2024年 9月20日 金曜日

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【149話】辺境の城砦にて〈中編〉

NOVEL亡国の女王セラフィーナ【149話】辺境の城砦にて〈中編〉

 城砦に繋がる山峡の細道。かつては周辺の村々が利用していた避難路だった。

 タイガルラの指示で帝国軍と魔狩人の一団は行進を止めた。

 待ち伏せしている敵を排撃するため、キャルルを先行させると説明したとき、帝国軍の面々は素直に納得した。練度の高い兵士を選抜していたが、あくまでも連絡要員であった。足手まといとなるくらいなら、後方で待機するのは当然という認識だった。

 ところが、魔狩人の意見は真っ二つに分かれた。

 メガラニカ帝国で活動する魔狩人は、アレキサンダー公爵家の実力を把握している。小柄なキャルルが見た目通りの可憐な娘ではない。しかし、中央諸国の魔狩人はメガラニカ帝国の内情に精通していなかった。聖者殺しのマルファムは強大な脅威。たった一人の少女を単騎で先行させるのは無謀だと主張した。

 無論、タイガルラとキャルルがメガラニカ帝国の実力者だとは聞かされていた。しかし、上位種の魔物を前して単独行動は危険だ。斥候を出すのであれば、せめて三人以上の人員を割くべきだと提言した。

 タイガルラは申し出を却下した。そもそも魔狩人の返答を聞く前にキャルルは出発していた。敵に情報が筒抜けだった事実は見過ごせない。

 情報を盗まれているとタイガルラは予想していた。魔狩人が魔物と通謀するのは、常識的に考えればありえない。裏切りや内通ではなく、知らず知らずのうちに情報がどこかから漏洩している。

 方法はいくつか考えられる。擬態で人間に成り代わる、洗脳による操作、あるいは寄生などの手段――相手が上位種の魔物で、人間と同等以上の知能があるのなら十分に可能だ。

「――ていうかさ、魔物退治の情報をあらかじめ掴んでたなら逃げればいいじゃん。賢いのか、愚かなのか⋯⋯。どっちかな? 判断に迷っちゃう」

 キャルルは標的の魔物、聖者殺しのマルファムを視界に捉えた。

 山道の上空を凄まじい速度で飛翔している。音は聞こえなかった。鴉頭の魔物は両翼を力強く羽ばたかせ、さらに加速する。

 ――音速の壁を突き破った。

 衝撃波ソニック・ブームを引き連れて一直線で突っ込んでくる。圧倒的な速度でキャルルを木っ端微塵に粉砕する腹積もりだ。

 常人ならば対処できない不可避の突撃旋風。しかし、メガラニカ帝国最強の一角は動じず、焦りの感情を微塵も顕わさなかった。超音速で迫るマルファムを余裕の態度で正面から迎え撃つ。

「カラスの頭蓋⋯⋯。キッショい。マジで可愛くない! あれが今回のターゲットで間違いなさそう。えーと、殺さないように手加減しないと⋯⋯! これくらいなら耐えられるよね?」

 キャルルは人差し指で空間を軽く捻じった。

 進路を寸断するのではなく、超音速で突っ込んでくる飛翔体を空間こと押し潰す。飛び回る羽虫を叩き潰すのと何ら変わらない。

「――んぁ!? なんだァ!?」

 何が起きたのかマルファムは理解が追いつかぬまま、飛行の制御を失った。もぎ取られた両翼は空中で圧壊し、血吹雪が舞う。推進力を奪われたマルファムの身体は地面に激突した。

「質問。中央諸国で教会の聖者を殺したのって貴方?」

 無様な格好で墜落したマルファムは、山林の木々を薙ぎ倒し、凍土に深い抉り傷を作って停止した。

 超音速の衝撃波は掻き消され、まるで自滅したかのような惨状だ。

(ぐぁっ⋯⋯! 何だ? 何をされた!? なぜ俺は落ちている⋯⋯? 攻撃されたのか? はぁはぁ⋯⋯翼をやられたみただいな。あの人間の小娘に⋯⋯!? クソぉおおっ⋯⋯! 油断した! 間違いない! 何かの術式だ! ちぃ! 人間めぇぇえッ! 小賢しい真似を⋯⋯!!)

