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【狼國の幻妻】第1話 リュカテオコルの生贄祭壇

 人類圏の最南端〈大瀑布の灯台〉に傷だらけの帆船が漂着した。

 冒険者組合の灯台守に救助された女性は、産気付いた臨月の妊婦だった。驚くべきことに、大型のガレオン船ですら難破する狂海を単身で越えてきた。

 金髪碧眼の美女はセドナと名乗った。約八年前、伝説の新大陸を目指して出航し、全員が行方不明となったクロヴィス帝国の調査団に参加していた女冒険者であった。

 第一次調査団で唯一の生還者となったセドナは、愛する夫がおり、何よりも大切な一人息子がいた。故郷に残した家族と再び会うため、セドナは新大陸を脱出したのだ。

 ――しかし、セドナの膨らんだ胎には双子が宿っていた。

 新大陸の野蛮な原住民リュカテオコル族は、捕らえた女冒険者の身体を辱め、子宮に種を植え付けた。夫を愛する人妻に対する究極の尊厳破壊。セドナは〈大瀑布の灯台〉で蛮族の赤子を出産した。

 真っ白な肌の母親から産まれたとは思えぬ漆黒肌の双生児。女児を取り上げた灯台守達は、異様な肌色の赤子に仰天していた。日焼けで色黒になった農夫や漁師とはまるで違う。光沢を放つ黒曜石を思わせる真っ暗闇の肌だ。

 出産を終えて帝国本土への帰国日が決まると、セドナは懇願した。

「夫にだけは言わないで⋯⋯。お願いよ⋯⋯。子供を産んでしまったのは秘密にしたいの。こんなこと知られたくない⋯⋯」

 漆黒の双子姉妹は元気に母乳を吸っている。蛮族の娘であるが、セドナと同じ鮮やかな碧色の瞳だった。体色が正反対であっても、目元を見れば母親と双子の血縁がよく分かる。姉妹が成長すれば、母親そっくりの美女に成長するであろう。

「私を孕ませた男は部族王コヨトル。リュカテオコル族を統べる王者⋯⋯。私は奴隷巫女だった⋯⋯。呪縛を受けて性奴隷にされていたわ」

 セドナは自分を妊娠させた男の名前を口にする。生還を果たした人妻冒険者は、愛憎が入り混じった複雑な想いを抱えていた。

 ◇ ◇ ◇

 ――これから語られる話は、クロヴィス帝国からすれば八年前の出来事である。

 冒険者達は苦難の末、古代遺跡の最深部に到達した。

 地下祭殿の天井には、おどろおどろしい壁画が描かれていた。半球形の見事なドームは音を反響させる。

「すごいわね⋯⋯。壁にも彫刻が施されてる⋯⋯。こんな精緻せいちな装飾は帝都の大聖堂でだって拝めないわ」

 金髪の女冒険者はランプで石壁を照らす。彫り込まれた古代文字に目を奪われ、思わず指先でなぞってしまった。

「おい! そこの女冒険者! 不用意に触れちゃならん! 気をつけてくれたまえ! この遺跡は何千年⋯⋯いや! もしかすると何万年も前の代物かもしれないんだぞ!! 君! 分かっているのかね!」

 御用学者様は鼻息を荒くして、遺跡に素手で触れた女冒険者の軽率な行為を注意した。高ぶる興奮を抑えきれず、一方的にクドクドと怒鳴り続ける。

「こりゃ、失礼。でも、壊しちゃいないわよ。罠があるかもしれなかったら、念のために触れただけ」

 女冒険者はぶっきらぼうに言い訳をする。

「ふんっ! 罠は最初に調べただろう。どうせ金目の物を探していたんだろ!」

 反響して聞こえてくる怒声のせいで、お互いに鼓膜が痛くなってくる。

「誰のお陰で学者様がこの遺跡に辿り着けたか、お忘れかしら⋯⋯? ここは蛮族が支配する新大陸。苦労と危険に見合う報酬をいただくのは当然だわ。冒険者ってのは、ただ働きのボランティアじゃないわよ」

「約束の報酬は組合を通して払われるだろうが! まったく! 業突く張りめ! とにかく遺跡に触れるときは我々の許しを得てからだ! これは帝国史に残る大発見なのだ! 貴重な歴史資料を壊されては堪らん! 粗暴な冒険者は引っ込んでいたまえ!」

「はい、はい。それなら引っ込んでいますよ。これでご満足でしょ」

 古代遺跡の地下祭殿に侵入した一団は、冒険者と考古学者の混成部隊だった。

 地下三層からなる古代遺跡の最奥には、冒険者が夢見る金銀財宝はなかった。原住民の襲撃と仕掛けられた罠を潜り抜けて辿り着いたというのに、終点で歓迎してくれたのは奇妙な祭壇だけだった。

(実りの少ない大遠征だったわね)

