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【25話】本邸炎上、襲撃の夜

 レーヴェ家の本邸を襲撃した野盗は十四人。隣町の司祭が雇った傭兵崩れの破落戸ごろつきであった。荘園の自警団が買おうとしていた武器を商人から強奪し、使用人達が寝静まった深夜に侵入した。

 悪党達の目的は火事に見せかけて、レーヴェ家の人間を皆殺しにすることであった。さらにもう一つ、黒森のどこかに隠された原生樹を探し出し、荘園のリンゴ栽培を盗み奪うことだ。

 レーヴェ家の当主は融和政策に偏重し過ぎた。

 隣町の動向に警戒心を抱いていた奥方やダミエーラも見込みが甘かった。いくら険悪な仲とはいえ、暴虐に手を染めるとは考えが及ばなかった。黒森の統べる主、女神リリトゥナ=キスキルですら人間の悪意を見誤った。

 炎上する屋敷でダミエーラは、ヴォルフガングを連れて逃げ回っていた。握った剣からは鮮血が滴り流れる。当主夫妻を殺した襲撃者を三人殺し、ヴォルフガングを救出したが、多勢に無勢であった。逃げ道を探す間にも四人倒したが、ダミエーラも深手を負ってしまった。

 時間を稼げば異変に気付いた荘園の自警団が駆け付ける。だが、その前に屋敷を覆いつくす大火で焼き殺されてしまう。

「くっ……! こっちも駄目か……!」

 天井が焼け落ちて崩落している。瓦礫の下には見知った使用人の死体があった。消火を試みたのであろう。近くにバケツが転がっていた。

 犠牲の身体にはクロスボウの鉄製矢ボルトが突き刺さっている。ダミエーラが商人に頼んでいた武器だ。本来ならば自警団の手に渡るはずだった武装をならず者達が使用している。

(やられたわ……。この襲撃を仕組んだ奴らは、荘園の自警団に罪を擦り付ける気なのだわ。当主様に諭されて私達は武器を買わなかった。でも、外の人間はそれを知らない……)

 荘園で働く村人達の反乱を偽装し、濡れ衣で何もかも奪い取るつもりなのだ。

「ダミエーラ……。手当をしたほうが……」

 ヴォルフガングはダミエーラを心配する。脇腹に深々と鉄製矢ボルトが貫通し、血が流れ出ていた。

「私は大丈夫です。むしろ鉄製矢ボルトを抜くと出血が酷くなりますわ」

 ダミエーラは自分の生存を諦めていた。当主夫妻は助けられず、何とかヴォルフガングだけは救い出せた。しかし、火事のせいで逃げ場がない。

(黒森にヴォルフ坊ちゃんを逃がせば私達の勝ち……。精霊様がきっと守ってくれる。だけど……。逃げ道に油が……。司祭め……。このクソ野郎……! これじゃ屋敷にいる人間は誰一人助からない! 襲撃者ごと全員を葬りさる気だわ……!)

 殺された当主は原生樹の場所を言わなかった。ヴォルフガングだけが黒森の奥地に隠された原生樹の場所を知っている。殺すわけにはいかないはずだった。

(隣町の司祭は異教を嫌っているわ。町の有力者は原生樹を手に入れたがっているけれど、司祭にとっては関係ないのかもしれない)

 火災から離れるため、ダミエーラは中庭に向かった。その判断が正しいかは分からない。深夜に押し入ってきた襲撃者は、使用人を殺し尽くしている。ダミエーラとヴォルフガングの味方は屋敷内にいない。

 おそらく襲撃者達も逃げ場のなくなった屋敷に閉じ込められている。全てを仕組んだ司祭は、安全な場所で高みの見物をしているのだろう。

(敵の生き残りが三人以下なら……。何とかなるかもしれないわ。まだ気絶するな……。この程度の傷で……)

 ふらついたダミエーラは片膝をつく。剣技での勝負なら傭兵崩れを相手に傷を負ったりはしなかった。しかし、飛び道具は凌げない。ヴォルフガングを守りながら戦うとなれば、なおさらだった。

(武器商にクロスボウなんか発注しなければよかった……。自分の首を絞めることに……なるなんて……!)

