【163話】トカゲの尻尾

 分断国家となった西アルテナ王国の都、ムーンホワイトに帝国軍の旗を掲げた馬車が駆け抜ける。

 付き従う護衛の騎兵達は、メガラニカ帝国軍の精鋭部隊。帝国軍の上級将校が乗車しているのは明らかだった。

 疾走する馬車を目撃した王都の人々は、白月王城に向かっているものだと思っていた。

 メガラニカ帝国の支配下にある西アルテナ王国は、白月王城に設置された総督府が意思決定権を握っている。

 執政を任じられたグレイハンク伯爵は帝国の傀儡。重要事項の決定は総督府が行っていた。

「開門せよ! 開門を求む!! 我らは帝都アヴァタールからの特使である!! 帝国軍参謀本部ユイファン・ドラクロア少将を護送している! 街門の通行を速やかに許可されたし!」

 護衛隊の少尉が告げる。街門警備の帝国兵達は急かされながらも照会手続きを怠らなかった。

「お時間をおかけし、大変失礼いたしました。街門を開きます!」

 火急の事態だと察した街門の帝国兵は、白月王城への伝令を手配しようとした。夜間の王都ムーンホワイトは全ての街門が閉ざされ、白月王城の大正門が開くことはない。だが、高級将校のユイファンならば例外だ。

「白月王城に通達を出しましょうか? 大正門を通る際、照会の手間を省けます」

「いや、不要だ。気遣いに感謝する」

 少尉は首を横に振った。護衛隊に先導された馬車が向かった先は、王都ムーンホワイトの北東地区。漆黒旗が掲げられた古びた館だった。

 アルテナ王国の敗戦直後、メガラニカ帝国の占領軍は王都の人々から武器を取り上げた。しかし、帝国軍の進駐後も一切の立ち入りを拒んでいた武装勢力がある。

 絶対的な中立組織――魔狩人の狩猟本館。

 魔狩人は国家間および人類同士の闘争には一切の関与しない。古くからの国際慣例上、国境線を自由に超えることが許されている。完全な中立を掲げ、自由を標榜する冒険者組合以上に国家と距離を置いている。

 アルテナ王国は魔物被害の少ない地域だったが、王都ムーンホワイトには狩猟本館があった。魔狩人は一カ国に一つ以上の拠点を置く。国家で言うところの大使館や領事館に該当した。

「ユイファン少将。到着いたしました。王都ムーンホワイト、狩猟本館であります!」

 軍旗を靡かせる馬車が魔狩人の狩猟本館前に停まる。護衛隊の騎兵が周囲を警戒する中、慌ただしく扉が開かれた。

「――間に合いましたか!?」

 顔には長旅での疲労が色濃く浮かんでいた。降り立ったユイファンは情報を急報してくれた現地の諜報員に訊ねる。

「はい、ユイファン少将! 捕らえられた男はまだ生きています。ぎりぎり間に合いました!」

 現地で到着を待ち構えていた諜報員は力強く頷く。

「現状の報告を。簡潔に」

「我々が事態を把握してから、帝国領の魔狩人を通じて協力を呼びかけ、これまで説得を試みてきました。しかし、奴らは男の身柄を帝国に引き渡さない気です。どうにか面会の約束を取り付けましたが、国家による干渉だと強く反発しています」

「そうだろうとも。魔狩人にとって国家の都合は関係ないよ。相手がメガラニカ帝国だろうと、アルテナ王国だろうと、バルカサロ王国だろうと、譲歩するわけがない。――だからこその中立勢力だ」

 第一報が帝都アヴァタールの帝国軍情報局に届いたとき、参謀本部の面々は机に拳を叩きつけた。

 魔狩人の余計な介入は事態を複雑化していた。

 昨年末から追い続けていた重要人物をやっと特定し、ついに捕まえようとした矢先、魔狩人に横取りされてしまったのだ。

(この前の魔物狩りで帝国軍の戦力を貸してやったばかりなのに⋯⋯。せめてメガラニカ帝国の魔狩人なら、もっと話を通しやすかった。よりにもよってアルテナ王国の魔狩人に先を越されるとは⋯⋯。本当に厄介だ)

