屋内プールに隣接する更衣室は複数ある。その中でも皇帝専用室は、大勢の女官が出入りできる広々とした空間だった。
――豪華絢爛。
――雄大豪壮。
華美を極めた着替え所は、厳粛な雰囲気が漂う神殿様式の装飾がちりばめられている。
ベルゼフリートは両手を腰に当てて、仁王立ちする。眺めているのはエロチックな巨大壁画。誰がどう考えても場違い。娼館に飾られているような作風である。しかし、ベルゼフリートの意向で飾られているわけではない。建造当初から更衣室にあった芸術品だ。
「いやはや、絶景だね。栄大帝時代の天才絵師が描いた傑作! お固い名相ガルネットは『品位が疑われるから捨てなさい』って言ったらしいけど、これを燃やすなんてもったいない。大変エッチで素晴らしい!」
サキュバス族の画伯が献上した美術品。水着姿の淫魔達が水辺で戯れる。自慰に耽り、互いを愛撫する淫女の饗宴、驕奢淫逸な名画である。
「でさぁ、今の宮中ってどんな感じ?」
幼帝は問う。更衣室には女官が一人しかいない。警務女官長ハスキーすら席を外させた。
「⋯⋯⋯⋯」
幼帝に付き従う女官は、秘密の番人ユリアナのみ。二人っきりの状況。外には警務女官や庶務女官が待機しているが、扉に耳を当てて盗み聞きするようなことはしない。
「⋯⋯⋯⋯」
「誰もいないよ? 僕とユリアナ。二人だけ。まさか緊張でドキドキしちゃってる?」
ここでの会話は秘密が担保されている。ユリアナは口を開き、主君に返答する。
「恐れながら陛下⋯⋯。女官総長のヴァネッサ様や警務女官長のハスキー様に聞かれたほうがよろしいかと思います」
ユリアナは口調に「社交性皆無の自分が宮中事情に精通しているように思えますか?」と感情を込めた。
「またまた謙遜しちゃって」
「⋯⋯。着替えをお手伝いいたします。両腕を上げていただけますか?」
「大丈夫。服くらい自分で脱げるよ。ほらね?」
「陛下のお世話ができなくなったら、我ら女官は失業です」
「単なる着替えだよ?」
「たとえ着替えであっても、陛下がお一人でなさったと知られたら、私が他の女官に叱られてしまいます」
「いつも思うけど、過保護だ」
「お召し物をこちらに」
他に女官がいないのでベルゼフリートの着替えを手伝う。普段なら庶務女官の役割だがユリアナが代役となるしかない。
「次は僕が手伝ってあげようか? メイド服を脱がせるのは得意だよ。あ! それと、ちゃんと水着も持ってきた? 忘れてないよね?」
「⋯⋯⋯⋯。はい。持参しております。今朝のやりとりは、こうして私と二人きりになるためだったのですか?」
「押し倒してもいいよ? 僕じゃユリアナには勝てないし、今なら好き放題だ」
「いたしません。わざわざ水着を用意させるように仕向ける必要がありましたか? 私と話したいのであれば、そのようにご命令ください」
伽役のラヴァンドラとセラフィーナは別室に案内されていた。警務女官長ハスキーであれば、お構いなくベルゼフリートに性奉仕を敢行するに違いない。しかし、ユリアナは立場を弁えている。
「お固い話は抜きにしてさ。ユリアナの水着姿を見たいのは本当だよ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「当てようか? 色は真っ黒。フリルデザイン」
ユリアナは籠から水着を取り出す。ベルゼフリートが言った通りの水着だった。
「なぜ分かったのです?」
「同僚の警務女官から借りたでしょ?」
「⋯⋯はい。その通りでございます」
「ユリアナと同じスリーサイズで、仲間が困ってたら手を差し伸べる親切な子に心当たりがある。警務女官の気遣い上手といえばカレンだ」
「もし水着を持っていないなら使ってほしいと渡されました」
「カレンは庶務女官の登用試験にも受かってるからね。そういう察しは抜群にいい。乱交パーティーでも順番や体位を調整してくれたりするんだ。気立ての良さが光るよね」
