パレードの終了後、凱旋門広場での勲章授与式が開かれる。その前に昼食会の場が設けられた。出席者は皇帝と三皇后の4人である。
昼食会でベルゼフリートは、久しぶりに揃った3人の皇后たちと円卓を囲む。
他愛のない会話を交えつつ、血生臭い実務的な会話が行われる。
「ガイゼフ王が率いるアルテナ王国軍の残兵、そして義勇兵を含めると、兵力は約8万人。バルカサロ王国の支援軍も加われば、10万人以上の大軍となる。しかし、セラフィーナ女王の懐妊、それに続くヴィクトリカ王女の死を知り、王国軍の士気は大きく低下した。もはや組織として機能はしていない」
軍務省が気にかけていたのは、アルテナ王国の敗残兵と義勇兵だ。ガイゼフ王は旗印となりえず、脱退者が増えていると見ていた。
このまま四散するのを願っている。だが、勢力を糾合する存在、すなわちヴィクトリカ王女が現れると厄介な勢力となる。
「肝心のバルカサロ王国は財政の問題で、我が国と戦うのを躊躇っておるのじゃろう。落ち延びた王国軍が瓦解するのは時間の問題じゃな。兵を食わせるのには金がかかるからのう」
「財政という面では、我が帝国も同じ問題を抱えている。死恐帝時代に廃棄した旧帝都ヴィシュテルの復興計画は頓挫したままです。そのうえ、此度の戦争で賠償金が得られず、戦死者の遺族年金は大きな財政負担となっています」
皮肉や嫌味を込めたつもりはなかった。
「他意はありません。誤解を招きたくないのであえて言いますが、遺族年金は必要な出費です。しかし、財源は有限。削れないからといって、見て見ぬふりはできません」
あくまで事実を淡々と述べたに過ぎない。けれど、ウィルヘルミナの発言はレオンハルトの不興を買った。
「早期に講和しなければ、戦死者はもっと増えていた。だからこそ、アルテナ王家と国体の維持を保障し、緩やかな間接統治をもって、戦争を終結させる。その後は内政に注力すべきと軍務省は提案した! 軍縮を含め、財政の健全化に伴い措置を軍部は承諾している」
「その軍縮はどこから出てきた言葉ですか? 日和見な軍縮について、軍務省の承諾があろうと、臣民は納得していないのです。過激な主戦派のようにバルカサロ王国を滅ぼせとまでは求めません。しかし、アルテナ王国の全土を可及的速やかに併呑し、財政基盤を強化すべき。軍備は必要です」
「宰相府の主張は机上の空論だ。どうやって広大な占領地を支配し、富を取り立てる? 戦争で利潤を求めるのは愚かだ。主戦派の連中に言ってやりたい。戦場で戦わず、勝利の美酒だけを飲む者なら、何とでも言える。そんなに戦いたければ、なぜそいつらは戦場の最前線に出てこない?」
「血税を払う臣民は、メガラニカ帝国に請願する権利があります。国民議会の政治決定を蔑ろにはできません」
「まるで共和主義者だな。国家の重要事項は、皇帝陛下の妃から成り立つ評議会で決定されるのだ。国民議会は選挙による種族の代表でしかない」
「武断も過ぎれば、専横を招きます。国民議会は民の声。元帥は大宰相ガルネットが定めた帝国憲法を否定するつもりですか?」
「偉人の名声を賢しげに持ち出し、他者の論を威圧する。卑怯者の論法だ。私を納得させたいのなら、自身の主張と意見で成し遂げるがいい」
「よさぬか⋯⋯。陛下の御前で見苦しいのう。その不毛な議論を何度やれば気が済むのじゃ? 儂はいつも同じような会話を聞かされておるが、一度として結論が出ておらぬ。食事がまずくなるのう」
置物となっているベルゼフリートは、三皇后の会話に立ち入らない。その場にいて、ただ聞いているのみだ。メガラニカ帝国の皇帝は政治に関与せず、三皇后の言いなりとなる傀儡だ。
(難しい会話。僕が勝手にセラフィーナと密約を交わすのも、きっとアウトなんだろうね⋯⋯。たぶん)
ベルゼフリートが警戒するのは、その一点だった。
これまで従順だったベルゼフリートは、自身の過去を知りたいという私利私欲で、セラフィーナに便宜を図り、協力している。
もしこの事実を三皇后に知られれば、二人は引き離され、軟禁的処置は免れなかった。女官達なら主君の不祥事を庇ってくれるだろうが、結託した三皇后の勢力に勝てる者はいない。
「ときに⋯⋯、大神殿のご老人は、大陸の中央地域にある聖教国をご存じですか?」
「儂を老人扱いするでない。助言を請うなら、せめて知識人として敬うべきじゃぞ」
「ルテオン聖教国が和平仲介のため、我が国との接触を図っています」
「ルテオン聖教国⋯⋯? また面倒な相手が来たものじゃな。懐かしい名でもあるがのう」
「我が国とバルカサロ王国の和平を取り持つと言い張っています。狙いはアルテナ王国の保護かもしれません」