 マルファムは両翼を再生させる。上位種の魔物は不死身に近い回復能力を有している。

「グォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 生命の核を破壊されない限り、魔物が即死することはない。人間にとっては致命傷となる四肢の損壊でさえ数秒で完治する。

「うーん? おっかしいなぁ。⋯⋯もしかして私の言葉が分からないの? カラスって賢いはずだけど、貴方は魔物だもんね。あぁ! もしかして、小さな頭はニワトリ並みの知能だった?」

「ペラペラとよく喋る人間だ! 先手を取った程度で調子に乗るなよ! ちっぽけな人間の小娘め⋯⋯!! お前らの小賢しい戦い方は知っている! 次は術式発動の時間を与えない!」

 再生したばかりの両翼から無数の毒羽が発射された。

「――猛毒の羽をくらえぃっ!」

 人体を寸断するのみならず、羽根にはかすり傷が致命傷となる猛毒が仕込まれていた。

「術式? 私は精霊術を使うけど、貴方みたいな雑魚狩りに使う必要がないわ」

 放射された羽の刃は空中で静止した。

「なっ!? 止めただとォ⋯⋯?」

「単純な攻撃。これって自動追尾しないタイプでしょ? これじゃ雑兵の飛び道具と同じ。もっと速度を上げないと私には当たらないわ。欠伸が出るくらい遅い」

 いかに凶悪な攻撃であろうと標的に届かなければ無意味。この時になって、マルファムはやっと思い至る。

「――空間を操る力? まさか異能スキルか!」

「ぴんぽーん♪ 大正解。パチパチパチ! ご褒美は自分の攻撃で血塗れになるってのはどうかしら?」

 軽薄な口調のキャルルだが、魔物に向ける目は笑っていなかった。

 空間と連動させている右手をひるがえす。マルファムの放った毒羽が一斉に反転した。

「避けてみたら? 死ぬのは嫌でしょ?」

「ちぃッ!!」

 後手に回ってばかりだったが、回避せざる得なかった。

 攻撃が跳ね返されるのは分かりきっている。マルファムは飛び跳ねたが、地面から両足が離れなかった。

「なぁっ!? なにぃ!? 動か⋯⋯ッ!」

 まるで縫い付けられたように脚部が動かない。

(何だ!? 両脚が地面から離れねえ!! 拘束されたのか⋯⋯!? 何だ? 何なんだよぉ! この攻撃はぁ!?)

 毒羽の猛撃が迫る。回避は十分に可能だった。しかし、マルファムは防御すらできず、己の放った毒羽に貫かれた。

「グゥウウウウウッ!! クソガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」

 核さえ無事なら即死はしない。猛毒の羽根だが、自身の血液由来の毒素だ。しかも、魔物にはいかなる毒も無効とする種族特性がある。致命傷には至らない。けれど、肉体の損壊は確実にマルファムを弱らせていく。

「はぁ⋯⋯はぁはぁ⋯⋯!! ぐぅっ!!」

 毒羽の刃が全身を切り刻む。だが、マルファムは倒れない。すぐさま傷口を再生させ、流血を最小限に抑えこむ。

 

「言葉が通じるなら質問に答えてくれない? 中央諸国で教会の聖者を殺したのって貴方? 殺す前に確認はしておきたいかなぁ」

「うぐぅう⋯⋯がはっ⋯⋯!?」

 マルファムはレヴェチェリナの警告を思い出していた。

 戦ったら死ぬ。幾人もの魔狩人を返り討ちにし、聖者さえも殺めた上位種の魔物が一方的に嬲られている現実。マルファムはまだキャルルが使う能力の一端すら掴めていなかった。

(うぐぅぅっ⋯⋯! まずは肉体に食い込んだ毒羽を消化する⋯⋯!! 俺にとっては単なる物理攻撃にすぎねえ! 傷は浅い! 魔狩人や教会の連中とこいつは違う! 魔物殺しの業を使ってこない。大丈夫だ。まだいけるっ! この程度の傷なら問題ねえ⋯⋯! だけどよぉ⋯⋯! 何の能力だ⋯⋯!?)

