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【26話】四肢を捧げた願い レーヴェ家の復興

 古井戸に血塗れのヴォルフガングが落下する。手足の骨が折れないようにリリトゥナは優しく抱きしめた。

「ヴォルフ坊ちゃん……!」

 不届き者がヴォルフガングの死体を井戸に投げ込んだ。最初はそう思い違いをしてしまった。だが、付着した血は全てダミエーラのものだった。かすり傷しか負っていない。

「あぁ……! 良かった……! 本当に良かったわ」

 リリトゥナは心の底から感謝した。女家庭教師ガヴァネスのダミエーラは真なる騎士だった。約束通りにヴォルフガングを井戸底に連れてきてくれた。

「リリトゥナ……?」

 ヴォルフガングは無貌の美女に抱かれていた。

 漆黒が渦巻く異形の女神。その鏡顔きょうめんを直視してはならないとされている。だが、ヴォルフガングは涙目で訴えかけた。

「リリトゥナ……っ! リリトゥナ……!!」

「大丈夫ですわ。ここなら安全。ヴォルフ坊ちゃんは私がお守りいたしますから……」

「違う。そうじゃない。ダミエーラを助けて……お願い……!」

 リリトゥナもそうしてやりたい気持ちだった。しかし、井戸の底でしか力は使えない。どうにかしてダミエーラを引っ張り込めないかと必死に考える。その時だった。

 ダミエーラの身体が井戸に転がり落ちてきた。服は鮮血で真っ赤に染まっていた。身をていしてヴォルフガングの盾となり、太腿には槍先が突き刺さり、胸部には剣の切り傷やクロスボウの鉄製矢ボルトが何本も食い込んでいる。

「助けて……! ダミエーラを助けてあげて……!!」

 ヴォルフガングは黒森の主に命じる。太古の契約により、その願いは聞き入れなければならない。だが、ダミエーラを助けるためには大きな対価が必要だった。

「ダミエーラは首をねられても戦ったのですね。無惨な姿になってまで坊ちゃんを守って……。なんという……献身……。私も助けてあげたいですわ」

 ダミエーラの頭部は、首の皮一枚で繋がっていた。落下の衝撃で千切れて、首無し死体になった。信じられないことに、ダミエーラは首を刎ねられた後も動き続け、ヴォルフガングを守り抜いた。

 息絶えた死体だというのに、まだ剣を離そうとしていない。

「ヴォルフ坊ちゃん。ダミエーラを救う方法が一つだけありますわ」

「教えて! どうすればいいの?」

「私がダミエーラに憑依し、命を吹き込みます。頭部を失っても私なら死にはしません。しかし、ダミエーラの魂と私は癒着し、融合してしまうでしょう。一心同体となってしまう。ダミエーラが私を受け入れてくれれば成功します」

「お願い。助けてあげて……」

「ヴォルフ坊ちゃん。神霊が現世で受肉するためには、生贄が必要となります。とても申し上げにくいのですが、ヴォルフ坊ちゃんのお体を……」

「いいよ。リリトゥナは人間の身体を食べるんでしょ。全部、あげる。僕の身体を全て食べていいから……!!」

「既にご存知だったのですね。しかし、私はヴォルフ坊ちゃんを食べ尽くしたりはしませんわ。私の望みに反します。ダミエーラの願いにも……亡くなったレーヴェ家の犠牲者にも顔向けできません。……だから、手足をいただきます」

「分かった。いいよ」

「本当によろしいのですか? おそらく……。いいえ、間違いなくダミエーラは望んでおりませんわ」

「僕が望んでる。早く食べて……。ダミエーラを蘇らせてほしい」

 異形の女神にヴォルフガングは手足を差し出しだ。食べてしまいたい可愛い男の子。リリトゥナはずっと願っていた。しかし、こんな形で自分の欲望が果たされるのは不本意だった。

