「いけませんわ。ベロニカ様……! たとえヴォルフ坊ちゃんの望みであろうとも……。やはりカレンティアは帝都に帰せませんよ」
現れたもう一人のメイドは剣を握っていた。
叙勲を受けた騎士の剣が煌めく。無論、メイドは首無しだ。黒騎士の兜を装着している。
「貴女は……!! ダミエーラ……っ!」
無貌であろうと、カレンティアにはその正体が分かった。背後には紫紺髪を靡かせたダザリーヌの姿もある。
「初めまして、カレンティア。私はレーヴェ家にお仕えするダミエーラと申します。現在はメイド、以前はヴォルフ坊ちゃんの家庭教師をしておりました。私の素性はお聞きになっているのでしょう?」
「……っ!」
「リリトゥナの支配を撥ね退けた精神力は、まさしく英雄の娘。それとも由緒ある伯爵家の血筋とお褒めするべきでしょうか。娘の遊び相手をしてくださり、本当にありがとうございました。子守りがお上手ですね? ダザリーヌはカレンティアを気に入っておりましたよ」
「貴方が母さんをレーヴェ家の荘園に……! 呼び寄せた元凶……!!」
「ええ。はい♥︎ 四年前に手紙で誘き寄せました。リリトゥナと私の策謀ですわ。ヴォルフ坊ちゃんに止められてしまったので、伯爵家の乗っ取りは頓挫しました。あぁ、残念♥︎ しかし、実に幸運です。まさか貴方まで来てくれるなんて……。既成事実を作ってしまえば、ヴォルフ坊ちゃんも受け入れてくださるでしょう」
「悪びれもしないのね! かつては伯爵家に仕えていた騎士だったくせに……!!」
「私はレーヴェ家に朽ちぬ繁栄を与える。そのために蘇ったのです。ベロニカ様がそうであったように、カレンティアにも協力してもらいますわ ふふっ♥︎ くふふふふっ♥︎」
ダミエーラの声にはリリトゥナの口調が重なっていた。人格が混じっているのだ。
(間違いない。リリトゥナが混ざってるわ。私の肉体から抜け出て、憑依先を変えようとしている……。ヴォルフ坊ちゃんや母さんと違って、こいつらは私を逃がす気がない)
ダミエーラは黒森の支配者と同化しつつある。憑依先になった人間は、いずれリリトゥナと自我が溶け合う。
「へえ? レーヴェ家の朽ちぬ繁栄? 私の首を刎ねて、赤子に挿げ替える気? リンゴを接木で増やすみたいに……! そうやってレーヴェ家を繁栄させるっていうの!?」
首のない母親が二人。
母親とそっくりな顔の娘が二人。
簡単な足し引きで辻褄が合う。
「異形と人間は子供を成せません。リリトゥナに憑依された女は、首無しの赤子を産み堕とす。けれど、足りないのなら補えばいい。母から娘への贈り物です」
「とても正気とは思えないわ。狂っている! 人間の頭を挿げ替えるだなんて……! どうかしてるわ!」
「そうでしょうか? それなら貴方の母君は異常者? くふふっ……。ベロニカ様は決断してくれましたよ。親友である私の想い。そしてヴォルフ坊ちゃんを愛しているから……♥︎ ダザリーヌとアヴェロアナは母親似の可愛い娘達でしょう?」
「母さんが産む二人目の赤ちゃんのために、私の貌を寄こせってわけ!?」
「ベロニカ様が宿した赤子は女児です。カレンティアの貌がきっと良く似合う。レーヴェ家の娘になってください」
「ダミエーラ……! かつての貴方は尊敬に値する騎士だったわ。レーヴェ家を守るために戦った……! けれど、今の貴方は気高き人間性を完全に失ってしまった!! 黒森の支配者に取り憑かれたせいなの!?」
「さあ? そうかもしれませんね。しかし、後悔はないです。レーヴェ家の繁栄に尽くせるのですから……♥︎」
「行くところまで、行っちゃってるようね」
カレンティアは説得を諦める。もはや戻ってこられない狂気の先にダミエーラは進んでいる。
「あぁ、その若い身体……。ぜひ欲しい。私達は歳を取り過ぎました。ヴォルフ坊ちゃんの子供を産み続けるのは難しい。年齢の割にベロニカ様は頑張ってくださいましたが、若い母胎が欲しいのです」
「五年前に起きた事件には同情するわ。隣町の司祭が死んだのも自業自得……。だけど、異形が起こす災厄は看過できないわ。レーヴェ家はこれから首を狩り続ける気でしょ。だったら、冒険者としての行動を取らせてもらうわ!」
カレンティアは滅魔の聖剣を鞘から解き放った。
「――ごめんなさい、母さん! 私、やっぱり見過ごせないわ!!」
ここで新たな幸せを掴んだ母親にとっては悲惨な結末だ。レーヴェ家の当主であるヴォルフガングも処罰を免れない。異形の存在と契約を交わし、聖職者を殺めさせた。その大罪は極刑でしか贖えない。カレンティアの決断はレーヴェ家を滅亡させるだろう。
(まずはダミエーラを倒して、ヴォルフ坊ちゃんと母さんを説得する! 私の勘が正しければ、リリトゥナには本体がある。おそらく黒森のどこかにある原生樹……。隣町の司祭は悪人だったけれど、倒し方を見つけていたんだわ。リンゴの原生樹を燃やせば……リリトゥナはこの世から消える……!!)
