――かつて、この世には魔王がいた。しかし、今はいない。
伝承によれば、古代の勇者は魔王の存在を消滅させた。
この世界における魔王は、滅びぬ災厄であった。けれど、勇者は世界から魔王という概念を抹消してしまった。
それ以来、魔王は誕生しなくなった。
人と魔の均衡を維持するために、創造主は魔王に代わる新たな災厄を顕現させた。
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喘ぐ娼婦の膣内に、冥王は泥々と粘り気の強い精液を流し込む。
冥王の穢れた瘴気に蝕まれ、娼婦の思考能力は低下していた。彼女が味わっているのは至上の悦楽だ。
淫売の職業柄、性的快楽を熟知している。手練れの娼婦ですら、冥王の淫楽に抗えず、酔わされ、瘴毒で正気を奪われた。
雌の生を享けし者は淫悦に逆らえない。どれだけ気高い女であろうと淫女に墜ちる。
冥王との情交で、娼婦は幸福の極致に導かれる。瘴気を進んで迎え入れ、魔物の子種を甘受する。
「――見込みはあると思ったが、この売女も壊れてしまったか」
冥王は落胆する。
仲買人に高い金を払って高級娼婦を買った。期待はそこそこしていた。だというのに、もうこの人間は使い物にならなくなった。
――娼婦の瞳は濁り、その表情は虚ろとなる。
魂魄が狂ってしまえば廃人も同然だ。魂魄に破損が生じ、人格の欠落が起こる。肉体的には生きているが、自我が永久に失われてしまった。
こうなってしまったのは、冥王の伴侶となる素質を持っていなかったせいだ。娼婦に魔素を受け入れるだけの器があれば、冥王の魔物に転生できた。しかし、彼女は駄目だった。
眷属の器を持たない者は、魂魄に亀裂が走り、自我の崩壊が起こる。
「本国送りにしろ。わざわざ種付けしてやったんだ。繁殖母体としては役に立つだろう」
眷族化に失敗した雌は廃人となるが、すぐには死なない。母体の機能が尽きるまで、魔物を産む苗床――繁殖母体となる。
子宮に侵入した冥王の精子は胎内に留まり、母体の排卵を誘発し続ける。卵巣に蓄えられている卵子を効率よく消費し、冥王の血族を増やしていくのだ。
一度に複数の受精卵を作り、魔物の赤子を孕ませる。母体が耐えられる限界まで赤子が生成されるのだ。
健康で若い母体なら、一度の妊娠で五胎児以上を出産する。
出産を終えた後も、母体の子宮には冥王の精子が残留している。子壺が空になれば卵子の排出を促し、新たな赤子の核となる受精卵を作る。
最初の妊娠期間は約一ヶ月。腹が膨れ上がり、出産に適した子宮への適合変化を終えたら、約七日周期で赤子を産み落とす。
精子と卵子が無くなるまで、受精と出産を繰り返す苗床。そうなったとき、先に枯渇するのは卵子の方だ。
冥王の精子は良質な卵子を選び抜く。効率的に消費していくと、約一年で母体の卵子が枯渇する。
卵子の枯渇が起こると、母体は苗床の役目を終えてる。生命活動が止まり、安らかな衰弱死を迎える。
「シェリオン。後始末を頼む。これ以上、苗床に俺の魔素を消費したくない」
冥王は娼婦の膣穴から生殖器を引き抜いた。
名残惜しそうに陰唇がヒクつき、亀頭に付着した愛液が糸を引く。形状は人間の陰茎に近い。けれど、そのサイズは女性が受け入れられる限界の長さと太さであった。
目を見張る男根の形状と大きさだが、自慢はできない。冥王は自分の姿を自由自在に変化させる。娼婦のオマンコに合致する造形をかたどったに過ぎない。
「承知しました」
シェリオンと呼ばれた美しいメイドは、娼婦の膣口に封じの紙札を貼り付ける。
娼婦の下腹部は大きく膨れ上がっていた。冥王が注ぎ入れた大量の精子を溜め込んでいる。シェリオンが女陰に貼った紙札は、精液が膣穴から漏れ出すのを防ぐ封印だ。