「同意見じゃ。狙っているのは、漁夫の利じゃよ。アルテナ王国は教会の信徒が多い。宗教的権利の保護を名実に介入を目論んでおるのじゃろう」
「我が国は長らく、鎖国状態にありました。国家体制の維持が精一杯で、外政に手を回せていなかった。情報が不足しています。カティア神官長は諸外国を巡られたはず。聖教国の内情を教えていただけますか?」
「栄大帝時代の遺産を入手するために、一度だけ訪れた。昔の話じゃ。詳しくは知らぬぞ。聖教国は創造主と開闢者を崇拝する教会の総本山じゃ。各大陸に一人しかいない教皇が、聖教国を収めておる。あと飯が薄味で不味い。それくらいじゃな」
「国力はいかほどです?」
「我が国に遠く及ばぬ。1割にも満たぬじゃろうな。なれども、宗教国家じゃ。教会の元締めは侮れぬ。権威と金は腐るほどある。実際、腐っておるだろうな」
最前線で戦っていたレオンハルトも聖教国の動きは耳にした。主に参謀本部からの報告だった。
アルテナ王国の各町村にある教会の人的繫がりを使って、何やら不穏な動きを見せていた。しかし、脅威度が高いとは思わない。
「なぜ聖教国を気にかける? そもそも今さら教会が何だというのか? 武力を持たぬのなら、特段の脅威にはならない。無視すればいいだろう」
「潜在的な敵国です。いえ、教会そのものが敵勢力だ。メガラニカ帝国は多様な種族が暮らし、臣民の権利として宗教の自由が保障されています。教会の活動は、皇帝崇拝を含めた形で認めているのです。⋯⋯我が国の国教である皇帝崇拝と聖教国の原理主義は相反する」
歴史上、メガラニカ帝国は西大陸アガンタを統一支配したことが二回あった。
まず栄大帝の統治時代、名宰相ガルネットが大陸平定の偉業を成し遂げた。千年以上の平和を築き、その後に統治を継いだのは暴虐の破壊帝である。
大陸の諸外国は、破壊帝の残虐な圧政を後世に伝え、それがメガラニカ帝国への印象となっていた。
「聖教国は敵です。メガラニカ帝国が復古し、発展するにつれて、諸外国との宗教的対立が顕在化していくでしょう」
「国境紛争の次は宗教戦争か? アルテナ王国の敗残兵、それに加えてバルカサロ王国とルテオン聖教国を相手に戦いたくはないぞ。どれだけの屍を積み上げることになるやら⋯⋯」
「儂らの大神殿は異教に大らかで、安穏な時代を望んでいるのだがのう。やれやれじゃ。災厄が過ぎ去ったというのに、敵ばかりが増えてくる」
「他国との利害衝突は、帝国の国力が回復している証左であります。外交は宰相府の責任で行いますが、大神殿や軍務省は警戒してください」
会話を流し聞きながら、ベルゼフリートはデザートのケーキを食べていた。ウィルヘルミナは、頬についた生クリームを指先ですくい取り、自分の口に入れた。
「ん? ほっぺたに付いてた? ありがと。この苺タルトはすっごく美味しいよ? 皆も難しい話をしてないで食べたら?」
「ええ、この辺で切り上げます。苺タルトは陛下の大好物でしたね。どうぞ、退屈させてしまったお詫びに、私の分も食べてください」
ウィルヘルミナがデザートの載った皿を差し出す。しかし、その瞬間、ベルゼフリートの眼前にデザートがさらに二つ並んだ。
出遅れを悟ったレオンハルトとカティアは、とても大人げなかった。
常人には感知できえない現象だった。レオンハルトが機先を制し、己の異能を発動させ、時空間を停止させている間にデザートを差し出した。
次にカティアは高速詠唱でアーティファクトを起動し、局所的な空間転移を用いて、デザートを瞬間移動させた。
「——警務女官長として申し上げます。警備の者が有事だと勘違いをするので、お二方は無用な能力の発動を控えていただきたい」
異変を察知したハスキーは皇帝の傍らに移動し、警戒態勢に入っていた。
護衛でありながら、出遅れてしまったのは失態だ。しかし、相手が帝国最強の武人と、百戦錬磨の神術師なら、後れを取るのは致し方ない。
「無理をして、全てを食べる必要はありません」
ウィルヘルミナはそう言って、2つの皿を押し退けて自分の皿をベルゼフリートの前に置いた。こうなってしまっては、ベルゼフリートに逃げ道はなかった。
(う~ん⋯⋯。困った。3人分、食べるしかないよね⋯⋯。これ⋯⋯)
男気を見せたベルゼフリートは、三皇后から献上された苺タルトを完食した。否、させられる羽目となった。
昼食会の乗り越え、勲章授与式で演説するベルゼフリートは終始、胃が苦しそうな表情を浮かべていた。
大衆はそれを戦死した兵士を想って、幼い皇帝が胸を痛めているのだと思った。
無論、ベルゼフリートは戦死者を悼んでいる。だが、苺タルトの食べ過ぎで、胃が苦しかったのも、否定できない事実である。