【246話】売国女王の誘い

「落ち着いてください。怯えなくても大丈夫ですよ。逃げようとしなければ、他は自由にして構わないようです。勝手にお喋りをしても周りは止める気がなさそうですし⋯⋯。貴方も帝国出身ではありませんよね? 教会の神術式を身体に宿してらっしゃる。どこの国から?」

「私はイシュチェルと申します。⋯⋯信じられないかもしれませんが、バルカサロ王国の王妃ですわ」

「⋯⋯おや? 驚きです。バルカサロ王国の王妃様であらせられましたか。先ほどの無礼をお許しいただきたく――」

 マリエールとイシュチェルの会話を黙認していたはずの警務女官が薙刀を突きつける。

「――何か? どうされました? メイドさん? 気に障ることでも? 悪巧みの相談はしておりませんよ」

 マリエールは憮然とした態度を崩さない。イシュチェルは血の気が引き、今にも卒倒しそうな真っ青な顔色になった。

「妃位の詐称があった。貴方達は側女だ。宮中では自分が王妃などと名乗らないことだ。まだここはグラシエル大宮殿の中庭だから見逃しましょう」

「ご忠告、痛み入ります。以後は気をつけましょう。それと、イシュチェルさんが怯えています。この物騒な薙刀を引っ込めていただけますか」

「⋯⋯貴方達はご自分の立場が分かっていないようですね」

 あからさまに不機嫌な態度を見せる警務女官。マリエールは不敵に笑った。

「お言葉を返しますが、メイドさんは私の立場をご存知でない? 非公式とはいえ、私は教会からの献上品です。職務熱心なメイドさんであろうと、皇帝陛下への贈り物に傷を付けたら責任問題では? 私の身体は貴方達が敬愛する主君の所有物。従者が大切な積み荷を棄損したと主人が知ったら、どうなるのでしょうね」

「⋯⋯⋯⋯」

「私は傷物になっても構いませんけれどね。メイドさんがどんなお叱りを受けるのか気になります」

 マリエールは向けられた刃先に自分の頬を近付ける。

「あと半歩、ほんのちょっと近づけば私の綺麗な顔に傷が付いてしまいますね。皇帝陛下はご覧になりたかったでしょう。私の傷のない顔を⋯⋯。貴方が台無しにするのです」

 安っぽい挑発だったが効果は覿面てきめんだった。

「言動には気をつけなさい」

 警務女官は突きつけた薙刀を収める。マリエールは引き下がる警務女官に手を振って見送る。

「行ってくれましたね。怖いメイドさんです。ああ、恐ろしい」

「⋯⋯私にはマリエールさんも恐ろしく思えましたわ。とても豪胆でおられる」

「向こう見ずなだけですよ。後先を考えない性格なものでして」

「そんなことはございません。さすがは教会の御方ですわ」

「郷に入れば郷に従えです。親切なメイドさんの警告に従いましょう。これからはイシュチェルさんとお呼びしますね。以後は礼節を欠きますが何卒ご容赦ください」

「ええ、構いませんわ。私もマリエールさんとお呼びいたします」

「なぜバルカサロ王国の要人がメガラニカ帝国に? 混乱の渦中とは存じておりますが、本国から拉致されたわけではないでしょう?」

「お恥ずかしながら、反乱で祖国を追われて逃げてきたのです。第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオの陰謀です」

「事情は聞き及んでおります。とても大変な目に遭われておられますね。⋯⋯しかし、せません。よりにもよって亡命先がメガラニカ帝国? なぜ?」

「東アルテナ王国に亡命を図ったのですが⋯⋯。グウィストン川で乗っていた船が襲撃を受けました。目が覚めたら、私はメガラニカ帝国におりました」

 イシュチェルはマリエールにこれまでの経緯を話した。記憶の抜け落ちがあるため、曖昧で分かりにくい説明になってしまったが、道中で沈没船の残骸を見ていたマリエールはおおよその内容を把握する。

(この女性はバルカサロ王国の王妃イシュチェルで間違いなさそうです。これは好ましくない状況ですね。アルテナ王国の河川港で耳にした話とも合致する。となれば、アーロン王子はおそらく⋯⋯)

 東岸の波止場でマリエールは男児の遺体が発見された話を聞いていた。

(メガラニカ帝国はどこまで情報を得ているのでしょうね。西アルテナ王国を治めるグレイハンク伯爵はそこまでの情報を得ていないようでした。東アルテナ王国側は? あの話を私はリンジーさんから聞いて⋯⋯? いや、おかしいです。なぜ私に話した?)

