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【252話】事後〈前編〉 ‐Empire SIDE‐

 廊下の物陰に潜む大柄な女がいた。ロレンシアとマリエールを覗き見ている。

 朝風呂で綺麗さっぱりと清められた身体は、入浴剤の甘い香りを振りまく。肉付き豊かな女戦士は、値踏みの眼差しをマリエールに向けていた。

「あれが二人目の新入り⋯⋯。へえ、可愛い顔してるじゃない。ルイナ、あんたも見てみなさいよ。ほら、あそこ。教会は随分とお上品な娘を差し出したわ。皇帝陛下はお気に召すかしら?」

 アリスティーネは相方のルイナを肘で突っつく。

 数奇な巡り合わせで側女に召し上げられ、後宮に入内しているが、元々は帝都アヴァタールで指折りの女冒険者だ。

 大柄な体躯のアマゾネズ族であるが、前衛職は隠密行動にも長けている。気配を悟られるような下手は打たない。

「教会のお偉い聖女様なんでしょ。うちの皇帝陛下は色物好きだもの。面白がるかもね。⋯⋯それよりもテレーズと上手くやれればいいけど。教会の総本山から来た女。相性が悪すぎでしょ。ああ見えて気が強いかも。噂じゃ、グラシエル大宮殿の中庭で警務女官と取っ組み合いの喧嘩をしたんだとか」

「ルイナってば騙されてる。それ、フェイクニュース。部下の報告を受けた警務女官長が面白がって尾ヒレをつけたのよ。本当はちょっとした言い争いをしただけらしいわ」

「え? そうだったの?」

「覚えてない? 昨日の晩、ルイナも聞いていたでしょ? イシュチェルが喋ってたじゃない」

 アリスティーネはベルゼフリートがイシュチェルから聞き出した話を自慢げに語る。

 昨晩の夜伽に強制参加させられたイシュチェルは、一緒に入内したマリエールについて洗いざらい吐いてしまった。ただ、イシュチェルが知っていることは全くなかった。

「セックスと酒で酔い潰れた女の話をどこまで信じるべきかしら?」

 ルイナは懐疑的な態度を示す。イシュチェルの処女膜を破る第一の作戦はアルコールであった。高級酒を浴びるほど飲ませて泥酔したイシュチェルは口がとても軽くなった。その様子を黄葉離宮の側女達は見ていた。

「皇帝陛下はお酒の知識がないから、度数の高い蒸留酒をストレートで飲ませてたものね⋯⋯。妊娠中だから飲まないけど、私でも二日酔いしそうなくらい。呂律が回ってなかったし、話半分で聞いていたほうがいいのかも」

「まあ、この際どっちでもいいわ。清純な乙女って外面をしてるけど、単身でメガラニカ帝国に乗り込むクソ度胸の聖女でしょ。⋯⋯面倒くさい。暴走したテレーズを止めるのは大変なんだから、勘弁してほしいわ」

 ルイナは大きな溜息をつく。狂信者テレーズが暴走したとき、制止役は前衛職のルイナとアリスティーネの二人だった。冒険者時代であれば、いつものことだと受け入れていた。しかし、今は事情が異なる。

 ルイナとアリスティーネは幸運にも皇帝ベルゼフリートの子種で妊娠し、御子を授かった。究極至高の優秀な精子で子孫を残せるのだ。アマゾネス族の女戦士として、これ以上の幸福はない。

 本心を言わせてもらえるのなら、今は胎児の出産に専念したい大事な時期である。煩わしい問題に関わるのは不本意だった。

「そんで、我がパーティーの愛すべき問題児ちゃんは? テレーズはどこに? 敵情視察を怠るなんて、聖堂会のトチ狂った女僧侶らしくない」

 アリスティーネは今朝からテレーズの姿を見ていない。

 この時間帯はいつもなら庭掃除や花壇の手入れをしている。最近のテレーズは家庭菜園に手を出し始め、黄葉離宮の庭先は賑やかになった。

「帝城市場にお出かけ。リーダーとリアに連れられて買い出し。ほら、リアは黄葉離宮を離れて胎孕廟堂たいようびょうどうに行くでしょ。普段使ってる店の場所とかをマッピングするんだってさ。きっと昼頃には帰ってくるわ」

