――皇気は女仙の心を拐かす。
皇帝ベルゼフリートの傍らに寝そべるリアはその昔、ヘルガが口にしていた言葉を思い出す。
一介の側女に過ぎないリアが、ベルゼフリートと同衾の僥倖に恵まれたのは奇跡だった。
血酒の仙薬を賜り、不老不病の女仙となったリアだが、皇気の正体をついぞ知らぬまま、後宮で過ごした。
妃や女官の会話から、皇帝の肉体には特別な力が宿っていると何度か耳にしていた。女仙でありながら、リアは皇気の気配を感じられなかった。だが、処女でなくなった今、リアはベルゼフリートの玉体から発せられる皇気を実感していた。
皇気とは目に見えるものではなかった。
言葉では言い表せない不可思議な気配。魂でのみ感受できる霊圧とヘルガは呼んでいた。
(ヘルガ妃殿下の言葉が今の私には分かります)
女仙が穢れを引き受け、清められた皇帝の御魂は光輝を増す。
歴代の女仙は、こうして破壊者ルティヤの転生体を祀り、封じ込めてきたのだ。
本来ならば、妃にしか許されぬ伽役の一助となれた。リアがベルゼフリートに寄せる愛敬の念はいっそう深まった。
(不釣り合いなのは私自身が一番分かっています。⋯⋯でも、陛下は⋯⋯それでも⋯⋯お情けをくださった。だから、精一杯、私は尽くしたい)
リアは唯一の肉親である祖父に孝行したかった。
帝国軍の尊敬を集めるウィリバルト将軍。士官学校の門を潜らず、一兵卒から将官になった熟達の名将と知られる。
一兵卒の時代、魑魅魍魎が跋扈する旧帝都ヴィシュテルで、死恐帝を鎮めたアレキサンダーと共に戦った勇名は、広く知られている。
――廃都ヴィシュテル奪還戦。
英雄級の力を持つ猛者ですら瀕死の深手を負う死闘だった。
災禍は終焉した。だが、帝国軍の受けた被害は甚大だった。常人の集まりでしかない帝国軍の生存者は一握り。義軍として加わった冒険者や魔狩人のほとんどが戦死していた。
その当時、帝国軍の最高指揮官だった先代ケーデンバウアー侯爵も戦死している。
(⋯⋯祖父に曾孫を⋯⋯たくさんの子供を見せてあげたい。私は欲張りなのでしょうか⋯⋯?)
犬耳の側女は眠っている幼帝を抱きしめる。
女仙となる前、祖父から軍人に志願した動機を聞かされた。
――民が死ぬような国であってほしくない。
死恐帝の時代、帝国軍新兵の死傷率は五割を超えていた。旧帝都ヴィシュテルの師団に所属した者は、生きて帰れないとまで言われた。しかし、リアの祖父は死地の配属を望んだ。
国のため、未来のために尽くしてきた祖父を労りたい。その一心でリアは生きている。
(陛下のおかげで私は長生きできた。祖父を悲しませずに済んだだけでも幸せ者です。でも、人は欲深い。私は⋯⋯。もう満足しているつもりだったのに⋯⋯)
女仙となってリアの死病は癒えた。祖父より先に冥府へ旅立つ懸念はなくなった。すると、いつしか新たな望みを抱くようになった。
側女の卑しい身で、皇帝と共寝するなど恐れ多いことだ。けれど、リアは祖父に曾孫を見せてあげたかった。
祖父は独りだ。上官、同僚、妻子、近しい者達に先立たれた。
孤独な老人に残されたのは、たった一人の病弱な孫娘。祖父の心境を思うと胸が苦しくなる。医者からは早逝の定めだと告げられた。健康な身体で生まれてこれなかった自分を恨めしかった。
女仙に召し上げてくれた皇帝ベルゼフリートの慈愛。そしてヘルガ・ケーデンバウアー侯爵の取り成し。リアは二人の主人から受けた恩義をけして忘れない。
恩に報いる忠義を尽くす。だからこそ、セラフィーナの身を按じた。
ヘルガの命令は絶対だ。隣国の女王セラフィーナに誠心誠意、真心で仕えろと命じられた。その命令は解除されていない。