 マリエールは強い疑念を抱いた。イシュチェルと出会う前は、単なる不幸な事故としか思わなかった。しかし、第六王子アーロンがグウィストン川で行方知れずなら、話は大きく変わってくる。

(これからメガラニカ帝国へ赴く人間に話してはならない重要な情報です。東アルテナ王国は沈没した難民船に誰が乗っていたか知らなかった? 状況を把握できていないから、雑談であの話を⋯⋯?)

 上流から流れてきた水死体。バルカサロ王国の難民船が沈没し、沿岸に死体が打ち上げられた。その中には生後間もない赤子の姿。見聞きした情報を整理し、マリエールは深く考え込む。

(リンジーさんは老獪⋯⋯。謀略で偽情報を与えられた可能性がある。まだイシュチェルさんに話すべきではなさそうですね。グウィストン川の東岸で男児の水死体が見つかったとは……。少なくとも今、真偽が曖昧な話をするべきではない)

 マリエールは迷う。国王チャドラックの遺児アーロンを死なせてしまったと知った未亡人はどんな反応を示すか。イシュチェルは自暴自棄になるかもしれない。

 生きる希望を失った人間の行動は予測不可能だ。

「イシュチェルさんは血酒を飲まれたのですよね?」

「は、はい。たぶん⋯⋯。そういうお薬を投与されたと説明を受けましたわ」

「天空城アースガルズがどのような場所か分かっておられますか?」

 マリエールは柔らかい口調を崩さなかった。これから二人が向かう先は男子禁制の後宮。メガラニカ皇帝に奉仕する美女だけが住まう性悦の花園である。

(後宮に入内した女は皇帝ベルゼフリートに抱かれる。まさかバルカサロ王国の王妃であるイシュチェルさんを手籠めにする気で⋯⋯? 下手をすれば戦争になりかねない火種です)

 その懸念は的中する。マリエールの質問にイシュチェルは厳しい表情で頷いた。夫を失ったばかりの未亡人は下唇を噛みしめる。

 豪華絢爛な後宮では、美女達がメガラニカ皇帝を慰安する。イシュチェルは今日から性奉仕女ハーレムの末席に名を連ねる。

「女仙とは何なのか。事細かく説明していただきましたわ。私は皇帝陛下にお仕えしなければならないと⋯⋯」

「イシュチェルさん⋯⋯。強要されているのではありませんか?」

 マリエールはメガラニカ帝国を訪れてから初めて嫌悪を覚えた。

(――人道に反しています)

 イシュチェルの境遇は自ら望んで苦難の道を歩むのとは異なる。夫婦の誓いを守り、亡夫に操を立てようとしている貞淑な未亡人が辱められる。

(夫を失った寡婦かふは手厚く保護されるべきだというのに⋯⋯。メガラニカ帝国は何を考えているのでしょう)

 教皇候補の聖女であったマリエールには認め難いものだった。

 イシュチェルは桃色の唇を噛み締め、心中で渦巻く苦悩を独白する。拒否できるものなら跳ね除けたい。けれども、グウィストン川で消息不明となったイシュチェルの生存を知る者は誰もいない。助けは期待できなかった。

「我が子を助けるためですわ。私の働きが評価されればアーロンが帝国軍に捕まったとき、温情を出してくださる。どんな屈辱にも耐えますわ⋯⋯」

「アーロン様は救助されているのですか?」

「いいえ。けれど、アーロンは必ず生きております。メガラニカ帝国の皇帝が私の肉体を所望されるのなら、喜んでお捧げしましょう」

「⋯⋯⋯⋯」

「マリエールさん? どうされました?」

「黙っていようと思いましたが、お話すべきかもしれません。イシュチェルさん、心してお聞きください。私は東アルテナ王国である話を⋯⋯」

 いたたまれなくなったマリエールは、隠そうとした悲壮な現実を告げようとした。既に死んでいる子供のために、イシュチェルは己の身を売ろうとしている。元聖女として見過ごすことはできなかった。

