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【255話】バルカサロの厄種〈前編〉 ‐Kingdom SIDE‐

 大陸北方の大国、バルカサロ王国の政情は激変した。

 王宮大逆事件で起きた大粛清により、国王チャドラックと第一王子ドラミホールの勢力は壊滅状態に陥っている。首謀者である前王妃エルシェベナの旧臣達は、王殺しの大罪を王妃イシュチェルになすり付け、第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオを担ぎ上げた。

 王位簒奪の陰謀は途中までは順調に進んだ。しかし、強引な手段で国主を排除した歪みは大きかった。

 第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオは、実父と長兄という政敵を排除したが、それで争いは終わらない。そもそも両王子の間に信頼関係などなかった。互いに王位を巡って争いを始めた。

 バルカサロ王国から遠く離れた大陸中央部のルテオン聖教国で、兄弟の醜悪な殺し合いに辟易へきえきしている人物がいた。

「父上も兄上達も⋯⋯。やれやれ⋯⋯。頭が痛くなる惨状だな。揃いも揃って愚かなことを⋯⋯」

 第四王子ロアフォードは重たいため息をつく。同じ父母から生まれた家族であるが、野心的な兄達には嫌気が差していた。

「我が家の血筋なのだろうか? 所詮、カエルの子はカエルだな。私が他人事のように言い捨てるのは⋯⋯無責任かもしれないが⋯⋯。とはいえ、今の私からすれば他人事なのだ。バルカサロ王国を出たとき、私は王位を放棄した身だぞ。殿下と呼ばれる身分ではない気がする」

 王位継承権を放棄し、ルテオン聖教国の侯爵家に婿入りしたロアフォードは王族の地位を手放していた。未だに周囲から王子殿下と呼ばれているが、自分では名乗っていない。

 バルカサロ王国に戻るつもりはなかった。

 今、祖国に帰ればロアフォードは殺されかねない。実父と長兄を殺した二人の兄達は疑心暗鬼に陥っている。

「――という話を手紙で何度も書いただろう。口頭で言う意味もない」

「ロアフォード殿下。そんなことを仰らず⋯⋯。どうかお力添えを⋯⋯! 何とぞ⋯⋯! このままでは祖国が滅んでしまう⋯⋯!!」

 沈痛な面持ちの老人はロアフォードに縋り付き、説得を繰り返していた。しかし、ロアフォードの意思は固かった。

「やめてくれ。ご老人、情に訴えるなよ。泣き落としは無駄だ。何もできない。兄弟喧嘩の仲裁は不可能だ。気が済むまで殺し合わせておけ。被害を被る国民には申し訳ないがな」

「ロアフォード殿下のお言葉であれば、耳を傾けるやもしれませんぞ?」

「それはない。止まるべきところで止まらなかった報いだ。王位簒奪をするだけの根回しはできていたんだ。王殺しなんてするべきじゃなかったし、ドラホミール兄さんも殺してはならなかった。流刑や監禁で十分。それをド派手に皆殺しだなんて⋯⋯。実に無知蒙昧ナンセンス。野心的権力者がこうなったら歯止めはきかない。歴史が証明している。兄上達は道を踏み外した。転げ落ちていくしかないのさ」

 葉巻に火を付け、陰鬱な表情で庭園を眺める。

「ロアフォード殿下⋯⋯。国王陛下を弑逆したのは王妃であったイシュチェル様でございます」

「くはっはははは。冗談がきついぞ。やめろよ。そんな戯言を信じるわけないだろう。信じてほしいのか?」

「⋯⋯バルカサロ王国ではそうなっております」

「信じる奴らはおめでたい阿呆だな。しかし、今のバルカサロ王国では阿呆のほうが幸せに生きれるかもしれないな」

「⋯⋯⋯⋯殿下はイシュチェル様を擁護なさるのですね」

「国王陛下が亡くなられて立場が危うくなるのはイシュチェル様だ。そして、得をするのは第一王子だったが、ドラミホール兄さんも一緒に殺されたとなれば、犯人は他の王子で決まりだ。私は王位簒奪なんて考えないし、ガイゼフは心の療養中だ。消去法で真犯人は絞られる」