 「人類史を覆す大発見をした!」と学者達は大はしゃぎしている。だが、財宝目当ての冒険者達はしらけきっていた。壮年のベテラン冒険者は不満顔を隠そうともしない。学者達に愚痴をぶつけ、小馬鹿にする。

「こりゃ、宝物恩賞はなさそうだ。たくっ、よぉ⋯⋯! 大瀑布の灯台を越えて、新大陸にまで来たってのに⋯⋯! 大学の先生達は大喜びだが、俺達への報酬はクロヴィス帝国からの報酬だけか⋯⋯。大遠征の苦労に見合わせねえな」

 冒険者達が落胆するのは当然だった。今までに発見された遺物だけでは追加報酬が見込めない。

「文化的には貴重なものばかりらしいわよ」

「金銭的に価値があるものじゃねえと意味ねえ。文化遺産ってのは表のルートじゃ、売り飛ばせねえ。組合所属の冒険者は法に逆らえん」

「まあ、それはそうよね⋯⋯。いっそ、私達が盗掘家だったら大喜びできたんでしょうけど」

 クロヴィス帝国が冒険者組合に依頼した際、遺跡から持ち帰った財宝の三割を報酬にすると約束していた。

 古代遺跡に副葬品などは残されておらず、盗掘された痕跡もなかった。

 宗教的な施設ではあったようだが、金目のものは一切置かれていない。そうなってくると、最深部に至るまでの道中、冒険者達が壊してきた石扉や仕掛け罠の数々は、宝物を守るためのものではなかったことになる。

「故郷の女房にどやされちまうぜ。意気揚々と新大陸に遠征しておきながら、クロヴィス帝国からの小遣いだけが成果か⋯⋯。はぁ。帰りたくねえ」

「あら、しょげてるの? それも鬼嫁が怖い? 貴方にも怖いものあったなんて。笑っちゃうわ」

「笑えねえぜ。セドナも残念だったな。お前さん、家族への仕送りがあったんだろ?」

 セドナと呼ばれた女冒険者は愛想笑いを返す。容姿端麗な顔立ちの金髪美女は、故郷の家族に仕送りをしていた。

「ご心配ありがとう。でもね、うちの旦那は優しいわ。私が無事に帰れば怒ったりしないわ。新大陸への大遠征に参加するっていったら反対された。今思えば主人が正しかったわ」

「お熱いねぇ⋯⋯。羨ましい夫婦仲だぜ」

「原住民が溜め込んだ金銀財宝はなかったけれど、学者様によればとんでもない歴史的発見をしたらしいじゃないの。成功報酬の増額を期待しとくわ」

 セドナは祭壇に視線を向ける。学者達が取り囲み、熱心に調べている。巨大な黒曜石で創られた祭壇、その台座に刻み込まれた碑文を学者達は紙に転写していた。

「期待薄だな。この頃の帝国はケチだ」

「ねえ、何かしら。あれ。黒曜石の祭壇⋯⋯? それとも石箱?」

「へへっ! ありゃ、生贄の祭壇に違えねぇぜ。原住民は人肉も食っちまう」

「その冗談はもう飽きたわ。それよりも、私達で罠を調べなくて良かったの? あの祭壇⋯⋯。冒険者は誰も触ってないでしょ」

「けっ! 放っておけよ。神経質な学者先生が『無学な冒険者どもは触るな!』とさ。あんなものを調べる学者先生の胆力には参っちまうよ。恐れ知らずだ。呪われても知らねえぜ」

 ベテラン冒険者は学者の知識欲を下品に笑い飛ばす。セドナには引っかかる点があった。

「私達はこの階層に降りてくるまでに、いくつも石扉を壊してきた。通路には松明を焚いたすすの跡だってなかったわ。この場所にはずっと誰も入っていなかったんじゃないかしら。何の目的でこんな地下祭殿を? そもそも未開な原住民の手でこんな大遺跡を作れたとも思えないわ」

「おぉっ! インテリぶるじゃねえの。さすがは没落貴族のご令嬢様だぜ」

「冷やかしはよしな。もう⋯⋯。腹が立つわ」

「お? 照れたか? お嬢様」

「冗談きついわ。令嬢なんて呼ばれる歳はとっくに過ぎてる。そもそも貴族の地位は私が生まれる前に剥奪された。没落どころか、元貴族とすら名乗れない。私は取るに足らない冒険者のセドナ。平民よ」

 セドナは自嘲するが、金髪金眼は帝国貴族風の容姿だ。

 大斧を構えた荒っぽい格好をせず、華美な衣装に身を包めば立派な貴族令嬢である。高身長で恰幅が大きいため、やや威圧的に見えるであろうが、肉体美がよく映える巨躯は高貴なる美貌を引き立てる。

 しっかりと化粧をすればセドナは艶やかな女にも変身できる。彼女自身、己の面貌と肢体が優れているのは理解している。自覚があるからこそ、あえて美女から遠ざかる粗暴な装いを心がけた。

