国王チャドラックの謀殺後、混迷を極めるバルカサロ王国は、三つの勢力によって内戦状態に陥っている。
第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオの跡目争い。骨肉の殺し合いをさらに激化させた第三勢力は、第一王子ドラミホールの妻であった王太子妃ヴァテリィだ。
王宮大逆事件で命からがら逃げ延びた王太子妃ヴァテリィは、国王ともども惨殺された夫の仇討ちをするため、故郷で愛国義勇軍を結成した。
国王殺しの首謀者はイシュチェルとされたが、その発表を鵜呑みにする者ばかりではない。前王妃エルシェベナの旧臣達が首謀し、乗せられた第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオが王位簒奪を目論んだと聡い者達は勘付いていた。
大逆に手を染めた二人の王子は争い始め、運悪く凶作も重なり、国土は荒れ果てていった。困窮する人々の心は次第に王太子妃ヴァテリィの愛国義勇軍に流れつつある。
――しかし、台頭した第三勢力も清廉潔白な存在ではなかった。
「それで? 死体はどうしたの? 答えなさい」
ヴァテリィは自室に呼び寄せた部下を鬼の形相で問い詰める。美しい女性であったが、血走った瞳には一種の狂気が宿っていた。
「イシュチェルの死体を見つけないとお話にならないわ」
軍部から盗み出した情報で、イシュチェルとアーロンが東アルテナ王国に亡命すると知ったヴァテリィは刺客を差し向けていた。
王妃イシュチェルと王太子妃ヴァテリィには、夫を殺された妻という共通点がある。だが、二人の未亡人には決定的な違いがあった。
――子供の有無である。
第一王子ドラミホールと王太子妃ヴァテリィの間には子供が一人も産まれなかった。不妊の原因は分かっている。ヴァテリィの子宮は先天的な問題で、赤子を孕む機能が欠落していた。
「なぜずっと黙っているの? どうしてイシュチェルの死体が見つかっていないのかしら? 首と子宮を持ち帰れと命じたはずよ! 私の命令を忘れたとは言わせないわっ!!」
ヴァテリィは王殺しの真相を知っている。彼女自身が王宮から逃げ延びた数少ない生存者だった。前王妃エルシェベナの旧臣派閥が結託し、第二王子ジルベールと第三王子ザトリシオに大逆を教唆した。
その結果、夫の第一王子ドラミホールは殺された。
ヴァテリィが結成した愛国義勇軍は、同じ被害者であるイシュチェルを擁護する立場だ。王宮大逆事件の真相究明を掲げ、民衆からの支持を集めている。しかし、それは表向きの話。裏の実情は異なる。
「イシュチェルが生きていたらどうするつもり!?」
王太子妃ヴァテリィは王妃イシュチェルを心の底から憎悪していた。
修道院と国軍が秘密裏に企てていた亡命計画を察知し、暗殺者の一団を送り込み、死体の一部を回収するように命じた。怒りで両肩を震わせる姿はまさしく鬼女であった。若々しい美女は両目をギラつかせ、殺意が溢れ出ている。
「失敗したわけじゃないでしょうね」
「申し訳ございません。木造船は炎上し、イシュチェルの死体はグウィストン川に流れてしまったのです⋯⋯。東アルテナ王国でアーロン王子らしき男児の溺死体が見つかっております。ほぼ間違いなく、誰も生きてはいないでしょう」
腹心の家臣は救助された者が一人もいなかったと強調する。
「ほぼ⋯⋯ですって? 間違いなく⋯⋯? それは確実なのかしら? その報告は本当? 私は貴方を信じていいのよね」
いい加減な報告をしているのなら、首を刎ねても構わない。屠殺寸前の家畜を見るような睨みだった。女主人のあからさまな威迫に家臣は怯えていた。蒼白の願面を俯かせ、縮んだ胃の鈍痛に苛まれる。
「もっ、もちろんです! 奥方様⋯⋯! 確実に仕留めるため、精鋭を送り込みました。先程の情報は国軍の情報部も確認しております! 東アルテナ王国のヴィクトリカ女王が犠牲者を弔っております。生存者は一人もおりません!」
