同刻、メガラニカ皇帝の居城たる帝城ペンタグラムでは三皇后が集結し、最終決定を皇帝に奏上する御前会議が催された。
連日連夜続いた三頭会議で出た結論を口頭報告するものである。三皇后から皇帝に対する事実上の命令だ。奏上という形式を取っているが、実権が皆無かつ幼年のベルゼフリートは三皇后の意向に逆らえない。
「へえ。新しい女仙を二人も受け入れるの?」
皇帝の第一声は戸惑いであった。円卓を囲む三人の皇后は頷いて肯定した。
「来年じゃなくて今? この時期に? まだ工務女官の登用も始まってないよね⋯⋯?」
事前に聞かされていた話とかなり異なる。不安を覚えたベルゼフリートは助言を求めて視線を泳がせた。
(ヴァネッサ⋯⋯? うわ、機嫌が悪そう。三皇后に押し通されちゃった感じかな。こりゃ)
女官総長ヴァネッサは面白くなさそうな顔をしている。だが、ベルゼフリートの手に触れて、承諾するように促した。
帝国宰相ウィルヘルミナは、隣国バルカサロ王国の惨状を説明する。
「事態が急変いたしました。バルカサロ王国では第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオが争っています。⋯⋯さらに、未確認ですが、謀殺された第一王子ドラミホールの妻が国軍の一部を率いて王都を攻めているという噂があります」
「骨肉の争いだね。バルカサロ王国の王様は何してるの? 息子が仲良く殺し合ってるのを傍観?」
ベルゼフリートは国王チャドラックの死をセラフィーナに教えられていたが知らぬ態で質問する。
「国王チャドラック・バルカサロは死にました。六月に王宮で第一王子ドラミホール共々、反逆者に殺されたようです」
「第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオが反乱を起こしたの? その後に仲間割れ?」
「はい。さすがは陛下。ご明察の通りです」
淫魔の蠱惑的な微笑みは、男の劣情を煽り、理性の働きを鈍らせる。だが、この程度の世辞で惚ける幼帝ではない。
「⋯⋯これってさ、僕ら帝国にとっては良いこと? 悪いこと?」
「バルカサロ王国の後継者次第です。たとえば第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオが相討ち、共倒れになった場合をお考えください」
「王冠の行き先は第四王子かな?」
「第四王子ロアフォードは王位継承権を返上し、現在はルテオン聖教国の侯爵家に婿入りしております」
含み笑いが混じった返答を聞かされれば、その次の展開は読める。ベルゼフリートは唇を尖らせた。
「その次は第五王子か⋯⋯。ガイゼフってわけね」
「はい。アルテナ王国の女王と政略結婚していたガイゼフは王位継承権を返上しておりました。しかし、陛下もご存知の通り、婚姻関係が解消された今、ガイゼフの立場は曖昧です。現在は中央諸国に身を寄せております」
「ガイゼフがバルカサロ王国の王になる可能性ってどれくらいありそう?」
ガイゼフが王位に就けば、バルカサロ王国とメガラニカ帝国の関係は悪化する。政治に疎いベルゼフリートでもそれくらいは予測できる。なにせ二十年来の妻だったセラフィーナを寝取り、アルテナ王の座を奪った。息子のリュートを殺された件を加えれば、帝国に向ける恨みの深さは底しれない。
「血筋だけ言うのであれば、ヴィクトリカが産んだ赤子を担ぐのではないかのう。ベルゼフリート陛下の落とし胤を相手に帝国は戦えぬぞ」
神官長カティアは、ヴィクトリカ女王が産んだベルゼフリートの男児を心配する。思惑があって東側に渡したが、バルカサロ王国の内乱は予想外の出来事だった。
ベルゼフリートの息子がバルカサロ王国の王になられても、メガラニカ帝国は対応に苦慮する。
「その可能性は低いと軍務省は考えている。国王チャドラックの直系にこだわらなければ王族男子は他にもいるのだからな。参謀本部の見立てによれば、ヴィクトリカは息子をバルカサロ王国に渡さないだろう。もしやるなら⋯⋯」
帝国元帥レオンハルトは天井を仰ぐ。軍部の優秀な情報将校が導き出した答えである。しかし、いささか荒唐無稽だった。