冥王の精子は腔内に浸透する性質があり、胎にしつこく粘り着く。しかし、今回は流し込んだ精液量が多すぎた。
高まった内圧に押されて、外部へ垂れ流れてきている。床を汚さないように、封じの札できつく密閉する。
「はぁ……。眷族を見つけるのは難しいな……」
これまでに冥王は数え切れぬほど多くの女達を犯してきた。しかし、大多数は苗床堕ち。眷族作りは数撃てば当たる代物ではなかった。
現今、冥王の眷族は四人のみだ。眷族となれず繁殖母体と成り果てた雌の数は三桁に及ぶ。手当たり次第に手を出しても魔素の浪費だ。しかし、取り組まねば、新たな眷属は見いだせない。
「眷族適性を持つ雌が、これほど希少とは思わなかった。最初にシェリオンとユファに出会えたのは幸運だったな。それも冥王の悪運というやつなのだろうか……」
「んニャ? それって前に言っていた冥王の恩典ってやつニャ?」
問いかけてきたのは、冥王と娼婦の淫事を見守っていたユファであった。シェリオンに次ぐ、第二の眷属だ。
「俺も完全には理解していない。創造主の祝福は説明が難しい。冥王である俺は、生まれたときから知識を授かり、自分の能力であるとか、果たすべき使命を知っていた」
冥王には親と呼ぶべき存在しない。知識と教育を施してくれた師もいない。世界の歪みから生じた怪物だった。
「天賦の知識によると俺は運がいいらしい。絶体絶命の窮地で、幸運が味方をしてくれるそうだ。シェリオンとユファに出会った時は、かなりきつい状況だった。冥王の悪運が発動したとしてもおかしくない。しかし、この類の後押しはどれほどの効果があるだろうか……。過信はできないな」
シェリオンとユファは冥王が最初に作った眷族である。
シェリオンは元奴隷の獣人族。牛の特徴を持つシュティア族の獣人で、人間だった頃は貴族が所有する奴隷メイドだった。
眷族化で魔物となった後は、冥王のメイドとして仕えている。
始祖の眷族に寄せる信頼は厚い。身の回りの世話はシェリオンに一任している。
ユファもまた元奴隷の獣人族である。猫の特徴を持つフェリス族の獣人で、疫病に冒され死にかけていたところを拾った。
元々は小国の王家に召し抱えられていた踊り子だった。しかし、重たい病に罹り、捨てられた過去を持つ。ユファは俊敏で戦闘能力に秀でている。護衛として側に置いていた。
「眷族に転生できる条件ってにゃんだろ? 僕はオッパイの大きさが条件だと思ってたけどニャ〜。でも、この子が眷族になれなかったニャ。巨乳だけが条件ってわけでもないらしいニャ」
ユファの言説は笑い話に聞こえる。しかし、冥王は馬鹿馬鹿しいと思いつつも、一時期はその可能性を真剣に考えていた。
眷族となった四人には共通点がある。全員が豊満な乳房を誇っていた。
特に最初の眷族であるシェリオンは、眷族のなかでバストサイズが一番大きい。
牛の特徴を持つシュティア族は、豊満な乳房を持つ巨乳者が多くいる。シェリオンの体躯はまさしく牛獣人の典型だった。
シェリオンは冥王と交わり、数多くの子を孕んだ。凶暴凶悪な魔物を何匹も産んでくれた。シェリオンは魔物となって冥王の子を出産してから、さらにバストサイズが大きくなったと言っている。
冥王の魔素は、乳房の発達具合に影響を与えている。巨乳の美女が眷属の適性条件。その可能性は大いにあった。
——しかし、眷族巨乳説は否定されている。
主張するのは三人目の眷族サロメだ。
サロメは冥王に言った。人間だったころのシェリオンは、成長期に十分な栄養を得られなかった。魔物化で成長不全が改善された。あるいは妊娠と出産で肉体に変化が生じただけである。