 聖者殺しの魔物マルファムを討伐する際、メガラニカ帝国軍はタイガルラとキャルルを派兵した。

 魔物の危険性を考えて、アレキサンダー公爵家の七姉妹を二人も出す大盤振る舞いだった。しかし、魔狩人は貸し借りや損得で動く者達ではなかった。

 魔物を倒し、人類を守る。

 崇高なる理念のみで戦う善性の狂人達。

 魔狩人は国家の打算や義理を平然と無視する。しかし、利害の一切を掃き捨てる魔狩人は弱き人々から厚く信頼される。たとえ自分達が死ぬとしても、魔物に立ち向かう勇敢な自己犠牲を体現しているからだ。

「お急ぎください、ユイファン少将。身重の閣下をお呼びするべきではなかったのですが、魔狩人は時間通りにやるつもりです」

「それで? いつ処刑すると?」

「夜明が刻限です。あと十数分で太陽が昇ってしまいます」

「本当にギリギリだ。まったく! 魔狩人め⋯⋯! 国が違っても融通の利かない石頭ぶりは同じか⋯⋯! 処刑はいつでもできる。こちらの用件が終わったら殺させてやるというのに、なぜ待てない⋯⋯」

 魔狩人は魔物を狩る人類の守護者。その刃は人間に向けられることはない。

 ――殺人は絶対の禁忌。

 魔狩人の掟で人間殺しは禁じられている。しかし、たった一つの例外事項があった。

 魔物と協力した者、魔物を利用した者、魔物に組した者を――魔狩人は断罪する。

 相手が誰であろうとも殺す。慈悲は与えない。

 魔物を利用したのが国家であれば、その邪悪な国家を国民ごとでも鏖殺おうさつする。 人道を踏み外し、力を欲するあまり、魔物の力に手を染める。絶対に許されない禁忌だった。

 古の時代、魔狩人の手によって地図から消された軍事国家があった。魔物の軍事利用を研究していたせいだ。

「止まりたまえ。ここは魔狩人の狩猟本館である。武器を携帯したままの入館は許可できない」

 ユイファンは立ちはだかった魔狩人を睨む。しかし、魔狩人は一歩も退かなかった。

「面会の約束は取り付けている」

「掟に従ってもらうぞ。魔狩人の館では掟が絶対だ。たとえアルテナ王国がメガラニカ帝国の占領下にあるとしてもな。下がりたまえ。身重の御婦人殿」

 我慢できなくなった護衛隊の少尉が進み出る。

「無礼な! こちらの御方を何方どなたと心得るか⋯⋯!」

 横柄な魔狩人を怒鳴りつけた。

やかましい手勢を率いているな。人間ならば人語は理解できるだろう? メガラニカ帝国の将軍だろうと、そうさな、たとえ相手がだろうとも例外にはならん」

「⋯⋯ぬぅぅうっ!? その暴言! 聞き捨てならん!! 一介の魔狩人如きが何様のつもりだっ!!」

「よしなさい。少尉。相手は魔狩人です。しかも、アルテナ王国を縄張りとする者達。揉め事は起こしたくありません」

「しっ、しかし! ユイファン少将! こいつは皇帝陛下までを引き合いに出し、我らの前で愚弄したのですぞ!」

 

 護衛の少尉は顔に血管を浮かび上がらせる。

(はぁ⋯⋯。うちの陛下は気にしないと思うけどね⋯⋯。身長の低さを揶揄われたとかならともかく)

 ベルゼフリート本人が耳にしても、まったく気にも留めないだろう。

 侮辱などとは思わず、笑い飛ばしてしまうはずだ。けれど、ベルゼフリートに仕える臣下達は看過できない。

 皇帝に対する不敬を見逃せば、メガラニカ帝国の威信を貶める。

(魔狩人の態度が悪いとはいえ、血気盛んな兵士も考えものだ。⋯⋯今はそれどころではない)