 しかし、二人の会話は突風で遮られる。

 グラシエル大宮殿の中庭に昇降籠が着陸した。巨大な鳥籠の最上部では飛行石の結晶が輝いている。女官が手際よく安全確認を済ませて、施錠された分厚い大扉を開放する。

 ◇ ◇ ◇

 昇降籠から出てきた黄金髪の艶美な妊婦にマリエールとイシュチェルを目を奪われた。

 妖術で魅了されたような錯覚に陥る。絶世の美貌は同性すらも骨抜きにしてしまう。美を極めた面貌から意識を引き剥がす。この場に若い男がいたなら、豊満な美乳に性欲を煽られていたであろう。

 華美なマタニティ・ドレスを着こなし、豊満たる横乳を惜しげもなく晒す。背後は首筋から臀部までを大胆に露出させ、腰のくびれと巨尻を強調するエロティックなデザイン。ふっくらと盛り上がったボテ腹は、皇帝の御子を子宮で育てている証である。

「やはり下界は暑いですわね」

 黄金髪を優雅に靡かせた妊婦は、厚底のヒールで芝生を踏みしめる。歩く度に爆乳が小気味よくはずむ。

 マリエールは控え目な自分の胸部を嫌でも意識する。巨乳のイシュチェルでもバストサイズはワンランクほど劣り、乳房の形や張りでは勝負にならない。

 生まれつき垂れ気味だったイシュチェルの乳房は三十路を過ぎてから顕著になった。面前に現れたセラフィーナはイシュチェルより年下ではある。今年で三十七歳を迎える美熟女だが、先祖にサキュバス族がいるおかげで衰えがまったく見られない。そればかりか、熟しきった媚肉は若娘が持ち得ない魅力を醸し出している。

「はじめまして。お話は伺っておりますわ。お二人は私を御存知かしら? くふふふふっ⋯⋯。私はセラフィーナ・アルテナ。メガラニカ皇帝ベルゼフリート陛下にお仕えする愛妾ですわ」

「セラフィーナ様⋯⋯。あのおぞましい噂は本当だったのですね。信じたくはありませんでしたわ」

 愕然とした表情でイシュチェルが言葉を絞り出した。

「イシュチェルさん。以前は義理の母だったというのに、直接お会いするのは初めてですわね。バルカサロ王国でどんな噂をお聞きになったかは存じませんが、全て事実とお答えいたしましょう。後宮に入内すればすぐに分かりますわ」

「お腹の子供は⋯⋯」

「もちろん、ベルゼフリート陛下の御子ですわ。二度目の懐妊♥ 祝福していただけるかしら? くふふふっ♥︎ あら、そちらは教会の御方ですわね? 教会には感謝しております。ガイゼフ・バルカサロとの離婚を正式に認め、ベルゼフリート陛下と再婚する許しをくださった。子宝は創造主様の恩寵に違いありませんわ」

 セラフィーナはマリエールに微笑みかける。

「マリエールと申します」

「教皇庁の聖山から長く遠い旅路だったでしょう。心から歓迎いたしますわ」

「セラフィーナ様。私の素性はグレイハンク伯爵に包み隠さず明かしました。目的についてもです。お手紙は受け取っておられますか?」

「はい。グレイハンク伯爵の手紙に書かれておりましたよ。利害が一致する者同士。マリエールさんとは手を取り合って仲良くしたいわ」

「私もそう思っております。しかし、イシュチェルさんを拉致し、無理やり後宮に入れるのは無益な争いを生じさせる。好ましくありません。そうは思われませんか?」

「お優しいのね。しかし、私が決めたことではありません。私の黄葉離宮でお二人を引き取ることも事後決定ですわ」

「御寵愛を授かっているセラフィーナ様なら、皇帝陛下を説得できるのでは?」

「くふふっ⋯⋯。ベルゼフリート陛下を説得? ごめんなさい。メガラニカ帝国や宮中事情を知らないのだから、勘違いするのは無理ないわ」

「勘違い?」

「イシュチェルさんの入内は、ベルゼフリート陛下も無関係ですわ。三皇后のご意向よ。不満があるのなら、そちらに苦情を申し上げてください。⋯⋯もっとも、側女の身分で皇后に楯突くなど、到底許されませんけれど」

「イシュチェルさんのお気持ちはどうなります? 身を捧げるのは私だけで十分です。なぜ国を追われた哀れな女性を弄ぶのですか? 人道に反します。⋯⋯メガラニカ帝国の利益にもならない」