多くの側女を抱える中で、ヘルガはベルゼフリートの従者にリアを選んだ。
意味もなく選ばれたとは考えにくい。権謀術数が蔓延る宮廷内で、心優しい純朴だとリアを褒めてくれた。
――哀れみは大切だ。烈帝の故事を繰り返してはならない。妃達は権力闘争にあけくれ、醜く争い合った末に帝国は崩壊した。
リアはヘルガから聞かされた戒めを心に刻んでいる。
三代目の皇帝、烈帝は権力闘争に明け暮れる傲慢な妃達を蔑如し、大陸全土を焼き滅ぼす災禍〈ザレフォースの大火〉に転じた。
非情な決断だけで国家は成り行かない。国家に関わらず、万事がそうだ。
一方で限度も必要とされる。非情に徹し、法理と合理だけで人を動かせばどうなるか。やはり悪例がある。六代目の哀帝は重圧に耐えきれず、在位二十六年で亡くなった。
ベルゼフリートの治世は八年目。即位の年には内乱、そして隣国のアルテナ王国やバルカサロ王国と戦争。統治はまだ安定しているとは言い難い。
「⋯⋯お目覚めですか。陛下?」
「うん。お昼寝終了。寒くなってきた。秋が終わって、冬の始まりだ。寒いのは苦手。リアの獣毛は生え替わるんだよね。暖かそう」
犬族の獣人には、厚毛で覆われた耳と尻尾がある。
ベルゼフリートはリアを抱き寄せる。
ベッドの並んで横たわる全裸の少年少女。甘酸っぱい恋愛を想像させる。ほんの数歳、リアが年上の姉だった。
「ふわふわの尻尾。僕も欲しかったな⋯⋯。獣人は寒さに強そう」
昼寝から目覚めたベルゼフリートは、リアの柔肌に引っ付いた。身を寄せ合って温め合う。
服を着るなり、毛布を被ればいいのだが、お互いに人肌が心地良かった。
「さっきの続き、ヤりたい? いいよ」
リアは主人の寝室で情交に興じている。伽はセラフィーナの頼みだった。誘いを断る理由はなかった。
「失礼いたします。陛下」
ベルゼフリートの股間に跨がる。反り返る男根を小さな手で掴み、己の陰裂へと誘導する。
深呼吸で息を整え、肺の空気を少しずつ吐き出す。
「んっ⋯⋯! んぁ⋯⋯んぅう⋯⋯!! はぅ⋯⋯!!」
リアの可愛らしいオマンコが、握り拳サイズの亀頭を呑み込む。狭苦しい膣が押し広げられる。
暖かな肉襞に囲まれ、ベルゼフリートの男根はさらに膨らみを増した。
「んっぁ⋯⋯あぅ⋯⋯!」
尾骨の先端に生えた犬の尻尾がそそり立つ。小ぶりな乳首は、立派に勃起している。性奉仕を覚えたばかりのリアだが、性欲は幼いベルゼフリートを圧倒する。
今のリアは交尾を覚えた発情した雌犬。セックスの虜となっていた。
「出すのは膣内でいい?」
「はいっ♥︎ オマンコにお願いしますぅっ♥︎ 皇胤をお注ぎくださいませぇっ♥︎」
勢いよく尻を振り下ろす。べちっと臀部の肉音がなった。陰裂をオチンポの根元に擦り付ける。矮小な子宮口に密着した亀頭の先端、射精口から堰を切った白濁液が激流となってドっと溢れ出た。
泥々の精液がへばりつく内腔に、新鮮な子胤が追加で上塗りされる。
「あぁん⋯⋯! あんぁぁ♥︎ 陛下ぁっ⋯⋯♥︎ ありがとうございます♥︎」
「はぁはぁ⋯⋯! んっ⋯⋯! んぃっ⋯⋯!」
ベルゼフリートは腰を突き上げ、己の遺伝子をリアの胎に刻む。息を荒げ、雄々しく膣内射精で果てた。
――心の片隅で老将の強面に怯えていた。
(ウィリバルト将軍にちゃんと親書は出した。うん。合意だし⋯⋯大丈夫⋯⋯な⋯⋯はず⋯⋯。大丈夫⋯⋯だよね⋯⋯? ⋯⋯怒ってそうなら、誰も見てないところで土下座しよ⋯⋯)
ウィリバルト将軍は孫娘を何よりも大切にしていた。身内に先立たれる中、唯一残された家族。先立たれた息子夫婦の忘れ形見である。
