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【9話】レーヴェ家の荘園へ

 カレンティアはヒースウッド修道院に二日ほど滞在し、ベロニカの消息に繋がる大きな手掛かりを得た。

 院長や修道女への聞き込みでは新しい話が聞けず無駄骨に終わった。ベロニカは旅の目的地を誰にも教えておらず、帝国の北方としか伝えていなかった。結婚指輪を墓所に埋めた騎士兜の妊婦についても訊いてみたが、そんな人物は誰も知らなかった。

 次にベロニカの私室を徹底的に探すことにした。備え付けの机や本棚をひっくり返し、絨毯も引っぺがす。隣室から騒音の苦情が出たので「作業は昼間にやってほしい」と怒られた。

 申し訳なく思ったが、四年前に見つけられなかったモノを探すのだ。さながら官憲の家宅捜索であった。修道女達は眉をひそめた。部屋を荒らし尽くしたお詫びとして、カレンティアが乗ってきた馬を寄付した。

 やるだけの価値はあった。

(灯台下暗しだったわ。本に挟まれてた手紙を四年間も見落としていたんだから……。母さんの足取りを追う手がかりは、ずっとあの部屋に残ってたんだわ)

 間抜けな話だ。冒険者組合や帝国軍まで動かしたというのに、重要な手紙を四年間も見つけられずにいた。もっと早くにこの手紙を見つけていればと悔いる。だが、ベロニカは意図的に手紙を残したわけじゃなかった。

 そそっかしいベロニカが読みかけの本に手紙を挟み、そのまま忘れてしまったのだ。

(手紙を送ってきたのはダミエーラ……。母さんの古い友人……)

 手紙の差出人はダミエーラという女性。手紙の文面によると母親の旧友だ。ダミエーラは伯爵家に仕えてた武家の娘で、それで関わり合いがあったのだ。

 四年前の手紙にはダミエーラの相談事がつづられていた。

 北方辺境の荘園を営むレーヴェ家で、領主夫妻の一人息子に剣術を教えている。准男爵の田舎貴族であるがリンゴ栽培で財を築き、子息を華やかな社交界デビューさせたい。それが奥方の願望だ。

 当主の父親は大それた夢を見ておらず、「自分の剣で腕や足を切らない程度の剣術。馬から落っこちない程度の馬術。それさえ教えてくれればいい」と現実的だった。

 ある日、ダミエーラは奥方の前で「友人に伯爵家の令嬢だった人がいる」と口を滑らせた。過去形なのは家出をしたからだ。つまり、修道院で隠居しているベロニカである。

 そのことを知ったレーヴェ家の奥方は「伯爵令嬢のベロニカ様をお屋敷に招き、可愛い息子の教育係にしたい」と言い始めた。

 これには大きな勘違いがある。まず、伯爵令嬢だったのは三十年前。手紙が書かれた当時、ベロニカを四十歳の未亡人だ。ダミエーラは誤解を正そうとしたが、レーヴェ家の奥方は思い込みが激しかった。

 あわよくば呼びつけた伯爵家の御令嬢との逆玉を狙っていたのだろうが、レーヴェ家のお坊ちゃんは十四歳。成人年齢にすら達していないお子様だ。

 ダミエーラはベロニカが未亡人だと何度も説明を繰り返した。だが、信じてもらえていない。ベロニカと実際に会えば、奥方も分ってくれるはずである。旅費や滞在費を払うので、実際に屋敷を訪れてほしい。

 また、帝国辺境の閉ざされた荘園で暮らす、お坊ちゃんに帝都で活躍する冒険者の話を聞かせてあげたい。

 ――手紙に記されていたのはそんな依頼だった。

 レーヴェ家の醜聞とならぬように口外を控えてほしい。その旨も書き添えられていた。ベロニカは律儀に約束を守り、レーヴェ家の荘園に向かったと誰にも言わなかったのだ。

(もう……。母さんってば……。口外しないでほしいのは依頼内容だけでしょ。どうして行き先まで秘密にしちゃったのよ! それと、大切な手紙を本のしおりにしちゃ駄目! 『ルココ恋愛譚』に手紙が挟まっていて、私は助かったけれど……)

 カレンティアは『ルココ恋愛譚』を読んでいない。

 母親に薦められたが内容が古臭すぎる。三十年前に大流行したらしいが、ご年配のコンテンツに若者は近づかない。

(レーヴェ家の荘園……。場所は北方の最果てか……。帝国軍や冒険者も近づかない辺境の僻地ね。勢いでとんでもない遠くまで来ちゃったわ。帝都に帰るには二週間はかかりそう。雪が降り始めたら……帰れるかしら?)

