ベルゼフリートが地上に降り立った同日、セラフィーナはロレンシアとリアに黄葉離宮の留守を預け、元一級冒険者の側女達を伴ってグラシエル大宮殿に転居していた。
(グラシエル大宮殿を訪れるのは、戦勝式典が開かれた昨年の夏以来ですわ)
セラフィーナにはララノア達が築いた冒険者の人脈を使って、〈翡翠の首飾り〉の行方を辿る任務が与えられている。帝国元帥レオンハルトから外出許可証を発布してもらい、帝都アヴァタールでの自由行動が許可された。
(軍務省の護衛付きではあるけれど、逃走しないと思われる程度の信頼は得られたのかしら? 今さら私が逃げる場所なんて何処にもないのに⋯⋯。くすくすっ⋯⋯。少なくとも捕虜扱いではなくなったようですわ。一歩前進と喜ぶべきかしら?)
末席の愛妾に与えられたグラシエル大宮殿の住居は、小部屋と大部屋がそれぞれ一つずつ。小部屋は廊下と繋がっておらず、大部屋を通らなければ入室できない構造だった。
(黄葉離宮に比べたらここでの暮らしは不便ですね。でも、仕方ありませんわ)
実際に粗相をした貴人を一時的に軟禁しておく留置所として使われている。泥酔して暴れ出した貴族に反省を促す折檻部屋。
無論、グラシエル大宮殿の一室には違いなく、豪奢な装飾で彩られている。芸術をこよなく愛した栄大帝の無駄なこだわりが細部まで徹底されていた。
大部屋は団欒室と呼べる程度の広さがあった。ララノア達五人が寝られるように折りたたみ式の寝台が運び込まれている。洗面台、トイレ、浴室が備わったバスルームも完備されていた。
「バスルームは一つしかないから、共用で使いましょう。大浴場があるそうだけど、私達の部屋がある東館から遠いみたい。しかも、混雑するとリアが言っていましたわ」
部屋割りは軍務省と女官の協議で決定した。妃位の順に良い部屋が与えられていった。
本来の所属がヘルガ・ケーデンバウアー王妃仕えであるリアは、軍閥派の側女達と仲が良く、事前に情報を聞き込んでセラフィーナに伝えてくれた。
セラフィーナはアルテナ王国の女王だったが、メガラニカ帝国の宮廷では最底辺の愛妾。無位無冠の女に上等な部屋が割り振られないのは当然だった。
「あら? どうしたの? ララノア?」
「よろしいのですか? 私達は冒険者なので、こういった集団生活は慣れっこですが⋯⋯」
ララノアは遠慮がちに確認する。冒険者は不便な暮らしが日常であった。雨風が凌げる屋根と壁があれば十分。宿屋での雑魚寝は日常茶飯事。大部屋で仲間達と寝食を共にすることに抵抗はなかった。
一方でセラフィーナはアルテナ王国の王族。アルテナ王国で大切に、甘やかされて育った女王。まごうことなき、温室育ちの貴人だ。冒険者が味わう窮屈な生活とは無縁であった。
「ふふふ。構いませんわ。遠慮しないで。私は小部屋を一人で使わせてもらうのですもの。せめてバスルームは主従関係なく、皆で綺麗に使いましょう」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。セラフィーナ様」
「ララノア達はご自分の体を大切になさってね。疲れを溜め込んではいけませんわ。お腹で赤ちゃんが育っているんだから」
セラフィーナはララノアの腹部に手を当てた。ほっそりと痩せていた腹回りが出っ張っている。手のひらで力強い胎動が感じ取れる。
「ララノアは妊婦用の服を用意したほうがよさそうね。あっという間に妊婦の胎は大きくなっていくのよ。もうその服は窮屈に見えますわ」