 マルファムはキャルルに対する認識を改める。見た目こそ人間の小娘だが、軽々と屠れる相手ではない。全力で挑まねばあっけなく死ぬ。魔物の本能が告げていた。

「ねえ、質問。答えてよ。貴方が聖者殺し? それとも違うの?」

「はぁはぁ⋯⋯! そうだ! 俺が聖者殺しだ!! 教会の連中は俺をそう呼ぶぜ! くひゃっひゃひゃひゃ!」

 会話で時間を稼ぎ、手の内を探る。強がるマルファムは大笑いで余裕を装ったが、キャルルは底の浅い魂胆を見抜いていた。

「――なんか、可愛くない」

「あっ? 可愛くない? 当たり前だろうが! 俺はまも⋯⋯うぎぃっ!? はぁ! 翼がぁあ!? 曲がるぅうっ!? ふざけ⋯⋯あぁぎゃぁ!? なっ!? こりゃぁあ! ふざけんなぁあ!? ぐぅうう!! どうなってやがるぅ!! うぎぃっ!? んぎゃああああああああああああああぁぁぁっ⋯⋯!!」

 マルファムの両翼が引きちぎられた。キャルルの二本の指で空間を抓んでいる。

「あのさぁ。質問されて素直に答えるとか。そういう負け犬根性は可愛くないよ?」

「はぁはぁ⋯⋯! おぉ、お前ぇ⋯⋯!! くそがぁ! なめくさりやがって!!」

「見た目がキショい雑魚魔物だし、根性無しは当然なのかな? じゃあ、次の質問するね。なんで私達が来るのを知ってた? 貴方に指示を出してる奴は誰? 人間の仲間はいるの?」

「⋯⋯くっ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯! うぐぅ⋯⋯!!」

 損壊した肉体を治すのは容易だった。しかし、激しい痛みと得体の知れぬ恐怖は拭えなかった。

(不可視の斬撃⋯⋯? いや違う。俺は風を操れる。大気に揺れは生じていなかった。勝手に俺の身体が捻じ切れた。念動力ってヤツか?)

 正体不明の攻撃。今まで戦った人間のなかにも手強い異能力者は存在した。しかし、これほど理不尽な攻撃に晒された経験はなかった。

(回避しようにも⋯⋯いつ攻撃が来るのか分からねえ。いや、待てよ⋯⋯? 前兆がないなってあるか?)

 何をされているのか分からなかった。気付けば身体が損壊している。回避しようにも予兆と呼べるものがない。予備動作があるとすればキャルルの両手だ。

(手の動きだ⋯⋯。いや、指のほうか? どっちにしろ、何かを手繰るように動かしていやがった。理屈はさっぱりだが攻撃するとき、あの小娘は手を動かす⋯⋯!)

 マルファムはキャルルの両手を睨みつける。一方的に蹂躙されているが、まだ心は折れていない。

 人類を滅ぼすと豪語する上位種の魔物。死線を幾度も潜り抜けてきた凶悪なモンスターは奮起する。しかし、キャルルからすれば有象無象の一匹に過ぎなかった。

「急に黙り⋯⋯? なんか喋れよ。やっぱり可愛くないなぁ。魔物に黙秘権なんかないから殺しちゃうよ? 口が堅いとか、マジで退屈なヤツ。どうせ何も喋れないなら死体でも同じだよね。早いところ始末しよう。弱い雑魚は意地なんか張らず、負け犬みたいに媚びたほうが可愛いのに?」

 先程と正反対の発言を呟き、キャルルはマルファムの左肩に照準を合わせる。

「まさか! クソっ! お前⋯⋯!?」

「貴方の生命核は左肩でしょ。咄嗟に弱点を庇おうとしたよね。全身を粉々に砕いてもいいけど、グロテスクなのは嫌い。内臓とかキショいだもん。月に一回はお友達と焼肉パーティーするけど、私はホルモンを食べないの。だって、可愛くない。魔物の腸って臭そうだし、パパッと一撃で急所を貫く」

「⋯⋯⋯⋯」

「楽に死ねるんだから、私ってば優しいよね」

「いいのか? 俺を殺せば情報は引き出せないぞ?」

「んぅ? 今さら命乞い? 殺したっていいじゃない。だって、貴方は何も知らないでしょ?」

「⋯⋯⋯⋯ッ!」

「魔物退治が来る時期は分かってたくせに、私が誰だか理解できてない。アレキサンダー公爵家の異能スキルくらい誰でも知ってるわ。貴方は使い捨ての手駒。大切な情報は教えられてない」

「アレキサンダー公爵家⋯⋯?」

「あはっははは! のこのこ射程圏内に突っ込んできた阿呆。貴方、私のことなめてたでしょ? アレキサンダー公爵家は次元操作の異能力者を輩出する血統。私は空間を自在に操る異能力者。別に貴方程度なら素手でも殴り殺せるけど、可愛くないのは私の流儀に反する」