「――優しく食べてあげますわ」

 無貌の暗闇にヴォルフガングの手足が咀嚼される。黒森に捧げられる生贄は、自分の意思で我が身を女神に与える。そうでなければリリトゥナの血肉にならない。

 手足を失う激痛でヴォルフガングは気絶する。だが、己の行為に後悔はなかった。たとえ全身を食われたとしてもダミエーラに生き返ってほしかった。

 地上で悲鳴が聞こえる。火災旋風が襲撃犯の生き残りを炙り殺していた。黒森から吹き込んだ強風が竜巻を作り上げ、地獄の業火で破落戸ごろつきどもを焼死させた。

「ヴォルフ坊ちゃん……」

 手足を失ったヴォルフガングは、自分を抱き締めた女性がどちらなのか分からなかった。暗闇の泥で満ちていた枯れ井戸は、何ら変哲のない腐葉土に戻っていた。枯葉と枝が積もっている。

「……ダミエーラ? それとも……リリトゥナ……?」

 頭部は繋がっている。ダミエーラの貌がある。紫紺の髪が垂れさがっていた。声が重なっていて、よく分からない。

「両方ですわ。これからはがヴォルフ坊ちゃんのとなってお世話をいたします。ヴォルフガング・ゴットフリート・レーヴェ卿に永久の繁栄を……。レーヴェ家の初代当主と結ばれた契約は、新たな契りで上書きされましたわ」

 地上ではレーヴェ家の屋敷が燃え盛る。

 井戸の底で四肢を失ったヴォルフガングは新たな契約を結ぶ。リリトゥナとダミエーラを抱き、男女の契りで繋がった。レーヴェ家の若君は童貞を喪失し、美熟の女騎士は処女を散らした。

 十三歳の少年、三十五歳の女性。肉体関係を築く運命になかった男女は、襲い掛かった凶事によって愛が成就する。誰にも邪魔されぬ井戸底で、血塗れの身体を愛し合った。

「処女だったんだ」

 井戸底で横たわったヴォルフガングは嬉しそうにつぶやく。処女オマンコに挿入されたオチンポは、誇らしげに射精している。恋焦がれていた女家庭教師ガヴァネスの膣道で、お坊ちゃんは精通を迎えた。

「お恥ずかしいわ。気付かれてしまいましたか。内緒だったのに……。私は行き遅れの女ですから……」

「僕は嬉しい。だって、僕が一番最初の男なんだもん。ずっとダミエーラが好きだったから。もちろん、リリトゥナもね」

「ふふっ♥︎ お喜びください。ヴォルフ坊ちゃん。リリトゥナも処女だと言っておりますわ……♥︎」

「リリトゥナは嫉妬深いからね。セックスのときは順番に身体を使わないとね」

 ヴォルフガングは精子を送り出す。世継ぎを産ませるため、レーヴェ家の胎に遺伝子を刻む。

 ◆ ◆ ◆

 五年前に起きたレーヴェ家の痛ましい悲劇。

 若君のヴォルフガングは家族と使用人、四肢を失った。しかし、愛する女性を二人も手に入れた。ダミエーラとリリトゥナは妻とは名乗ってくれず、主人に仕えるメイドの立場を貫いた。それでもヴォルフガングは二人を愛する伴侶だと思っている。

 本邸の火災は自然鎮火した。駆け付けた荘園の者達には真相を伏せている。ダミエーラは死亡を偽った。実際、彼女は一度死んでいた。

 突然現れたリリトゥナと名乗るメイドはすぐに受け入れられた。村長のような年配者ほど、その正体を悟っているのだ。

 リリトゥナは素顔を騎士兜で隠した。黒森を支配する主は無貌の女神。その面貌を直視してはならない。

 荘園の老人達は伝承を知っている。

 ヴォルフガングは旧邸の闇樹館に移り住み、一年後には長女のダザリーヌが誕生した。母親のダミエーラとまったく同じ紫紺色の髪が生えた可愛い娘だ。

 ここまでならヴォルフガングは完全な被害者だ。

 異形の存在に生贄を捧げたのは、帝国で禁止された邪術かもしれないが、誰かを傷つけたわけではない。このまま平穏に暮らすのがレーヴェ家の心優しい若君の願いだった。

 ダミエーラとリリトゥナは違う。レーヴェ家の滅亡を謀った主犯は逃げ延びている。隣町の司祭を放置すれば、また同じことの繰り返しだ。敵は殺さねばならぬし、敵を威圧するだけの力を欲した。