「ヴィクトリカ自身がバルカサロ王国の王位を簒奪する⋯⋯でしょうか?」
「さすがは底意地の悪い帝国宰相ウィルヘルミナ閣下であらせられる。ご明察の通り。参謀本部と宰相は同意見なわけだな」
「お褒めいただいたと受け取りましょう。帝国元帥レオンハルト閣下」
ヴィクトリカはガイゼフの娘、つまり自分もバルカサロ王家の血筋だ。メガラニカ帝国に対抗するため、東アルテナ王国とバルカサロ王国を糾合する。理屈上は可能である。
「儂らとしては、穏健派の第四王子ロアフォードが復権し、王位に継いでくれるのが最良じゃ。しかし、賢い男のようじゃのう。バルカサロ王国の難民を救済こそするが、けして祖国に戻ろうとはしない。兄王子達に殺されたくないのであろう」
「バルカサロ王国の軍師団が第四王子ロアフォードに接触し、内乱の仲裁をさせようとした。しかし、それも断ったと聞く。王位に興味がないのかもしれん。⋯⋯となれば、内乱の趨勢がどう転ぶか分からん」
レオンハルトはあからさまに歯切れの悪い。その理由はすぐさま判明する。
「宰相府では混乱の隙に軍事作戦を実行する話も出ています」
「らしいな。不穏な動きだ。軍務省は受け入れない」
「バルカサロ王国で大規模内乱が起きていると分かれば、国民議会からもそういった声が上がるでしょう」
「貴公もくどいな。ベルゼフリート陛下の御前であるからこそ、強く言いつけてやろう。軍務省は大反対だ。進んでいる軍縮計画と矛盾する。旧帝都ヴィシュテルの復興計画にも悪影響を及ぼすぞ」
「弱気ですね」
「なんとでも言うがいい。⋯⋯攻め込まれての防衛戦以外で帝国軍は動かさんぞ」
「よろしい。分かりました。絶好の好機なのですが、神官長も私に賛同していただけないようですしね」
「負け戦よりは勝ち戦じゃろうが、そもそも戦いはしないに限る。好機到来を戦争の動機にされては困る。軍事作戦は外交の最終手段じゃろ。むしろ難民を受け入れて、バルカサロ王国に恩を売ればよい。メガラニカ帝国は敵を作りすぎじゃ」
「これまた博愛精神の豊かなこと⋯⋯。国家の財政を預かる宰相府の身になっていただきたい。難民を助けるのも予算がかかるのですよ。財源が血税だということをお忘れなく」
「まかり間違ってガイゼフが国王になっても、自国民を保護した恩人に刃を向けられんじゃろう。吹聴される帝国脅威論を否定できる好機じゃ」
「恩を仇で返す。そういう言葉もあります。⋯⋯しかし、良いでしょう。戦争をしないのなら、やはり例の計画に着手すべきです。代替策をベルゼフリート陛下に講じてもらいます」
智謀に長ける帝国宰相ウィルヘルミナは口角を釣り上げる。
良からぬ企みが動き出そうとしている。誰がどう見ても明らかだ。
(代替策ってなんだろ?)
協力したい気持ちはあるものの、ベルゼフリートは不満げな女官総長ヴァネッサの意図を汲む必要があった。
「もしも~し。一つ質問! 僕ってこういう血生臭い謀略は不参加じゃなかった? 忘れがちだけど、僕って神聖不可侵な皇帝陛下だよ?」
幼帝の戯けた異議申し立てに、ずっと押し黙っていた女官総長ヴァネッサは力強く頷いた。三皇后の反応はそれぞれ異なった。ウィルヘルミナは微笑を浮かべ、レオンハルトは不満そうな顔で、カティアは諦観の姿勢だ。
(この流れ、アルテナ王国を攻め落とした時もあったなぁ⋯⋯)
三皇后はベルゼフリートに汚れ仕事を押し付けようとしていた。これまでの流れは敗戦国のアルテナ王国を征服するため、女王セラフィーナを強姦させた淫謀を想起させる。
ウィルヘルミナはベルゼフリートに優しく語りかける。
「もちろん、ベルゼフリート陛下に無理強いはいたしません。しかし、今度の玩具もお気に召すかと思います。そして⋯⋯事を成せるかは、恐れながらベルゼフリート陛下の精力次第です」
「僕の力?」
「ええ。アルテナ王国の女王より熟れておりますので。種を巻いて芽吹くかは微妙なところです」
帝国宰相ウィルヘルミナは結晶石を取り出す。
映像記録の魔術式が刻まれたフィルム・クリスタルは、眠っている美女の裸体を空中に投影した。ベルゼフリートはその昔、セラフィーナとのハメ撮りをガイゼフに送りつけたことを思い出した。