自分は皇帝。相手は将軍。忠実な臣下であると分かっていても心が不安にある。
「陛下。私の性奉仕では気持ちよくありませんか⋯⋯?」
消え入りそうな声で、リアは問うてくる。申し訳なさそうな涙ぐんだ顔を見せられると、自分が虐めている気がしてしまう。
「え? そんなことないよ! すごく気持ちいい。リアのオマンコに沢山の精子が出てるでしょ?」
「⋯⋯ですが⋯⋯その⋯⋯どんどん射精される量が減っていきます。四度以降は⋯⋯特に⋯⋯。私の性奉仕がいたらないからですよね。申し訳ございません!」
ベルゼフリートは両眼を見開く。何やら気にしているとは思っていた。そういう訳だったのかと得心がいった。
「リア。あのさ。普通は一番最初の射精が多くて、その次からは減るんだよ⋯⋯?」
「え」
乙女らしい性知識の欠如だった。そもそも日に数十回も射精できる精力があるベルゼフリートは規格外なのだ。
出す度に減るものは減る。至極真っ当で、当然の摂理だ。ベルゼフリートはリアに正しい性知識を授けた。
「そうだったのですか。私はてっきり⋯⋯!」
「減衰するのが当たり前だよ。別にリアのセックスに問題があるわけじゃない」
「はぁ⋯⋯。安心しました」
安堵したリアは下腹部を両手で摩る。結合部から注ぎきれなかった精液が滲みだしている。
(あぁ、私はなんて幸せ者⋯⋯♥︎ 私の卑しいオマンコが⋯⋯陛下のオチンポと合体しているっ⋯⋯! ずっとこのまま、ご奉仕させてほしい♥︎ 陛下っ♥︎ 小さくて可愛い陛下⋯⋯♥︎ でも⋯⋯駄目⋯⋯! 身の程を弁えないとお爺さまに迷惑をかけてしまいますっ⋯⋯!! 私は側女。ヘルガ妃殿下やセラフィーナ様にお仕えする下僕ですものっ⋯⋯!!)
リアは黄葉離宮での生活が好きになっていた。
最初は馴染めるか不安だった。なにせ相手はアルテナ王国の女王セラフィーナだ。祖父のウィリバルトが出征に深く関与していた。
ついこの前まで戦争で殺し合っていた隣国の女王。同僚は帝国への復讐心を燃やす女騎士。殺伐とした間柄にならないかと恐れていた。
(こうして陛下にお情けをいただけているのは、セラフィーナ様のお心遣いです。宮廷では悪い噂ばかり聞いているけれど、私は恩に報いないと⋯⋯)
不穏な空気が流れていた。セラフィーナは気付いていない。だが、外部との交流を持っているリアは、ひしひしと感じていた。
「陛下。皇帝陛下。お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ん? なに?」
「なぜセラフィーナ様に隠し事をされているのですか⋯⋯?」
「うーん。そっか。やっぱ分かる?」
「グラシエル大宮殿でロレンシアと会われていますよね? その⋯⋯本当は駄目なんですけど、噂で聞いたんです。深夜に帝城の昇降籠が下界に降りていったと⋯⋯」
天空城アースガルズは空中に隔離された浮島だ。地上との往来は昇降籠が使われる。帝城ペンタグラムに設置された昇降籠の管理は、女官総長ヴァネッサに委ねられている。
――だが、それは通常の生活物資や女仙の出入に限る。
皇帝ベルゼフリートの居場所は三皇后が把握している。もし天空城アースガルズの領域内を離れる場合、必ず三皇后の許しが必要となる。
「深夜に昇降籠を動かせるのは限られた方だけです」
「なるほどね。僕がそれに乗って、地上に降りたと聞いたわけだ」
ベルゼフリートの態度で、リアは噂が真実だったと察した。
皇帝が三皇后に内密で外出などありえない。もし地上に降りたとすれば、三皇后の命令以外にありえなかった。
