2024年 10月13日 日曜日

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【15話】無知蒙昧な者ども/口説きの幼帝/帝国兵の望郷

NOVEL亡国の女王セラフィーナ【15話】無知蒙昧な者ども/口説きの幼帝/帝国兵の望郷

 ——近衛騎士団の蜂起は、講和条約の調印式を終えた翌日、大陸歴8年3月24日夜半に起きた。

 近衛騎士団に所属する一部の騎士、若手を中心とする総勢36人は暴挙に出た。祖国を憂う気持ちゆえの決起であったが、後世の歴史家は「愛国心の暴発であり、成功する可能性は微塵も存在しなかった」との評価を下している。

 作戦の主目的は、囚われたセラフィーナ女王の奪還だ。

 帝国軍の手から女王を救出し、そのまま王都ムーンホワイトを脱出。ガイゼフ王とヴィクトリカ王女がいるバルカサロ王国に亡命する手筈だった。

 王都ムーンホワイトは帝国軍の占領下にあり、主要な街道は抑えられている。たった36人の青年騎士が武装蜂起したところで、帝国軍の包囲は突破できない。

 成功するはずのない救出作戦の影には、バルカサロ王国の暗躍があった。

 この策動に関し、ガイゼフ王やヴィクトリカ王女は何も知らされていない。なぜなら、バルカサロ王国は、近衛騎士団の暴走を利用して、セラフィーナ女王を亡き者にしようとしていたからである。

 リンジーの懸念は現状を的確に言い当てていた。バルカサロ王国からすると、セラフィーナ女王の死は好都合だった。

 セラフィーナ女王はメガラニカ帝国と講和条約を締結した。条約の中身は、反帝国の旗を掲げるバルカサロ王国にとって好ましくなかった。

 バルカサロ王国が憂慮するもう一つの危険。それはセラフィーナ女王が皇帝の子供を産み、ガイゼフを切り捨てる恐れだ。そうなると、一転してメガラニカ帝国とアルテナ王国は同盟国となる。

 つい先日まで戦争をしていた両国だ。そう簡単に同盟関係を築くのはありえない。しかし、長い年月をかけてセラフィーナ女王を傀儡化させ、アルテナ王国が禍根を忘れ去ったとき、そういう未来も起こりえるのだ。

 救出作戦の成功などバルカサロ王国は考えてもいない。騒動のどさくさに紛れてセラフィーナ女王が死に、悲劇の君主となるのを望んでいた。

 そうなれば、ヴィクトリカ王女を担ぎ上げ、大義名分を得たバルカサロ王国は弔い合戦と称して、大規模な攻勢をしかけられる。

 奇跡の上に奇跡が重なって、救出作戦が成功するのなら、それに越したことはない。

 担ぎ上げる相手をヴィクトリカ王女から、セラフィーナ女王に変えればいい。バルカサロ王国はどちらに転んでも旨味がある。

「邪智暴虐の皇帝から、女王陛下をお救いするのだ! 我らの決起は全て祖国のためである! 祖国を帝国に売り渡し、女王陛下までも献上した文官どもに、国家の行く末を託せるか!!」

「そうだ! そうだ!! 執政は売国奴だ!! 奴らは血の一滴だって流す覚悟がない!! 我らが女王陛下が辱められても、何一つ行動を起こせない腰抜けどもだ!」

「己の保身しか考えていない小役人の決定に従えるか! 俺たちは、まだ負けていない!! 女王陛下をガイゼフ王の下にお連れし、軍勢を集めるのだ!! いつの日か、我々は侵略者を蹴散らし、王都ムーンホワイトに解放するのだ!! 我らの決起は反撃の狼煙だ!!」

「ううおぉおおおおおおおおっ!! 俺たちこそが真の愛国者! 救国の英雄だぁあああっー!!」

 近衛騎士団は救出作戦を開始した。決起した騎士の中に、ロレンシアから別れを告げられたレンソンの姿があった。

 若手騎士の無謀極まる愚挙を止めるべき上級士官は、帝国軍によって軟禁状態にあった。まともな判断を下せる指揮官が自由の身であったのなら、この馬鹿げた行動を諫めていただろう。

 武装した36人の近衛騎士たちは、二手に分かれる。一方はセラフィーナ女王がいる貴賓館。もう一方は、白月王城の中枢部に設置された総督府に向かった。

 総督府には帝国元帥をはじめとする上級将校がいる。メガラニカ帝国の動きを混乱させるのが襲撃の目的だった

 ◇ ◇ ◇

 襲撃の夜、皇帝ベルゼフリートは帝国元帥レオンハルトの部屋を訪れていた。

 最初は執務室に向かったのだが、何やら騒動が起こったらしいく、寝所で待つように指示を受けた。総督府の設置区画の中で、帝国元帥の寝所は警備がもっとも厳重な場所だった。

