【181話】両陣営の備えと保険

 皇帝一行が乗っている船は、運河を航行する都合上、船体の横幅が河幅以下に制限される。

 当然ながら大型軍船は使用できない。用意されたのは旅船だった。巨大な船舶ではなかったが、いくつもの船室を備えた豪奢な造りであった。

 操舵そうだを任されたのは、長女シャーゼロットと三女レギンフォードの二人である。

 アレキサンダー公爵家の七姉妹は幼少期から軍事訓練を受けている。寝てばかりで訓練をサボっていた六女ブライアローズを除き、姉妹達は帝国軍将校としての技能と知識を叩き込まれた。操船は重要な習得項目の一つとされる。

 交代で舵を握り、魔都ヴィシュテルに至る山越え運河を北上する。穏やかな船旅の間、三皇后の閣議が船室で続いていた。

 ベルゼフリートが意識を取り戻し、張り詰めた空気は緩んだものの、根本的には何ら好転していない。三皇后は魔都ヴィシュテル到着後の計画を念入りに確認する。

「不可侵領域結界を突破すれば、帝嶺宮城ていれいきゅうじょうに侵入できる。まずは私が単独先行して魔物を一掃する。⋯⋯懸念となるのは、陛下をどこに避難させるかだ」

 古地図を広げたレオンハルトは、年長者のカティアにアイコンタクトを向ける。

 カティアは旧都の地理を知っている数少ない生存者だった。

「そうじゃのう。皇帝陛下が必要なのは不可侵領域結界を突破するときだけ。安全な場所に避難してもらうのならば⋯⋯」

 三皇后の中で唯一、旧都を探索した経験がある。さらに遡れば都が健在であったころ、暮らしていた時期もあった。長命種の多いメガラニカ帝国においても、カティアほど長生きした者は稀である。

帝嶺宮城ていれいきゅうじょうの宝物庫⋯⋯。ここじゃろうな。宝物庫の堅牢な扉は、皇帝陛下がいなければ開けられぬ。入ってさえしまえば安全じゃ」

「待ってください。敵側にも皇帝に等しい存在が誕生しています。魔物の肉体であろうと魂が定着すれば、それは破壊者ルティヤの器に違いありません。すでに宝物庫の扉が破られている可能性すらある。本当に安全だと言えますか?」

 ウィルヘルミナの指摘に対して、カティアは自信をもって反論する。

「皇帝のほかに、宰相か女官総長を伴ってなければ開けられぬのじゃ。ドワーフの名工がそういう仕組みを刻みつけた」

 宝物庫を開けるには皇帝に加えて、宰相もしくは女官総長がいなければならないとカティアは説明する。宝物庫には希少な帝国の財産が保管されているため、皇帝の一存で持ち出せないようにしていた。

「そもそも帝嶺宮城ていれいきゅうじょうは、栄大帝の時代に建造された帝殿じゃ。宝物庫には国宝が保管されておる。ゆえに、皇帝が勝手に財物を持ち出さぬように設計されたのじゃ」

「当然の運用でしょう。メガラニカ帝国の財政は宰相の管理下にあり、皇帝の御物は女官総長が管理するものです。その制度を作り上げたのは栄大帝時代の大宰相ガルネットです」

「栄大帝の散財癖は酷かったというからのう⋯⋯。だが、一つ気をつけねばならぬ点がある。宝物庫から出て行くときも、入るとき同じく認証が必要となるのじゃ。破壊者ルティヤの魂に反応し、扉は開かれる」

「出るときに必要なのは皇帝一人ですか?」

「そうじゃ」

「扉を外から開けるときは、宰相か女官総長を必要としているのに⋯⋯? 不自然です」

「設計者がで気を利かせたのじゃ。栄大帝は宝物庫に侵入する方法を探り回っていた」

「宝物庫の国宝を皇帝が盗もうとしていたのですか? 栄大帝の逸話らしくはありますが⋯⋯」

「神殿の記録にしか残っておらぬ微笑ましい醜聞じゃよ。ともかく当時はそういう事情があったのじゃ。万が一、皇帝が何らかの方法で宝物庫に忍び込めたとして、出られなくなったら?」

