ルキディス達を乗せていた黒馬車は、湖のほとりに停車している。シルヴィアが言っていた通り、王都郊外の湖は生活水を蓄えるために造られた巨大な水瓶だった。
水をせき止める堤は、大昔からあったようだ。細部まで整備が行き届いている。王都の生活を支える水源であり、ラドフィリア王国の生命線の一つだ。水の流出を防ぐ堤防は、磨き上げられた城壁の如き美しさであった。
「見事なものだ。これほどの人工湖を作るには、大規模な治水工事が必要だったはず……。初代国王の遺産といったところか。それ比べて、俺の国は……やれやれ」
ルキディスはつい自国と比較してしまう。サピナ小王国には大きな河があり、生活水の水源には困っていない。しかし、雨季になると水量が増水し、氾濫に悩まされていた。
もしサピナ小王国の河川に大規模な堤防を築けたら、雨季の水害を減らせる。しかし、上下水道すらまともに整備できていないサピナ小王国である。大規模な堤防を作るのは夢のまた夢だった。
(眷族に産ませた魔物達を動員すれば工事はできる。だが……、魔物を使役していたら、人外がサピナ小王国を支配していると喧伝するようなものだ)
眷族や苗床が産んだ血族は、隠し鉱山で採掘作業に従事させている。
地下での採掘作業なら魔物が働いていても人目につかない。魔物は毒に対する絶対耐性を持っているので、鉱毒に滅法強かった。報酬を支払う必要もないので、人件費はゼロ。鉱石を格安で採掘できる。
ただし、落盤事故で死んでしまう血族の犠牲を忘れてはならない。魔物の採掘は大雑把。そのうえ、坑道を掘っているのは、苗床から産まれた下級血族が中心だった。
下級血族は知能が低い。事故を防ぐために、木材で天井部分を補強させ、事故の件数は下がった。しかし、採掘が荒っぽいせいで、落盤事故は無くならなかった。
留守番を任せているサロメには、苗床の研究を進めさせている。使い潰す下級血族がそれだけ多いということだ。
生存期間を伸ばし、より効率的な生産体制を確立する。個体の損耗が生産を上回れば、手足として動かせる戦力がいなくなってしまう。
(国力が安定したら、無茶な採掘はさせないようにしたいな。使い捨ての手駒だとしても、俺の血を引く我が子には違いない。サピナ小王国の経済がラドフィリア王国くらい安定さえすれば……。やれやれ、それはいつになる?)
サピナ王国は革命時、奴隷解放を大々的に宣言した。鉱山で強制労働をさせられていた獣人を開放し、革命は勢いに乗った。
旧支配者層を一掃し、急進的な改革を断行し続けている。現在も民心を掴めているのは、奴隷鉱山の廃止などが大きな要因だ。虐げられた者達に自由を与えた。しかし、その代償としてルキディスは我が子を犠牲にし続けていた。
眷族や血族は気にしていないようだが、冥王は気に入らなかった。一刻も早く現状を変えたいと考えている。
「難しい顔をされていますね」
シェリオンが紅茶を注いでくれた。眷族は食欲が無いので、人間の食事を不味いとしか感じない。けれど、冥王は例外だ。
「先のことを考えていた」
メイドのシェリオンは、冥王のためだけに食事を作ってくれる。舌先で味を確かめる程度は平気らしい。飲み込みさえしなければ耐えられるそうだ。シェリオンの作る手料理は絶品であった。
「どのようにして魔物の勢力を拡大し、人類を滅ぼすか……。寝ても覚めても、考えるの俺に課せられた使命だ。創造主が授けてくれた偉大な使命をいかに全うするか……」
ルキディスはシェリオンが淹れてくれた紅茶に口を付ける。
「にゃはのにゃ〜。これはもう終わりニャ」
「まだ! まだ……まだ分からないでしょ……!」
ユファとシルヴィアは家から持ってきた遊技盤に熱中していた。見かけによらずユファは頭が回る。