この時期、わざわざ皇帝が地上に降り立つ事情。リアが思い当たるのは、ロレンシアの帰還以外になかった。
セラフィーナはロレンシアが帰着したばかりと思い込んでいる。だが、数週間前に帰参し、グラシエル大宮殿で滞在している話をリアは耳にしていた。
「リアは心配しなくていいよ。火の粉は降りかからない。だって、ヘルガの側女だ。そのあたりの話はついてるはずだよ」
「陛下⋯⋯? それはどういう?」
「セラフィーナはね。負けたんだ」
「え⋯⋯」
「可哀想だと思うよ。でも、政争だ。仕方ないよね。三皇后の決定は覆せない。だから、せめて少しは慰めてあげようとしたんだ。たくさん相手をしてあげた。愉しんでくれたかな。――死にゆく者への手向けだよ」
凍てついた瞳だった。
愛くるしい矮躯の少年。無邪気な子猫を連想する男の子。だが、その眼が一瞬、恐ろしげに光った。
無感情で冷徹な昆虫を思わせる目つき。思わずリアは唾を飲み込んだ。
「セラフィーナ様は陛下を愛されているように見えました。その⋯⋯! 今はっ⋯⋯! 間違いなく皇帝陛下をお慕いしていらっしゃいます。私にはそう見えます!」
「かもね。でも、セラフィーナは揺れてるよね。王国と帝国。夫と僕。娘と胎児。迷ってるんだと思うんだ。あっちにいったり、こっちにいったり。分かるよ。人間だもん。感情は定まらない」
ベルゼフリートはリアの腹部を撫でる。指先で子宮のあるあたりをなぞる。
「僕も同じ。決められないよ。皇后は特別。でも三人いる。ウィルヘルミナが好き。でも、他の二人が嫌いなわけじゃない。一番好きな人がいても、他の大切な人を切り捨てたりはできる? 僕は無理。僕には選べないよ」
「陛下⋯⋯」
「女仙だけじゃないよ。僕のために戦ってくれてる帝国軍の兵士、ウィリバルト将軍だってそうだ。顔は怖いけど、尊敬してるし、頼りにしてる。僕は駄目なんだ。あの人達のように決断できない。だから、政治や軍事、争い事に向いてないね。きっとセラフィーナもそうなのかな」
「セラフィーナ様は陛下の御子を妊娠されています。メガラニカ帝国とアルテナ王国の平和を象徴する御子様がお生まれになれるのですよ。なぜセラフィーナ様は⋯⋯!」
その先をリアは言葉にできなかった。
まるでセラフィーナが弑されると言いたげな口調で、ベルゼフリートは続ける。
「セラフィーナは秘密を知った。秘密を知るまではいい。問題なのはセラフィーナがメガラニカ帝国に仇なす可能性がある人物だってこと。その点、ロレンシアは合格。ヴィクトリカ王女を帝国に差し出してくれた。本心で僕に仕える女仙だ」
アルテナ王国の女騎士ロレンシアは屈服した。勇猛果敢な赤毛の忠臣は、もうこの世にいない。帝国に従属し、皇帝に忠愛を捧げる忠実な下僕。旧友の王女を裏切り、裏切り者と罵られるのを承知で、ベルゼフリートの女になると決断した。
「そろそろかな。ロレンシアがセラフィーナの説得に失敗しているのなら、黄葉離宮に三皇后と公安総局が来る頃合いだ」
リアの顔色は真っ青になった。
セラフィーナの末路を想像してしまったのだ。
公安総局――その名称を全ての女仙は知っている。だが、口には出さない。通常法では裁かれない女仙を罰し、断罪する粛正者であった。
◇ ◇ ◇
公安総局――最高裁判所直下の特務機関。
大神殿が保有する唯一の武力であり、神官長カティアの皇后令で動く特殊司法神官によって組織されている。
通常の犯罪事案は、軍務省所管の国家憲兵隊や地方領主の兵士が行う。
