2024年 4月19日 金曜日

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「おねショタ」と「ショタおね」問題 ショタ属性とは何なのか

DOCUMENT「おねショタ」と「ショタおね」問題 ショタ属性とは何なのか

 おねショタ(One Shota)とは「おねえさんとショタ」の略語。エロ小説やエロ漫画などにおいて、ショタがセックスの主導権を持つ場合は「ショタおね」と呼称すべきとの意見も一部からはあげられている。本記事では「おねショタ」の主義と傾向を政治スペクトルに当てはめて考察する。

ショタ劣位主義とショタ優位主義

 まず、おねショタは前述の通り、セックスの主導権をどちらが握るかで大分類が可能である。図表では「おねえさん」が優位であるケースを“ショタ劣位主義”と定義。また、「ショタ」が優位であるケースを“ショタ優位主義”と定義した。両者は背反する主義であるが、中盤から終盤において、「おねえさん」と「ショタ」の形勢が逆転するケースもある。

 基本的に大多数の賛同を得られるのがショタ劣位主義で、ショタが優位主義を「おねショタ」とは認めず、「ショタおね」と呼ぶ層も存在する。いわゆる“おねショタ原理主義”であるが、セックスの主導権がショタに移行する形勢逆転シチュエーションは支持を得られない。

 一方、ショタ優位主義は厳格な定義を持たず、やや陵辱主義的な要素がある。ショタの巨根、セックス時に仲間を呼んで乱交、ショタの顔が不細工、性格がクソ餓鬼、身体だけがショタで中身はおっさん、こうした要素はショタ劣位主義から排斥されがちである。

 ただし、「中身が大人」であってもセックス時に劣位であり続けるのなら、ショタ劣位主義に属する余地がある。ただし、その場合は逆レイプ傾向が認められる。

純愛主義と陵辱主義

 エロには純愛主義と陵辱主義の大分類がある。創作物であるため、レイプから始まる純愛も存在するので、陵辱=レイプと安易に決めつけることはできない。あくまでの作者と作品描写と読者の主観に依存するものである。

 陵辱主義においては、ショタが逆レイプされて滅茶苦茶に犯されるパターン、ショタがおねえさんを犯すパターンの2種類が存在する。

 また、ショタの男性器は短小ないし包茎であった場合、ショタ劣位主義に分類されることが多い。男性読者の判断基準は一般的な成人男性よりも小さくことを基準としているようである。すなわち日本人成人男性の13センチを下回っているような描写が短小では望ましい。

 一方でショタの男性器を巨根とする場合、ショタ優位主義かつ陵辱主義であることが多い。「それは竿役がゴブリンと何が違うのか?」といった意見も寄せられるが、性的趣向はさまざまであり、成人男性や現実のサイズを超える男性器を持っていてもショタの一種ではある。

 純愛主義と陵辱主義において、確定的な差異はヒロインを独占するか、乱交も許容するかである。乱交とは俗に言う「仲間を呼ぶショタ」だ。乱交タイプは基本として陵辱主義の範囲に収まる属性で、純愛主義はヒロインを独占することを基本としている。

 ただし、複数人のおねえさんが一人のショタを共有するなど、ハーレム的な乱交は純愛主義に割り振られる。

「おねショタ」「ショタおね」の分離問題

 横軸の「ショタ劣位主義」と「ショタ優位主義」、縦軸の「純愛主義」と「陵辱主義」、これに「和姦傾向」と「逆レイプ傾向」、「ショタ短小傾向」と「ショタ巨根傾向」を加えて、スペクトル図表を作成した。

 制作者本人もこれが絶対に正しいものとは思わないが、分類法としては概ね好ましいものであると考えている。

 現在、おねショタの創作物で圧倒的な市民権を得ているのは、ショタ劣位主義&純愛主義&ショタ短小主義である。ショタの容姿が目隠れフツメン・可愛い系であれば基本的に苦情が来ることはない。

 ただ、その一方で鬼畜系ショタの陵辱物も一定の需要がある。魔法少女系のアダルトゲームでもショタ系の怪人が登場することが多々あり、ショタの竿役を望む層もまた確実に存在する。

 SNSを中心として、「ショタに主導権を握らせるな」というネタ画像が流行し、それが大正義として解釈されている。しかし、「おねショタ」と「ショタおね」を分離するのは、BLにおける「●●●×△△△」というもので、当初の語源からは離れた意味合いとなる。また、当初はネタ的な意味合いだったにも関わらず、本気で信じてしまった人が多くなってしまったようにも感じられる。

 結論として広義の「おねショタ」にはショタ優位主義も含まれるべきであるし、狭義の「おねショタ」に関してはショタ劣位主義を本道とするべきである。

 というのも、ショタ優位主義でも「容姿の整ったショタ」しか認めず、不細工やクソ餓鬼系を排除する思想があるためである。ジャンルの細分化はジャンル全体の衰退を惹起しかねず、「おねショタ」と「ショタおね」の厳格分離が、必ずしも“おねえさんとショタのカップリング文化”を繁栄させるものではない。

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