「とても面倒見がよい性格です。仲間からの信頼が厚く、ハスキー様も重用されています」
全ての女官が一致団結しているわけではない。しかし、ベルゼフリートの近くに控える警務女官は結束力が強かった。
皇帝直轄の親衛隊は、軍隊的な同胞愛がある。仲間の足を引っ張るような野心家は上級女官から弾かれ、施設警備などに回される。
「難点があるとすれば、酔うと耳たぶを舐めてくる性癖かな。あとは告げ口屋なところ、とか?」
「⋯⋯⋯⋯」
警務女官の絆は、あくまでも仲間内での話だ。外部に対しては効果が翻り、強い敵愾心となる。
気立ての良く、仲間思いの警務女官カレン。彼女に対する評価は、内と外で正反対なものに豹変する。
「ルートリッシュ王妃の側女が譴責された件を言われているのですか。恐れながら陛下、服飾規則に違反していたのです。宮廷秩序を維持するための行動。カレンに私心はないかと思います」
「ふーん。やっぱユリアナは情報通じゃん。カレンが告発者だったんだ。あー。恐い、恐い。明日は我が身だ。弱味を見せないようにしなきゃ」
「⋯⋯⋯⋯」
「僕ね、そこまでは知らなかった。やっぱ、ユリアナは事情通だ。色々なことを知ってる」
先走ったばかりに失言したとユリアナは後悔する。
雄弁は銀、沈黙は金。
古来から伝わる諺は、まさしくその通りだった。
「⋯⋯⋯⋯。夕食の席で小耳に挟んだだけです」
ユリアナは意図せず他者の秘密を知ってしまう。口の固さゆえに、一方的に相談をされることもあった。
秘密の番人は、皇帝以外と言葉を交わさない。ユリアナは秘密を絶対に守る。話した秘密が広まったのなら、それはベルゼフリートを介して暴露されている。
逆に言えばユリアナに話した相談内容は、ベルゼフリートの耳に入る可能性が高い。
皇帝に伝えたいメッセージはユリアナに話せばいい。ユリアナはベルゼフリートとしか言葉を交わせないのだから。
「――で、話は戻るわけだけど、宮中ってどんな感じかな?」
「⋯⋯⋯⋯。緊急事態宣言時は挙国一致体制でした。魔物の襲撃があった直後は、陛下の御容態も芳しくなく、まさしく国難。そんな時期に派閥争いをしている余裕はございません」
「あの騒動では皆には心配をかけちゃった。悪かったね」
「魔物の企みで陛下が昏睡状態に陥ったのは、臣下の落ち度でございます。陛下のせいではございません」
「そういうのは好きじゃないかな。誰かの責任ってわけじゃない。大昔からの仕掛けだったそうじゃん。セラフィーナだって都合よく利用されただけだったしさ」
「危難は去りました。これからは日常に戻るでしょう」
「日常か⋯⋯。じゃあ、僕が元気になったから派閥争いが再開?」
「⋯⋯⋯⋯そうなると思われます」
「うへぇー。こわー。それは喜べないな」
「帝国の政治が動き始めればそうなります。そういうものでございますゆえ、致し方ありません」
「はぁ。困るよね。宮廷政治の闇深さ。隣国との戦争が終わったり、悪巧みしてた魔物が倒された途端、これだよ。内輪揉めって非生産的じゃない? 皆で仲良くすればいいのにさ」
「陛下の御言葉を借りるなら、懐妊された妃や愛妾を伽役に指名するのも非生産的では?」
「えー? それ、言っちゃう?」
「⋯⋯⋯⋯」
「はい、はい。そんなジト目で睨まないで。よ~く、分かってる。争いの火種が誰かってことくらい。妊娠した女仙ばかり可愛がるなって、他の妃から苦情がきてるんでしょ?」
「それともう一つ。まだ正式決定ではありませんが、来年は妃の入内があると噂されています。その件で宮中がざわめき始めました」
皇后三人、王妃九人、公妃二十九人。
皇帝ベルゼフリートの妃は四十一人。愛人枠の愛妾二人を加えればハーレムは四十三人となる。これに側女や女官を加えれば数は膨れ上がる。