「誰? この人?」
ベルゼフリートに見覚えはない。後宮の女仙でもなかった。美しい女性であったが、垂れ気味の爆乳が年増を物語る。エルフ族などの長命種と違って短命種はすぐに老いが目立つ。
淫悦な美熟女の魅力はある。しかし、三十代後半のだらしない裸体は、豊満な乳や尻に見どころはあるが、女仙の美的基準に達していない。
あと十年早ければ、このような指摘もされなかったであろう。
「先般、グウィストン川で難民船が襲撃を受けて沈没しました。彼女は西アルテナ王国の川漁師によって救助された。身なりや装飾品からバルカサロ王国の貴族だと判断し、帝国軍が身柄を預かり、身元調査を進めていたところ⋯⋯。とても面白い事実が判明しました」
ウィルヘルミナは投影映像を調整し、ベッドで横たわる美熟女の陰部を拡大する。清楚系の容姿に似合わず、女性器の形状は醜い。
こればかりは生まれつきであり、誰もがウィルヘルミナやセラフィーナのように、オマンコまで美人ではないのだ。
「う~ん。陰毛が濃すぎるから剃るべきかな。これじゃ獣だよ⋯⋯」
「見てほしいのは恥毛より下腹部です。光っているでしょう」
「淫紋じゃん。おっとりした顔なのに意外だ。これはちょっと見直しちゃった。見かけによらずドスケベ?」
「いいえ、これは高度な不妊治療の痕跡です。とある一族の精子に反応し、妊娠しやすい体質となっています。しかし、その一族以外の精子では妊娠しにくい不妊の呪いでもある。とても特殊な施術です」
「普通の貴族じゃない?」
「国王殺しの汚名を着せられた王妃イシュチェル・バルカサロです」
「王妃⋯⋯。殺されたバルカサロ王の妻?」
「彼女の子宮に施された不妊治療は、バルカサロ王家の遺伝子に反応します。反乱を起こした第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオは、前王妃であったエルシェベナの息子達。現王妃イシュチェルの子供は第六王子アーロンだけです」
「第六王子のアーロンは?」
「去年の十月に産まれたばかりの乳飲み子です」
「去年に産んだの? へえ、頑張った⋯⋯って言っていいのかな?」
ベルゼフリートは最高齢の皇后に視線を向ける。
「儂から見れば小娘。⋯⋯まあ、儂もまだまだ若いほうじゃ」
「貴公と比べたら大陸全土の人間は乳児みたいなものだ。年齢についてはともかく、グウィストン川で救助された女は、バルカサロ王国の王妃イシュチェルと特徴が完全に一致している。幼い息子を連れて国外脱出を図ったが、追手に襲われて船が沈没。西アルテナ王国に流れ着いた。目指していた亡命先は東アルテナ王国だったようだ」
「今のところ、沈没船の生存者は王妃イシュチェルだけです。流れ着いた死体を調べましたが、第六王子アーロンと思われる死体は発見できませんでした」
第六王子の安否は不明である。帝国宰相ウィルヘルミナは帝国軍に強く働きかけて、下流域で乳児の水死体を探させた。グウィストン川の流域は非武装地帯であるため、軍務省は難色を示したが最大限の努力はなされた。
「報告によれば、王妃イシュチェルが生き長らえたのは奇跡的だった。治療中に何度も心臓の鼓動が止まった。意識を取り戻したのはつい最近だ。夜襲を受けた難民船は爆発炎上。そのような状況だったのだろう。第六王子アーロンは死んでいる」
「決めつけるのは早計でしょう。東岸に流れ着いていたら? アルテナ王国に駐留する帝国軍は引き続き捜索をお願いします」
楽観的な態度のレオンハルトに釘を差す。ウィルヘルミナは第六王子アーロンの生死を重要視している。
「分かった。手は抜かん。ヴィクトリカの動向を見張るスパイをそろそろ送り込む必要もある。諜報員を使って引き続き情報収集に注力する。産休明けのユイファンがそろそろ使い物になる頃合いだ」
「よろしくお願いします。⋯⋯さて、本題に戻りましょう。我々は王妃イシュチェルをベルゼフリート陛下にお任せしたいのです」
帝国宰相ウィルヘルミナは、投影した王妃イシュチェルの全裸体を近付ける。子宮にバルカサロ王国家の祝印を刻まれた美熟女。張りの弱まった垂れた爆乳は、苛め甲斐があるだろう。
