カレンティアが赴いた父親の墓所は、生まれ故郷の村にある。帝都の距離からは乗り合い馬車で約二日ほど。急げば一日に旅程を短縮できるが、カレンティアは長旅をのんびりと楽しみたい気分だった。
父親の墓を訪れる人は少なくなった。
慰霊目的なら帝都の記念碑に手を合わせるだけで十分過ぎる。親族のカレンティアですら命日に合わせて墓参りしていない。
「まだ花束が手向けてくれる人がいるのね……。父さんってば……。ふふふっ。母さんが言ってた通りだわ。本当に人気者……。私が死んでも、帝都の大通りに記念碑を立てられたり、十五年経っても花を手向けてくれる人がいるとは思えない」
近隣に住む村の人々であろうか。律儀なことだと思う。いくつかの花束が供えられていた。
「冒険者になったとき、必ず父さんに追いつくって宣言したわ。母さんも応援してくれた。でもね、すごく遠いの……。本当に遠いわ。英雄の背中はちっとも見えてこない。父さんはどれだけ早く走っていたの?」
カレンティアは父親が愛飲していたお酒を墓石に撒いた。
「父さんに謝らなきゃいけない。ごめんなさい。結局、母さんは見つからなかったわ。冒険者組合に捜索願いを出したけど……取り下げてきた。もう四年……。潮時だわ。母さんが自殺したと思ってる人もいる。修道院の人はそう考えているみたい……。違うよね……。母さんは自分で死んだりしないわ……。いくら父さんが恋しいからって……」
空になった酒瓶の蓋を締める。
母親と墓参りした幼少期を懐かしむ。握力が弱かった子供の頃は、どうやっても瓶の蓋を回せなかった。
「私は事故だと思ってるわ。ほら、母さんって、無計画なところがあるからさ。私を妊娠したのだって事故なんでしょ? ふふっ……! 昔ね、母さんから聞いちゃったの。避妊に失敗しちゃうのが母さんらしい。でも、こうして私が産まれたわけだから感謝すべきかしら?」
近況報告を一通り終える。そして、本題に入る。
「結婚しようと思う。相手は冒険者のクロヴィス。お父さんに助けてもらったことがあるんだって……。最初は私に近づく口実だと怪しんだわ。そういう奴が多かった。でも、クロヴィスは嘘付きじゃなかった。……あっ、でもね、お父さんを過大評価してる。美化っていうのかしら? きっと実物に会ったら失望しそうだわ」
カレンティアは嬉しそうに笑う。
「子供が産まれたら、お父さんの名前をもらうわ。男の子だったらね。女の子だったら母さんの名前。私達の子供が冒険者になるかは分からない。……ああ、それとね。これは余談。お母さんの実家から使者が来たわ。最初は伯爵家の執事だったかしら。次はお祖父ちゃん……。本家の血筋が危ういから、戻ってきてくれってさ。……泣きつかれちゃった」
伯爵家の御家騒動はクロヴィスにも話していない。
カレンティアを産み育てたベロニカは、由緒正しい伯爵家の令嬢だった。出奔したときに貴族籍は抹消されている、と今まで思っていた。カレンティアも母親からそう聞かされていた。「血筋で大貴族に返り咲こうだなんて思ってはいけないわ。カレンティアは冒険者の娘よ。弁えておきなさい」と言い聞かされて育ったのだ。
――しかし、カレンティアの祖父は愛娘が戻ってくる日を待っていたらしい。ベロニカの貴族籍は抹消されなかった。
家督はベロニカの兄が継いだ。その兄も妹には甘く、貴族籍を残した。これが後々の現在になって火種となる。
ベロニカの兄は病弱で子に恵まれず、後継を作らずに亡くなった。つい一年前に持病の悪化で命を落とした。未来を託したはずの後継者に先立たれ、伯爵家の家督は老い衰えた祖父のところに戻ってきた。
本家筋が断絶すれば、爵位と財産は分家に奪われる。
そこで孫娘のカレンティアにお呼びがかかった。
「はぁ。すごく面倒くさいでしょ? 駆け落ちした母さんを勘当したくせに……いや、伯爵家の家宝を盗んだ母さんもかなり悪いけど……。いいえ、かなり母さんが悪いわ。あと、唆した父さんも悪いと思う」
今さら伯爵家の家督を継ぐなんて無理だ。丁重にお断りした。しかし、伯爵家も引き下がらない。
カレンティアが持っている聖剣は伯爵家の宝物だった。駆け落ちしたベロニカが持ち出した盗品。こればかりは言い訳が通じない。今まで問題にならなかったのは、愛娘を窃盗犯にしたくなかった家族の情だ。分家に伯爵家の家督を奪われれば、そうもいかなくなる。一種の脅しだ。
「母さんの捜索に伯爵家が協力的だった理由も納得したわ。お祖父ちゃん、かなり困ってた。可愛がってた息子に先立たれて、家出した娘は行方不明……。同情を禁じ得ないわ。だから、私の子供を養子にする話は……受けようと思ってるわ。もちろん、クロヴィスとも相談するけど」
カレンティアは泣き縋る老人の頼みを拒めなかった。考えてみれば祖父は完全な被害者だ。そして加害者はカレンティアの両親である。盗品の聖剣を使わせてもらっている負い目もあった。
「そうそう。これも言っておかなきゃ。お祖父ちゃんからの伝言ね。お父さんを心の底から恨んでいる。あの世でぶち殺すって……。あの調子ならお祖父ちゃんは長生きしそう」
カレンティアは長話の独り言を終えた。
父親への墓参りでやるべきことは為した。次は母親の私物を取りにヒースウッド修道院へ急がねばならない。
「そろそろ雪が降りそう。のんびりしてられないわ。あっ……。村の司祭様に母さんの名前を墓碑に追加してほしいって頼むんだった。私は母さんの娘だわ。大ポカする癖があるみたい」
行方知れずになって四年。ベロニカの亡骸は見つかっていない。だが、伯爵家が手を尽くし、カレンティアが冒険者組合に依頼を出しても見つからなかった。もはや望みは捨てるべきだ。
失踪した「ベロニカ」の名を墓碑に刻んでもらう。墓所を管理している村の司祭に頼めば、引き受けてくれるだろう。
「――え?」
カレンティアは信じられないモノを見つけてしまう。銀製の指輪が光っている。父親が眠る墓石の影に指輪が埋められていた。
拾い上げて確信する。父親と母親の名前、結婚した日付が刻まれている。カレンティアは聞かされていた。父親は金の指輪、母親は銀の指輪。これはベロニカの結婚指輪で間違いない。
「なんで母さんの結婚指輪がここに……?」
未亡人となった後もベロニカは結婚指輪を外さなかった。行方不明になった四年前、ベロニカは左手の薬指に結婚指輪を嵌めていたはずだ。
夫婦愛を誓った結婚指輪が墓所に埋められていた。これは何を意味しているのだろう。カレンティアは摘まみ上げた銀色の指輪を見詰める。