(即位時の選定であぶれた貴族は多い。長命種であれば純潔を維持すれば機会はある。十年や二十年程度なら待つ。けれど、短命種の場合は違う。妃になる機会を一度でも逃せば、次は子孫に託すしかなくなってしまう)
ユリアナは幸運だった。もし皇帝の生誕が早ければ一族は別の者を選出していたはずだ。
もしかすると、それはユリアナの母親だったかもしれない。逆に皇帝の生誕が遅ければ、自分の娘が警務女官になっていた可能性もある。
時期に恵まれなかった最たる例は、アレキサンダー公爵家の前当主ヴァルキュリヤだった。七人の娘を産んで全員を入内させたが、本音を言えば帝国元帥レオンハルトの地位に自分が付きたかったはずだ。
ヘルガ・ケーデンバウアー侯爵や大神殿の大巫女カティアは長命ゆえに時間を気にしない。
しかし、アマゾネス族の女盛りは長くても十数年。
ヴァルキュリヤが薄汚い取引に応じてでも皇胤を欲しがったのは、叶わなかった妄執が理由だ。
「妃の入内はラヴァンドラからも聞いた。議会で継続審議中らしいね。評議会は反対が優勢、国民議会は賛成が優勢。賛成と反対が二つの議会で捻れちゃってるから、どうなることやら」
メガラニカ帝国の評議会は、皇帝に嫁いだ三皇后、王妃、公妃で構成される。正妻の三皇后を頂点に、王妃と公妃が表決権を持つ。妃が増えれば議員も増える。
つまり、一票の重みは失われていく。
妃である者達が、新参者を歓迎する理由はない。特に強く反対しているのが長老派の妃達だった。大神殿は妃の質も気にしていた。先帝の死因を考えれば当然だ。神官は国家の忠誠心よりも、皇帝個人に対する忠愛を重視する。
「軍閥派は賛成に傾いているのですよね」
「さあ? そうなのかな? レオンハルトとは小難しい話をしないから。その辺は分かんない」
「軍務省はセラフィーナさんやロレンシアさんに妃位を与えて、西アルテナ王国の支配を盤石にする思惑があるとか、ないとか⋯⋯」
「セラフィーナやロレンシアは難しそう。反対者が多いでしょ。特にセラフィーナなんか王妃になる件が流れて、すったもんだの末に愛妾じゃん。王妃待遇の勅命は出てるけど、執行停止状態なわけで⋯⋯。無理筋だね。それなりの功績や貢献がないとさ」
「先の戦争で武功を立てたユイファン少将を王妃に推す声もあります」
「信賞必罰。ユイファンはありえるね。戦争で大活躍した功労者だもん。愛妾から二階級特進で王妃かな?」
「軍人で二階級特進は縁起が悪いかと⋯⋯。ユイファン少将は巷で智謀の貴婦人と呼ばれているそうです」
「はっはははは。なにそれ? 笑っちゃう。貴婦人ってキャラじゃないでしょ? 腹黒でグータラな感じ。幻想を抱いてる人達にユイファンのだらしない寝起きを見せてやりたいよ。幻滅しちゃうだろうさ」
「そうはおっしゃりますが、ユイファン少将の働きぶりは誰もが認めております。先般の騒動において、身重の御体でアルテナ王国とメガラニカ帝国を往復していたのですから」
「まあね。⋯⋯だから、今回はゆっくり休ませてあげよう。政治と経済は専門外だろうしさ。やろうと思えば、やれちゃうんだろうけど。優秀過ぎるのも困ったもんだ」
「ユイファン少将は帝国軍の上級将校です。距離を置くと思いますよ。センシティブな問題に発展します」
「うん。当人が自覚しているはずだ」
「⋯⋯それともユイファン少将が首を突っ込むのなら、という意味ですか?」
「おやおや? ユリアナが動く気? 物騒な言い方だ。汚れ仕事はしない。君は僕の専属護衛。そうだったよね。それとも人手不足なら家業の手伝いもするわけ?」
「私が手を汚すのは陛下の御身に危険が差し迫ったときです。政争とは無縁であります」
「そう。身綺麗なほうがいいと思うよ。むしろ僕らは何かをしちゃダメだ。ユイファンにはネルティを付けてるし、何かあればすぐ分かる。頭の良いウィルヘルミナが対処してくれるよ。手段を選ばずなら、レオンハルトが必ず解決する」
「⋯⋯⋯⋯」