「⋯⋯⋯⋯」

「だから、こうなる前に身の程知らずの次男と三男はさっさと国外に出しておくべきだった。父親と長兄の甘さが招いた大惨事。早めに処理しておけば、あんな事件も起こらなかった」

 反論の余地がない真実を言い当てた推論。観念した老人は口をつぐむ。

 小太りのロアフォードは外見で侮られがちであるが、幼少期から聡明な男であった。

「分からないのは⋯⋯軍部上層部の動きだ。国王陛下を殺されたのは大誤算だったろ。亡き母上の旧臣がここまでの悪事、いや、大虐殺を引き起こすとは思ってなかった。そこまでは私も理解が及ぶよ。だが、今の軍師団は何をやっているんだ? 祖国が傾いてるぞ」

「国軍は事態の収拾に努めております。しかし、メガラニカ帝国の動向にも警戒を向けておく必要があります」

「答えになっていない。メガラニカ帝国はすぐに戦争を仕掛けてこない。国境周辺の警戒は必要だが、国軍が動かない理由としては弱いな。これでは税金泥棒だ」

「⋯⋯⋯⋯」

「愛する祖国を存続させたいなら、さっさと次の国王を決めるべきだ。国軍にはそれだけの力がまだ残っている。なぜ決断しない? このままだと傷口が広がっていくぞ」

「こうして軍師団はロアフォード殿下に和平の仲介をお頼みしています。それが我らの答えです」

 バルカサロ王国軍の指揮権は軍師団が握っている。

 国軍は中立の立場で武力衝突を諌めているが、いずれかの勢力と組みすればすぐさま内紛を鎮圧できる。現在の大混乱は国軍の大本営がいかなる勢力にも与さず、中立を堅持しているために起きていた。

「仲裁は不可能だ。さっきの繰り返しをするつもりか。ボケたか?」

「ロアフォード殿下が帰国すれば、国軍はあらゆる手段を用いて仲裁を実現します」

「あらゆる手段? これまた物騒な言い回しだな」

「他に方法がないのなら、物騒であれ何であれ、やるしかありません」

「はぁ⋯⋯。まったく⋯⋯。見え透いている。国軍が担ぎ上げたいのは私か? つくづく⋯⋯見る目がない」

「理由はお分かりのはずです! ロアフォード殿下は先を見通す目を持っておられます。他の王子とは違って⋯⋯!」

 老人の言葉には力が込められていた。その意図をロアフォードは察する。

「王殺しに関与した者達を次の王にはできないか。ジルベール兄さんとザトリシオ兄さんも嫌われたものだ。まあ、かくいう私もあの二人のお近づきにはなりたくない。あの二人は恨みを買い過ぎた」

「第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオ⋯⋯。彼らは軍権の奉還を要請しておりますが、国軍上層部は絶対に従いません。彼らの弑逆が明らかになれば、王統の正当性は崩れる⋯⋯。逆賊にバルカサロ王国の王冠を渡すわけにはまいりません!」

「王族を呼び捨てにするか。進退きわまって、ついに軍師団の重鎮も体裁をかなぐり捨てたな」

「王家の醜聞ゆえ、表沙汰にはできませぬが、第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオの大罪はけして消えません」

 国王チャドラックに仕えていた軍師は、逆賊の王子達に敬称をつけなかった。

「王殺しの真相に気付いている者達はそれなりにいるだろう。濡れ衣を着せる相手が、虫も殺せぬ心優しいイシュチェル様では⋯⋯役者不足だ。しかし、バルカサロ王国も人材不足だな。王族は腐るほどいるのに、よりにもよって頼るのが王位を手放した放蕩者の私か?」

「王族は他にもおりますが、第二王子と第三王子を排除するには、それなりの血筋と地位が不可欠です。貴族勢力の増長も抑え込まねばなりません」

「それなり⋯⋯ね。武官もつらいな」

「国軍上層部はロアフォード殿下を支持いたします。どうか⋯⋯ご決断を⋯⋯!」

「くどいな。悪いが断るよ。王になる資格はない。⋯⋯殺された国王陛下やドラミホール兄さんの仇討ちをするほど勇ましくもないんだ。そこで名案を授けよう。イシュチェル様にかけられた嫌疑を晴らし、アーロンを王に祭り上げてはどうかな? それがまさしく王道だ。美しくもある」