「ふんっ! まあ、いいでしょう。死んだというのなら⋯⋯。アーロン王子の死体は東アルテナ王国に回収されてしまったけれど、誰の死体かなんて判断できるはずがないわ。後でどうとでも誤魔化せる。⋯⋯それよりもイシュチェルの死体よ。とにかく探し続けなさい!」
「はい。アルテナ王国に送り込んだ偽装難民を使って捜索を続けます」
「これで目障りな女は消え去った。私の夫を奪おうとした罪は償ってもらったわ⋯⋯。ああ、それと、私達の蠢動は軍師団に気取られていない。そうよね?」
「はい。国軍の上層部は難民対応とメガラニカ帝国軍への警戒で手一杯です。万が一の際は、軍師団の内部にいる協力者が動いてくれます。いざというときは、第二王子と第三王子に罪を擦り付け、愛国義勇軍の大義はさらに強まることでしょう」
「第二王子と第三王子は? 王都を追い出されて、その後はどうしているの?」
「相変わらず地方で小競り合いを起こしております。王都周辺の争いは国軍が禁じています。これ以上の戦火拡大を軍師団が許さないでしょう。⋯⋯既に甚大な被害です」
「飢饉で苦しむ民は、国外に逃れているわ。本当に戦争が下手」
「両王子はどちらも自陣に引きこもり、兵力集めと戦費徴収に勤しんでおります」
「大凶作の時世に強制徴用? 馬鹿丸出しだわ。物流が寸断された地域では餓死者も出始めているのよ。持たざる農民から奪い続ければ恨みを買う。あの馬鹿王子達はそんな簡単な道理も知らないのね」
「まさしくその通りでございます。奥方様」
愛国義勇軍は徴収徴用を行っていない。ヴァテリィの実家はバルカサロ王国で随一の資産家であり、有志を募る義勇軍という形式を取っている。自由意志に基づく金品の寄付、そして難民の保護という名目で人員を集めた。
専門軍人が多く属する国軍には及ばないが、頭数は揃った。第二王子と第三王子の戦力を上回りつつある。
「王妃イシュチェルを亡き者にした今、重要なのは国軍の指揮権を握る軍師団よ! 私達の陣営になんとしてでも引き込みなさい!」
「軍師団の重鎮がルテオン聖教国を訪れております。第四王子ロアフォード殿下に接触し、説得を試みているのかと⋯⋯」
「ロアフォード殿下は王位継承権を捨てて侯爵になっていたわね。今こそ彼に戻ってきてほしい。でも、あの御方は争いごとが嫌いなのでしょ?」
「はい。昔から聖職者になりたいと言われていた方です。侯爵家に婿入りされる以前、王族特権で与えられるはずだった国軍の将軍職を固辞し、下士官の聖職者になったくらいです」
「そのおかげで兵士からの信頼は厚いわ。国軍をまとめ上げている軍師団はロアフォード殿下を次の王にしたいはず」
「しかし、ロアフォード殿下は王位継承権を喪失しております」
「関係ないわ。王殺しの馬鹿二人に王座を明け渡すくらいなら、軍師団はロアフォード殿下の王位継承権を復権させる。きっとそうに違いない。保守的な国軍が好む道理。幸いにも愛国義勇軍と利害は一致しているわ」
「よっ、よろしいのですか? その場合は内乱の鎮圧後に⋯⋯ロアフォード殿下が実権を握ることになりますが?」
「ロアフォード殿下は権力欲が皆無に等しいわ。あの方が野心家だったら、国軍の口車にのって今ごろ意気揚々と王都に凱旋していたでしょう。そうはなっていないわ。大逆犯を一掃しても王座に座るのはきっと嫌がる。だから、狙い目なのよ。分かる? この計画はきっと上手くいく。いいえ、私は必ず成し遂げるわ⋯⋯!」
ヴァテリィは戸棚の奥に保管しているアーティファクトを取り出す。男性器と睾丸を模した石壺。指先を根本に触れさせると卑猥な形状の石壺は力強く脈動した。
「――私こそが国母にふさわしい」
生殖器のように血管が浮かび上がり、ほんのりと発熱している。
(流離い魔女から買い上げた宝具⋯⋯。ついに成熟したわ。ドラミホール様のご遺体から切り取った逸物を捧げてから、こんなに逞しく成長して⋯⋯♥ この壺は私の宿願をきっと叶えてくれる⋯⋯!)