 現在のメガラニカ帝国で至尊とされる存在。帝国軍が身命を捧げている皇帝への侮辱。絶対に許せるはずがなかった。しかし、魔狩人の覚悟も帝国兵に負けてはいない。

「武器は持ち込ませない。我らの掟に従えないのなら去れ。帝国軍を招いた覚えはないぞ。勝手に押しかけてきて、そちらこそ何様のつもりか? 面会を許したのは為政者への厚意でしかない。むしろ感謝してほしいくらいだ」

 大勢の帝国兵に凄まじい怒気を向けられても、魔狩人は眉一つ動かさない。

「貴様ァ! なんという態度! 無礼千万であるぞ! この場で切り捨ててやろうか!?」

「落ち着きなさい、少尉。まったく⋯⋯。貴方達はここで待機。面会は私だけで十分だ」

 妊娠中のユイファンは帝国軍の外装を羽織っているだけで、武器は持っていなかった。

「ユイファン少将⋯⋯! この魔狩人どもは信用できませんぞ⋯⋯!! せめて護衛をお連れください」

「上官命令が聞こえなかった?」

「失礼いたしました⋯⋯!」

「魔狩人が私に危害を加えることはありえないよ。それよりも時間が惜しい。わざわざ帝都アヴァタールから来た意味がなくなってしまう。私はデスクワーク派なんだ。しかも、産休間近。私の苦労を水泡に帰してほしくないね」

「分かりました」

 従えてきた手勢を制止させたユイファンは、自分一人なら文句はないだろうと、立ち塞がる魔狩人の前に進み出る。

「私は武器を持っていない。入れていただけるかな?」

「帝国軍の懐刀、参謀本部のユイファン・ドラクロア少将。まさか直々にご本人が登場か⋯⋯。恐れ入る」

「いつの間にか有名人扱いだ。気恥ずかしい」

 

「帝国軍情報局の元締めがを離れた意味は?」

「元締め? 私は使いっ走りだよ。ただ用心深いだけさ。私は平和を過信しない。かどうかを確かめに来た」

「⋯⋯帝国での噂は我らも聞き及んでいる」

 メガラニカ帝国とアルテナ王国の戦争を早期終結に導いた智謀の女軍人。功名は異国の魔狩人にも知られていた。

(随分な大物が出てきた⋯⋯。メガラニカ帝国はよほど焦っていると見える。やはり帝国内で起きている騒動の原因は魔物で間違いない。――特級冒険者ネクロフェッサーが流した情報通りだ)