「皇帝がいなければ、外側からも開けられなくなる。だから、出るときは皇帝一人で出られるようにした」

「その通り。つまりは保険じゃ」

「理由は分かりました。⋯⋯ということは、皇帝が一人で宝物庫を出てしまったら、一緒に入った宰相や女官総長は閉じ込められてしまう」

「魔物側に宰相や女官総長はおらん。宝物庫に逃げ込めば、皇帝陛下の安全が保障されるじゃろう」

 カティアは宝物庫がある箇所を指差す。図面に内部の構造は記されていなかった。

「宝物庫の扉はここじゃ。出入り口は一つ。儂も内部構造は知らぬ。入ったことがない」

 レオンハルトは眉間に深い皺を寄せた。安全を考えるなら、自分が護衛として皇帝の側に引っ付いていればいい。だが、一刻も早く敵を倒すのなら、単独先行して魔物を鏖殺おうさつするのが最適解である。悩ましい二者択一だった。

「いや、少し待て⋯⋯。最後に宝物庫が開けられたのはいつだ? 天空城の動力炉に魔物が潜んでいた。レヴェチェリナという魔物は、メガラニカ帝国で長年にわたって暗躍していたに違いない。宝物庫がいつ開かれたかも重要だ」

 レオンハルトは疑念を抱く。死恐帝の宰相が大逆犯だったからだ。先代皇帝は即位直後に毒を盛られて崩御している。宝物庫を開けるタイミングがなかった。

 ならば、宝物庫が開かれたのはさらに一つ前の時代となる。

「最後に宝物庫の扉が開かれたのは⋯⋯。哀帝の時代じゃろうな。だが、正確なところは分からん」

「死恐帝は即位式で崩御された。死恐帝の時代、宝物庫は一度も開かれなかった。なぜ言い切れないのです?」

 ウィルヘルミナはカティアの半端な言い方に違和感を覚えた。歴史の生き証人であるカティアには断言できない理由があった。

「半世紀前の帝都解放戦で、救国の英雄アレキサンダーは宝物庫を開けた可能性があるのじゃ。むしろ孫娘である帝国元帥は何か聞いておらぬか?」

「晩年の祖父は多くを語らなかった⋯⋯。アレキサンダー公爵家には何も伝わっていない。大きな不安材料だ。祖父が次元操作で宝物庫の扉をすり抜けたのなら、安全性に疑義がある。敵側には神喰いの羅刹姫がいる」

「その魔物は強いのですか?」

「栄大帝の時代、アレキサンダー公爵家の当主を殺したとされる魔物じゃよ。これまで姿を現わさず、メガラニカ帝国の力が衰えるのを待っていたのか⋯⋯。本物ならば儂よりも歳をくっておるのう」

「まず間違いなく栄大帝に現れた魔物と同一個体だ。奴は次元を操った。私ほどの精度や出力こそないが大きな脅威だ」

「アレキサンダー公爵家と同じ異能を操る魔物ですか⋯⋯。救国の英雄が次元操作で宝物庫を突破できたのなら、魔物でも同じことができます」

「アレキサンダーは並外れた男じゃったが、宝物庫を次元操作の能力で突破できたとは思えぬ。それほどに宝物庫の護りは厚い。扉を開くには破壊者の器がなければ⋯⋯。分からぬ。なぜアレキサンダーは儂や子孫にすら伝えなかったのじゃ⋯⋯」

