというだけだ。
(股間のあたりスースーする。下着を履いてる感じがしないわ)
ブラジャーは背中に回さず、首から吊り下げるバックレス型だ。背中や胸の谷間が露出しても、ブラジャーが見えないようになっている。
オペラの開演までの間、カトリーナはずっと仕立て屋で、飾り付けられていた。
家で気合を入れて化粧をしてきたが、全て落とされた。仕立て屋の女主人が、一からやり直してしまった。
素人の化粧がプロの化粧術に敵うはずがなく、カトリーナは家を出たときより美しくなった。こんなに磨かれた姿になるのは、初めてであった。
カトリーナが露出の多いきらびやかな白いドレスを着ているのに対して、ユファは控え目なドレスを着ていた。胸が大きいくせに、あえて目立たない格好をしている。
ユファは仕立て屋の女将にカトリーナの化粧や身嗜みに事細かな注文を付けている。
(あぁ……。ユファさんは完全に勘違いしてる気がするわ……。こんな破廉恥なドレスを着てルキディスさんと歩いているのを近所の人に見られたら、大変なことになるわね。けれど、気付かないかも? プロの化粧ってすごいわ。今の私を見ても夫は気付いてくれなさそう……)
今のカトリーナなら、貴族の妻と名乗っても誰一人疑わない。化粧をしてくれた仕立て屋の女将とて、カトリーナが市民地区から来た鍛冶屋の妻だとは分かっていなかった。
ルキディスは見るからに貴族の雰囲気を持つ美青年だ。そして、連れているのは二人の美女。ユファは美形であるが獣人なので妾と推察する。ならば、カトリーナのほうが正妻だと勘違いするのは当然である。
仕立て屋の女将は、社交界の流行を知らない初心な本妻に恥をかかせまいと、妾の獣人があれこれ注文をしていると思っていた。
「奥様、胸回りで緩んでいるところはございませんか?」
「だ、大丈夫ですわ……」
カトリーナは気まずい表情で受け流した。
(奥様!? 人妻だけど、その人の妻ってわけじゃないんですけど……! 妻はそっちにいるユファさんなんです……! なんて言えないわ! もう……っ! ルキディスさんは苦笑いしてるし……!)
ルキディスの笑みは苦笑いではない。もっと陰湿な感情が奥底にはあった。しかし、そのことにカトリーナは気づけなかった。
(ほう。カトリーナの尻は大きいな……。こういう格好をさせなければ分からなかった。経産婦だというのにスタイルが崩れていない。眷族になれずとも、苗床となって良質な子を産んでくれそうだ)
ヒップとバストのくびれの強調され、撫で回したくなるお尻が突き出ている。今すぐにでも種付けをしてしまいたくなる媚肉の詰まったデカ尻だ。
(開発した例の新薬が効けば、眷族適性のない女でも苗床化しないはず。しかし、どこまで効果があるかは不明。高級娼婦のアマンダ・ヘイリーでさえ、苗床化してしまったからな……。俺が良い雌だと思っても、眷族化できないのは本当に困ったものだ。俺が選り好みしているわけじゃないのに……)
カトリーナの身嗜みが整う頃合いを見計らって、ルキディスは辻馬車を呼び寄せた。
「それじゃ、王立劇場に出発だ。段差を登れる? 足下に気をつけて、カトリーナさん」
「はっ、はい……!」
ルキディスはカトリーナの手を引いてエスコートする。辻馬車の御者は、ルキディスが連れている2人の美女に目を奪われてしまった。
露出の多い純白のドレスを着たカトリーナと、黒い質素な服を着たユファは双方が美しく、そして対照的であった。二人の美女を両脇に抱えた美男子へ羨望の眼差しを向ける。
(着飾った二人を連れていると目立ちすぎる。あまり良くないな)
この先のことを考えると、カトリーナを連れ回している光景を多くの人間に見られたくなかった。
夫のイマノルでさえ、今の純白の花嫁衣装を着たカトリーナを自分と妻と見破るのは難しいだろう。おそらく連れ回しても露見することはまずない。しかし、万が一というのが恐ろしい。
冥王は慎重な性格だ。カトリーナをさっさと馬車に乗せて、寄り道せずに国立劇場へ向かう。人妻であるカトリーナも家族への背信を感じつつあったので、どこかに寄りたいとは言い出さなかった。
普段は入れない貴族街を見て回りたい欲求はあった。けれど、この格好を人目に晒すのは抵抗がある。
(胸の谷間が露わになってるし……。背中から腰まで素肌が丸見えだわ。お尻の割れ目もひょっとしたら透けて見えているのかも……。こんなドレス、強風が吹いたら真っ裸になっちゃいそう……)
馬車が揺れる度にカトリーナの乳房が揺れる。最初は恥ずかしくて腕を組んでいたが、そうして胸部を隠していること自体が激しく羞恥心を掻き立てた。
(朝は鍛冶屋の妻だったのに午後になったら貴族の若妻に大変身……! はぁ。なんちゃってね……。私ってば夫に内緒でこんなことしていいのかしら?)
夫に対する裏切りになってしまうかもしれない。だが、気分は悪くなかった。カトリーナとて女性だ。美女として生まれてきたからには、一度くらい着飾って遊んでみたかった。
(これも経験かしら?)
イマノルとの結婚は、駆け落ち同然だったので、遊んだ経験が全くなかった。息子のジェイクが産まれてからは、子育てに追われ、家事と育児で手一杯だった。
「王立劇場はもうすぐです。とても愉しみですね。カトリーナさん」
ルキディスの瞳が怪しく光る。ついに収穫の時がやってきたのだ。真意に気付かれるような間抜けなミスはしないが、どうしても笑みがにじみ出てしまう。
「ええ、本当に楽しみですわ」
——愛妻が魔物に籠絡されつつある中、夫のイマノルは仕事に全神経を注いでいた。家族のことは、頭から抜けている。依頼された品を完成させるために、雑念を捨て去り、全力を尽くすのみだ。
——家に残された息子のジェイクは、弟子のサムと遊んでいる。母親はどこかに遊びにいっているので、今日は帰ってこないらしい。サムにお願いして、昼食と夕食の人参は捨ててもらった。母親がいないのは寂しいけれど、人参を食べずに済んだのでジェイクは嬉しかった。
夫イマノルと息子ジェイクは知らない。
愛する妻であり母であるカトリーナは今宵、冥王ルキディスと姦通し、子宮の奥底に子胤を注がれる。貞淑な人妻は愛する家族を捨て、穢れた魔物の子を胎に宿す淫母へと堕ちる。
訪れようとしている淫猥な未来を予期しているのか、カトリーナの女陰はほんのりと濡れていた。膣道の襞から愛液が分泌され、受け入れる準備を整えている。
——カトリーナの熟れた肉体はルキディスとの不倫セックスを望んでいた。