 作戦立案と情報分析を担う参謀本部の頭脳が国外にすっ飛んで来るのは異常事態だ。

 戦争中ですらユイファンは現場に出てこなかった。

「身体検査をご希望されるのならどうぞ。ただし、私は瘴気を纏う女仙。皇帝陛下以外が女仙に触れればどうなるか、魔狩人は知っているかな?」

「もちろん」

「で、ご自身の両手を腐り落としてでも調べるかい?」

「いや、結構⋯⋯。武器を使える身体でないと見れば分かる。皇帝の悋気りんきに祟られたくはない」

 魔狩人は視線を落とす。身籠もって膨らんだボテ腹の身体。本来であれば軍役を免除され、療養すべき妊婦が遠路遙々、アルテナ王国に駆けつけた。

「まだ何か?」

「ユイファン少将のご高名は耳にしている。王都ムーンホワイトの陥落も貴方が提案した奇策で成されたとか?」

「アルテナ王国の魔狩人として、なにか思うところがあるのですか?」

「ええ。ありますとも。優秀な頭脳をお持ちなら人類のために使っていただきたいものだ。無益な戦争のためにではなく。一体どれほどの人命が無駄になったか」

「反戦の教えを請いにきたと思っています?」

「いいや。⋯⋯我らが捕らえた罪人に用があるのだろう。帝国の魔狩人を通じて要請は受けた」

「譲歩したのですから、そちらも誠意を見せてほしい。はやく案内してください」

「ユイファン少将お一人でこちらへどうぞ。足下にお気を付けください。罪人との面会を許可します」

 ◇ ◇ ◇

 先般、魔狩人によって捕らえられた男は、人材紹介を生業とするブローカーだった。

 昨年三月の戦争終結後、メガラニカ帝国によるアルテナ王国の占領政策が始まると、男は失業者への職業斡旋で日銭を稼ぐようになった。

 アルテナ王国で失業者達をかき集め、メガラニカ帝国に送っていた。死恐帝の災禍が終息した帝国本土は、経済の復興の真っ只中にある。安価な労働力は歓迎されていた。

「違う! 俺は何も知らなかったんだ! 本当だ! 信じてくれよぉ! 相手が魔物だなんて思わなかったんだ!!」

 地下牢に閉じ込められた男は泣き叫ぶ。何百人もの失業者をメガラニカ帝国に送った。人間を送れば紹介料をもらえる。そういう取り決めを帝国の商会と結んでいた。

「俺は無実だ! 魔狩人に罰せられるようなことはしちゃいない!!」

 帝国軍の諜報員は、王都ムーンホワイトで暗躍していたとされる正体不明の女仙を調べていた。その中で浮かび上がった重要参考人が、このブローカーだった。

「⋯⋯あの男が?」

「ええ。あの牢に繋がれている罪人がそうです。アルテナ王国やバルカサロ王国の人々を魔物に売り渡した。被害者の数は正確に把握できていませんが、一〇〇人以上は犠牲になっています」

「冤罪ではないと?」

「直に魔物と取引しなければ魂に淀みは生じません。確実に黒です。どこまで自覚があったかは知りませんが、人外と取引した認識はあったはずだ」 

 諜報員が帝国本土の情報局に調査したところ、男の紹介でメガラニカ帝国に渡ったとされる失業者は全員が消息不明だった。

 その事実は帝国軍だけでなく、魔狩人も突き止めている。

 失踪した数百人の人間。男はメガラニカ帝国に送り出したと主張するが、消えた人間はどこにもいなかった。行方不明者のなかには、反帝国のレジスタンス活動に従事していた元アルテナ王国軍の兵士も多く含まれていた。

「なんで! どうして俺が死刑なんだ! 正当な裁判を! 裁判をしてくれ!! たしかに俺は悪どい商売をしたかもしれねえよ。でも、死刑になるほどのことか!? 俺は戦争で職を失った奴らに食い扶持を紹介してやったんだ!」

「お静かに。処刑の時間が差し迫っています」

 ユイファンは鉄格子越しに囚われた男と対面する。近くには見張りの魔狩人が三人。そして廊下の奥に首切り包丁を研ぐ処刑人がいた。

「なぁ、頼む! 頼むから助けてくれよ!! 貴方は帝国軍の偉い将校様なんだろ! アルテナ王国はメガラニカ帝国の保護下だ! 国民を守る義務が軍人にはあるだろ!!」

「――結論を先に申し上げましょう。貴方は助けられません」

「なっ!? どうしてだ!? ふざけんな! 助けろよ! 俺がこうなったのはメガラニカ帝国がアルテナ王国をめちゃくちゃにしたせいなんだぞ!」

「責任転嫁も甚だしい。貴方の罪状と我が国は無関係ですよ。魔狩人は魔物を討つ者。そして、魔物と取引した人間を必ず殺す。夜明けとともに貴方は処刑されます」

「違う! 嘘っぱちだ! 俺は魔物と取引なんかしちゃいない! 見た目は人間だった! 魔物と取引するもんか! 帝国の商人を名乗る女だった! そいつに騙されちまったんだよぉ!」