 滅亡の瀬戸際に立たされたメガラニカ帝国を救った英雄アレキサンダー。

「⋯⋯⋯⋯」

 共に旅をしたカティアは知っている。秘密主義者ではなかった。しかし、仲間や子孫にも伝えていない事実がある。晩年の英雄は口を硬く閉ざした。

 その理由は旧友のカティアにも、孫娘のレオンハルトにも分からなかった。

「現地で確かめなければ分からないこともあります。やれるだけやるのみです。レオンハルト元帥⋯⋯。帝国軍の配置は進んでいますか?」

「命令はした⋯⋯。しかし、気は進まない。この手の女々しい策謀を私は嫌っている」

「女々しいと言いますが、元帥だって女性でしょう。そもそも好き嫌いの問題ではありません。いずれ必要となる措置です」

「⋯⋯必要な措置か」

「枝打ちをするのなら今です。国家を延命させるための犠牲とでも言いましょうか⋯⋯。アレキサンダー公爵家であればできるはずです」

「その薄汚い取引の対価で、アレキサンダー公爵家に新しい娘が生まれるわけか。⋯⋯知りたくもなかった」

「これも一つの保険です」

 元帥は重たい溜息を吐き出し、宰相は開き直るように肩をすくめている。そんな二人に対して、年長者の神官長はボヤいた。

「卑劣な悪巧みじゃ。司法を預かる神官長の前で口にすべき事柄ではなかろう。聞かなかったことにはしておくがのう⋯⋯」

 ◆ ◆ ◆

 魔都ヴィシュテルの帝嶺宮城ていれいきゅうじょうで、苦しみ悶える孕女の呻き声が響いていた。

 祭壇に囚われたキュレイは、己の子宮から昇り上がる感悦に酔い狂う。胎の奥底に注がれた魔帝の胤は、残酷だった牛頭の魔物を淫奴いんどに堕落させた。

「んお゛ぉっ⋯⋯んぉおおっ⋯⋯お゛ぉっ⋯⋯♥︎ んぉおぉ⋯⋯♥︎」

 股を大きく広げて、牛蹄の足先をぶるぶると震わせる。

 パンパンに膨れ上がった孕み袋がうごめき、女陰の裂け目が開口する。雌覚めざめてしまった本能には抗えなかった。

「お゛ひぃっ♥︎ んぁっ♥︎ んふぅっ~~♥︎ ん゛んぅ~~♥︎ んがぁっ⋯⋯ぁ⋯⋯♥︎」

 歯を食いしばり、鼻息を荒くするキュレイ。心臓は高鳴り、身体は火に包まれたかのような熱を宿す。子宮口が限界まで広がっていく。

 羊水の排出が始まった。胎児達を覆っていた半透明の胚膜はいまくが破れたのだ。

「あうっ~! んぎぃっ⋯⋯!?」

 狭苦しい産道が伸縮運動を繰り返す。下半身に込められた力みは、胎児の娩出を急き立てる。愛液でぬめ膣襞ちつひだを押し退けて、牛鬼の胎児が頭を覗かせた。

「んんぅ⋯⋯!! はぁ⋯⋯はぅ⋯⋯♥︎」

 母体から産み落とされる新たな生命。人類にあだなす魔物の幼体。分娩が始まれば、子宮内にひしめく三十匹近い胎児を排出するまで、キュレイの出産は止まらない。

(⋯⋯うぅ⋯⋯ぐぅっ⋯⋯! 産まれてしまう⋯⋯!! 陣痛が⋯⋯! 苦しい! お腹の赤児達が出たがっているぅ⋯⋯っ♥︎)

 不本意な妊娠と出産だったが、キュレイは抗えなかった。

 人類を殺戮してきた強靱な身体は、肥えた媚肉の淫体に造り変えられた。豊胸で膨らんだ乳房からは母乳の汁が流れ滴る。分娩のたび、戦闘のために鍛えた力が喰われていった。

「んぐぅぅっぅ⋯⋯! ううぅううぅううう゛~~~♥︎」

 ぢゅるぅ♥︎ ぢゅぼぉっ♥︎

 骨盤が開大し、元気な胎児が産まれた。やかましく産声を上げる牛鬼の赤子は、祭壇から転げ落ちる。胎盤と繋がった臍の緒が床への衝突を防いだ。

(⋯⋯私の力が⋯⋯臍の緒を通って子に奪われる♥︎ ⋯⋯私の魔素が⋯⋯衰える⋯⋯。ピュセルめ⋯⋯私の身体に細工を⋯⋯!!  貼り付けられた札が剥がせないっ! んぅ!? 陣痛が激しくっ⋯⋯! うぅぅうっ⋯⋯んぁ⋯⋯♥︎)

 キュレイのボテ腹にはピュセルの護符が貼り付けられていた。安産祈願だとのたまっていたが、そんなわけはない。子を産み度にキュレイの肉体は弱まっていく。産まれたばかりの我が子達は、母親であるキュレイの力を奪い取っていた。

