「やぁやぁ! よく来てくれた! 黄葉離宮の皆様方! ご足労いただき悪いね。ちょっと試したいことがあったものだから⋯⋯! ご協力に感謝感激雨あられだ!」
鈴蘭離宮に到着するやいなや、重厚な全身鎧を着込んだ変人王妃が大げさに出迎えてくれた。
金属製の鎧は見てるだけで暑苦しい。茹だる熱風がまとわりつき、眩い陽光に照らされても、ヘルガ・ケーデンバウアーは熱中症に罹らないようだ。太陽が苦手と聞かされていたが、暑さは平気らしい。
(協力ですって⋯⋯? 私達はどんな用件かすら聞かされていないのですが? ⋯⋯ロレンシア、そんな泣きつく顔をされても困りますわ。私だって何も知りませんよ)
馬車に籠城しているわけにもいかない。
観念したセラフィーナは庭先に降り立ち、待ち構えていたヘルガの顔色を伺おうとした。
「お久しぶりですわ。ヘルガ妃殿下」
両手でスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶するセラフィーナは、薄っぺらな笑顔を浮かべることしかできなかった。
ヘルガは常に兜を装着している。文字通りの鉄面皮である。顔色を窺うどころか、どんな表情をしているのかも分からなかった。
(悪い人ではないわ。それは分かっているのだけど⋯⋯)
後宮での暮らしが一年を越えたにも関わらず、セラフィーナはヘルガの尊顔を拝んでいない。
その昔、ベルゼフリートにヘルガがどんな人物かを尋ねたことがあった。「ヘルガは美人だよ。銀髪だね。セラフィーナよりも色白な肌。あ、もちろん、日焼けする前よりね。ああ見えて恥ずかしがり屋なの。夜伽は僕との二人っきりか、親しい間柄の妃としか一緒にやってくれない。真っ白な頬が真っ赤になるんだ。あとは⋯⋯うーん⋯⋯。フェラチオをドヤ顔でやってくれるけど、あんまり上手じゃない」と、特に役立たない情報をくれた。
「ヘルガ妃殿下? ここは鈴蘭離宮でしょうか?」
化猫騒動が起きた不気味な雰囲気の離宮。身籠った女仙を妬む怨霊が出るという物騒な噂話。馬鹿げていると笑い飛ばせれば、どんなに良かっただろうか。
怨恨で人を害せるのなら、セラフィーナは前夫のガイゼフや娘のヴィクトリカに呪殺されている。死霊が恨みを晴らせるのなら、処刑された息子リュートや戦死した王国兵が売国女王となったセラフィーナを生かしておくはずがない。
(ふぅ⋯⋯。情けないですわ。私は何を怯えているのでしょう。噂は⋯⋯噂にすぎませんわ)
年下の幼帝に恋心を抱く愛妾は、後宮で新たな人生を謳歌し、女の幸福を享受している。犠牲になった死者の遺志を踏みにじり、祖国を征服した男の赤子を産んだ時、どこまでも堕ちていく覚悟は決めた。
(私は正真正銘の悪女⋯⋯。祖国にすら背を向けた女王よ。今さら何も恐れはしませんわ)
荒れた庭先に立ち尽くすセラフィーナは、膨らんだお腹を両手で抱え込んだ。胎動が母親に勇気を与える。お腹に宿る子供達はセラフィーナの味方となってくれる。三つ子の姉妹が宿っていた時も、異能の力を貸してベルゼフリートの過去を垣間見せてくれた。
「そうだとも。よく分かったね。鈴蘭離宮は初めてだろうに」
「女官達の間で噂になっておりますわ。私の耳に入るくらいです。ヘルガ妃殿下もご存知のはず」
「ああ! そうか、そうか! あの噂を聞いたのかな? 妊婦を祟る化猫騒動! いやはや、恐ろしいねえ。くっくくくくく!」
(やはり知っていましたわね。妊娠中の私達を呼び出してほしくなかったわ。なんの嫌がらせでしょう⋯⋯? この御方は私達に何をさせるおつもりです?)
