ロレンシアとヴィクトリカは、四頭立ての馬車をラヴァンドラ商会から借り上げた。
移動手段は確保した。御者はヴィクトリカが引き受けてくれる。だが、旅には危険が付き物だ。女仙は帝国軍に護衛を要請できる。しかし、そうはいかない。軍務省にロレンシアの動きが筒抜けになってしまう。
ロレンシアは冒険者ギルドに護衛依頼を出した。
「期間は最大三カ月よ。私達はナイトレイ公爵家の領地を巡る旅に出るわ。雇う冒険者は旅の往路で魔物や野盗、その他一切の襲撃から雇い主を守れる実力者。それともう一つ、帝国の地理に詳しい人。必須条件とするわ」
ロレンシアはギルドの受付嬢に依頼内容を伝えた。ラヴァンドラ商会の紹介状を渡し、自身が天空城アースガルズで暮らす女仙だと明かした。
受付嬢は目に見えて動揺している。
大物貴族からの無茶な依頼はよくある。だが、帝室関係者の直接依頼は極めて珍しい。しかも、依頼主をよくよく見れば、戦勝式典で皇帝ベルゼフリートの傍らにいた赤毛の妊婦ロレンシア・フォレスターだ。
戦利品として連れてこられた異国の美女。今は皇帝に奉仕する情婦。胎には皇帝の御子を宿している。
たわわに実った双乳は、頭部よりも大きく豊満。蒸れないように谷間を露出させた卑猥なエロ衣装は妖艶。前部に突き出た大きなボテ腹は、垂れる爆乳を支えている。
ロレンシアの外見は出産を間近に控えた臨月の妊婦だ。ショゴス族だけは、特殊フェロモンを嗅ぎつけ、ロレンシアが肉体改造を受けた苗床女だと分かる。
「成功報酬はラヴァンドラ商会が支払うわ。早急に冒険者を用意してくれる?」
「失礼ですが、帝国軍に警護を要請されてはいかがでしょう? 冒険者ギルドの専門分野から外れています」
「どういう意味? お金はあるわ。足りないというの?」
「ギルド所属の冒険者はあらゆる依頼をこなします。しかし、皇族近親者の護衛は軍人の管轄です。優秀な冒険者パーティーであっても、いざという時の対応力は組織力のある帝国軍に劣ります」
「冒険者ギルドは慎重なのね」
「当然です。依頼者が帝室関係者ともなれば、ギルド・コードに抵触する恐れがあります」
国境と関係なく存在する勢力が、この世には三つある。世界最大の宗教結社「教会」、魔物退治を専門とする「魔狩人」、そして世界各地に支部を持つ「冒険者ギルド」である。
(冒険者は中立。権力者の争いには近づかない⋯⋯。面倒事だと思われてるみたいね)
冒険者ギルドの支部はおおよその国家に存在する。冒険者は自由戦士である。国家間の戦争に参戦しない不文律がある。
冒険者は民間人でありながら、武装を許されている。国家や貴族、政争に関与しない誓約を立てているからだ。
(案内役と護衛は必要だわ。私とヴィクトリカ様は帝国の事情をよく知らない。冒険者を雇わないとナイトレイ公爵領には行けないわ)
冒険者の掟はギルド・コードで定められていた。ギルド・コードに抵触すると、冒険者の証である徽章没収や降級処分となる。冒険者は常に第三勢力。国家と連携するのは強大な魔物が出現し、国軍単独で対処できない緊急時などだ。
「道中の護衛をお願いするだけよ。それ以上は求めないわ」
「⋯⋯承知しました。審査が必要です。お時間をいただきます。依頼内容は護衛と道案内。それ以外は依頼に含まれていないと明記させていただきます」
「それでいいわ。よろしく。前金はこれでいいわよね」
ロレンシアは金貨が入った革袋をカウンターに置き、帝都アヴァタールのギルドホールを去った。
ロレンシアの異様な妊婦体型は、大衆の目を惹きつける。擦れ違った冒険者達は、すぐさまロレンシアの正体に気付いた。肉付き豊かな艶姿をジロジロと見られたくなかった。しかし、目を逸らす者が意外に多かった。
——女仙を視姦すると眼が潰れる。
そんな噂がまことしやかに囁かれていたからだ。女仙の素肌に触れると瘴気で傷を負う。その性質が誇張と誤解で歪められ、巷で流布されている。
「どうだった? ロレンシア」
「返事待ちです。ヴィクトリカ様。グラシエル大宮殿に戻りましょう」
表通りに停めていた馬車。手綱を操る御者席にヴィクトリカがいる。すっかり様になっていた。
「大丈夫?」
「手すりがあるから一人で上がれます」
ロレンシアは馬車のステップに足をかけて乗り込む。馬車の扉が閉まったのを確認してから、ヴィクトリカは手綱を操り、馬を走らせた。
(ふぅ。まだ馬車の乗り降りくらいはできるわ。だけど、あと三カ月もしたら、もっとお腹が大きくなってしまう。歩くのがやっとになりそう)
ショゴスの多胎児を孕んだロレンシアは、まだまだ腹部が膨らんでいく。先に懐妊したセラフィーナよりもボテ腹は大きく成長し、重量が増している。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドに依頼してから二日後、五人組みの冒険者パーティーが派遣された。