 ダミエーラは血反吐でむせる。肺に空いた穴のせいで呼吸が苦しい。握りしめていた剣が廊下に転がった。

「ダミエーラ……。もう僕らは……。ここで休もう。僕も一緒にいるから」

 苦しむ姿を見ていられず、ヴォルフガングはダミエーラを抱きしめた。心地よい温もりで意識が遠のいた。このまま炎に飲まれて、死ぬのも悪くない終わりなのかもしれない。ダミエーラはそう思ってしまった。

「――本当に僕はダミエーラが好きだったんだよ。笑わないでね。父上に本気で相談したんだから……。母上だって今なら怒らないと思う。ダミエーラは最期まで僕のために戦ってくれたんだから」

「ヴォルフ坊ちゃん……」

 死にかけのダミエーラは戸惑った。ヴォルフガングは冗談めかして、しきりに結婚相手や恋人の存在を探っていた。まさか本気だとは今まで気付かなかった。

(こうなると知っていれば、ヴォルフ坊ちゃんに処女を捧げておけばよかったわ。どうせ私の相手なんてこの先見つからないし……。身分差や年齢差も……ベロニカ様だったら気にしていなかったでしょうね……。私はいつだって、自分の本心を誤魔化して……気付いた時には手遅れ……)

 ここで諦めて愛する少年と心中する。それも悪くない。だが、ダミエーラは剣を拾い上げて立ち上がった。

「――私もヴォルフ坊ちゃんを愛しておりますわ。だから、ここで死なせはいたしません。私よりも相応しい女性と結婚なさってください。中庭に行きましょう」

「ダミエーラ……。君を苦しませたくない。だったら、ここで……」

「……私にも声が聞こえましたわ。教会のクソ司祭を呪ったからかしら? 精霊様が呼んでいますわ。井戸です。井戸に向かえば……ヴォルフ坊ちゃんは助かりますわ」

「リリトゥナが……?」

「ヴォルフ坊ちゃんは特別な御方です。森の愛し子……。さぁ、参りましょう。はぁ……はぁ……。うがっ……うっ……。この身を捧げてお守りいたしますわ」

 幻聴ではない。ダミエーラは精霊の声を聞いた。

(中庭に逃げ込んだ襲撃者は七人……。でも、やるしかないわ。井戸にさえ……あの古井戸にさえ……辿り着けば……)

 屋敷に侵入した破落戸ごろつきで生き残っているのは七人。

 その全員が中庭に逃げていた。火の勢いが激しく、脱出できていない。馬鹿な傭兵崩れ達は口封じで、司祭に始末されようとしている事実を把握できていなかった。

 枯れ井戸の底から出られないリリトゥナは、ダミエーラに思念を送り続ける。黒森の領域であれば侵入者を呪い殺せたが、レーヴェ家の本邸は人間の縄張りだ。死に瀕しているダミエーラが最期の力を振り絞り、ヴォルフガングを送り届けてくれることを祈った。

 ――ヴォルフガングを守り抜いてくれるのなら、自分の力が及ぶ範囲でどんな欲望でも叶える。ダミエーラの願いを成就させる。

 黒森の主は約束してくれた。そんな報酬がなくともダミエーラはヴォルフガングを守るつもりだ。だが、もしも願いを叶えてくれるのなら、迷わずに「レーヴェ家の繁栄」と答える。

(たった一人の生き残り。可愛い坊ちゃんの幸福。ヴォルフガング・ゴットフリート・レーヴェ卿に永久の繁栄を与えてほしい)

 中庭に辿り着いたダミエーラは剣を掲げる。敵は七人。剣と槍、クロスボウを構えていた。愚かしくも逃げ道はどこだと喚いている。炎上する屋敷に取り残された者達は焼死する運命にあるのだ。

 ――黒森に愛された一人の少年を除いて。

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