「いいですか。よくお聞きなさい。――私が持ちかける取引は、貴方の家族に対するものです。貴方が処刑されるまで、残り五分もありません。しかし、その間、私の質問に素直に答えてくれれば、帝国軍は残された家族の安全を保障し、今後の生活を支援します」

「⋯⋯う、うそだろ⋯⋯! 本当に死ぬしかねえのかよ。死にたくねえ。うぅっ⋯⋯ふざけんな⋯⋯! まだ死にたくねえよ⋯⋯!!」

「貴方を騙した女商人とは? 覚えていることを全て教えてください」

「会ったのはほんの数回だ。顔の良い女だった。最初に会ったのは昨年の三月⋯⋯。ああそうだ。帝国軍が王都ムーンホワイトを占領していたとき、歓楽街の酒場で儲け話があるって持ちかけられた」

「王都ムーンホワイトで会った? 名前は何という女ですか?」

「女の名前はレヴェチェリナ。⋯⋯帝国貴族ヴォワザン家の人間だと名乗った。レヴェチェリナ・ヴォワザン。帝都じゃ有名な貴族の一族だと自慢してやがった」

 自分の処刑を受け止めた男は嗚咽を漏らしながら答えた。

「レヴェチェリナ・ヴォワザン⋯⋯。帝国貴族⋯⋯?」

 ヴォワザンの家名に聞き覚えがあった。

 ヴォワザン公爵家。破壊帝時代に断絶したとされる七選帝侯の家門。本家のみならず、分家も滅び去り、かつての所領は別の貴族達が治めていた。

「あんたみたい面の良い美女だった。すっかり騙されちまったんだ。俺はよぉ⋯⋯。すげえ儲け話だと信じちまった!」

 悪業の魔女レヴェチェリナ・ヴォワザン。王都ムーンホワイトで暗躍していた女仙の正体。しかし、既にレヴェチェリナはアルテナ王国での仕事を終えていた。

 王子リュートの屍骨、女王セラフィーナの胎盤、そして妖魔兵を製造するために必要な生きた人間達。欲しいものは全て手に入れた。

 ユイファンはいくつかの質問し、男は素直に答えれば寿命が延びるのではないかと縋りついた。しかし、魔物と手を結んだ人間に魔狩人は情けをかけない。

「夜が明けだ。――刻限だぞ。罪人を処刑する」

 首切り包丁を構えた魔狩人が立ち上がった。

 人間を守るために人間を殺す。

 魔狩人において特別な役職を与えられた断罪者である。

「待てっ! 待ってくれ! まだ話せる! 俺は重要な情報を知ってるぞ! お前達はあの女を! あの魔物を追ってるんだろ!? まだ話してないことがある! 俺を殺さずにいてくれれば⋯⋯、やめろ! やめろやめろぉ! やめさせてくれぇ! まだ生きたい! やっぱり死ぬのは嫌だ! ふざけんな! 死にたくない! 死にたくないぃ!! 助けて! 助けてくれぇぇえ!」

