「ねえ。帝都ってどんなところ? 皇帝陛下ってお金持ち? 十階建ての塔があるって本当?」
昼食が終わった後、長女のダザリーヌはカレンティアを質問攻めにした。メイド服を着ているので、新しい使用人と思ってしまったようだ。
「皇帝陛下はお金持ちよ。高層建築もあるけど十階建てはないわ。伯爵家の御屋敷でも三階立てよ。それでも手入れが大変だし、階段が多いと暮らしにくいわ。十階建ての建物は教会の塔のことね。大きな鐘楼が吊るしてあるのよ」
好奇心旺盛なダザリーヌに対して、妹のアヴェロアナは子供部屋の隅で絵本を読んでいる。カレンティアをチラ見するものの、積極的に関わろうとはしない。
見知らぬ客人を相手に戯れつくダザリーヌは警戒心が無さすぎる。年下のアヴェロアナは大人びて見えた。
(アヴェロアナちゃんは私と似てるわ。白金色の癖毛……。プラチナブロンド……。私も小さい頃は、ああして母さんが買ってきた絵本を読んでたわ)
物静かなアヴェロアナは、瞳の色までカレンティアと一緒だった。
事情を知らぬ第三者がカレンティアとアヴェロアナを見たら、歳の離れた姉妹と言うだろう。紫紺髪のダザリーヌよりも血の繋がりを感じさせる。
「ダザリーヌちゃんは四歳なのよね?」
「そうだよー。四歳! 私がお姉ちゃん!」
(ダザリーヌが産まれたのは四年前……。つまり、四年前に失踪した母さんの話は、この子から聞けないわ。三歳のアヴェロアナちゃんは生まれてすら……。子守りで得られる情報はないかも……)
幼女なら口が軽い。そう思ってカレンティアは子守りを引き受けた。しかし、考えが浅かった。
「玄関先の石畳にお絵描きをしてたのはダザリーヌちゃん?」
「うん! 上手だったでしょ? お父様がいっぱい褒めてくれた! だから、消えるまで残しておいたの」
あの落書きは上手くなかった。カレンティアは不気味さを覚えた。
自信家のダザリーヌは己の画才を疑っていない。父親のヴォルフガングは愛娘を褒めて伸ばす教育方針なのだろう。
「どうしてリリトゥナさんのお顔を黒くしてたの? ひょっとして黒騎士のヘルムで顔を隠してるから?」
「――あれはお母様じゃないよ」
ダザリーヌは首を横に振った。
「あの絵に描かれた女性はメイド服を着てたわ。レーヴェ家には他のメイドさんがいたの……?」
「ママだよ。私はママを描いたの」
「お母様とママは同じでしょ?」
「ううん。違う。一緒だけど同じじゃないわ。ママはママ、お母様はお母様。だから、描いたのは一人だけ。ママとお母様は一人だもん」
「…………?」
「ママとお母様は、お父様が大好きなの。だから、狡いんだよ。私だってお父様と添い寝したい。でも、私達が子供だからダメなんだって! とっても変だと思うの。村長さんから聞いたわ。荘園の家族は一緒で寝るのよ。寒い夜はそうしたほうが暖かいもん。私はアヴェロアナちゃんと寝てる。でも、でも! 人数が多ければ暖かいでしょ!」
それまで静かだったアヴェロアナが口を挟む。
「ダザリーヌはお姉ちゃん……。レーヴェ家は荘園の家族と違うの。同じ生活じゃダメ……。ママとお母様が言ってた……」
「え~~! 同じ生活でいい~! お父様の寝室には皆で寝られる大きなベッドがあるのにぃ~~!」
カレンティアは姉妹の会話を黙って聞いていた。二人の間では「ママ」と「お母様」で意味が通じていた。共通認識ができている。
(どういうこと? 「ママ」と「お母様」は一緒なのに同じじゃない……? どういう使い分けをしてるの?)
考えてもさっぱり分からない。言い方が違うだけだ。しかし、ダザリーヌとアヴェロアナは姉妹なのに似ていない。生母が違うのではないか。燻っていた疑念が強まった。
「もしかして、ダザリーヌちゃんとアヴェロアナちゃんの『ママ』は違う人?」
「正解! アヴェロアナちゃんと私はママが違うの。お母様が一緒! だから姉妹!」
(やっぱり……。この二人はリリトゥナさんの子供じゃないのね。生母は別にいる。育ての母親がリリトゥナさんで、お母様なのだわ)
「ダザリーヌお姉ちゃん。外の人にママのことは言っちゃ駄目だって……。お母様……。怒るよ……。家族の秘密……」
「カレンティアはレーヴェ家のメイドなのよ? もう身内だわ。家族よ」
「……そうなの? メイドは……家族かな……?」
アヴェロアナは納得できていない様子だ。
「ええ。ダザリーヌちゃんの言う通り。闇樹館でお世話になっている間、メイドとして働くつもりよ。使用人と思ってくれていいわ。お嬢様が望むがままに」
「ねえ、カレンティアもママになるの?」
「え? えぇ……!? なっ、なにを言ってるの? 私がママ……!?」
「違うの? だって、カレンティアは応接間でお父様と抱き合ってた。お母様が真っ赤になって怒ってたの見ちゃった。燃えてた! 髪の毛が逆立ってたわ」
「違う! 違う! あれは事故! 事故だったの! 変な勘違いはやめて、私はそういうわけじゃないわ」
「なーんだ。ママになる人じゃないのね。じゃあ、私達の妹になるんだわ!」
ダザリーヌは突拍子もないことを言いだした。「ママ」と「お母様」だけでも混乱の渦中に陥った。さらに「妹」という不可思議な単語。カレンティアの理解力は周回遅れとなる。
(いもうと……? 私達の妹になるって……なに……!? どういうこと?)
「良かったね。アヴェロアナちゃん! やっとお姉ちゃんになれるよ。私も楽しみ! カレンティアが妹になったら、夜は真ん中に寝かせてあげるわ」
ダザリーヌはとても嬉しそうだ。
ところが、アヴェロアナは表情を絵本で隠してしまった。カレンティアとの間に距離を作っている。二人はあまりにも外見が似通っていた。同族嫌悪ではないが、アヴェロアナのほうもカレンティアの瞳色や髪色を気にしているのだ。
――夜になったが天候は回復しなかった。
闇樹館の周囲では昼間以上の風雪が吹き荒れている。カレンティアは姉妹の遊び相手をしながら、嵐が過ぎ去るまで闇樹館に停留を余儀なくされた。