宮中序列でセラフィーナが下位でなければ、ヘルガに痛烈な文句を叩きつけていた。
(ロレンシアやテレーズまで呼びつけて⋯⋯)
セラフィーナの後ろでは、ロレンシアがテレーズの手を借りて、馬車の階段を一歩ずつ慎重に踏みしめる。
宮中最大サイズの超乳を胸部に実らせているロレンシアは、視線を下げても足元がまったく見えない。段差を下に降りるときは、覚束ない足取りになってしまう。
「ありがとう。テレーズ。助かります」
地面に辿り着いたロレンシアは、夕暮れのそよ風で波打つスカートを押さえつける。
主人のセラフィーナよりも地味な装飾のマタニティドレスにしてあるが、淫猥な媚肉で肥えた体付きは隠しようがない。薄手のシルク生地が汗ばんだ艷肌に張り付き、エロチックな肉感的体形を際立たせる。
「お気になさらず。多胎妊娠されているロレンシアさんの苦労は私の十倍以上なのですから! お腹も重たげですが、母乳で膨らんだその超乳は別格に重たそうです」
手を貸してくれるテレーズも出産の日は近づいている。乳房の膨らみよりも腹部の出っ張りが目立つ体付きなっていた。
「産後に受けた健康診断で、これ以上は肥大化しないと言われているのですけどね。母乳が溜まると張ってしまうみたいで、ブラジャーの締め付けがきつくなって苦しくなりますわ」
以前から爆乳だったセラフィーナやテレーズは胸部の重量感に慣れているが、引き締まった身体で人生の大半を過ごしてきたロレンシアは超乳ボテ腹に苦労している。現在の体型で日常生活を送れているのは、騎士だった頃に足腰を鍛えていたおかげだ。
「馬車は窮屈だったろう。乳房も胎も大きい妊婦三人だということを忘れていた」
呼び出した妊婦三人を庭先に並べて、ヘルガは素直に感心している。他の妃達が黄葉離宮を優遇しすぎだと妬む理由がよく分かる。苦情が寄せられるようになったのは、グッセンハイム子爵領で海水浴が行われてからだ。身籠った淫体は視線を集める。
「次はもっと大きな馬車を用意しよう。特にロレンシアは乗り降りも大変だろう」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
前に進み出たロレンシアは頭を下げる。
ショゴス族の肉体改造を受けた苗床胎は大きく膨れ上がり、自力での歩行が困難となる。日常生活がままならなくなり、苗床胎の女は代理出産に人生の大半を費やす。だが、赤毛の従者は側女の仕事をしっかりとこなしている。
「困ったことがあれば相談してくれたまえ。力になれると思うよ。身体の負担を減らす手伝いができる」
「痛み入ります」
「ショゴス族は親切にしてくれるだろうが、私はあの文化を批判する立場だ。ああ、だが、差別的な意図はないよ。人身売買の側面があるから否定しているのだ」
ショゴス族の種族文化を嫌悪する者達は、ロレンシアのように子宮を売った女を家畜胎と貶す。だが、子宮を売る若い娘は絶えない。
代理出産の対価として、奉仕種族のショゴス達が終生の世話を約束してくれるからだ。
「無理強いはされておりません。この身体を受け入れております」
「そうだとしても苦労は多そうだ。後宮に来たばかりの頃はほっそりとした体付きだった⋯⋯。しかし、皇帝陛下はその体型を好んでいるようだね」
「身に余る御寵愛をいただいております」
ロレンシアが捧げる忠愛に、ベルゼフリートはしっかり応えている。夜伽となれば、超乳を大いに弄ばれ、自慰では満足できぬ淫膣を雄々しい巨根が貫く。剣と祖国を捨てたが対価は子宮で受け取っている。
「出産直後に再び懐妊したものだから、妃達の間でもロレンシアは随分と話題になった」
「あの⋯⋯。ヘルガ妃殿下⋯⋯? 卑しき側女の立場ですが、恐れながら申し上げたいことがございます。お許しいただけますか?」
ロレンシアはヘルガに許しを請う。