「近頃、ユファとシェリオンは遊技盤にご執心だな」
「雨が多かったので室内にいるときは、よい暇潰しになりますから」
「シェリオンはああいうのが苦手そうだな」
「はい。ユファが強すぎるのです」
賢そうな外見と雰囲気のシェリオンであるが、中身は完全な脳筋気質。ユファとシェリオンが頭脳戦は、やる前から勝敗が分かりきっている。
シェリオンと良い勝負をしていたシルヴィアが、ユファに勝つことはまずありえない。大きな実力差があるにも関わらず、熱中できる程度のゲーム展開になっている。ということなら、ユファが相当のハンデを背負っているか、手加減をしているかだ。
「はぁ……。認める。負けたわ。私の負け……!」
「にゃはは! これで僕の三連勝なのニャ!」
ぎりぎりまで粘っていたが、シルヴィアはついに降参した。ルキディスは三人の美女を侍らせながら、湖のほとりで穏やかな時間を過ごしている。
和気藹々としているルキディス達の正体が、人類を滅ぼそうとしている魔物だと見抜ける者はいないだろう。
「ねえ。ご主人様の目的は人類を滅亡すことなのよね?」
シルヴィアは盤上の駒を整理しながら、忠誠を尽くすと決めた魔物の王に訊ねる。
「そうだ。人類を滅ぼすために俺達は存在する」
「それなら、ラドフィリア王国をどうやって滅ぼすのか教えてほしいわ。サピナ小王国を滅ぼした時のように、革命を起こして国を乗っ取るのかしら?」
「――いいや、ラドフィリア王国には手を出さない」
冥王は現実主義者だ。夢想家ではない。人類と魔物の戦力差を正しく把握し、綿密な計画に基づいて行動していた。
「サピナ小王国はラドフィリア王国の経済援助に依存している小国だ。ラドフィリア王国が倒れるとサピナ小王国も終わりだ。改革を進めているが、サピナ小王国の国力は脆弱だ。まずは手に入れた国の復興を最優先させる」
冥王は基本戦略をシルヴィアに教える。
「俺達は人類との戦いを回避する。戦争といった暴力的手段は極力使わないつもりだ。サピナ小王国に仕掛けた大立ち回りはしない」
「戦いを回避する……? 戦わずして勝てるのかしら?」
シルヴィアは冥王の意図が理解できなかった。魔物は人類を攻撃する害悪そのもの。だというのに、魔物の王であるルキディスは、人類と戦わない。そう断言した。
「戦争を起こせば人類は結束する。実際、魔王達は結集した人類勢力に敗れた。追い詰めれば必ず人類は手を取り合う。そうなったとき、魔物に勝ち目はない」
勇者に駆逐された魔王と同じ轍は踏まない。冥王は歴史を学んでいた。
「人類は魔王を滅ぼして安心しきっている。俺のような存在が、新たな脅威が出現したとは知らない。存在が認知されていないのなら、確実に勝てる状況を作れるまで、争いは避けるべきだ」
遊技盤と同じだ。勝てる盤面になるまで、持ち駒を蓄え続ける。状況が整うまでは、ひたすら身を縮めて耐える。それが冥王の方針だった。
「サピナ小王国を隠れ蓑にして、ひたすら戦力を蓄える。兎にも角にもサピナ小王国の復興、そして眷族作りが最優先事項だ。誰も俺の正体を知らない。この状況を最大限利用しなければ損だろう?」
冥王は特殊な魔物だ。かつて存在した魔王と異なり、強大な力を持たない。それゆえに安直な侵略行為は忌避する。
「――平和的に人類を衰退させるのが理想だ」
「平和的に……? そんなことが可能だっていうの……?」
「人口を減らすのに最も効果的な手段は、『虐殺』ではない。社会の高度化に伴う『少子化』だ。不可思議に思えるだろうが、社会が豊かになればなるほど、子供の数は少なくなる。面白いことに貧しい社会では人口が増える」