「宮中秩序に従ってほしいわ。人道だとか、良心だとか⋯⋯。下らない些事に拘っていては、後宮で暮らしていけませんわよ?」

「人の尊厳を捨ててまで暮らす価値がメガラニカ帝国の後宮にはあると仰るわけですか」

「ええ。あるわ。だから、私はこうなっているの」

「⋯⋯⋯⋯」

「出自がどうであれ、イシュチェルさんは女仙になったのです。愛妾の私に仕え、黄葉離宮でしっかり働いてもらいますわ」

 セラフィーナはマリエールの抗議に耳を貸さなかった。バルカサロ王国の王妃イシュチェルを教育するように三皇后から命じられている。これを拒否する選択肢はない。

(境遇に同情はするけれど、私にも守らなければいけない愛妾の立場があるわ。何よりも私自身の幸福⋯⋯♥ 皇帝陛下に授けていただいた愛子いとしごの繁栄⋯⋯♥ そのためなら汚れ仕事だろうと喜んでいたしましょう)

 イシュチェルを入内させる真の狙いはまだ分からない。しかし、必ずメガラニカ帝国の利益に繋がっているはずだ。

「マリエールさん⋯⋯。私は大丈夫ですわ」

「ほら。当人が大丈夫と仰っておりますわ。聞いておりますわよ。イシュチェルさん。子宮の聖印が効力を発揮していれば、身籠らないのでしょう?」

 近づいてきたセラフィーナはイシュチェルの下腹部を指先で撫でた。

「その通りです。⋯⋯私はセラフィーナ様のようにはなりません」

「あら。皇胤を拒むだなんて不可能ですわ。だって、私達は女なのよ? くふふふっ⋯⋯♥」

 孕み腹が蠢いた。セラフィーナの子宮に宿る胎児が動き回っている。

「子宮の聖印はバルカサロ王家の男子にしか反応いたしません! 夫を失った今の私は、永遠の不妊状態にありますわ。好きなだけ私の身体を辱めればよろしい。無駄撃ちですわ」

「それだけではないでしょう? アストレティア妃殿下が〈朱燕の乙女貝〉でイシュチェルさんを無垢の身体に戻しておられる。最愛の殿方でなければ処女は奪えません。教会の聖印を上書きするための試練ですわ」

「試練⋯⋯?」

「あら? お分かりにならないの? イシュチェルさんにとって最愛の殿方が移り変われば、復活した処女膜は破られてしまうわ。子宮を守る奇跡がいつまで持つでしょうね。心が揺らげば護りも弱まる。くふふふっ♥︎」

「私はセラフィーナ様のようにはなりません! ⋯⋯アルテナ王国では売国女王と蔑まれている。恥ずかしくはないのですか?」

「そういうイシュチェルさんは祖国で何と呼ばれているのです? 噂によれば王殺しだとか?」

「反逆者の讒言ざんげんです! 私は夫を殺しておりませんっ! 濡れ衣ですわ!」

「あら、そう。くふふふっ⋯⋯! ずっと立ち話では疲れてしまいますわ。続きは黄葉離宮でしましょう。ベルゼフリート陛下がお待ちですわ」

 セラフィーナは新入りの側女二人を昇降籠に招く。イシュチェルは怒りで顔を赤く染める。一方でマリエールは冷静だった。

「皇帝陛下に謁見できるのですか」

「意外そうですわね? ベルゼフリート陛下は教会がどんな乙女を貢いできたか興味を持たれております。マリエールさんに沢山の質問をなさると思いますわ。たくさんお話をなさってください。このところ外出できずに、退屈なさっておられます」

「それは素晴らしい。願ったり叶ったりです。皇帝陛下とお会いするのに数ヶ月は要すると思っておりました。なるほど、これなら私物を没収されても不満はありません」

「ああ、それと⋯⋯ふふっ⋯⋯♥ 今日から伽役を務めていただきますわ。ベルゼフリート陛下と御身体の相性が合うかしら⋯⋯♥ マリエールさんとイシュチェルさんがどんなセックスを見せてくれるのか。愉しみですわ」

この記事を保存する
この記事を保存しました

関連記事

【連載】亡国の女王セラフィーナ 〜ショタ皇帝の子胤で孕む国母 不義の子を宿す子宮〜

【連載】冥王の征服録 レコード・オブ・ザ・モンスター

1,354フォロワーフォロー

【人気記事】PVランキング

日間
月間
雑誌
小説
レビュー

新着記事

Translate »