アーティファクト〈睾玉嚢壺〉は、貯精機能を持つ生きた宝具であった。切り取った局部を捧げることで発動し、壺に生殖機能を与える。
(あとはイシュチェルの子宮さえ手に入れば完璧だわ。私は遺児を孕む。そう、教皇猊下が施された聖印さえ手に入れば⋯⋯!! たとえ死体が朽ちても刻まれた祝福は消えないわ)
ヴァテリィは殺された第一王子ドラミホールの男性器を喰わせた。愛する夫の死体を損壊してでも、未亡人は遺児を産み落としたかった。
ドラミホールの男根を取り込んだ〈睾玉嚢壺〉は、子種の生成を始めていた。淫猥な形状の壺底で夥しい数の精子が蠢く。膣穴を近づければ、男根を模した壺から伸びた触手が女体を犯し、生殖器の機能を果たす。
(王妃イシュチェルを殺し、死体から刻まれた聖印を奪う。不妊を治す祝福さえ手に入れば、〈睾玉嚢壺〉で私はドラミホール様の遺児を産める。アーロン王子の生存を偽り⋯⋯赤子をすり替える⋯⋯)
ヴァテリィはアーロンを産んだイシュチェルが許せなかった。
(バルカサロ王家の王統は私の血脈に宿る⋯⋯!)
王宮で囁かれていた噂は真実を言い当てている。アーロンの父親はドラミホールに違いないのだ。ヴァテリィは女の直感で分かってしまった。どんな手段を使ったかは分からないが、イシュチェルはドラミホールと密通し、不義の子を産み落とした。
ドラミホールがアーロンに向ける視線は、異母弟に向けるものではなかった。問いただすまでもなく、ドラミホールとアーロンは親子だと確信した。
(聖印は私の子宮に刻まれるはずだったわ。それをイシュチェルが横取りした⋯⋯。しかも、夫の子種まで⋯⋯。こんな屈辱を受け入れられるはずないでしょう? 妻の気持ちさえ悟れないから、馬鹿な弟達に殺されてしまうのよ⋯⋯。でも、大丈夫。このアーティファクトさえあれば、死んでしまったドラミホール様の赤子を私が産める⋯⋯!!)
未亡人は〈睾玉嚢壺〉を愛でる。
夫の逸物を取り込んだアーティファクトは我慢汁を漏らしていた。ヴァテリィは指先に付着した孕ませ汁を舐め取った。
教皇の聖印はまだ入手できていないが、イシュチェルの死体を見つければ祝福を引き剥がし、己の子宮に移植する。魔女の言葉に嘘偽りがなく、〈睾玉嚢壺〉に本来の力が宿っていれば、ヴァテリィの宿願は叶ったであろう。
◇ ◇ ◇
バルカサロ王国から遠く離れた帝国本土、魔狩人の狩猟本館で軟禁中の妊婦は取り調べを受けていた。
女仙化した肉体は微弱ながらも瘴気を放っている。大神殿が施した結界で瘴気を緩和し、穢れの滞留を防いでいるが、それもいつかは限界を迎える。帝都近郊か副都ドルドレイへの移送計画が進んでいた。
異国からの訪問団は、そんな折に押しかけてきた。
(腹立たしい。筋肉が柔らかな駄肉に移り変わっていく。弱々しく、脆い⋯⋯。魔物であった頃の感覚や記憶が薄れている。私の精神までもが人間に近づいているせいだ)
英傑を屠ってきた殺戮の魔牛は、肥えた牝牛に変貌した。人並みの身体能力しか持たず、大きな乳房の重みで肩凝りを患う有り様だ。胎児が育つにつれて、母胎の身体も成長する。
「バルカサロ王国での活動については何も知らない。レヴェチェリナとピュセルに聞け。⋯⋯二匹とも仲良く死んでいるがな」
保護された当初は質問攻めだったが、最近は身体の検査がほとんどで聞き取り調査は久しぶりだった。
苛立っているキュレイは、遠方から訪れた魔狩人に視線を合わせない。魔物から人間に生まれ変わった元牛魔の美女は、胎児を黙らせるために、自分の腹部を軽く叩いた。
(餓鬼め⋯⋯。訪問者がくるといつもこれだ。騒ぐな。下腹部が煩わしい⋯⋯。おとなしく眠っていろ⋯⋯! うぅっ⋯⋯くっ⋯⋯!)
誰かが話しかけると、胎児は活発に動き始める。母性愛よりも嫌悪感が勝った。好き好んで孕んだわけではない。無理やり赤子を産み付けられたのだ。
(苦しい⋯⋯! なぜ私がこんな醜態を⋯⋯!!)