「その可能性は潰えました」

「なに? どういうことだ? イシュチェル様とアーロンは教会の修道院で保護されていたはずだ。兵力はないが、修道院を焼き討ちすれば教会を敵に回す。王殺しの大逆犯だろうと教会の権威には歯向かえない」

「イシュチェル様とアーロン殿下は東アルテナ王国に亡命しようとして⋯⋯殺されたようです」

「馬鹿な」

「グウィストン川の東岸で乳母と男児の溺死体が見つかりました」

「アーロンが死んだというのか? 本当に?」

「軍部の諜報員が入手した確かな情報です」

「イシュチェル様はどうなった?」

「行方不明です。ご遺体が見つかっておりませんがおそらく⋯⋯。生存に見込みはありません⋯⋯」

「おいおい。⋯⋯おい。国軍は何をやっているんだ? 後手後手じゃないか」

 ロアフォードは強い怒りと落胆を表出させた。

「面目次第もございません」

「メガラニカ帝国に惨敗してからというもの、軍師団は失敗続きだ。長年にわたって友好国であったアルテナ王国とは関係が悪化し、皇帝に妻を奪われたガイゼフは哀れなことになった⋯⋯」

「ガイゼフ殿下は⋯⋯」

「引き続き療養中だ。今はゆっくり休ませたほうがいい⋯⋯。東アルテナ王国のヴィクトリカ女王からも許しはいただいている」

「帝国の軍事力を侮り、大敗を喫した責任は痛感しております。しかし、復讐の機会はあります」

「復讐? メガラニカ帝国にか? 国内がめちゃくちゃだから外に敵を作って一致団結か?」

「東アルテナ王国のヴィクトリカ女王は、祖国を裏切った母親に強い憎しみを向けておられる⋯⋯。必ずや復讐戦をしかけるはずです。バルカサロ王国も次の戦争に備えておりました」

「それは国王陛下やドラミホール兄さんが弑逆される前の話だろ。今の状況は大きく違う。軍の再建どころか、屋台骨の国家が崩壊しかけている。難民の話は私の耳にも届いているぞ。メガラニカ帝国に逃げ込む者達までいるそうじゃないか? こんな状況で復讐戦など馬鹿げている」

「⋯⋯⋯⋯」

「東アルテナ王国と手を組む前提も怪しい。ヴィクトリカ女王の憎悪はバルカサロ王国にも向いている。手を組んでくれるか? どうだかな。上手くはいかんさ。これに関しては国王陛下の責任が大きい」

「国王陛下を批判されているのですか」

「その通りだ。古くからの同盟国は無理をしてでも助けるべきであった。戦争に巻き込み、切り捨てた挙げ句、邪魔になったヴィクトリカを一時期は殺そうとした。一年前の出来事だ。⋯⋯アルテナ王国を治める東西のはどちらも恨みを忘れちゃいまい」

「セラフィーナがメガラニカ帝国に屈服し、売国奴となった時点で我々の選択肢は限られておりました」

「売国女王の呼び名はここでもよく耳にする⋯⋯。大陸の至宝とまで呼ばれた美貌の女王が、あのような変貌を遂げるとは思わなかった。人質として帝国本土に連れて行かれるまでは予想できたが、皇帝ベルゼフリートの子を産んでしまってはなぁ⋯⋯。妻を奪われたガイゼフは実に可愛そうだ」

「帝国はセラフィーナを言いなりの奴隷に調教し、アルテナ王国の全土を併呑しようとしていました。バルカサロ王国は手を打たねばならなかったのです。非情な手段であったとしても⋯⋯」

「アルテナ王家を滅ぼしてでも国土を保護する⋯⋯か? 都合のよい言葉を並べても民衆の支持は得られん」

「国王陛下としても苦渋の決断を下したのです。幸いにもアルテナ王国の東側は中立地帯にできましたが、最悪の場合はメガラニカ帝国が大陸中央に進出する橋頭堡きょうとうほが誕生するところだったのです」

「死んだ国王陛下に忠義立てとは殊勝だな。だが、王は亡くなった。お前達は王殺しを防げず、イシュチェル様とアーロンも守れなかった。この状況だ。それこそ選択肢は限られているのではないか?」