 准男爵は正式な爵位とは数えられない。帝都の貴族籍名簿を調べても無駄だ。商人や豪農が金で買うような地位なのだ。しかしながら、辺境では大きな意味を持つのだろう。

 レーヴェ家の先祖はリンゴ栽培で成功した。この情報がなければ、カレンティアは荘園に辿り着けなかった。

 偶然の導きに感謝する。修道院を出入りしている行商人が、レーヴェ家で作られたリンゴ酒を扱っていたのだ。行商人の組合を通じて、カレンティアはレーヴェ家の荘園まで連れて行ってもらうことになった。

 ◆ ◆ ◆

「帝国北方の冬は厳しいぞ。嬢ちゃんは帝都の冒険者なんだろ」

 相乗りさせてもらっている行商人は、レーヴェ家の荘園に木炭と岩塩を売ると話す。荘園で働く農民は二〇〇人程度。地図に名前は載っていないが、隣町ではレーヴェ村の通称で呼ばれていた。

「ええ。こんな僻地まで来たのは初めてよ」

「山道は豪雪で使えなくなる。長毛種の馬でも進めない。レーヴェ家の荘園は険しい谷越えだ。しかも、黒森には悪霊が棲みついてる」

「悪霊ですって?」

 冒険者の好奇心がくすぐられた。カレンティアは商人の馬車にお邪魔しているが、代金は払っていない。護衛という名目で乗り込んだ。カレンティアは上位ランクの冒険者である。そこらの用心棒よりもずっと強い。

「ああ。そうさ。町の連中はレーヴェ家を怖がっている。理由が分かるか?」

「町でうとまれてるのは耳にしたわ。商人さんの言い振りだと、リンゴで大儲けしてるそねみだけじゃなさそう」

「評判になってる蜜リンゴの苗木はな。レーヴェ家の初代当主が黒森で見つけたんだ。おぞましい悪霊に人間の血肉を喰わせて、その報酬で苗木をもらった。……そんな噂があるのさ」

「それって噂でしょ?」

「荘園のリンゴは人間の腐肉を肥料にしてる。……信じてる奴も多いぞ」

 偏見から生じた風評被害だとカレンティアは思った。町の人々はレーヴェ家が気に入らないのだ。荘園はリンゴ栽培で大儲けしている。町の人々もリンゴの栽培に着手したが、まったく上手くいっていないのだ。

(母さんが言っていたわ。農業は積み重ね……。未経験の新規参入者が成功するのは稀なことよ)

 人々は失敗の鬱憤うっぷんをレーヴェ家に向けているのだ。人間の死体を肥料しているなんて悪評まで流す。そういう人々は好きにはなれなかった。

「商人さんは信じているの? レーヴェ家との取引で儲けてるんでしょ。商売のお得意様を貶めるのは損得勘定ができてないわ」

 カレンティアはそれとなくたしなめる。行商人はレーヴェ家のおかげで儲けている側の人間だ。レーヴェ家と取引をしている商人こそ、風評被害で困る立場にある。

「……以前は違ったさ。与太話だと思った」

「以前は?」

「四年前だ。町の司祭様が死んじまった。異常な死に方だったよ。司祭様は頭を自分の手でぎ取った。自殺には違いねえ……。だが、普通じゃねえだろ……? 自分の首をじるなんてよぉ……!」

「死んだのは町の司祭でしょう。どうしてレーヴェ家のせいになるわけ?」

「司祭様はレーヴェ家と揉めてた。五年前の大火事でレーヴェ家の人間が大勢死んだ。荘園の奴らは町から入り込んだゴロツキが放火したと思ってる。実際、そうなのかもしれねえ。……司祭様を呪い殺したのは報復なんだ」

「おだやかじゃないわね。呪殺なら官憲に訴えたら? 闇の儀式は重罪よ。教会だって動くわ」

「町の有力者はビビったのさ。レーヴェ家の御屋敷に火を放った連中が誰の指図を受けてたのか……。それを調べられたら困るんだ」

 カレンティアは顔を曇らせる。町の有力者は犯行を自白しているようなものだ。

「じゃあ、司祭様は生贄の子羊?」

「レーヴェ家は異教徒だ。荘園の連中も黒森の悪霊を祭ってる。俺に言わせれば……まあ……いや、どうでもいい。金になる商売だ。奴らが何を信仰していようが関係ねえ……」

 行商人は怯えた様子で黒森を見渡す。手綱を握る者の怖気おじけは、馬車をけん引する馬にも伝播していた。

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