「んぃ! おのぉれぇ⋯⋯♥︎ ひぎぃっ♥︎ ぬぅうっ! んぉお゛ぉっ⋯⋯んひぃっ⋯⋯♥︎」

 赤子の頭部を陰裂から突き出た。産道でつかえていた二匹目の娩出が始まる。

「この私が⋯⋯くそぉっ⋯⋯! おぉ♥︎ おっ♥︎ んっ♥︎ こんな醜態をぉ⋯⋯!! ひぃっ♥︎ んぁっ♥︎ あんぅっ♥︎ はぁはぁ⋯⋯♥︎ んくぅうっ!? いぎぃっ!? デカいっ⋯⋯♥︎ んおぉおぉおおおおおおおおぉっ~~♥︎」

 二匹目は牛鬼の巨胎児だった。これまでキュレイが産まされた赤子で一番大きな体躯。通り抜けた産道には大穴が開いていた。

(私に魔帝の子を産ませ続けるつもりか⋯⋯!? ピュセルめ⋯⋯!! レヴェチェリナと結託して⋯⋯! いつからだ⋯⋯!? おぉっ♥︎ んんぅっ⋯⋯! 最初から私を嵌めるために協力し⋯⋯!! んっ!! んぎぃっ⋯⋯!? んぁ♥︎ らぁだぁっ⋯⋯♥︎ はぁはぁ♥︎ 出産に意識を集中させなければぁ⋯⋯♥︎ 頭がやっと出た⋯⋯!)

 広間の片隅で様子を伺うように揺らいでいた影が近寄ってくる。キュレイが産んだ魔物を一匹ずつ抱き上げて回収する。作りだした影のハサミで臍帯を切断する。

「くぅっ♥︎ はぁはぁ⋯⋯♥︎ 貴様もぉっ⋯⋯そちら側か⋯⋯! んぅぅっ⋯⋯♥︎ んぉお゛♥︎ んぎぃ~あぁっ⋯⋯あぅ⋯⋯♥︎」

「私は魔物の性に従っているだけです。レヴェチェリナやピュセルと手を組めば、大国を相手取って戦えるかもしれない。利害関係が一致しているから協力しています」

 影の魔物は淡々と答えた。武闘派筆頭と目されたキュレイが孕み袋にされたと聞かされたとき、少しも驚きはしなかった。上位種の魔物を徒党が組めるだけの知能はある。だが、人間のような善性は皆無だ。

「これが魔帝とキュレイの子ですか⋯⋯。まるで人間のようですね」

 陥れられた仲間を救うつもりなどない。むしろキュレイが産んだ魔物は強大な戦力となる。魔帝の胤で孕まされた幼体。育てば母親を凌ぐ牛鬼の怪物になる。

「んぉっ♥︎ あぁ♥︎ ひぃっ♥︎ んぎぃおぉぉっ~~♥︎」

「恨むのは筋違いです。そもそもピュセルがいなければ、キュレイは帝都アヴァタールの闘いで死んでいた」

「ぎぃっ⋯⋯! 貴様ぁっ⋯⋯! んぐぅっ⋯⋯♥︎ おぉぉ⋯⋯♥︎」

 キュレイは口元を歪ませた。悔しいが完敗を喫したのは事実だった。

「メガラニカ帝国は強大な軍事力を誇る。魔物が結託したとしても、大きな戦力差があります。魔帝こそ、我らが人類に勝利するための鍵。そう考えればこそ、キュレイの役目は重要です」

 影の魔物は、キュレイの巨体に寄り添って眠る魔帝を指差した。目覚めているときは胤付けを繰り返し、満足すると休眠につく。今は深い眠りの底にいた。

(くぅっ⋯⋯! 私は魔帝に逆らえないのか⋯⋯! 肉体に宿る魔素が隷属してしまう⋯⋯。全ての魔物は魔帝に抗えない。信じがたいが⋯⋯破壊衝動は抑制されてしまう⋯⋯!!)