神喰いの羅刹姫ピュセル=プリステスの生まれ変わりが宿っている気がしてならなかった。
「私は気分が悪い。はやく出ていけ」
「そう言わないでください。貴方は人間なのです。協力しましょう」
バルカサロ王国で活動する魔狩人はキュレイに優しい言葉をかける。親しげな態度の女性であったが、右手の指が欠損し、痛々しい噛み傷が手首に残っていた。
(この女⋯⋯。戦い慣れている人間だ。私がこうなっていなければ、面白い殺し合いができたかもしれない。⋯⋯今の私では手も足も出ないがな)
魔物であったキュレイは、鉄格子の向こう側に座る狩人が熟練者だと分かっていた。警戒心を巧みに隠しているがキュレイを信頼せず、いつでも武器を抜ける体勢で話しかけてくる。
魔物が人間になったと信じきれていない。その気持は当人のキュレイも同じだ。敵対していた人間に協力するつもりはなかった。
「隠し事をしてるわけではない。知らんものは知らん。暴れ回れれば、それでよかった。魔物はそういう存在だ。メガラニカ帝国を滅ぼせると聞いたから、大妖女レヴェチェリナの誘いに乗った。⋯⋯あの女は魔物でありながら退魔結界を通り抜ける能力があった」
「大陸各地で暗躍されていたそうですね。恐ろしいことです」
「大妖女レヴェチェリナは結界を壊す方法も熟知していた。事実、帝都アヴァタールの守護防衛陣を機能不全にした。一時的にではあったが、帝国軍は相当な慌てぶりだった」
「魔物が退魔結界を破る⋯⋯。信じたくありませんが、大妖女レヴェチェリナの出自に破壊帝が深く関わっていたのなら、世の理を誤魔化せたのでしょう。⋯⋯そのせいでメガラニカ帝国は窮地に陥った。危うく皇帝を失うところだった」
「おや? 貴様はバルカサロ王国の魔狩人なのだろう。メガラニカ帝国とは敵対しているはずだ。敵国の不幸を喜ぶべきだろ?」
「いいえ。魔狩人は中立ですよ。魔物を狩るために国家と協力していますがね。⋯⋯今回、懸案は大妖女レヴェチェリナがバルカサロ王国で活動していた痕跡があることです。それと神喰いの羅刹姫ピュセルがどんな計画を持っていたのかも気になる」
「そいつらは死んだぞ。アレキサンダー公爵家の筋肉女どもに殺された」
「上位種の魔物で、あれほど高い知能を持つ個体は稀です。討滅されましたが、恐ろしい置き土産があるかもしれない。⋯⋯いいえ、絶対に何か残している。私はそう考えます」
「私の子宮に植え付けられた胎児がまさしくその置き土産だぞ」
「その件は、メガラニカ帝国の魔狩人が対処するでしょう。現時点では人間の胎児と診断されました」
「チッ! 貴様もか」
「魔狩人の誓いは絶対です。殺人を禁じられた魔狩人の手で、胎児の堕胎はできませんよ」
「そいつは残念だ。役立たずどもめ。赤子の首すら捻れないとは⋯⋯。情けない」
「話が逸れてしまいましたね。我々が会いに来た理由は、この絵に描かれたアーティファクトを誰に渡したか⋯⋯。それを知りたいからです」
魔狩人は下品な壺が描かれた絵を見せてくる。
「何だそれは? 気色悪い」
「その言葉に同意いたします。〈睾玉嚢壺〉と呼ばれていたアーティファクト。大陸東部の離島で祀られていた来歴不明の魔神器でした。今から百年以上前、ある魔物が島民を皆殺し、奪われてしまった。人類側の記録はそこまでしか残っていません」
「ピュセルの仕業だな。あの女がやりそうな手口だ」
「〈睾玉嚢壺〉を奪った魔物は、詐術で人間を操り、漁村の退魔結界を解除させたと推測されています。生存者は一人もいなかった。証拠はありませんが、神喰い羅刹姫ピュセルの犯行だったと我々も考えています。あの魔物は人類を研究するため、人間の子供を飼っていた時期さえある」
「――で? その話を私に聞かせてどうしたい? 奪われたアーティファクトを取り戻したいのか? 私はこんな壺を見ていない」
「大妖女レヴェチェリナはアルテナ王国の人々を拉致し、妖魔兵に改造していました。残されていた培養槽を調べたところ、〈睾玉嚢壺〉を参考に作られていた形跡がありました」
「ほぉ。レヴェチェリナの工房を調べたのか? お気の毒だ。まともな人間にはキツイものが沢山あったろ」
