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【264話】相談喫茶~とある王妃の側女~〈前編〉

 ある日の昼下がり、マリエールは一人で帝城ペンタグラムの城下区画を訪れていた。

 帝城市場での買い出し。つまり、お使い仕事だ。黄葉離宮で働いている側女は産休が相次ぎ、たったの三人しかいない。

 そのうち一人は妊娠中のロレンシアであり、超乳巨胎の身体は自由が利かない。もう一人のイシュチェルは秘密裏に入内したバルカサロ王国の王妃。外出は控えるように命じられていた。

 必然的に買い出し役はマリエールが引き受けるようになった。

(お目付け役でロレンシアさんが付いてくることもありますが、あの大きなボテ腹は目立ってしまいますからね。一人だと周囲の視線が集まらなくて気楽です)

 外国の教会関係者であるため、出自は明かすなと命じられている。マリエールの正体を知っている女官はごく一部だ。上級女官や限られた警務女官だけである。

 特別なことはしなくていい。黄葉離宮の側女と名乗れば、店員は元冒険者だとか、アルテナ王国から連れてこられた異邦人と勘違いしてくれる。

(後宮のメイド達⋯⋯いえ、女官達は本当に数が多いですね。彼女達のおかげで天空城アースガルズの優雅な生活は支えられている。感謝しなければなりません)

 後宮の女官は上級と下級で職務が大きく違う。ベルゼフリートの身辺を固める側近は、上級のさらに上澄み。その一方、帝城市場で働く店員は庶務女官の下っ端だ。それぞれの店は女官達によって運営され、大きな商店街が出来上がっていた。

「ここが〈相談喫茶コンシェル〉ですか?」

 マリエールはお洒落な喫茶店を訪問する。

 黄葉離宮で贔屓にしているランジェリー専門店の職人から、相談喫茶コンシェルを教えてもらった。迷わぬようにわざわざ地図も持たせてくれた。

「はい。そうですよ」

 笑顔で出迎えてくれた喫茶店の店員は、やはり美しいメイドだった。

(とても背の高い女性ですね。細身の体にメイド服がよく似合っています)

 職務中の女官はメイド服の着用を義務付けられている。女官の正装であるからだ。皇帝直轄の特権を象徴している。後宮では女官以外がメイド服を着用すると処罰される。ただし、皇帝が女装コスプレする際は例外であると聞かされた。

「当店のご利用は初めてですか?」

「はい。普段は買い出しを済ませたら、すぐ離宮に帰っているので。今日が初めてです」

「まぁ、嬉しい! ご新規さんですわ。大歓迎いたしますよ。うちは週二日の営業許可しかもらえていないんです! 利用客が増えれば庶務女官長様から営業日を増やす許可がもらえます!! お客様は神様です!!」

 店員は飛び跳ねて大喜びしている。

「神ですか? おおげさですね」

「魔神の常連客もおりますよ」

 悪魔の親玉である魔神。教会圏の国々では恐れられる存在だが、メガラニカ帝国では種族の一つだ。

「⋯⋯それはすごい」

 マリエールは微笑みを返しておいた。

「当店の独自サービスを説明いたしますね。相談喫茶コンシェルでは相席テーブルしかありません。誰かと相席し、お互いに悩みを相談し合う場所です。相手に名乗る際は、偽名を使われるお客様が多いですね」

「どんなことでも相談していいのですか?」

「律法に抵触する事柄でなければ大丈夫です。会話内容は店員が聞いていることもあるので、たとえば軍事機密に抵触する話をしていたら、軍務省に通報しちゃいます。ご注意くださいね」

「なぜ私が軍閥派の側女だと分かるんです?」

 マリエールは取り澄ました顔で問いかける。相手を試したくなった。

「おや? 違いましたか」

 相談喫茶コンシェルのメイドは、愛嬌たっぷりに首を傾げてみせる。自信有りといった笑みを浮かべ、飄々とした態度だ。その自信は崩れそうにない。

「降参です。当たっていますね。私は軍閥派の側女です。なぜ分かったのでしょうか?」

 後ろ盾が軍閥派であることは合っている。だが、軍関係者とは違う。マリエールの主人である愛妾セラフィーナは職位無しだ。軍務省の仕事は割り当てられていない。

「雰囲気で分かっちゃいますよ。勘が八割ですけれど⋯⋯。理屈じゃないです。さあ、どうぞ。お入りくださいな。お客様、一名をご案内です」

◆ ◆ ◆

 特殊なコンセプトの喫茶店だが、繁盛している様子だ。マリエールは店内を見渡す。利用客は側女と女官が半々である。女官はメイド服を着ているので分かりやすい。

「外のお席にご案内しますね。当店のバルコニーは見晴らしが最高ですよ。湖畔が一望できます」

 一人客の席は店員が指定する。相談相手を事前に決めている二人組で入店したときは、空いているテーブルを好きに選べると教えてくれた。

(側女には側女、女官には女官を組み合わせていますね。そのほうが話も合うのでしょう。あちらのテーブルでは天使と悪魔が相席している。私の育った国では信じられない光景⋯⋯。何を相談しあっているのでしょう?)