 魔物に対する絶対支配。勇者に滅ぼされた魔王、最果ての大陸に隠れ潜む冥王だけが持つとされた魔物を統べる力。魔素に心身を侵食された生物は服従してしまう。

「キュレイの処遇はピュセルに委ねられています。しばらくは魔帝のお相手でしょう。少し意外ではありましたが⋯⋯」

「は⋯⋯? 意外だと? あっ♥︎ んぅっ♥︎ んぉっ⋯⋯♥︎ ふひぃ⋯⋯♥︎」

「ずいぶんと可愛らしい声をあげられるようになりましたね。子を孕み、産んだがゆえの精神変質でしょうか⋯⋯? ああ、失礼。先ほどの話ですね。気になっているのはレヴェチェリナの動向です。てっきり彼女こそ、魔帝に執心するものだとばかり思っていました」

 魔帝の胤で孕んだレヴェチェリナは、身籠もった胎児に愛情を注いでいる。その一方で、孕んでからは魔帝の前にまったく現れなくなった。

「はぁ⋯⋯♥︎ はぁ⋯⋯♥︎ んぅっ⋯⋯♥︎ レヴェチェリナは子を産んでいないのか⋯⋯? 私より先に孕んだと聞いたぞ⋯⋯?」

「ええ。産んでいないのはレヴェチェリナだけでなくピュセルもですよ。魔帝の子を授かったものの、キュレイと違ってすぐ産もうとはしていない」

「私は強制的に産まされているだけだ⋯⋯! 言い方に気をつけ⋯⋯あっ♥︎ んっ! んぅう! ふぎぃっ⋯⋯うゅ⋯⋯♥︎」

 キュレイの子供がまた一匹生まれた。影の魔物は赤子を取り上げる。

「そろそろ人間達が攻めてくる頃合いです⋯⋯。レヴェチェリナとピュセルですから、考えがあってのことだとは思いますが⋯⋯」

「はぁ⋯⋯んぅっ⋯⋯ふぅ⋯⋯ぁ⋯⋯♥︎ んおぉ~~♥︎」

 産みの苦しみに悶えるキュレイは、無意識に魔帝を抱き寄せてしまう。黒蠅の帝王が放つ強大な魔素は、疲れ果てたキュレイの心身を癒やしてくれる。

「レヴェチェリナは胎で育つ我が子に、邪悪な力を注ぎ続けています。魔女の子宮からは何が産まれてくるのでしょうね? ピュセルは帝嶺宮城ていれいきゅうじょうを調べ回っています。過去の痕跡を⋯⋯」

 宝物庫の扉が破れなかったピュセルは、帝嶺宮城ていれいきゅうじょうの防備を固めつつ、何かを探し回っていた。身重の孕腹は、魔都ヴィシュテルに集結した魔物達の興味を惹いている。外見は人間の少女と変わらぬ愛らしい姿だ。

(私も長生きしていますが、ピュセルほどではありません。あれほどの魔物が今まで姿を現わさずに大人しくしていた⋯⋯)

 つい最近、新参の魔物がピュセルにちょっかいをかけて、翌日には行方不明となった。「探す必要はないわ」とピュセル自身が言っていたので消されたのであろう。人間に化ける才能が飛び抜けている。脅威を誤認するのは人間だけに留まらなかったわけだ。

(神喰いの羅刹姫⋯⋯。古代から生きる伝説の邪鬼。深い手傷を負わされていたとはいえど、キュレイほどの魔物を手玉に取れる強者。命知らずの小物が、どんな末路を迎えたかは想像に容易い。腹の足しにもならなかったことでしょう)

 影の魔物はキュレイの出産を見守る。

「臍の緒を切りますよ。産まれた赤児は私が責任を持って預かります。キュレイは安心して産んでください」

 産まれたでた牛鬼の魔物は、恐ろしい速度で成長していく。知能の発達も著しい。母親の記憶や経験が遺伝しているのだ。キュレイは一度の出産で約三十匹は産み落とす。ベルゼフリートが魔都ヴィシュテルを訪れる頃には、数百匹の牛鬼が育ちきっている。

「あぅっ⋯⋯♥︎」

 キュレイは自身のボテ腹を抱きしめた。出る順番を巡って争う我が子達を諫める。本来の魔物は子供に愛情を注ぐような精神性は持ち合わせていない。そんな魔物のなかでもキュレイは邪悪な魂を宿した怪物である。

(⋯⋯んぅっ♥︎ わっ、わたしは⋯⋯どうなってしまうのだ⋯⋯? 感情が乱れる⋯⋯っ♥︎ 出産を経験するたびに! 身体の奥から⋯⋯訳の分からぬ感情が⋯⋯! 悦びが溢れ出るぅぅう⋯⋯!)

 冷酷で惨忍だった牛頭の魔物は、この世に生を受けて初めて涙を流した。

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