ユリアナは皇帝の秘密を守る番人。誰にも会話の内容を明かさない。だからこそ、ベルゼフリートは本心を打ち明ける。帝国軍は国家の敵を薙ぎ払う戦力でなければならない。
ベルゼフリートはユイファンを好いている。しかし、それは個人的な感情であって、主君が家臣に向ける心証とは違う。
ユイファン・ドラクロワは要注意人物の一人だった。
軍略の天才でありながら、統治の才能にも秀でている。強大な武力と結びつけば、宰相派閥を弾圧し、軍事独裁が成し遂げられる。軍閥派にはアレキサンダー公爵家という大陸最強の軍事力があった。
「時間があればユイファンのお見舞いにでも行こうかな。お腹が重たくて大変らしいし、ネルティにも会いたい」
――だからこそ、警戒に値する。ゆえに愛情で縛り、信頼できる監視を置いた。
(側女のネルティ。私はあの娘が好きになれない。おそらく同族嫌悪。私とは出身が違う。⋯⋯けれど、近しい匂いがする)
皇帝お気に入りの側女。それだけではないとユリアナは確信していた。
(まず、辿った経歴がおかしい。出身氏族はケーデンバウアー侯爵家の臣下、それなのにナイトレイ公爵家で陛下付きのお世話係となっていた。今は軍閥派に出戻ってユイファン少将の側女になっている⋯⋯)
ネルティの事情に深入りはしない。他の者達がユリアナの領分を尊重するのと同じだ。
お互いの目的は一致している。破壊者ルティヤの転生体であるベルゼフリートを守ることだ。そして、メガラニカ帝国の平穏。波風を起こす必要はない。
「ユリアナにすごく似合ってるじゃん。海水浴でも水着を着てれば良かったのに。控え目を装ってるけど、それなりに大きいよね」
水着姿のユリアナにベルゼフリートが抱き付く。下乳に両手を差し込んで揉みあげてくる。
「陛下、私にかまけている時間はありません」
「でも、下のお口は素直だよ? まだプールに入ってないのに、股がずぶ濡れ。おかしいね?」
ベルゼフリートの手が水着の隙間にするりと侵入する。ユリアナの女陰を指先がまさぐり始めた。
「女性器を強く刺激されれば膣液は⋯⋯っ♥︎ これは生理反応でぇ⋯⋯っ⋯⋯んぁ⋯⋯♥︎」
「どうしようかな? ユリアナが大好きだから、キスしちゃおうかな?」
「⋯⋯っ! ラヴァンドラ妃殿下とセラフィーナさんがプールで首を長くしてお待ちになっておられます」
「ちょっとくらい時間はあるよ。ていうかさ、セラフィーナに頼まれたんだ」
「⋯⋯まさか⋯⋯仕込みですか?」
「うん。まさかの仕込み。僕は遅刻しなきゃいけないの。だから、暇なのー。ユリアナが僕の相手をしてよ」
「アルテナ王国の女王はすっかり強かになりましたね。宮廷の色に染まっております」
「まあ、ハーレムでの暮らしが一年も経てばねぇ? いい傾向というべきかな。じゃあ、そういうわけで挿れていい?」
「そういうお話であればご随意になさいませ⋯⋯。んぁっ⋯⋯ぁっ⋯⋯♥︎」
◆ ◆ ◆
円柱が等間隔に並び、ドーム型のガラス天井を支えている。正五角形のプールに太陽光が差し込む。
人肌ほどに暖められた水は湯気こそ立っていないが、プールサイドの湿度を高める。若干の蒸し暑さを覚える。露出過多の水着を着こなす美女達には丁度いい環境だった。
黄葉離宮から呼び出されたセラフィーナは、幼帝が直々に下賜したマイクロビキニを着用している。爆乳と巨尻は相変わらずの淫美であるが、以前と大きく異なるのは肌色だ。
(新たな境地ですわ。黒ずんだ光沢も悪くありません)
真っ白な透きとおる雪肌は、深い小麦色に変じている。
炎天下の白浜で日焼けしたセラフィーナの表皮は黒く焦げていた。
高貴な女王が肌焼けで黒くなるなど、絶対に起こりえぬことだった。アルテナ王国の貴族は日焼けを嫌う。白肌は肉体労働と無縁の貴族らしさだった。太陽光に焼かれた黒肌は農民階級の証だ。
(ベルゼフリート陛下よりは薄めかしら?)