「あ! やっと帰ってきた! 遅くまで本当にご苦労様! 寝台ベッドは僕の体温で暖めておいたよ!」

 長らく待たされていたベルゼフリートは、大喜びして寝台から飛び降りる。飼い主の帰宅を知った愛犬のようだった。

「いろいろと騒々しかったけど、お仕事は全部終わった?」

「待たせてしまってすまない。仕事が片付いたと思ったところに、ちょっとした厄介ごとが起こってしまってな」

「その厄介ごとって、まさか僕だったりする……?」

「そんな泣きそうな顔を私に見せるな。騒ぎを起こしている狼藉者がいたのだ。皇帝陛下が総督府に来てくれて安心した。今夜は貴賓館に戻らないほうがよい」

「ふーん。そっか。なら良かった」

「しかし、なぜ私のところに? セラフィーナ女王と過ごすはずではなかったか……?」

「それなんだけど、ウィルヘルミナから違う指示が出てたよ!」

 とりあえずレオンハルトは言い訳に耳を傾けることにした。

「手違いなのか、根回しのミスなのか。どっちかは知らないけど、ああいうのは困っちゃうよ。相談役のヴァネッサがいないと、僕はどうしたらいいいか分からないし……」

「ウィルヘルミナ宰相閣下が……。夕方に届いた速達伝文書の内容はそれだったか。陰湿なサキュバスめ。まあ、よかろう。宰相閣下の横槍は想定内だ。本国から宰相派の公妃がやってきて、何やら外交官と画策していたとも聞いている」

「よく分からないけど、喧嘩はほどほどにね」

「手紙には何と書かれていたのだ?」

「ウィルヘルミナからの手紙には、セラフィーナ女王を冷遇しておけって書いてあった。最初は弱い者イジメみたいでちょっと可哀想だと思ったんだ。けど、向こうは僕が嫌いみたいだし、別にそれでいいかなぁって思い始めてる」

「そうか……。私としては困るな。アルテナ王家の子供が必要なのだ。女仙化させているとはいえ、時間はかけたくない。セラフィーナ女王を抱くのはそんなに面白くないのか?」

「女王のデカパイは好みだけど……性格が面倒くさい」

「大陸随一の美しい女王と言われている女なのだがな⋯⋯」

「僕だって皇帝のお仕事と思って、調印式の夜は頑張ったんだよ。だからさ、今夜はレオンハルトがご褒美くれないかなって期待しちゃう。いいよね? 僕はレオンハルトとセックスしたい!」

「私からのご褒美か。しかし、私の頼みよりも、宰相閣下の指示を優先するようでは、少し考えてしまうな……」

「うー! そんな意地悪しないでよ〜!」

 ベルゼフリートに泣き付かれてしまって、レオンハルトはお手上げだった。けれど、皇帝とアルテナ王国の子供を作り、血を流さずにアルテナ王国を手中に収める。軍務省の最優先事項だった。

(近衛騎士団の件はどうしたものか。……ここで陛下のご機嫌を取っておかないと拗ねられてしまうか? 相手をしてさしあげるべきだろう。私としてもやぶさかではない)

 レオンハルトの身体を流れるアマゾネスの血が疼く。ベルゼフリートはか弱い少年だ。しかし、その身体は強大な力を秘めている破壊者ルティヤの器。ベルゼフリートの魂には、大陸全土を混沌を齎す膨大な負の力が眠っている。