 出産予定日が間近に迫ったリアは、一時的に黄葉離宮を去らねばならない。唯一のベテランがいなくなるため、まとめ役のロレンシアとララノアは引き継ぎ業務を着々と進めていた。

 半笑いでアリスティーネはつぶやく。

「テレーズはそのまま帰ってこないほうがよさそう。黄葉離宮の平和を維持するためにも」

「あっ、買い物だったら私も帝城市場に行けばよかった。愛用のトリートメントが切れちゃったのよね。この前、買ったばっかりだったのに。最悪」

 ルイナは指先で毛先を弄る。浴場に置いておいたトリートメントの容器が、ほとんど空っぽになっていたのだ。

「ルイナ⋯⋯? まさかとは思うけれど、トリートメントの使い方を間違ってない? なんでこんな短期間に使い切るわけ?」

「違うの! 知らない間に減ってたの! 女官の誰かが勝手に使ったんだわ!! ⋯⋯ほんと、ふてぶてしい! いくら皇帝陛下の側近だからって⋯⋯。我が物顔で黄葉離宮を使ってるんだから! 配慮とか! 遠慮とか! 気遣いが欠けてる!」

「風呂場で置きっぱなしにしてたからじゃないの? 名前も書いてなかったし。あれじゃ、共用って勘違いされても仕方ないわよ」

「だからって使う!? めっちゃ高いブランド品っ⋯⋯!」

 ルイナは不満顔で抗議する。冒険者時代にそれなりの貯蓄は築いていたし、女仙には帝室年金が支払われている。だが、自分の金で買った高級品が盗まれるのは我慢ならなかった。

「犯人捜しは止めなさい。女官と揉め事を起こしたら、セラフィーナ様に迷惑が掛かるわ」

 実はアリスティーネをはじめ、側女の仲間達がこっそりと使っていた。特にエルフィンは尻尾の手入れで大量消費していた主犯である。ルイナの私物だと知らなかったリアも何度か使っていた。

(ルイナには教えないほうがいいわよねぇ)

 全てを知っていながら、アリスティーネは相棒に真相を打ち明けず、心の奥底にしまい込んだ。黙っていればトリートメント盗用の嫌疑は女官が被ってくれる。

「――二人とも、こんなところでコソコソと何をしているの? まさか覗き見? 趣味悪い」

 両脇に本を抱えたエルフィンが登場し、廊下で怪しげな動きをしていたルイナとアリスティーネに注意する。

 狐の尻尾がゆらゆらと揺れている。冒険者時代の地味な服装を改め、後宮の側女に相応しい華やかで、愛らしい服で着飾る。

 懐妊で膨らんだ胎は目立つようにしていた。皇帝の御手付きである証明は、女の花園では羨望と嫉妬の的となる。面倒事にも発展しかねないが、女官相手をするときは都合が良い。皇帝仕えの女官達は特権意識が強く、妃や側女を軽んじるが、皇帝の御子には最大限の敬意を払う。

 胎内で御子を留めている妊婦の間、普段は喧嘩腰の女官であろうと態度が軟化する。

「不審行為をしてると警務女官に取っ捕まるよ。今は皇帝陛下が滞在していて厳戒体制。獄中出産したくないなら、変な真似は慎むべき」

 老婆心で挙動不審なアマゾネスの二人組にたしなめる。

 ルイナとアリスティーネも御子を宿した妊婦だが、女官の忠誠心が向けられているのはベルゼフリートという個人だ。皇帝に危険が及ぶと判断されれば、身籠っていようが女官は容赦しない。

「誰かと思ったらエルフィンじゃない。ビックリさせないでよ。抱えてるそれって本? 堅苦しい本を何冊も⋯⋯。エルフィンって好きよねぇ。こういう分厚い歴史小説」

「時間潰しに読書は最適」

「後宮生活を満喫してるわね。エルフィンは⋯⋯。帝都で冒険者をやっていた頃より生き生きしてる」

「借金なくなったし、実家とも縁切りできたからね。時間がたっぷりあって最高。ルイナも読む? 一巻なら私の部屋に私物であるけど?」

「いや、遠慮しとく。前にも勧めてもらったわ。とんでもなく巻数が多い小説でしょ」

 ルイナはエルフィンが持っていた本を一冊掠め取る。表紙を眺めるが、本を開いてみる気はまったく起きない。

「面白いのに⋯⋯」

 エルフィンの愛読書は有名な架空歴史小説であり、著者は長命種である。出版期間が既に百年を数える超大作だ。

「お洒落な恰好してるわ。外出のドレス? エルフィンはどこかにお出かけしたの?」

「公文書館。新刊を借りてきた。あそこは図書館みたいなものだから、普通の一般図書も所蔵してるわ。読書好きにはたまらない環境。⋯⋯って、向こうでロレンシアと話してる子が二人目の婢女? まったく⋯⋯。勇猛果敢な女戦士が二人揃って⋯⋯」