「卑しい⋯⋯? それは違う。たとえメガラニカ帝国の生まれでなくとも、今のロレンシアは立派な側女だ。皇帝陛下の御子を授かった寵姫だ。もっと自分を誇りたまえ。私の領地では『職業と出身に貴賤なし』と定めてある。そして、歴代のケーデンバウアー侯爵は言論の自由を重んじた。私もそうだ」
ヘルガはショゴス族の代理出産を批判している。だが、子宮を売った苗床胎の女を否定しているのではない。
人の弱みに付け込み、不可逆の改造手術を行うのは非人道的である。その見地から代理出産の違法化を唱えていた。ヘルガ自身の問題行動にも起因しているが、ショゴス族の女官総長ヴァネッサから毛嫌いされている。
「さあ、話してみたまえ。私の器量は帝国貴族で一番大きいと自負している」
「鈴蘭離宮では不穏な噂がございます。私はショゴス族の女官から聞きました」
「ほう。ショゴス族の女官から⋯⋯」
鎧兜に隠れた両目がロレンシアの苗床胎を注視する。ヘルガの目元はまったく見えないが、そんな気がしてしまった。
「あ! ヴァネッサ様ではありません。教えてくれたのは帝城市場でランジェリー専門店を営む庶務女官です」
「ああ、あの店か。利用はしていないが知っているよ。大きなサイズの下着を作ってくれると評判の店だ。行ってみたい気もする。⋯⋯しかし、ショゴス族の派閥が店子しているなら、私は歓迎されないだろう」
ショゴス族の寄生卵子を宿したロレンシアは反応に困った。ヘルガはどう思っているのだろうかと考える。
(リアからヘルガ妃殿下のお立場は聞いているわ。おそらく私に対しては同情的⋯⋯。相手は軍閥派の次席。味方にしておきたい。立場の弱いセラフィーナ様には後ろ盾が必要ですわ)
ベルゼフリートを愛する性奴隷となっても、アルテナ王家に対する親愛の情は依然として残っていた。苗床胎になったおかげでロレンシアはメガラニカ帝国に屈服し、幼帝の性奴隷に堕ちた。
誇り高き女騎士から、背信の淫女へ。しかし、後悔はしていない。
(剣を握っていたあの頃を懐かしむ時はある。だけど、この淫乱な身体になってから、皇帝陛下とセックスする以上の幸せは味わえなかった。祖国の愛国心よりも、アルテナ王家の愛敬よりも、生涯を誓った幼馴染への愛執よりも⋯⋯! メガラニカ帝国の皇帝陛下が愛しい⋯⋯♥ 私を強く抱きしめてくれる小さい男の子が⋯⋯♥ 私の母乳を力いっぱいに吸うあの子が⋯⋯♥ 私のオマンコを貫く大きなオチンポが⋯⋯♥ 私の心を狂わせる♥)
ロレンシアは噴出した想いを苦労して内心に押し留める。流産で嘆き悲しんでいた子宮は、征服者の巨根に魅了された。初産を遂げ、二度目の妊娠を経て、ロレンシアがベルゼフリートに向ける愛情はより強まった。
(私は母親になった。皇帝陛下が私に授けてくれた大切な赤ちゃん。だから⋯⋯絶対に⋯⋯守らないと⋯⋯)
出産を経験し、母親としての自覚も増した。
膨張した子宮で育つ胎児達は、ショゴス族の女官から預かった大切な子供達でもある。
「その肉体であればショゴス族は親切にしてくれるだろう。どんな話をしてくれたのかね?」
ヘルガはロレンシアが落ち着いたのを見計らってから、会話の続きを始めた。
「鈴蘭離宮には妊婦を妬む化猫が潜んでいると警告されましたわ。真偽の不確かな噂ではあります。しかし、女官達が怯えていたのは事実です。現に、化猫の足跡を見たという女官もおります」
「鈴蘭離宮の清掃していた庶務女官は、猫の足跡を見つけて怯えているらしい。くっくくくくく! 可愛らしいことだよ。妃や側女と喧嘩している時もそれくらいの愛嬌があればねぇ」
「ヘルガ妃殿下、まずは説明をしていただけませんか。セラフィーナ様や私達を鈴蘭離宮に連れてきた目的を教えてください。その内容次第では⋯⋯、失礼ですが帰らせていただきます。ご協力はできません」
「ふむふむ。お腹の子供が大切なのだね?」
胎児を包んだ孕腹に手甲の指先が触れた。ベルゼフリートとロレンシアの血が混じった多胎児達は元気に育っている。力強い胎動がヘルガの指先に伝わってきた。
「はい。私達のお腹には皇帝陛下の大切な御子が宿っておりますわ。臣下としても、母親としても、赤ちゃんを危険には晒せません」