「三皇后は僕にどうしてほしいのかな」
「王妃イシュチェルに血酒を飲ませて女仙化します。存在は公開せず、婢女として後宮に留め置けば、世間は王妃イシュチェルが死んだと思うでしょう」
「だろうね。それを利用して悪巧み?」
「ベルゼフリート陛下にはアルテナ王国の女王セラフィーナを堕とした実績があります」
「実績なのかな? それって?」
「王妃イシュチェルの子宮には強力な神術式が施され、バルカサロ王家の男子以外では孕ませられない。しかし、破壊者の荒魂を宿すベルゼフリート陛下であれば、可能性は十分にあるでしょう」
「ほんとに? バルカサロ王国の王妃イシュチェルを僕が犯す。そういう奏上と受け止めるよ。でもさ、イシュチェルは王妃だ。セラフィーナは女王だったから、孕ませる意味があった。嫁いだ王妃にバルカサロ王家の血統はなくない?」
「王妃イシュチェルの子供が必要です。メガラニカ帝国の安寧を維持するために⋯⋯」
「国のためになるんだ?」
「はい。三頭会議の結論でございます」
「了解。レオンハルトとカティアも異存はなさそうだね。僕には王妃イシュチェルに子供を産ませる理由が分からない。だけど、ヤるだけはヤるよ。未亡人を寝取るのは愉しそうだ」
「お愉しみください。王妃イシュチェルは黄葉離宮の預かりとなります。もう一人の婢女は教会の元聖女マリエールです。後宮内では愛妾セラフィーナの側女を装わせます。国外出身の受け入れ先としては黄葉離宮が最良です」
「教会の元聖女か⋯⋯」
「孕ませるのはイシュチェルだけです。マリエールは手を出す必要もないでしょう。貢物をした教会に対する義理立てです。いずれは利用できるでしょう。しかし、今ではありません」
「うーん。それはそうだけど、大丈夫? 教会って開闢教でしょ? 黄葉離宮には聖堂教会の狂信者がいるよ?」
「黄葉離宮の主は愛妾セラフィーナです。側女の管理監督はしてもらわねばなりません」
(あっ⋯⋯。さらっと厄介ごとを押し付けた)
「帝室年金を受け取っているのですからね。セラフィーナにも仕事が与えられます」
「仕事? 最近のセラフィーナは旧帝都ヴィシュテルの復興関連でお金を集めたり、人を集めたり、忙しそうだよ」
「セラフィーナには婢女の教育係をしてもらいます。ご自身が経験者であればこそ、背徳行為の指南役も務まるでしょう」
ウィルヘルミナは伸ばした尻尾でベルゼフリートの股間に絡みつこうとする。過労で機嫌の悪いレオンハルトは空気を蹴って、帝国宰相の椅子を揺らした。
「若者は血の気が多くていかんのう⋯⋯。机の下で喧嘩するでない。はぁ。ヴァネッサや。熱い御茶をお代わりじゃ」
ヴァネッサは体内に収納していたヤカンを取り出し、カティアの湯呑みに熱々の茶を注ぐ。
「このような決定でカティア猊下はよろしいのですか? 婢女は女仙の汚点です。わざわざ増やすようなことを⋯⋯」
良識で知られる長老派のトップに翻意を促す。女官総長の立場からすると、愛妾や婢女といった卑しい女仙は、少なければ少ないほどよい。
「王妃イシュチェルと教会の元聖女マリエールとやらは表向きは存在しなくなる。都合が悪くなれば闇から闇へじゃ。諡号文書のページが一枚増えるのう」
「いっそ、最初から闇に葬っていただきたいものですね。女仙を断罪する権限を大神殿はお持ちなのですから」
「司法は中立じゃ。⋯⋯それに、我らの皇帝陛下はバルカサロ王国を追われた未亡人に興味津々のように見えるぞ。下界に行けず鬱憤を溜めておられた。帝国宰相の言う通り、新しい玩具じゃよ」
卓上に置かれたフィルム・クリスタルは、王妃イシュチェルの全裸体を投影し続けている。
若さの華が萎み、美の陰りが現れ始めた媚態。幼帝は値踏みする。他人妻だと思えばこそ、略奪欲が掻き立てられた。
バルカサロ王家の血筋ではない王妃イシュチェルを孕ませる狙い。三皇后の目的がベルゼフリートには分からなかった。質問したところで、今は説明する気がなさそうだった。
(セラフィーナだって一発で妊娠させたし、いけるかな? それにしたって、まさかバルカサロ王国の王妃が帝国の手中に収まるなんてね。奇妙な運命もあったもんだ)