手の甲を見詰めるセラフィーナはほくそ笑む。皮膚にサンオイルを塗り込み、全身を太陽で黒く染め上げた。
愛しの主君に愛されるためであれば、祖国の美的慣習など取るに足らない些事だった。
(お腹はまだまだ膨らみませんわね。まだ妊娠二ヶ月目。逸る気持ちを抑えないと⋯⋯。前回は三つ子だったらお腹がすぐ大きくなった。今回の赤ちゃんは一人なのかしら? ふふっ♥︎)
髪飾りを外したセラフィーナは、プールサイドをゆっくりと歩く。豊満な乳房と臀部が弛んでいる。
宮中最高級の美峰。周辺諸国に美貌の女王と噂され、大陸の果てまで名を轟かせたのは、誇張なしの真実だ。
「セラフィーナ様。まだベルゼフリート陛下はいらっしゃっていないようです」
「そのようですわね」
「本当に良かったです。申し訳ございません。私の着替えが遅いばかりに⋯⋯」
赤毛の従僕は恥じ入って謝罪する。しかし、女王は叱るつもりがない。
「気にする必要はありませんわ」
そもそもセラフィーナはベルゼフリートに遅刻するように願い出ていた。もうしばらくは女官と遊んでいるはずだ。
「あら。ロレンシアったら⋯⋯。母乳が滲んでるわ。ピアスで母乳に栓をしても漏れてしまうのね」
「朝方にしっかり搾ってはいるのですけれど⋯⋯」
本当なら自立するのがやっとのボテ腹体型で、ロレンシアは自分の両足でしっかりと歩いていた。肉体改造で超乳化した胸部は宮中で並ぶ者なしのバストサイズに成長し、溢れる母乳をピアスで止めている。
特注サイズの水着は、超重量の乳房に耐えられる特別製の布地だ。
ロレンシアの淫体でもっとも大きいのは突き出たボテ腹。十人のショゴス族から寄生卵子を植え付けられたせいで、通常の苗床胎よりも子宮が肥大化している。
鍛え上げた身体の女騎士でなければ、肥えた媚肉の超重に耐えきれず、寝たきりになっていただろう。ロレンシアはこんな身体になりながらも、側女としてセラフィーナに仕えている。
(ラヴァンドラ妃殿下だって来ていないわ。いいえ、私より先に来るつもりはなかった。⋯⋯やっぱり急ぐ必要なんかありませんでしたわね)
黄葉離宮の側女で、同行を許されたのはロレンシアだけだった。
引き連れる従者の数は主人の格を示す。
セラフィーナの到着を見計らったようにラヴァンドラが現れた。後ろには五人の側女を付き従えている。
「ご無沙汰しておりますわ。ラヴァンドラ妃殿下」
「しばらく見ない間に様変わりしたわね」
ラヴァンドラはセラフィーナの褐色肌に言及する。
「皇帝陛下のご希望です。とっても綺麗に焼けていると思いませんか? ラヴァンドラ商会のサンオイルを使わせていただきましたわ。おかげで肌の傷みもなく、素晴らしい品でした」
「当然です。我が商会は一流の良品しか取り扱っていません」
「ええ。そう思いますわ。ラヴァンドラ妃殿下には、いつもお世話になりっぱなしです。私と皇帝陛下の愛娘、ギーゼラの面倒まで見ていただいているのですから⋯⋯」
セラフィーナはラヴァンドラの腹部を凝視する。時間にして、ほんの三秒ほどであったが、視線に気付かぬラヴァンドラではない。
「皇女ギーゼラは大切な皇帝陛下の御子ですわ。ラヴァンドラ伯爵家が後見人となれたのはとても名誉なこと。礼には及ばないわ。私に仕える側女が産んだ御子と仲良く暮らしていますわ。そして、もうじき⋯⋯。くっふふふふ。帝都の御屋敷が賑やかになりますわ。乳母を増やすべきでしょうね」
ラヴァンドラは自分の胎を撫でながら、意味深な笑みを浮かべた。
(懐妊を公表していない。ラヴァンドラ王妃は時期を見計らっているようですわね)
両肩を派手に露出させたオフショルダーのワンピース水着。バストの膨らみだけで上部を留めているオリジナルデザインである。首下から上乳までを晒すエロチックな衣装だった。しかし、腹部の露出はまったくない。腹回りをフリルの膨らみで覆っている。
「足下にお気を付けください。ラヴァンドラ妃殿下。床が滑りやすくなっておりますわ。お互いに転ばないように注意しましょう」
「ええ、そうですわね。お気遣いありがとう。セラフィーナさん」
「ベルゼフリート陛下はまだいらっしゃらないご様子⋯⋯。例の件、どういたします?」
セラフィーナはとぼけた顔で訊ねた。王妃であるラヴァンドラは愛妾より高い地位にいる。しかし、皇后のような特権はない。もし正妻の皇后ならば、ベルゼフリートがいる更衣室に踏み込み、引っ張ってくることも許される。
「女官と戯れているのかもしれません。困ったものです。陛下は女官に優しすぎる」
すでに警務女官長ハスキーは現着し、部下達を配置させていた。ラヴァンドラとセラフィーナが揃っても、ベルゼフリートを呼びに行こうとしない。状況だけで意図的に遅刻するつもりなのだと察せられる。
「ラヴァンドラ妃殿下が望むのなら、協議は後回しでも構いませんわ。陛下がいらっしゃれば性奉仕で、話し合いどころではなくなりますもの」
「いいえ。陛下が来る前に、協議を済ませておくべきだわ。私との取引条件を整えましょうか。皇女ギーゼラの使い道⋯⋯。売国女王と呼ばれている貴方の企み、ぜひ聞きたいわ」