「心配しなくていい。私も母親だ。子を大切にする気持ちは分かる。はっはははは。まいった。想定以上に怖がらせてしまったようだ⋯⋯」
「想定?」
「恐怖は未知に起因する。分からないから人々は怪物を妄想する。その恐怖を払拭するのは洞察力と知識さ。くっくくくくく! 化猫の正体を教えてあげようか? だが、テーレズは真相に気付いていたんじゃないかな? 怖がっている様子がない。なにせ君は帝都の冒険者組合で大活躍した一級冒険者だ」
面白おかしく、もったいぶる言い方でヘルガは語りかける。まったく同じタイミングで振り返ったセラフィーナとロレンシアは、背後で佇むテレーズを見つめた。
「えっと、どこから話せばいいのでしょう。はい。ヘルガ妃殿下の仰る通り、察しはついておりました」
聖堂教会の女僧侶は頬を擦りながら、化猫騒動の考察を語り始める。
「ちょっと前の出来事です。皇帝陛下が黄葉離宮に滞在されていた夜、女官達が廊下を掃除していました。覚えておられますか? セラフィーナ様が牝牛に獣化なされた日、くっきりと足跡が残っていたのです」
「それは母乳が噴き出して⋯⋯。勢いが止まらなかったのよ。だから廊下に足跡が⋯⋯」
羞恥心で顔を赤らめたセラフィーナは、テレーズがなぜこの話を持ち出したのか分からなかった。廊下を汚してしまったので、女官達の手を借りて掃除してもらった。
「その足跡、どんな形だったと思います?」
ニッコリと笑ったテレーズは、セラフィーナに考える時間を与える。
「足跡の形? あの夜は両足が蹄になって、靴が履けなかったから⋯⋯あ⋯⋯!」
「ええ、そうです。立派な牝牛の足跡でした。事情を知らない人間からすれば不思議に思えたはずです。天空城アースガルズに動物はいないのですから」
「獣霊が憑依してたとき、私の両足は牛の蹄になっていましたわ。じゃあ、猫の足跡も⋯⋯」
「はい。何らかの術式です。動物の足跡を残す召喚霊はそこそこいるんです。珍しくありません。鈴蘭離宮に猫の足跡があったのは、きっとアレと同じでしょう」
テレーズは馬車に繋がれた馬の使役霊を指先で示した。
天空城アースガルズに普通の馬は一匹もいない。しかし、蹄の痕跡は鈴蘭離宮の道中にしっかりと残されている。
セラフィーナに続いて、ロレンシアも化猫の正体に勘づいた。
「女仙の瘴気で汚染された天空城アースガルズは家畜が飼育できない。でも、術師なら獣型の召喚霊を使役できるわ。つまり、鈴蘭離宮に残された猫の足跡って⋯⋯!」
「ロレンシアさんもお分かりのようですね。化猫騒動の噂を聞かされたとき、冒険者だった私達は犯人が誰か分かりました。でも、リーダーのララノアに口止めされちゃったんです。本当は教えてあげたかったんですけれど⋯⋯。黄葉離宮で暮らす仲間だというのにごめんなさい」
「ララノアが口止めしたの? なぜ?」
口ぶりからすると、元一級冒険者の面々は分かっていたようだ。しかし、あえて説明しなかった。その理由をテレーズは明かす。
「軍閥派のテリトリーで魔術召喚した獣霊を暗躍させている人物。それはもうあの上級妃がやったに違いない⋯⋯! 私達は確信していましたわ! ⋯⋯しかし、ここは後宮です。証拠もなく言いふらすのはいかがなものでしょう? 私達の舌禍が問題になっても困る。というわけで、今まで黙っておりました」
そこまで丁寧に説明してもらえれば、セラフィーナとロレンシアでも化猫騒動の犯人が思い浮かぶ。
再び視線を前方に戻し、鈴蘭離宮の玄関で仁王立ちする全身鎧の変人王妃を見る。
首席宮廷魔術師、その称号は帝国軍でもっとも優れた魔術師に与えられる。
「ふっはははははは! 化猫騒動を引き起こした犯人は何を隠そうこの私! 首席宮廷魔術師が召喚した猫型獣霊チェシャー・キャットだったのだァ!」
犯行を激白したヘルガはセラフィーナとロレンシアの驚く姿を期待していた。しかし、二人の反応は静かなもので、危険人物から距離を置くために後ずさった。