 皮肉混じりに非難しつつも、ちゃっかりとエルフィンもマリエールの後ろ姿を覗き見る。

「私とアリスティーネは陰ながらロレンシアを見守っていたのよ」

「そう、そう。警務女官達は不用心! 余所者が来たのに見張りの一人も寄こさない。ルイナと私で悪さをしないように見張っていたのよ」

「――監視の目はある。ほら、あそこ。二人は気づいてなかったのね。私達も見られてるわ」

 エルフィンは飾られた花瓶の影を一瞥いちべつする。

 注意深く観察すれば、影の濃淡が著しいと分かる。

 視線に気づいた影は揺らめき、廊下を這いずって進む。

「え? 何あれ⋯⋯? こわ!?」

「暗闇が廊下を滑ってる⋯⋯。何かの索敵術式?」

 ルイナとアリスティーネは目を点にしていた。

「おそらく異能スキルの応用技。皇帝陛下の御付きで一言も喋らない無口な警務女官がいる。あの子は影を使う異能者。主寝室から影を伸ばして周囲を警戒してる。おそらく血生臭い一族の出身でしょうね。心当たりがあるわ。帝国お抱えの〈暗殺者を殺す暗殺者カウンター・アサシン〉ってヤツ⋯⋯。こっちの会話は丸聞こえ」

 廊下を滑走する暗闇の影は、ベルゼフリートが滞在する主寝室に帰っていった。

 ◇ ◇ ◇

 影使いの異能を発動していた警務女官ユリアナは、エルフィンから「血生臭い一族」呼ばわりされたことに腹を立てる。しかし、表情には出さない。いつも通りの澄ました顔を堅持する。

 主寝室の周囲で異常が起きれば、すぐにでも皇帝を守れるように構えている。

 暗殺術は修めているが、皇帝護衛の大義を成すための技術だ。暗殺の極意を熟知していればこそ、要人暗殺を防げる。

(狐娘の側女に気づかれてしまった。嗅覚が鋭い⋯⋯。軍務省の参謀本部が粉をかけていただけはある⋯⋯。私もまだまだ研鑽が足りていない)

 斥候スカウト野伏レンジャーの技能を極めた一級冒険者エルフィンの実力を素直に認める。そして、「未熟な腕をさらに磨かなければ」と自省した。

 ちょうどその時、ユリアナの近くにいた庶務女官が小さく咳払いをした。助けを求めるようにユリアナに視線を向けていた。

(私に言われても困る⋯⋯)

 ユリアナは庶務女官の懇願を無視する。庶務女官が気にしているのは食事の時間だ。無論、自分ではなく、ベルゼフリートの昼食である。

(皇帝陛下は昼食をどうするのだろう? ヴァネッサ様の監督下から外れると食生活が乱れていく⋯⋯。ハスキー様は気にしていないようだけど、健康管理の責任を負う医務女官と庶務女官は不満がありそう。⋯⋯私も快くは思わない)

 主寝室では催淫香の煙が充満し、空気は蒸し暑く淀んでいた。

(空気の入れ替えはしたほうがいい⋯⋯。催淫香だけじゃなく⋯⋯お酒臭い⋯⋯)

 香炉は煙を吐き出し続けている。

 夜明けに側女達が去った後も天蓋付きベッドでは、激しい淫行が繰り広げられていた。祖国を追われた未亡妻イシュチェルは、性欲旺盛な幼帝ベルゼフリートと淫堕の女王セラフィーナに辱められ、これまでの人生で味わったことのない禁忌の悦楽を知った。

 理性で拒んでも、女の肉体は感じてしまう。雄々しく屹立きつりつした朝勃ちオチンポが、尻穴を蹂躙する。

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