一方、公安総局の対象は政治権力者の汚職、大商人の経済犯罪、そして皇帝に関わる重大事項である。
皇帝の危難を速やかに排除する。
例外は存在しない。死恐帝の暗殺を許してしまった反省から、公安総局の体制は強化されている。
捜査・訴追・判決。三つの強権を束ね、証拠が揃っていれば、帝国宰相や帝国元帥であろうと処断する最強の司法組織。
公安総局の機関長は長老派王妃の重鎮、天神アストレティアである。
司法の番人たる大神殿は十一月二十四日、セラフィーナ・アルテナの捕縛令を発した。
――罪状は内乱の予備および陰謀。
告発者はラヴァンドラ王妃である。嫌疑は皇帝ベルゼフリートに虚言を吹き込み、帝国宰相ウィルヘルミナを貶め、地位の簒奪を目論んだ国家転覆。
側女のロレンシアは、セラフィーナの犯行を認めた。
帝国宰相ウィルヘルミナとナイトレイ公爵家の名誉を毀損する陰謀に加担させられたと証言した。証拠の捏造を命じられたが、ロレンシアは良心の叱責に耐えきれず、帝国軍参謀ユイファン少将へ報告。軍務省は事態を把握した。
帝国元帥レオンハルトは三頭会議を緊急招集。セラフィーナの処遇を話し合った。
――筋書きの通りに進んでいた。
皇帝ベルゼフリートは、孤児院で育った捨て子。真実は隠蔽された。
誰にとっても都合の悪い真実。明るみになったところで、もはや得をする者はいなかった。処刑された森番の一家は哀れだ。しかし、死者の弔いで、現体制を傾かせるわけにはいかなかった。
ベルゼフリートは報復を望まなかった。
自身の過去を知ったことに後悔はない。いつかは通らなければいけない通過儀礼だった。悲劇に見舞われた母親と息子、忌まわしい近親相姦で生まれたのが自分なのだ。
ナイトレイ公爵家に恨みはなかった。ましてやウィルヘルミナの破滅を願ったりはしない。
正しい史実を記した神官長カティアの諡号文書が公開されるのは皇帝の崩御後だ。それで構わないと皇帝ベルゼフリートは黙認した。
たとえセラフィーナが真実を叫ぼうと、皇帝ベルゼフリートが存命している限り、忌まわしき出生の過去は握りつぶされる。
――セラフィーナの誤算は大きかった。
敵は宮廷の妃達だとセラフィーナは思い込んでいた。だが、本当の敵はベルゼフリートだった。秘密を知ったセラフィーナは、帝国宰相ウィルヘルミナを失脚させ、他の妃と結託し、宮廷の実権に手を伸ばそうとした。
蠢動の動きを察し、ベルゼフリートは敵に回った。
――捨てられたのだ。
恋は人を盲目にする。裏切られたセラフィーナは、ベルゼフリートに寄せていた巨大な恋心を自覚した。
潤んだ瞳から大粒の涙が流れた。
――三十六歳の女王は初めて失恋の味を知った。
頭が真っ白となり、何も考えられなかった。足下が崩れ、奈落に墜ちる。行く先は破滅だ。
「何なのですか? これは⋯⋯? ロレンシア? 陛下は⋯⋯? なぜ⋯⋯?」
黄葉離宮の応接間に覆面姿の司法神官が押し入った。取り囲まれたセラフィーナは身包みを剥がされる。
妊婦用の拘束衣を無理やり着させられた。
「⋯⋯陛下と三皇后に嘆願はしております」
「ロレンシア? ロレンシアっ!?」
「申し訳ございません。セラフィーナ様、いいえ、女王陛下⋯⋯」
捕縛されたのはセラフィーナだけだ。覆面の司法神官はロレンシアに手を出さない。
「あっ、あなた達! おやめなさいっ⋯⋯! 離してくださいっ! 私のお胎には皇帝陛下の御子がいるのですよ!? こんな狼藉を働いて、陛下がお許しになると思うのですか!?」
一人だけ素顔を晒している神官がいた。
公安総局の機関長アストレティアは冷酷に告げる。
「――反逆者を連れ出しなさい」