 冒険者の家業で美貌の艶女は、必ずしも得をするとは限らないからだ。

「ねえ、坊や。ここは一体、何なの? ご両親から聞かされてない?」

 セドナは優しい口調で捕虜の少年に問いかける。

 クロヴィス帝国の人間とはまったく違う漆黒肌の原住民。異国の人間は肌が浅黒かったりするが、新大陸の原住民は木炭のように真っ黒な肌色だった。

「ここは禁足地だぞ⋯⋯! 恐ろしい怪物が住んでいる。俺らは封魔寺院に近付かない。ましてや⋯⋯入ったりなんかしない⋯⋯!!」

 縄で両手を縛られた原住民の少年は、強気に振る舞っている。だが、遺跡に入ってからは怯えていた。

 古代遺跡を目指し、調査団が地上の密林を切り拓いているとき、原住民の戦士から襲撃を受けた。リュカテオコル族を名乗る黒肌の戦士は、海を渡ってきた侵入者を問答無用で殺そうとしてくる。クロヴィス帝国の調査団は、原住民からすれば単なる侵略者。一方で調査団側も襲いかかってくる野蛮民族を人類とは見做さず、人喰いの魔物と同視した。

 激戦の末、リュカテオコル族の戦士達は敗走した。

 襲ってきた戦士達は勇猛果敢で強靱な男達だったが、先進的な武装で固めた冒険者達には勝てなかった。

「そんなにこの遺跡が怖い? 大丈夫よ。いざとなったら守ってあげるわ」

「愚かな異人女め!」

「可愛くないわね⋯⋯。生意気⋯⋯。あっちにいる学者さん達は坊やを帝国本土を連れていきたがってるわ。リュカテオコル族の生活史を知りたいんだって」

「俺らは封魔寺院の最深部にいるんだぞ。生きて地上には戻れない⋯⋯! 怪物が目覚める。そうなったら⋯⋯全員殺される⋯⋯!」

「ふーん。怪物が住んでいる遺跡のわりには、スライムすら出てこなかったけど⋯⋯。まあ、安心しなって。私達は強いから」

「⋯⋯お前は女のくせに戦士長を倒した。強い女だ」

「あら? 嬉しいわ。褒めてくれるのね」

 セドナは地上の戦闘で、リュカテオコル族の戦士長に深傷を負わせている。

「戦士は敵の実力を認める。⋯⋯でも、禁足地に封じられた怪物には誰も勝てないんだ」

「ふーん。怪物ねぇ⋯⋯。歯ごたえがあるモンスターだといいけれど。最近は雑魚狩りばっかりで、腕がなまっちゃってるわ」

「怖いもの知らずめ」

「冒険者ってのはそういうもんだよ。坊や」

 戦士長が女に打ち負かされたのは、とてつもない衝撃だった。戦士達はセドナを魔女と叫び、戦士達は森の奥に逃げていった。

 取り残された少年は木の上に昇り、毒矢でセドナを狙撃しようとしたが失敗し、調査団の捕虜になった。子供を殺す気にもなれず、縄で縛って案内役にした。

「妙な訛りがあるけど、使ってる言葉は共通語なのよね。不思議だわ。靴すら履いてない未開部族なのに⋯⋯」

「きょつう⋯⋯ごぉ⋯⋯?」

。私達が話しているのはクロヴィス帝国の母国語よ。調査団が派遣される切っ掛けは、新大陸の原住民がクロヴィス帝国と同じ言葉を使っていたからなの。本土では新大陸の領土を巡って、色々と政治的な議論が白熱しているわ」

「⋯⋯⋯⋯?」

「あー、ごめんなさいね。難しい政治のお話は坊やには分からないか」

「俺を子供扱いするな! 異人女め!」

「まだ立派な子供ガキでしょ。良かったわね。大人だったら殺されてたわよ」

 不可思議なことに新大陸の原住民『リュカテオコル族』は、クロヴィス帝国と同じ言語体系だった。先遣隊の報告を受けた皇帝は、新大陸の侵略を正当化する筋書きを作った。

 ――新大陸に住むリュカテオコル族は、古代のクロヴィス帝国が外洋に派遣した奴隷の子孫である。新大陸がクロヴィス帝国に属する土地なのは、歴史的に明らかになった。よって、新大陸は帝国領であり、リュカテオコル族は帝国の民である!

 野心剥き出しな皇帝がのたまう歴史の真偽はともかく、セドナと原住民の少年が意思疎通できているのは事実だ。

「私達を恨んでくれて構わないわ。これも冒険者のお仕事。故郷に養う家族がいるもんでねぇ。身体を悪くした旦那と、ちょうど坊やくらいの息子がいるのさ。息子も生まれつき病弱だから治療費をがっぽり稼ぎたい。可愛い子供を想う母親としちゃ、あくどい稼ぎでも大金が得たいわけ」

 セドナは美しい女冒険者だが、同業者との色恋沙汰はない。男勝りなセドナの性格ゆえというわけではなく、既に結婚し、一児の母親だったからだ。

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