 世界を破壊する絶対強者の子胤は、アマゾネスの子宮を発情させる。強さに惹かれるのがアマゾネス族の性だ。

 皇帝の子胤は、母体の血統に宿る才能を極限まで引き出す。レオンハルトも皇帝との間に娘を産んでいるが、いずれは帝国最強の自分に匹敵する強者となるはずだ。

 母がそうであったように、レオンハルトは強い娘を産むことを名誉と考えている

「ねえ、いいでしょ。セックスしよー! セックス! セックス!!」

「皇帝陛下にそこまで懇願されたら、私も抱かぬわけにもいかない。良かろう」

 帝国元帥の振る舞いを解き、砕けた態度となったレオンハルトは、妻として可愛い夫の頭を撫でる。

 公的な場ではけして見せない柔らかな顔だ。普段は隠している乙女心を見せる。

「身体の汚れを流してくるから、もう少し待っていてほしい」

 レオンハルトは自分の体臭を気になった。

「お風呂なんかいいよ。このまましちゃおうよ!」

「そうか……? 汗が臭うかもしれないぞ」

「僕はすぐヤりたいの! どうせ、これからセックスして汗臭くなるんだから! ……汗の臭いなんてゲロに比べたら、香水みたいなもんだよ」

「辛辣なことを言う。私との比較対象が嘔吐物というのは中々に酷くないか?」

「僕もいろいろとあったんだよ……。とにかくさ! 別に僕は気にしないってこと!! 逆に恥ずかしがってるレオンハルトは、すっごく興奮する!」

 ベルゼフリートはレオンハルトの太脚に股間を当てる。硬く勃起した男根は、皇帝の欲情心を如実に示していた。

「僕の準備は万端でしょ? 成長した僕の性技を体験させてあげるよ〜。いつまでも絞り取られるだけの僕じゃない! レオンハルトが知らない間に、いろいろなテクニックを教えてもらったんだ。皇帝の絶技で今夜はレオンハルトを寝かしてあげない!!」

 下心満載であるが、実直な好意を寄せられて、まんざら悪い気はしない。

 ここまで皇帝に好かれているのは、実は自分だけなのではないかという自惚れもある。身辺警護の警務女官達が向けてくる嫉妬の目はとても心地よい。

「ねえ、いいでしょ……? だめ? はやくセックスしよ?」

「そんな顔をされて、アマゾネスの私が断れると思うか。まったく、本当に皇帝陛下は甘え上手だ。今夜は楽しませてもらおう」

「…………」

「どうした?」

「やっぱり何か仕事ある? 僕、わがままでレオンハルトを困らせてる?」

「そんなことは気にするな。残しているのは単なる後処理だ。部下に任せることにした。彼らには文句を言われるかもしれないが、今日は残業をしないと決めた。愛しの皇帝陛下に、辛い思いをさせてしまった償いだ」

「やったー! 大好き! レオンハルト、すっごく大好き!!」

 無邪気にはしゃぐベルゼフリートを軽々と抱き上げ、レオンハルトはベッドに向かう。

 ちょうどその時、レオンハルトは寝室内にいる女官3人に命じる。

「——ああ、そうだった。そこの女官どもは出て行け。覗き見されていると興が冷める」

「恐れながら元帥閣下。皇帝陛下の御身を守るのは女官の職責。たとえ相手が皇后であるレオンハルト様のご命令であっても、皇帝陛下の御身を危険にさらすことはできません」

「私がいるのに、女官如きが役に立つのか? 私に倒せない相手が現れたとして、貴公らが束になったところで時間稼ぎにもなるまい。それとも皇后が哀帝を弑逆した歴史を持ち出して、私が皇帝陛下に危害を加えると言いたいのか?」