高度に発展した豊かな国家は少子化に悩まされる。歴史が証明してきた事実だ。
「人間達を富ませ、少子化を誘発する。人類衰退させる最良の手段だ。たとえば俺がエリュクオン大陸を統一して、最高の大陸国家を作ったとする。その時、俺が人間を皆殺しにしようとすれば、国民は反逆するだろう。しかし、少子化なら時間はかかるが、歯向かう奴は少ない。自分が殺されるわけではないからな」
人間には寿命がある。長寿な種族もいるが、長命種は繁殖能力が乏しく、そもそも人口が少ない。
「子供の養育費を意図的に高く設定し、独身や子無し夫婦を優遇する。夫婦一組につき一人しか子供を持てないようにすれば、時間はかかるが人口が半減していく」
「えーと……。それ、何百年かかるのかしら?」
「数百年……、ひょっとしたら千年以上かかるかもしれない。だが、一番効率的だ。血が流れないしな。戦争を起こすのは最後の段階だ。魔物には寿命がないし、病で死ぬこともない。俺達は待てばいい」
冥王が着目した魔物の性質。それは不老不病の生態だ。魔物は環境に依存しない。食糧がなくとも生存し、苛酷な環境下にも適応できる強い生き物だった。
「勝てるのなら、いくらでも待ってやるさ」
冥王の計画は果てしなく気の長い話だ。しかし、本気で言っていた。
人類と正面から戦って魔王は敗れた。魔王より弱い冥王が同じ戦い方をしたら、同じように滅ぼされるのは必然だ。
眷族の力を極限まで強化しようと冥王は弱い。冥王が死ねば眷族と血族も滅びる。自分が勇者なら眷族には目もくれず、脆弱な冥王を狙う。
(緩やかに平和的な手段で人類を滅ぼす。それがベストな戦い方だ)
理想は冥王の存在が知られないうちに、人類が勝手に滅びてくれることだ。
ルキディスは人間が理想とする社会を提供してやるつもりである。平和かつ穏やかで、幸福な暮らしを与える。その代わりに子供を作らせない。
未来を代償に安心と安寧を与え、そして人類を滅ぼす。
殺戮が大好きな眷族からのウケは良くない。だが、冥王は基本方針を堅持する。数千年かかろうともサピナ小王国を発展させ、西の覇権国家アミクス帝国以上の超大国へと押し上げる。
今はそのために邁進するのみだ。
「あくまで理想論だぞ。冥王の存在が露見したら、戦略を変える。人類は何も知らない。だから、荒事を避けている」
空腹を覚えたルキディスは、シェリオンにそれとなく目線を送る。近くに人の気配はない。仮にあったとしてもシェリオンは気にも留めず、冥王の要望を叶えたはずだ。
シェリオンはメイド服のボタンを外し、胸元を隠していた上衣を開き、豊満な乳房を取り出した。黒いブラジャーを逸らす。見事な美乳が姿を現わした。
牛族のシェリオンは超乳の持ち主だ。
眷族のなかで最大のバストサイズを誇る。始祖の眷族であり、同時に最強の眷族であるシェリオンは、冥王の大好物を生成し、常に蓄えている。
「どうぞ。ご賞味ください」
喉を鳴らし、曝け出された乳首にかぶり付いた。母乳を献上しているシェリオンは恍惚の表情を浮かべている。
母牛に甘える子牛のようだった。ルキディスは乳腺から湧き出る白い蜜を吸う。双乳に顔を埋め、左右の乳首を交互に堪能する。
「あっちは、お楽しみ中ニャ。僕たちはカードでもして遊ぶかニャ?」
「頭使うのは嫌だから、せめて運の絡むゲームがいいわ」
「それならポーカーをするニャ。イカサマは無し? それとも何でもあり?」
「無しに決まってるでしょ」
「了解ニャ」
ユファとシルヴィアがカードゲームに興じる傍らで、ルキディスはシェリオンの超乳を味わい尽くす。舌先で乳首を舐め回し、両手で乳房を乱暴に扱き、母乳を搾り取る。勢いよく湧き出てくる母乳がルキディスの口を満たしていった。