 そもそもレーヴェ家は所有する荘園の豊かさに比べて、家格が見合っていないのだ。正式な貴族とは認められない准男爵家。このままでは侮られる。資産に相応しい爵位が必要だ。これは非業の死を遂げた奥方の遺志でもある。

 ダミエーラとリリトゥナの利害は一致していた。

 ――ヴォルフガング・ゴットフリート・レーヴェ卿に永久の繁栄を与える。

 爵位を得る方法はいくつかある。分かりやすいのは戦いで功績を挙げて、皇帝から叙勲してもらうことだ。しかし、四肢欠損のヴォルフガングは武功が見込めない。

 手っ取り早いのは政略結婚である。爵位持ちの貧乏貴族から娘を娶る。成金の商人がよくやる手段だ。たった一度しかできない政略結婚である。どうせやるのなら上玉を狙うべきだ。

 ダミエーラには伝手つてがあった。

 ヒースウッド修道院に隠居した伯爵家の未亡人ベロニカ。過去に駆け落ちの手助けをした大きな貸しがある。旧友のダミエーラが頼めばベロニカは二つ返事で来てくれるはずだ。

 伯爵家の本家は後継者問題を抱えている。ダミエーラの父や兄達からその話を聞いていた。

 重要なのは未亡人ベロニカの貴族籍が未だに残っている点だ。自由身分の冒険者を引退した以上、帝国の法律において貴族である。病弱な当主、老齢の先代が亡くなればベロニカは伯爵の地位を継承する。

 ベロニカは至高の上玉だった。リリトゥナの洗脳で自我を奪い取り、ヴォルフガングと再婚させる。

 伯爵家の乗っ取り計画は四年前に実行された。ダミエーラはヒースウッド修道院に手紙を送り付け、ベロニカをレーヴェ家の荘園に誘き寄せた。しかし、想定外の事態が起こる。

 まずヴォルフガングは計画に賛同しなかった。殺された父親によく似た温厚な性格の若君は、伯爵家の乗っ取りを拒絶した。荘園の暮らしを良くするための努力は惜しまなかったが、過剰な権威は欲していなかった。

 さらなる誤算はベロニカとヴォルフガングの関係性だ。

 ベロニカの人柄をよく知っているつもりだった旧友のダミエーラですら、その展開は予期していなかった。

 先立たれた夫を十年以上も慕い続ける英雄の妻だ。ベロニカは他の男に靡くような寡婦かふではなかった。四年前の当時、ベロニカは四十路を迎えた熟女だ。

 事態を知ったダミエーラとリリトゥナは唖然とした。

 四肢欠損の不具者に哀れみを向けることはあっても、好意を抱くとは想像できない。けれども、ヴォルフガングには年増の美女を堕とす才能があった。

 伯爵家の簒奪計画も頓挫し、企みは失敗に終わった。未亡人ベロニカの自我は奪えなかった。その代わりにヴォルフガングは恋心を我が物とした。

 それまで夫一筋だった人妻は、青年に乙女の魂を奪われた。ダミエーラとリリトゥナは本気でヴォルフガングを愛しているからこそ、ベロニカの惚れ移りが本心だと理解できてしまった。

 爵位を奪えないのなら、誘き寄せた未亡人は用無しだ。しかし、新たな愛を育み始めた男女は引き裂けなかった。

 始まりは最愛の男に先立たれた美熟女を慰め、寂しさを癒すだけだった。背徳感に悶え苦しみながらも夜を重ね、少しずつ惹かれていった。

 ベロニカの愛情をヴォルフガングは真摯に受け止めた。もう妊娠するような年齢じゃない。そんな決めつけを嘲笑うように、二人の間には子供が出来てしまう。

 ヴォルフガングはベロニカをあっけなく孕ませた。

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