もっともらしい説明で、馬鹿らしい説を否定した。
三人目の眷族サロメは理知的な女性だ。冥王に助言を与えてくれる相談役であり、今は留守にしている本国の運営を任せている。
「眷族巨乳説はサロメが否定していた。俺もさすがにそれは無いと思うぞ」
「条件は巨乳だけじゃなくて、他にもあるのかもしれないニャ。僕は提唱者なだけに、まだ少し支持してるニャ〜。だって、大きなオッパイが大好きでしょ?」
「好きか嫌いかでいえば……大きい方がいいと思う。だが、そんなのは好みだろ」
「巨乳にあらずんば眷族にあらずニャ!」
「いくらなんでも、俺の好みが眷族化の必須条件だとは思わない。確かに眷族となった四人は胸が大きい。しかし、偶然だ。この件はサロメと散々話し合っただろう。蒸し返す話じゃないぞ」
冥王は当時の苦々しい出来事を思い返す。
ユファとサロメを一緒に抱いて、事後のピロートークを交わしていたある日。ユファが眷族巨乳説を冗談っぽく言ったところ、面白半分でふざけたことを言うなと生真面目なサロメが反論したのだ。
「サロメも大きいは大きいけど、四人の中だと一番下ニャ! オッパイの大きさが眷族の資質と比例しているとしたら、そりゃ、あの子は否定するニャ。にゃははははは」
「はあ……。頼むから、じゃれ合いは程々にしろよ。仲裁する身にもなれ」
身体の上で喧嘩をされる経験なんて、一度だけで十分だ。
夜伽で呼んだ二人の眷族が大喧嘩を始めた。その挙げ句、最後は冥王の精液をより多く搾り取ったほうが勝ちというよく分からない展開になった。
余談であるがその夜、冥王は死にかけた。
四人目の眷族エリカが寝室に入ってきて止めてくれなかったら、魔素を搾り取られ、腹上死していた自信がある。
「喫緊の課題は眷族の不足だ。眷族が産んだ子供に比べ、苗床の子は能力が劣っている。苗床となった女は約一年で死ぬ。持続的に冥王の血族を増やす体制を整えたい」
冥王がシェリオンとユファを伴って、ラドフィリア王国を訪れているのは新しい眷族を作るためだ。
王都で一番人気の高級娼婦で眷族化を試みた。しかし、一般人が買える最高級の雌でさえ眷族適性はなかった。
「要するにハーレムを作るのニャ?」
「端的に言い表すのなら、その通りだ。冥王の力は繁殖能力。優秀な雌を眷族化し、俺の子を産ませる。ハーレムを築くのは当然の戦略だ。過去に存在していた魔王と俺は違う。冥王の戦闘能力は低すぎる」
この世に存在した歴代の魔王は、強大な力で世界を揺るがした。
たった一匹の魔物が大陸の国々を滅ぼし、文明を破壊した。けれど、同種同類である冥王には、そこまでの力がない。
「冥王の戦闘能力は、自分で作った眷族や血族にすら劣っている。俺だけで人類と戦っていたら、命がいくつあっても足りない。いや、戦いにすらならないだろうな。俺のような弱い魔物では……」
冥王に与えられた権能は『繁殖』だ。
優秀な人間の雌を孕ませ、強大な魔物を産ませる。
四人の眷族達は多くの魔物を産んでいる。眷属が産んだ血族は、優秀で凶悪な魔物だ。しかし、四人しかいない眷族を孕ませ、子産みに専念させると不都合がある。
妊娠中の眷族は満足に体を動かせない。戦闘能力の低下は著しく、冥王の護衛戦力が薄くなる。眷族を増やさなければ、身動きがとれない状況だった。
「んぃぁ♥︎ んぃッ……♥︎」
冥王は壊れた娼婦を見下ろす。同情心などなかった。眷族となれないのなら同胞ではない。滅ぼすべき敵だ。
衰弱死するまで魔物を生み続ける苗床化した母体。他の役割は期待しない。
「眷族となれる優秀な女を一刻も早く見つけ出さなければ……」
――人類を滅ぼすため、冥王ルキディスは今日も頭を悩ませる。