 相席の組み合わせは店側が誇る妙技だ。どうしても相談相手と認められないときはチェンジが可能である。しかし、「そんなことは滅多にない」と店員のメイドは得意げに語った。

(面白いコンセプトの喫茶店です。とても気に入りました)

 マリエールが案内されたバルコニー席には、可愛らしい先客が座っていた。

「よろしくお願いいたします」

 緊張で声が上擦っている。儚げな麗人、深窓の令嬢という言葉がぴったり似合う。美女揃いの後宮でなければ、とても人目を引いたはずだ。

(人工的な美顔⋯⋯。笑顔がどこかぎこちない。作り笑いではありませんね。緊張によるものでしょうか? それとも表情筋が弱い? 気になりますね。精緻に整っている美形。しかし、非自然的⋯⋯。飛びぬけた美貌ではない)

 笑顔を絶やさない喫茶店の店員メイドと見比べる。

(一般的な美的感覚に照らせば、喫茶店の店員をしているメイドのほうが美しい。チャーミングな愛嬌のある美女でさえ、おそらく下級の女官。帝国の後宮は美女の層が恐ろしく厚い)

 不老不病の女仙は劣化が起きない。老化や劣化とは無縁。美貌が全盛期で維持される。若々しい姿のままでいられる。永遠の美を欲して、女仙を目指す美女も少なからずいるだろう。

「お客様、ご注文はお決まりですか?」

「えっと。じゃあ、かぼちゃのケーキと⋯⋯紅茶のセットで⋯⋯」

 影のある美女はおどおどしながら、メニュー表を指先でなぞり、細い声で注文する。

ですか? お客様には紅茶よりも果物ジュースがおすすめですよ」

 店員のメイドは注文変更を促した。

「あっ! はい。そうします。飲み物は変更してください⋯⋯!」

「かしこまりました。そちらのお客様はどういたします?」

 マリエールはメニュー表を受け取る。見慣れた共通文字で書かれており、いくつか知らない料理や飲み物がある。

(さて。私はどうしましょう。気になるメニューもありますが、ここは無難な選択をしますか)

 未知の食べ物に興味はあった。だが、確実に食べられそうな料理を注文することにした。

「私も彼女と同じものでお願いします」

「かぼちゃケーキのセットですね」

「飲み物は紅茶を希望します。私だったら構いませんよね?」

「ええ。もちろんですわ。当店の紅茶は渋みが売りです。お客様によって好き嫌いは分かれますが、ミルクや蜂蜜などを付けています。味変はお好みでどうぞ」

「このオプションというのは?」

「追加料金で氷晶シュガーなどもご用意しております」

「氷晶?」

 マリエールは聞きなれない固有名詞を復唱する。

「氷晶大根から抽出した砂糖です。帝国北方でだけ栽培されています。ナイトレイ公爵領産を取り寄せているので、そこそこお高めです」

 店員のメイドはメニュー表をめくって、指先でオプションメニューについて教えてくれる。その中に普通ではありえない調味料があった。

「ここに精液と書いてあるのですが?」

「サキュバス族のお客様用です。馬と豚のザーメンを選べますよ。ご興味があるなら試されますか?」

「いいえ、やめておきます」

「それがよろしいかと思います。ご注文は以上ですね。それでは少々お待ちください」

 メイドは見惚れる綺麗な一礼を披露し、バルコニーから店内に戻っていった。心を添える身の傾きが珍妙に見えてしまった。

(愛想がいい。親しみやすい雰囲気です。メイド服の女官が丁寧な態度だと⋯⋯。なぜでしょう。背中がゾワゾワする。私の感覚もかなり染まってきています。皇帝陛下の近くにいる女官達は慇懃無礼な方々ばかりだから⋯⋯)

 黄葉離宮を我が物顔で出入りしている上級女官は、マリエール如きに頭を下げたりはしない。

 むしろ内心では見下しているのではないだろうか。側女だけでなく、王妃や公妃に対しても、上級女官は不遜な態度を取っているに違いない。なにせ、皇帝と過ごす時間が誰よりも長いのだ。特権意識はことさら強かった。

「あ⋯⋯あの⋯⋯。お名前はどうお呼びすれば?」

「私の名前は⋯⋯そうですね。本名でも構いませんが、せっかくなので『堕落聖女』と呼んでください」

 マリエールは自嘲する。今の自分にぴったりの渾名あだなだ。

「堕落聖女さん? そのお名前で⋯⋯お呼びしていいのですか? 本当に?」

「はい。堕落するために努力中なのですよ。私は貴方を何とお呼びすれば?」

「私は『チェンバー』です。よろしくお願いします。その⋯⋯私から質問してもいいですか?」

「おや? ではなくですか? もちろん、構いません」

 お互いに偽名を名乗り、身分も明かしていない。だが、マリエールは相席になったチェンバーの悩みが分かっていた。

「ひょっとして堕落聖女さんはもう気付いてます? 身体のこと⋯⋯。だから、飲み物を注文するときに⋯⋯」

 マリエールは一秒ほど考えた。身体について気付いていることは二つある。そのどちらを言及すべきかで迷う。だが、すぐに正答を導き出した。

「店員のメイドさんが配慮していたので、分かってしまいました。お腹に皇帝陛下の御子がおられるのですね。ご懐妊おめでとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「妊娠中は紅茶や珈琲、ハーブティーなどはオススメしません。気を付けたほうがよろしいでしょう。胎児に害があるお茶もあるのですよ。大量に摂取しなければ、まず問題にはなりませんけれどね」

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