「い、いえ! 断じてそのようなことは……! 女官を尊重していただきたいと申し上げているのです。我々が皇后に敬意を払うように、女官にも配慮をいただきたいと」

「そうか。それなら廊下で待機していろ。それで文句はなかろう。違うか?」

 レオンハルトの威圧に対し、3人の侍女はそれ以上の反論できなかった。

 3人の侍女は警務女官の中でも選りすぐりの精鋭だった。しかし、相手が大陸最強とすら謳われるレオンハルトでは縮こまるしかなかった。

「承知しました。元帥閣下……」

 ◇ ◇ ◇

 総督府に襲撃を仕掛けようとしていた14人の近衛騎士。全員の死体が発見されるのに、さほどの時間はかからなかった。

 レオンハルトが帝国兵に下した命令はゴミ掃除だった。逆賊の捕縛ではない。文字通り、総督府の警備にあたっていた帝国兵は死体の片付けに勤しんだ。

 残りの近衛騎士は貴賓館に向かっていたが、そちらも程なく帝国軍の警備隊が鎮圧。館内に入り込んだ賊が1人いたが、警務女官によって捕縛されたとの報告があった。

 帝国軍は近衛騎士団の宿舎を強制捜索した。不穏分子を探し出すため、計画に不参加だった近衛騎士も地下牢に収監された。

「あっけないっすね。こっちは剣どころか、掃除用のモップしか使ってませんよ。それにしても、あれは何だったんです? 」

 廊下には血溜まりが広がっていた。

 帝国兵は掃除用のおがくずを床にばら撒いて水分を取る。血液を吸ったおがくずを箒で掻き集め、最期に凝固しかけている血痕を洗剤付きのモップで洗い流した。

「奴らが剣を抜いたと思ったら、急に首が捻じ切れて死んじまいました。てっきり連中が自分を生け贄にして、邪霊でも召喚したのかとビビっちまいましたよ」

「奴らを殺したのは、レオンハルト元帥閣下だ。理屈は俺にも分からんが、元帥閣下は近付いてくる敵を瞬殺しちまうのさ」

「レオンハルト元帥閣下……? でも、元帥閣下は総督府の執務室にいるんじゃないですか?」

「離れていても同じだ。元帥閣下の攻撃範囲は広い。殺された近衛騎士の死に顔を見たか? あの連中は運がいいぞ。なにせ、自分が死んだと気付かない間に死ねたんだからな。貴賓館に入り込んだヤツなんて……、まったく女官ってのは慈悲の心が無い」

「ああ、俺も聞きましたよ。例のヤバいメイドがやったんですよね? 元決闘王の……。あんなことをされるくらいなら、いっそ殺してくれたほうがいい。どんなに美しくても、俺はああいう女は絶対にダメですね……。縮こまっちまう!」

「言葉が過ぎるぞ。皇帝陛下の寵姫だ。コロシアム文化のある地方だと女官長ハスキーは英雄。軍にだってファンがいるそうだぞ。不敬な発言は控えておけ。お前も玉砕してアレを失うのは惜しいだろう?」

「うっ! 変なことを言わないでください! 俺は女官の悪口を言ったんです。皇帝陛下を悪く言うなんてとんでもない。ウチの家は曾祖父の時代から帝国に仕えてきたんです。これまでに薄汚い共和主義者を1人だって出してません。帝国を裏切るような真似をしたら、墓の下にいる曾祖父になぶり殺しにされちまう」

「お前を共和主義者と疑ってるわけじゃない。しかし、馬鹿なことをしでかすヤツはいる。以前に皇帝陛下とレオンハルト元帥閣下の情事を覗こうとした阿呆どもがいてな……」

「う……、それはちょっと見てみたいかも……。アマゾネス族の性欲はすごいって聞きますからね。俺の従兄はアマゾネス族の女戦士と結婚したんですが、戦争が始まる前に会ったら⋯⋯すごいやつれてました」

「興味を抱くのはいいが、レオンハルト元帥閣下の怒りを買ったら、こうなる覚悟はしておけよ」

 床に残った血溜まりを指差す。

「お前さんは結婚したばかりだろ。やっとアルテナ王国との戦争が終わったんだ。こんなところで死んで、エルフの若い嫁さんを悲しませる気か?」

「俺の嫁は若くなんてないっすよ……。エルフ族の基準だと110歳は若い範疇なのかもしれませんけど……。いつ帰ってくるのかって、最近は手紙が何通も来ます」

「年齢がどうであれ、まともな嫁で羨ましいな。うちの嫁なんて使用済みの下着を送ってきたぞ。サキュバス族の文化らしいが、おかげで上官からヤバい目で見られた。嫁に下着を送れと言いつけた変態野郎だと思われてる⋯⋯」

「先輩の奥さんはサキュバスでしたね。そういえば、先輩の息子さんが結婚したってこの前聞きましたよ。帝都のお金持ちが相手だとか」

「ああ、すごい金持ちだったよ。ただ、相手が男とは思わなかったけどな……。インキュバスの息子が選んだ道だ。どんな形であれ、幸せになってくれるならそれでいいとは思っている。それよりも問題なのは娘のほうだ。娼館のストリップダンサーに憧れだした。本当に困ったもんだ。家に帰ったら、どう説得してやればいいんだろうな」

「賑やかでいいじゃないですか。うちは子供ができるか分からないんで、従兄の子供を養子にとるかもしれません。国に帰ったら相談しなきゃならないんで、ちょっと不安っす。アマゾネスの娘とエルフの母親って種族相性はどうなんでしょうね?」

 2人の帝国軍兵士は掃除をしながら、帰国後のことについて楽しそうに語らう。異種族同士での恋愛がこれほど盛んな国は、メガラニカ帝国以外に存在しないだろう。

 異種族婚は珍しくない。しかし、帝国でもアマゾネスなどの女性しかいない単一性種族を除けば、同種族婚が大半ではある。

「はやく本国に帰りたいですね」

「ああ。まったくだ。なんだってアルテナ王国とバルカサロ王国は、うちに戦争を仕掛けてきたんだか。迷惑な連中だよ。本当に」

 アルテナ王国との戦争が終わり、前線の兵士達は故郷にいる家族との再会を心待ちにしていた。


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