「情報面の収穫は多かったですよ。〈睾玉嚢壺〉は男性器の模造品ですが、大妖女レヴェチェリナの培養槽は子宮を模造していました」
「だから?」
「神喰いの羅刹姫ピュセルが奪った〈睾玉嚢壺〉は、大妖女レヴェチェリナの手に渡っていた。しかし、現物は未だに発見されていません」
「話が見えてこない。くどい。もう帰れ。疲れた」
「まあ、まあ、もう少しだけ。ここからは推測ですが、退魔結界を通り抜けられる大妖女レヴェチェリナは資材を集めるために、バルカサロ王国で、〈睾玉嚢壺〉以外にも複数のアーティファクトを売却しています。我々は既に一つを回収し、破壊しました。魂を吸い取る凶悪な代物だった。バルカサロ王国の豪商がコレクションに加えており、知らぬ間に数十人の使用人が犠牲になっていた」
「被害者を出したくないから〈睾玉嚢壺〉とやらを探してるのか? だったら、早くバルカサロ王国に帰って宝探しをしていろ。こんなところで時間を無駄にしていれば、大勢の人間が死ぬぞ? 私はそれでも一向に構わんがな」
「手がかりがありません。誰に売ったか情報が欲しい。〈睾玉嚢壺〉は生殖能力を持つアーティファクトです。心当たりはありませんか?」
「何度も言わせるな。あるわけがな⋯⋯」
キュレイは思い出してしまう。人間になった影響であろう。不意に湧き出た感情を隠すのが苦手だった。
「心当たりがあるのですね。些細なことで構いません。どうか、ご協力をお願いします。情報提供していただけるのなら、待遇改善を働きかけますよ」
「はぁ⋯⋯。心当たりを話せば、貴様は私の前から消えるか?」
キュレイは下腹部を押さえ込む。魔狩人と会話している間、胎児が子宮を疼かせていた。
望まぬ妊娠をさせられたキュレイにとっては不快極まる感覚だった。
「ええ。もちろん。用が済んだら消え失せます」
「私が帝都襲撃を仕掛ける前、ピュセルの奴が言っていた。人類の賢者は三つの条件で生物を定義した⋯⋯。そういう内容だ。あいつは魔物が二つしか条件を満たしていないと話した」
「生物の三条件ですね。細胞と代謝⋯⋯。そして生殖で。生物は自己を複製して子孫を残す。三つ目の生殖機能は魔物に備わっていませんね」
魔狩人はキュレイの膨らんだ胎を見詰める。魔帝とピュセルの胎児を育てる子宮。人間の赤子を育むキュレイは人間だった。
「ピュセルの目的を考えれば、生殖能力を持つアーティファクトは有用だった。〈睾玉嚢壺〉とやらをレヴェチェリナに譲り渡したのなら、その道具を研究し尽くしたからだろう。⋯⋯アーティファクトは使い手を選ぶ。必要とする者に引き寄せられる」
「必要としている者に⋯⋯」
「レヴェチェリナは子供を欲している女にアーティファクトを渡したはずだ。悪意を抱いてな。⋯⋯元凶が死んでもバラ撒いた種はいつ芽吹くか分からん。〈睾玉嚢壺〉は具体的にどんな力がある? 人間はどんな用途で使っていた?」
「人類側の伝承によれば、夫を失った妻が子供を授かる魔神器でした。島民が全員死亡しているため、本来の使用方法は失伝してしまった。しかし、島民に祀られていたときは、邪物の類ではなかった」
「細工を施す時間は十分にあった。力ある魔神族が作った宝具だろうと、ピュセルとレヴェチェリナによって穢されているだろうな。予想はつく。⋯⋯何も知らずにその〈睾玉嚢壺〉とやらを使った女は、恐ろしい怪物を産むことになる。魔物を人間にするのは難しいが、人間を魔物に堕とすのは簡単だ」
「旧帝都ヴィシュテルの帝嶺宮城で、淫獄の檻と呼ばれていた場所がありますね。そこでは拉致された女性が囚われ、魔帝の子を産まされた。他にも祭壇などが見つかっています。あれらは〈睾玉嚢壺〉の機能を模倣していたかもしれません」
「もういいだろう。話すべきことは話したぞ。はやく消えろ。レヴェチェリナとピュセルが遺した厄種をさっさとどうにかすることだな」
キュレイは淫獄の檻で起きた出来事を思い出したくなかった。
(屈辱だ⋯⋯。人間の身体は⋯⋯下劣な快楽を求める⋯⋯)
弱りきった肉体から魔素を取り除かれ、人間の女に転生させられてしまった。大きく盛り上がった下腹部は辱めの証だ。生まれ変わったキュレイは、人間の母親としてピュセルの遺児を産まなければならない。