 足下に落ちていた小石を浮き上がらせ、座標をマルファムの核に固定する。

「くっ!? 何を⋯⋯!?」

「一次元は直線。点と点で結ばれた一本の線。始点と終点が結ばれた〈長さ〉だけの世界。どういう意味か分かる? どうせ死ぬんだから、分からなくたっていいけどね」

 キャルルは嘲笑う。絶対強者の不遜な余裕はマルファムの心に恐怖を刻んだ。

「貴方の生命核と私が飛ばした小石は一直線上に存在する。次元の壁を越えない限り、私が引いた一次元の線を小石は辿る」

 キャルルは小石を弾く。ゆっくりと小石は進んでいった。一直線に進む先、終点はマルファムの生命核であった。

「次元を操作する異能⋯⋯! 確かに俺が今まで殺してきた連中にも変わった能力を使う奴がいた。だが、魔物の力を侮りすぎた! そんな小石で何ができる!? 戦いを嘗めているのはお前だ! 小娘ぇ! こんな石礫いしつぶて! はじき返してやる!」

 マルファムは迫ってきた小石を払い除ける。しかし、小石に触れられなかった。

「なっ!? 馬鹿な!? なぜだっ!! くそっ! 触れないっ!?」

 何度も繰り返すが、小石は空中を等速で動き続ける。少しずつではあるが確実に生命核との距離を縮めていった。

「一次元の線上にあるのは、貴方の核と小石だけ。物理的な干渉は不可能。だって、貴方の腕は一次元に存在しないもの。摩擦無しの等速直線運動。この世の果てまで小石は貴方の生命核を追い続ける」

「馬鹿な⋯⋯! ふざけるな!! こんなデタラメがあるか⋯⋯!!」

「不可避の攻撃。理不尽だと思っちゃう? 避けるだとか、逸らすだとか、防ぐだとか、そんな現象は起こりえない。だって、私達が存在する世界よりも一次元は自由度が低いのよ。終点を目指して小石は進撃する」

 小石がマルファムの肉体にめり込む。傷口は生じなかった。頑強な魔物の表皮を透過している。

(皮膚だけじゃねえ! 骨や血肉もすり抜けてやがるっ!!)

 キャルルの次元操作によって一次元に固定された小石は、あらゆる物理障害を突破する。

「あうぅぅ⋯⋯! ぐぅああぁぁあああっ!!」

 死はあっけない。マルファムは体内の生命核を移動させたが、追尾する小石からは逃れられなかった。

 強大な魔素が宿るマルファムの核は、鋼鉄の刃さえも弾き返し、特殊な武器でなければ破壊不可能だった。しかし、キャルルの異能が付与された小石はそんなルールを無視する。

 次元を操る者は物理法則を完全な支配下に置く。どれほど強固な物質だろうと空間ごと破壊すれば、容易たやすく崩壊してしまう。

「へえ⋯⋯。魔狩人の話は眉唾物まゆつばものだと思って聞いていたけど、殺しても死なないってのは本当だったんだ」

 死んだはずのマルファムから生気が消えていない。

 生命核を破壊された魔物は絶命する。しかし、例外はある。急所を潰されても死なない人間がいるのと同じだ。マルファムを討滅しようとした教会の聖者が返り討ちに遭った原因。幾人もの熟練の魔狩人が死亡して中央諸国の民はやっと気付いた。

「ほぉ? なんだ⋯⋯お前? 俺が不死身だと知っていたのか?」

「当たり前じゃん。魔狩人から事前に情報は共有されている。聖者殺しの魔物はは不死身だって聞いたわ。たしかに殺しても死ななかったね」

「くひゃひゃひゃ! えらく余裕だなぁ? 自分の能力を過信してやがるぜ。まあいい。俺もお前の力を理解したぞ。次元の操作!! くっくくくく⋯⋯! 一度は殺されたが、二度目はないぞ!!」

 聖者殺しのマルファムは、生命核を破壊されても絶命しない。

 死んでも蘇り、肉体に耐性が宿る変異個体。マルファムの肉体に宿るのは不死の特質アビリティ。中央諸国の国々が討伐できなかった危険度特級のネームド・モンスターである。

「お前に俺は倒せない! いや、人間に俺は殺せない! 俺を殺せる者などこの世にはいないっ!! くひゃひゃひゃ! 絶望するがいい!! ――俺はだァ!!」

の間違いじゃないの?」

 キャルル・アレキサンダーは知っていた。

 この世に不死身など存在しない。生きているのなら、必ず殺す方法は存在する。

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