リーダーはエルフ族の女性だった。残る四人は、アマゾネス族の戦士が二人、狐族のスカウト一人、ヒュマ族の僧侶が一人。メンバー全員が女性、一級冒険者のライセンス持ちだった。
冒険者ギルドは護衛対象が若い娘二人と聞き、万が一を考え、女冒険者のパーティーを用意した。
「私はリーダーのララノア。よろしく。私達は一級冒険者のパーティーだ。結成してからもう四年かな? お望みとあればダンジョンの最下層にだって案内してあげる」
ララノアと名乗った女エルフは、宮廷で見かけたエルフ族とは毛色が違った。
言動がフランクで荒々しい。付き合いやすく、親しみが持てそうなタイプだ。短命種を威圧するエルフ特有の貴族的な雰囲気はなかった。
後宮では大勢のエルフ族が暮らしている。その殆どは高貴な生まれだ。夜伽で淫奔に乱れようと、日中は澄ました顔で宮廷を練り歩いている。
「ダンジョン観光? 帝国ではそんなことも行われているの? でも、旅の目的はナイトレイ公爵領の視察よ。危険な場所には近づかないわ」
「はははっ。冗談に決まっているでしょ。私は冒険歴一〇〇年のベテランだ。死恐帝の時代から現役。実力を信じてほしいって話よ。それで、本当に観光旅行なの?」
「ええ。メガラニカ帝国をよく知りたいわ。無理を言って陛下にお願いしたのよ。皇帝陛下が生まれ育った故郷を見てみたいの」
「へえ、殊勝だねぇ。まあいいさ。宮廷の内情に深入りはしない」
ララノアは好奇心を押さえ込む。ほんの少し前まで戦争していた敵国の女。ロレンシアは虜囚だ。強引に後宮へ連れ去られた話は聞いている。
(これが女仙。なんて肉体なの⋯⋯。すさまじい色情が漂ってくる。帝気を帯びているというべき? 宮廷外での自由行動を許されてるのなら、逃走すると思われていない証⋯⋯よね?)
事情は飲み込めない。もし途中で脱走の手伝いをしてほしいと頼まれたら、絶対に断れとギルドに厳命されていた。
「ギルドマスターから釘を刺されている。私達はクライアントの依頼を全うする」
「⋯⋯依頼は護衛と道案内だけよ」
「安心した。で、そちらにいる金髪のお嬢さんは、女仙様じゃないわけ?」
ララノアは親指でヴィクトリカを指し示す。
「ええ。ヴィッキーは私の個人的な友人よ」
ロレンシアはヴィクトリカを偽名で呼んだ。髪を短く切り揃え、従者ヴィッキーとして振る舞う。アルテナ王国の王女をよく知る人物でなければ、正体に気づけないはずだ。
「私と違って彼女は女仙じゃないわ」
「女仙様に触れると呪われる。いざというときは、雇い主を抱えて逃げたりするんだけど、どうしたもんかね。今のうちに聞いておこう。簀巻きで抱えるのはアウトかい?」
「厚手の布なら大丈夫だと思うわ。大神殿の神官に聞いた話だと、体温が伝わるくらい近づいたら瘴気に当てられてしまうわ。私は新参の女仙だから、そこまで穢れてないわ」
「それともう一つ。うちのヒーラーは医術師免許持ちだ。産気づいたら、あっちに頼ってほしい」
金髪の女性が頭を下げる。漆黒の修道女服を着ていた。聖職者にあるまじき、破廉恥な格好だった。豊かな乳房の谷間と太腿を露出させている。
「お初にお目にかかります! 私はテレーズです! 皇帝教皇主義の僧侶をしております‼ ロレンシア様の護衛依頼! 光栄の極みです!!」
「は、はぁ」
「すまない。うちのテレーズは⋯⋯その⋯⋯熱心な信者なんだ」
「お願いします。ロレンシア様! どうか! 陛下の御子に祈らせてくださいませッ!」
「あっ。ありがとう。祈るのはご自由に⋯⋯。触れなければ平気だから⋯⋯」
両膝をついたテレーズは、歓喜の涙を流しながらロレンシアのお腹に祈りを捧げる。
(号泣してる。そういえば戦勝式典のパレードで、号泣してる奇妙な一団がいたわね。ひょっとして⋯⋯)
メガラニカ帝国では皇帝崇拝が根付いていた。最大勢力の国教はカティア神官長が統括する大神殿だ。だが、宗派は地域ごとにそれぞれある。
テレーズが入信する皇帝教皇主義は、大神殿と別系統の宗教勢力だ。皇帝を絶対主と定義する狂信者。過激な行動に走りがちであるため、大神殿の監視対象となっている。
「健やかな御子が産まれますように⋯⋯♥︎」
こうして祝福の言葉をかけてくれるのは悪い気がしない。だが、旅のタイムリミットは、ロレンシアが動けなくなるまでの間だ。ロレンシアの子宮はショゴス族の寄生卵子を植え付けられた。
臨月の妊婦以上の膨らみ。どこまで大きくなるか予想がつかない。ショゴスの苗床腹は出産直前になると、一人での歩行が難しくなるという。
多胎妊娠の孕み腹で行動できる期間は残り三ヶ月。ロレンシアは十一月中には天空城アースガルズへ戻らなければならない。
ロレンシアとヴィクトリカは手早く旅の準備を整える。五人の女性冒険者を伴って、帝都アヴァタールを出立した。
目的地はナイトレイ公爵領マルスフィンゲン。皇帝に即位する以前のベルゼフリートが過ごした場所だ。