「言い訳をするつもりはございませんが、イシュチェル様とアーロン殿下を保護していた修道院は、我ら国軍を信頼してくださらなかった。もう一つの誤算は⋯⋯刺客を差し向けたのが第二王子と第三王子のいずれでもなかったことです」

「それは興味深い。第三勢力に出し抜かれたわけだ。⋯⋯いや、その言い振りから察するに身内か? 国軍の仕業だと?」

「調査を進めています。しかし、情報が漏れていたとしか⋯⋯。身内の犯行と我らは睨んでいます」

「軍師団といえど、国軍末端の将校までは動向を把握しきれていないわけだ」

「はい。上層部の指示ではありません。我々はイシュチェル様とアーロン殿下の国外逃亡を秘密裏に支援していました。中立地帯の東アルテナ王国ならば安全と考えておりましたが⋯⋯。国軍の誰かが情報を漏らし、襲撃の手引きをしたのでしょう」

「情報を漏らしたとするなら、誰に? 兄上達の仕業ではなく、下手人も国軍ではない。だったら、誰が襲撃の黒幕だ?」

「ロアフォード殿下がご存知でないのなら、我々も分かりません」

「おいおい⋯⋯。疑い深いな。私は争いごとが嫌いだ。犯人候補にしないでほしい」

「申し訳ございません」

「イシュチェル様とアーロンをルテオン聖教国に亡命させてくれれば、力になれたのだがな。⋯⋯俺も疑われていたわけだ。亡命先に東アルテナ王国を選んだ理由はそれしか考えられない」

「大変失礼いたしました。しかし、軍内部はロアフォード殿下を支持する声が大きく、帰国を望む者達が大勢おります。⋯⋯必然、イシュチェル様とアーロン殿下を疎む勢力があります」

「はぁ。見る目がない奴らばかりだ。なぜ一致団結してアーロンを支持しない? 国王陛下は後継者に第六王子を指名した。アーロンは正統な王位継承者だ」

「第六王子は⋯⋯。例の噂が⋯⋯」

「イシュチェル様とアーロンには不名誉な噂があったな。第六王子は国王陛下の子供でなく不義の子⋯⋯だったかな?」

「はい」

「くだらん。王統は維持できていたのだ」

「本当にそうでしょうか? 前王妃エルシェベナ様の急死を怪しむ者達は⋯⋯あの噂を信じ切っております。無理もありません⋯⋯」

「なんたることだ。軍師団まで貴族どもの流言に毒されたか」

「お言葉を返しますが、前王妃エルシェベナ様は他殺だったと軍上層部は考え、内部調査を進めていました。そんな渦中、国王陛下はイシュチェル様を王妃に迎え入れられた。疑ってしまいます」

「母上の死は王妃の座を虎視眈々こしたんたんと狙った悪女イシュチェルの仕業⋯⋯。そういう陰謀論だろ。国王陛下は軍師団に命じて調査を中止させた。そのせいで噂に拍車がかかった。なにもかも裏目だ」

「ロアフォード殿下は何か秘密を知っておられるのでは?」

「秘密?」

「バルカサロ王家は⋯⋯、国王陛下は軍師団にさえ明かしていない秘密があったように思えてなりません。失礼ながら申し上げます。王宮大逆事件の発端は、国王陛下が後継者に第六王子アーロン殿下を推挙したことです。なぜあんな宣言をなさったのでしょうか」

「確かに受け入れがたい決定だったろうな」

「ええ。事情を知らぬ者からすれば、意味が分からない。しかし、知っている方々は受け入れた。違いますか?」

「何が言いたい?」

「王位継承第一位の長子であったにもかかわらずドラミホール殿下は、異議を申し立てなかった。それどころか摂政になってアーロン殿下を支えると仰った」

「⋯⋯⋯⋯」

「貴方様もです。ロアフォード殿下は第四王子の地位を早々に捨てた⋯⋯。今も王冠に手を伸ばそうとしない。国軍と手を組めば王位は約束されているにもかかわらず⋯⋯!」

「私は王になる男じゃない。それだけだ。今の悠々自適な生活に満足している。聖教国の栄えある侯爵様だぞ。高望みはしない」

「本当にそれだけですか? イシュチェル様とアーロン殿下の死を伝えたとき、ロアフォード殿下は明らかに落胆しておられた。我々に深く失望した。それは国王陛下の異常極まる後継者指名を支持していたからではありませんか? ご事情を教えて下さい。どういう理由があれば末子の第六王子が後継者になるのですか?」

