レーヴェ家の若君と対面したカレンティアは、深い同情を抱いてしまった。木製の車椅子に乗ったヴォルフガングは、温和な笑顔が似合う青年だった。しかし、両手両足がなく、地を這う芋虫としか表現できない。とても哀れな姿だ。
両脚は太腿が半分しか残っていない。左腕は短小で、右腕だけは肘先まで残っていた。左右非対称の不具、アンバランスな両腕は五年前に起きてしまった不幸を強く印象付ける。
「――ダミエーラ。懐かしいね。僕が十歳のときだったかな。剣術と馬術を教えるために母上が雇ったんだ。僕は覚えが悪くてね。才能もなかったし……。それでもダミエーラは根気よく教えてくれた」
「じゃあ、ダミエーラさんがレーヴェ家で仕え始めたのは……」
「八年くらい前だよ。当時は知らなかったけど、僕の護衛でもあった。父上はそっちのつもりで雇っていたみたい」
ヴォルフガングはカレンティアを快く歓迎した。レーヴェ家の領地で冬を越す許しは難なく得られた。
「帝国辺境の田舎だと、どうしても自衛が必要なんだ。レーヴェ家の荘園でも自警団を組んでいる。隣町とは揉め事の火種になっているけれどね。こちらが武器を買い込めば、あちらも……。良くない話だ」
「ダミエーラさんは五年の火事で?」
カレンティアの質問にヴォルフガングは悲し気に俯いた。
「申し訳ないことしてしまった。ダミエーラはとても強い女性だった。一人でなら逃げられた。……なのに、僕を助けてくれた。五年前の大火事で僕だけが助かった理由をカレンティアさんは聞いたかな?」
「古井戸に逃げ込んだと聞きました」
「本邸の中庭に古井戸があった。飲み水には使わない。言い伝えがあってね。……本邸が建てられた場所は、黒森の主を崇め祀る神聖な泉があった。古井戸はその名残とされていた。……五年前の夜、押し入ってきた沢山の襲撃者に追い詰められた。退路は火の手で塞がれてた。もう無理だと思った。……ダミエーラは僕を抱きしめて、古井戸に飛び込んだ」
ヴォルフガングは凍傷で両手両足を失った。しかし、古井戸に逃げ込まなければ襲撃に殺されていた。火の手からも逃げられなかっただろう。
「ダミエーラさんは勇敢に戦われて亡くなられたのですね」
「僕の家族、そして使用人……。襲撃者のほとんども死んでしまった。建物に火を放った人間は、仲間も口封じで殺したかったみたいだ。村長には強く反対されたけれど、本邸の跡地に共同墓地を作ったのは、全ての犠牲者を弔いたかったからなんだ」
「……襲撃者が憎くはないのですか?」
「復讐は望まない。……四年前に隣町の司祭が死んでしまった。僕はそれを喜んではいないよ。亀裂が深まっただけだ」
行商人が語っていた司祭の異常死。隣町の有力者は自殺と片付けてしまった。その後ろ暗い事情をカレンティアは察する。
(レーヴェ家に賊を差し向け、放火した実行犯は……。隣町の司祭だったのかもしれないわ。帝国の官憲に訴えれば、司祭の罪も明らかになる……。だから……)
荘園で暮らす村人達は、司祭の死を喜んでいた。自分で頭部を捥ぎ取った死に様を誇らしげに語っている。
「そういうわけでダミエーラは五年前にこの世を去った。カレンティアさんは母親を探していると言っていたけれど……」
「はい。実は四年前、ヒースウッド修道院で隠棲していた母親に手紙が届きました。これをご覧いただけますか。日付がちょっと怪しい手紙で……」
カレンティアは机にダミエーラの手紙を広げた。四年前に失踪した母親がレーヴェ家の荘園を訪れていること。村長が母親らしき女性を見ていると話した。
(父さんのお墓に結婚指輪が置いてあった話は、まだ秘密にしておこう……。やっぱりリリトゥナさんが気になる。打ち明けるなら、ヴォルフ坊ちゃんが一人のときに聞いてみよう)
騎士兜で頭部を隠したリリトゥナの顔色は分からない。だが、失踪した母親の話題を持ち出してから、ヴォルフガングに変化があった。しばらく考え込んでから、言葉を選ぶように話し始める。舌先に迷いが生じていた。
「筆跡はダミエーラの手紙に思える。書いてる内容はレーヴェ家の使用人じゃないと知らないことばかりだ。母上は……野心家だったから……。家格を上げるために、良家の令嬢と僕を結婚させる気だった。ダミエーラは辟易してたよ。だって、ベロニカはみぼ――」
隣に立っていたリリトゥナは、ヴォルフガングの弱々しい言葉を遮り、きっぱりとした語気で塗りつぶしを図った。
「ベロニカさんは闇樹館に来ていませんわ。四年前なら忘れたりいたしません。旧友のお墓参りをされた後、町に戻られたのでしょう。レーヴェ家の荘園は厳冬期になると閉ざされます。そうなる前に帰ったはずですわ」
すらすらとリリトゥナは捲し立てる。カレンティアは違和感を見逃さなかった。
(主人の言葉を遮った……? 使用人にあるまじき無礼だわ……。いいえ、違う! それよりも、ヴォルフ坊ちゃんのは私の母親を「ベロニカ」と言いかけて……。呼び捨てにしたわ)
他人の母親を呼び捨てにするだろうか。
(態度がおかしい……。釈然としない)
不遜な田舎貴族ならあるかもしれない。だが、レーヴェ家の若君は礼節を弁えた好青年。カレンティアの母親に敬称を付けなかったのは不自然だ。カレンティアが抱くヴォルフガングへの第一印象と異なっている。
「カレンティアさんは冬の間、ずっと母君を探されるつもりかな?」
ヴォルフガングは言い直した。ベロニカの名前を口にしない。わざとらしい感じだった。
「はい。やっと掴んだ手掛かりです。冒険者組合や帝国軍が捜索に動いたにもかかわらず、この四年間で足取りは掴めていませんでした。やっと母さんの手掛かりを見つけたんです。諦めかけていたけど、母さんは生きている気がしてなりません」
「そう。カレンティアさんは母君を愛しているんだね。きっと生きているはずだ。……ところで、カレンティアさんは冒険者なんだよね?」
「はい」
「ご両親の影響で?」
カレンティアは不思議に思った。
両親が冒険者だったとは説明していない。ダミエーラの手紙を一読しただけで、察したのなら理解が早すぎる。
「まあ、はい。そうです。父さんは三歳の頃に亡くなって、あまり覚えていません。でも、母さんが剣術を教えてくれました。十三歳のときに聖剣を譲り受けました。失踪する一年前だから……」
「ちょうど五年前だね。その聖剣はどこに? カレンティアさんは武器を……持っていないように見える」
「ヴォルフ坊ちゃん。私がお預かりしておりますわ。カレンティアさんは御客人ですが……。それこそ、五年前のようなこともありますので」
「心配し過ぎだね。むしろ娘達が悪戯しないか心配だ。剣をどこにしまったのかな?」
「書斎の金庫に入れておりますわ。カレンティアさんが帰られるとき、お渡しいたします」
「物騒な地域だからね。カレンティアさんも帰路は用心してほしい」
ヴォルフガングは視線を向けてくる。何かに気付いてほしい。メッセージを伝えるような眼差しだった。
(ひょっとして聖剣の場所を私に教えてくれた……?)