「にゃるほど、この手役だと……。んニャ、んニャ。この勝負は僕が貰ったニャ」
「ユファ……。言っておくけど、私だってかなり良い手よ」
「奇遇♪ 僕も良い手ニャ♥︎」
「それなら勝負してみましょうか? 結果はやる前から見えているけれど、ユファがその気なら受けて立つわ」
「僕だって自信があるニャ。ルキディスの射精三回分を賭けるニャ!」
授乳を楽しんでいた冥王は、奇妙なやり取りを聞き取った。
「どうするニャ? 勝負から降りるなら、一回分の権利を置いてほしいニャ」
「倍賭よ。六回分に上乗せ。ユファが降りたら? 私は自信があると言ったはずだけど?」
シルヴィアは不敵な視線でユファを睨む。一方でユファは意味有りげな笑顔を作り、手札の強さを秘匿していた。
自信とも虚勢とも判断がつかない。倍賭けのシルヴィアはユファの対応を待つ。
「同賭……!」
表情に変化は起こらない。しかし、気弱な声色だ。あまりにも演技臭すぎる。だが、内心は見抜けない。
「引き下がるとでも? 半倍賭。射精九回に上乗せするわ!」
「ニャハハハ。青天井ニャ。シルヴィアの手の内が読めてきた。それなら僕は倍賭するニャ」
「十八回よ? 本気?」
「十八回分の権利を賭けるニャ。これで僕が勝ったら、シルヴィアは暫くお預け状態ニャ。これでも同賭できるかニャ?」
シェリオンの乳房をしゃぶっているルキディスは、ユファとシルヴィアのギャンブルを看過できなくなった。
「おい、ちょっと待てっ!? 貴様らは一体何を賭けてるんだ!?」
ルキディスの質問に答えたのはシェリオンだった。
「ユファとシルヴィアが賭けているのは、射精の権利です。私はゲームが弱いので、あまり好きではありません。頭ではユファに勝てませんし、直感ではシルヴィアに負けっぱなしです……」
「俺がいない時にそんな賭け事をしていたのか?」
「はい。お遊びの一環です。ご主人様が家を空けている間、暇を持て余していましたので、ずっと賭けをやっていました」
「健全な遊びとは言い難いぞ……」
「私は惨敗したので破産中です。私を哀れに思うのなら、お情けを頂けると嬉しいです」
「破産したのか?」
「はい。ご主人様が知っている通り、私は引き際を誤りがちです。前半で大勝して気を良くしていたら、後半で負かされ続けました。負債の上限を決めていて、本当によかったです」
「シェリオン。貴様、どれだけ負けたんだ……?」
「ユファとシルヴィアに、それぞれ三十回分の権利を取られました。複数性交のときは、ユファとシルヴィアに射精してください。悔しいですが、負けは負けです。なるべく早く精算したいので、何卒よろしくお願いします」
「ま、まあ……、楽しみは必要だからな。しかし、限度は必要だ。それとシェリオン。貴様は二度と賭け事に手を出すな。殺し合いなら貴様の右に出る者はいないが、その、なんだ。小難しいのは苦手だろ?」
「二度としないと心に決めています。それよりご主人様。どうぞ、お食事の続きをなさってください」
ルキディスは促されたので食事を再開する。
最強の眷族がギャンブルで負債を背負わされるとは思ってもいなかった。
(シェリオンは我慢強いが爆発すると抑えられないタイプだ。それはユファだって知っているはずなのに。まったく悪乗りが過ぎるぞ……)
眷族達のお遊びではあるものの、破産してしまった哀れなシェリオンを救ってやりたいとルキディスは考える。だが、よくよく考えてみると、一番大変な役割を負っているのが誰なのか気付いてしまう。
(待てよ? 射精を受ける権利? 大変なのは射精をする俺の方じゃないか……?)
シェリオンは律儀に負債を精算するつもりのようだが、ルキディスは借金帳消しの徳政令を検討し始めていた。