 王宮大逆事件を引き起こした国王チャドラックの後継者指名。前王妃エルシェベナの王子達を排除し、溺愛する新王妃イシュチェルの王子を次期国王に選んだ。

 軍師団は王殺しを肯定しないが、第二王子ジルベールと第三ザトリシオの激怒は理解できてしまう。

 下位の王子は継承権を捨て去り、政略結婚で諸外国に出される。ルテオン聖教国の侯爵家に送り出された第四王子ロアフォード、アルテナ王国の王婿であった第五王子ガイゼフ。従前と続いてきた王家の習わしだった。

「国王陛下は⋯⋯バルカサロの王統を維持したかったのだろうな。父上らしい決定ではあるが⋯⋯我らの母上は認めなかった。偶然にも私は真相を知ったが、二度と祖国には戻るなと命じられた」

「その真相とは?」

「我らの母上は⋯⋯。前王妃エルシェベナは殺されたのだ。軍師団の見立ては正しい。他殺だ」

「やはりそうでしたか。誰がエルシェベナ様を亡き者にしたのですか?」

「殺したのは国王陛下だ。修道女だったイシュチェルを娶るには、母上は邪魔な存在だった。消えてもらうしかなかったんだ」

「なっ⋯⋯? なんですと⋯⋯国王陛下が⋯⋯? エルシェベナ様を殺めた⋯⋯!?」

 老人は驚愕で後ずさる。前王妃の死は不自然な点が多く、他殺の可能性が高かった。しかし、謀殺を仕組んだ黒幕が国王チャドラックだったのは予想外であった。

「もう一つ。第六王子アーロンの出生だが⋯⋯国王陛下の実子ではないかもしれない。そこは私も確証が持てない。しかし、国王陛下は高齢であったし、イシュチェル様も若くはなかった。懐妊までに相当な苦労があって、私を介して教皇庁に助力を求めた。子宮に施された聖印でイシュチェル様は妊娠したが⋯⋯」

「まっ、まさか⋯⋯! 王宮で囁かれていた噂通りだというのですか!? アーロン殿下の父親は第一王子ドラミホール殿下であったと⋯⋯!?」

「噂の大筋は間違っている。この場合、不義の子ではない。国王陛下の意向でドラミホール兄さんは協力した。どんな手段を使ったかは知らないが、身籠ったイシュチェル様は気付いていないようだった。アーロンを国王陛下の子供と信じ切っていた」

「もしそれが本当だとすれば⋯⋯」

「イシュチェル様とアーロンが亡くなられたのなら、真相を明らかにする必要はない。私は母上が殺されるところを目撃しただけで、その背景までは知らされていない」

「なぜ前王妃であられたエルシェベナ様を殺す必要があったのです」

「⋯⋯真実を知っていた人間は一人残らず、愚かな兄上達が殺してしまったよ」

 短くなった葉巻を灰皿に押し付ける。

 ロアフォードも陰謀の全てを知っているわけではなかった。だが、前王妃エルシェベナの胎から産まれた五人の王子達は、真の血統を受け継いでいない。その事実は知っていた。

(――私の口からは言えない)

 王家の正当性は既に失われている。軍師団が頼りにしている王統の血筋は穢されていた。

「ガイゼフ殿下の精神状態を考えれば、やはりロアフォード殿下に復位いただくほか、王統を紡ぐ道はございません。どうか⋯⋯ご決断ください⋯⋯! 祖国に戻り、簒奪者に裁きを⋯⋯!!」

「まだ道は残されているぞ。⋯⋯ヴィクトリカ女王に連絡を取るべきだ」

「東アルテナ王国に助力を求めろと?」

「その通り。頭を下げてでもアーロンの遺留品を確認したほうがいい。まずはそこからだ」

「遺留品を?」

「私の口からは言えない。これ以上は無理だ。国を出るとき、国王陛下に誓ってしまった。だが、東アルテナ王国はバルカサロ王家の秘密を知ったかもしれない。乳母と男児の溺死体を回収したなら⋯⋯。ともかく、確かめておいて損はないぞ」

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