異神リリトゥナを葬り去ったとき、レーヴェ家の子供がどうなるかは分からない。母親から首を挿げ替えられて産まれた姉妹。もしかしたら死ぬかもしれない。
(たぶん……。私は母さんも殺すことになる……!)
首を失っている母親は間違いなく絶命する。それでもカレンティアは覚悟を決めた。
契約を結んでしまった者では止められないのだ。リリトゥナとダミエーラを放置すれば、これからも犠牲者が増え続ける。レーヴェ家を繁栄させるために大勢の人間が苗床となる。
(私がやらないと――)
レーヴェ家の若君は裁きを望んでいた。報いを受けるその日を待ちわびている。
「――っ!?」
聖剣を振り上げたカレンティアは驚愕する。渾身の力を込めて握っていたのに、柄がすり抜けた。聖剣がするりと転がり落ちる。
「なっ、なに……!? これぇっ!? ひぃっ! いっ!? んひぎぃっ……! んォ……! オォっ……♥︎」
カレンティアは下腹部を押さえてうずくまる。
子宮に熱した鉄球を容れられたかのような焼けつく痛み。けれども、激痛以上の快感が伴っている。胎の奥底から生じた官能的悦びが肢体の感覚を麻痺させる。
「いったい……なにを……! ふひぅ♥︎ んぁっ♥︎ んォ♥︎ お゛ぉっ♥︎」
両脚に力が入らない。新雪の絨毯が敷かれた地面に倒れ伏し、ダミエーラを凝視する。だが、カレンティアの異変は攻撃によるものではない。
「カレンティアを帝都に帰すわけにはいかない。だって、お腹にレーヴェ家の赤ちゃんがいるんですもの。さすがはヴォルフ坊ちゃんの精子♥︎ 優秀な種ですわぁ♥︎」
ダミエーラは地面に落ちた聖剣を遠くに蹴り飛ばした。
「は? ふざけっ……ふぃんひっ♥︎」
「いくら口で否定しようと、ヴォルフ坊ちゃんに魅了されたのは事実。心を一度でも許し、惹かれてしまった。もはやこの地から逃れられないわ。女神の憑代はレーヴェ家に仕える。それが往古に結ばれた契約よ」
ヴォルフガングの精子は実ってしまった。カレンティアの胎には新たな命が宿っている。懐妊は帝都に残した愛する婚約者クロヴィスを裏切った証。胎児はこの地に留まるため、母胎を苦しめている。
(妊娠……! そんな私が……妊娠なんて……!!)
リリトゥナに憑依された状態でカレンティアは懐妊した。赤子は呪われ、異形の姿で産まれ墜ちる。このままカレンティアが帝都に逃げ帰ったら、胎の赤子は堕胎されるだろう。仮に産む決断をしても、赤子は産声を上げられない。
首無しの赤子には、挿げ替える頭が必要だ。
「あぁっ……♥︎ いぎぃっ……あぁんっ……♥︎ だっ……! だぁすけ……ぇ……! かぁ……さぁ……んっ…………!!」
カレンティアは口から唾液の泡を吹き漏らす。手を伸ばし、視線で訴える。子供のように泣きじゃくり、母親に助けを求めてしまう。しかし、全ては手遅れだ。
もうカレンティアの母親ではない。大切な結婚指輪を外し、十五年前に死に別れた夫の墓に捨てた。その瞬間、ベロニカは母親から女に生まれ変わった。
「ごめんなさい。カレンティア。ヴォルフ坊ちゃんの赤ちゃんを宿してしまったら、もう助けられないわ。でも、また私の娘にしてあげる……。また家族になりましょう」
ベロニカは慈母の眼差しで、倒れ伏したカレンティアの貌を撫でた。限界点まで膨張し、張り詰めた巨大なボテ腹が蠢いている。
「どぅ……しぃ……てぇ……」
「愛してしまったからよ……。心の底からを愛しているわ。貴方の父親よりもヴォルフ坊ちゃんが……今は好きなの……! ふしだらな母と嗤ってちょうだい。若い男に心を奪われた愚母を……」
ベロニカはカレンティアの頸部に両手をかける。
握力を徐々に高めて、喉を圧迫していく。殺意は込められていない。意識を失わせるために優しく締める。
「やっ……! め……ァ……!!」
カレンティアの意識は漆黒に飲み込まれた。