 地下牢に入った処刑者は暴れる男を片手で取り押さえる。首切り包丁は断罪の刃。人間を裏切り、魔物と言葉を交わした者しか殺せない。

「ひぃいい! 神様! どうか! 助けてぇ! 神様ぁあ!! 慈悲深き創造主様ぁ! 俺を助けで⋯⋯! あぁっ! んぎゃぁっ⋯⋯! いぃっ!」

 男の首筋に刃が沈む。冤罪であれば包丁は皮膚に弾かれる。魔狩人は裁判を必要としない理由だった。

 魔物と取引した人間は必ず魂が魔素で淀む。その淀みこそが犯罪を証明している。

「ユイファン少将はご退出をお願いします。この先は部外者に見せられません」

「待ってほしい。⋯⋯この男は重要な情報を知っている。処刑するのは早計かと思われるが?」

「魔狩人の掟です。懺悔の時間は与えました。命乞いに耳を貸す必要はありません」

「醜い命乞いではある⋯⋯。しかし、この男から情報を聞き出せなければ、大きな被害が出るやもしれない。それが人類を守護する魔狩人の本意か?」

「情報将校のユイファン少将であればご存知のはずだ。我々は死人から情報を引き出す秘技があります」

「⋯⋯分かった。情報提供を期待している」

「出口までお見送りいたします。門前で待たせている手勢がさぞ心配されているでしょう。さあ、どうぞ」

 促されたユイファンは地下牢を後にした。

(魔狩人は情報を提供してくれるが、それはあくまでも魔物を退治するための協力⋯⋯。人類の利益を第一とし、国家の権益には配慮しない。ただ、魔狩人はメガラニカ帝国の皇帝がだと知っている。そこには期待しておこう)

 魔狩人は捕らえた罪人を速やかに処刑する。

 死んだ人間から情報を抜き取る方法があった。人間に対する死霊術である。

 無論、ほぼ全ての国家で禁止されている。

 法治国家では許されない非人道的行為。しかし、魔狩人は国家に属さない治外法権の組織。魔物と与した人間の人権を魔狩人は否定する。

「ユイファン少将!」

 館外で待っていた部下達が駆け寄ってくる。

「情報を帝国本土に送る。敵の正体を掴めるかもしれない。少尉、白月王城に馬車を向かわせてくれ。ヘルガ妃殿下が作った遠隔通信の結晶石を使いたい」

 白月王城に置かれた遠隔通信術式の結晶石は昨年三月、帝国軍によって持ち込まれた。帝国元帥レオンハルトが占領地の王都ムーンホワイトから本国に指示を出すため、宮廷魔術師のヘルガ王妃が製造を手掛けた。

「帝都と交信を? ですが、起動には時間がかかります。それにあれは傍受の危険性があると⋯⋯。早馬の準備はできております」

 遠隔通信術式の結晶石は便利な代物ではあった。しかし、帝国本土との距離があるため、通信を傍受される可能性は高い。機密情報は文書で送るのが望ましかった。

「敵は私達に先んじて行動しています。早馬で文を運ばせるよりも通信術式のほうが早い。一刻も早く参謀本部に伝えなければならない情報がある。傍受の危険を冒してでも今は迅速性だ」

 ユイファンが浮かべる憂慮の感情は色濃かった。

(大神殿の公安総局が調べていた正体不明の女仙。もしその正体が魔物だとしたら⋯⋯)

 魔狩人に処刑された男は魔物と取引をした。そうでなければ魔狩人は人間を害さない。

 ――大きな疑念が生じる。

(魔狩人が捕まえたあの男は、王都ムーンホワイトでレヴェチェリナ・ヴォワザンを名乗る女商人と取引をしていた。魔物が女に化けて人間を騙す。ここまではいい)

 ――問題なのは女と接触した場所だった。

(王都ムーンホワイトで会っていただと? これはありえない。否、あってはならない事態だ。なぜ退魔結界の内側に魔物が侵入している? 戦争中も王都の退魔結界は維持されていたはずだ)

 王都ムーンホワイトの退魔結界は機能している。戦争の最中だろうと、結界の基点である破魔石を意図的に破壊するのは御法度だ。

(魔狩人はレヴェチェリナ・ヴォワザンを魔物と見做している。アルテナ王国の退魔結界に穴があったのか⋯⋯? それは考えにくい。いずれにせよ、魔狩人が大陸全土に招集をかけて、腕利きの狩猟者を呼んでいるのは⋯⋯。嫌な予感がする)

 はるか古の昔から進められてきた魔女の姦計。戦いの勝敗は始まる前にどれだけ準備を積み重ねたかで決する。

 ユイファンの情報が帝都アヴァタールにもたらされるより早く、レヴェチェリナの計画は発動する。

 ――大陸歴八紀、九年三月二十三日。帝都アヴァタールで凶事が起こる。

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