子宮で育つ真新しい命の鼓動。約一〇〇年もの間、純潔を守っていたエルフの胎に幼帝は子を仕込んだ。妊娠五ヶ月の孕み腹。腹部の膨らみは隠せなくなっていた。
「なんだか不思議な気分です。私が子供を産むなんて⋯⋯。長命種のエルフ族は妊娠しにくいはずなんですけどね」
冒険を供にした仲間が結婚し、家族のために引退するのを幾度も見てた。まさかララノア自身がこんな形で冒険生活を終えるとは思っていなかった。
(最初の一回でメンバー全員妊娠しちゃうとか⋯⋯。子宝に恵まれたと思うべき? それとも陛下が特別なのかな⋯⋯)
ララノアが率いた一級冒険者の美女パーティーは、皇帝ベルゼフリートの胤で腹ボテ妊婦となった。日に日に腹回りはサイズアップし、乳房の張りも強くなってきた。
「ほら、やっぱりだ。私のほうがアリスティーネよりちょっと大きいぞ?」
ルイナは妊娠で膨らんだ腹を相方のアリスティーネに押し付ける。アマゾネスの腹筋が子宮の膨張で弛み、戦士から母親の身体に変化していた。
「ちょっと太っただけなんじゃないの? 私のほうが大きいと思うわ。胎動も活発♪ 感じるの。とっても強い女戦士が産まれるわ」
アリスティーネは対抗するようにボテ腹を突き出す。ふっくらと出っ張った丸い腹部が弾む。互いの孕み腹を押し付け合いながら、胎児の成長を祝福し、仲睦まじく戯れていった。
アマゾネス族は強さを求める。自分よりも優れた女戦士を産むことこそ至上の名誉。ルイナとアリスティーネは授かった皇帝の赤児に夢中だった。
「ルイナとアリスティーネは仲が良いのね。ふふっ。まるで姉妹のようですわ」
「申し訳ありません。最近、あの二人ときたら最近はずっとあんな調子で⋯⋯。ルイナとアリスティーネ! 冬場にお腹を出しっぱなしにしないの! そうやって押し付け合うのも禁止! また医務女官に怒られたい?」
ララノアは肩を竦める。妊娠五ヶ月のボテ腹は生命の重みを感じるものの、まだ日常生活に支障はなかった。
辛かった悪阻の変調が終息し、体内のホルモンバランスが安定し始めた時期だった。
「いいのよ。微笑ましいですわ。元気が一番。きっと優れたアマゾネス族の赤ちゃんが産まれますわ」
「嬉しいのは分かりますけど、冬場での薄着、その上であの振る舞いはどうかと思いますよ。宿っているのは陛下の御子だというのに軽率です⋯⋯」
「あれくらいで妊婦の子宮は破裂したりしませんわ。女の肉体は意外と丈夫よ?」
セラフィーナとララノアが朗らかに談笑する傍らで、神経質なエルフィンは尻尾の毛繕いを熱心に続けていた。狐族の獣人であるエルフィンは狐の獣耳と尻尾が生えている。
「⋯⋯⋯⋯」
エルフィンは櫛に挟まった尻尾の抜け毛をじっと見る。妊娠による影響で冬毛の抜けが多かった。
「どうしました。エルフィン? 尻尾の抜け毛? 気にしないほうが良いと思うけれど?」
テレーズが櫛に付着した抜け毛を指で摘まんだ。信仰する宗教に問題はあるもののテレーズは医術の専門家。初めての妊娠で不安がっているエルフィンに語りかける。
「リアちゃんも言っていたでしょう。獣人は妊娠すると尻尾の毛が抜けやすくなるって」
「⋯⋯そうらしいね」
「ホルモンバランスの変化だとか、胎内の赤ちゃんに母胎が栄養を送るために起こる人体の生理現象ですわ。定期検診で医務女官が言っていたように正常な反応。母親になるのは大きな肉体の変化ですわ」
「抜け毛だらけの寝床にしちゃうから、尻尾の毛を整えてるだけ。ちゃんと毛繕いしないと浴室の排水口を詰まらせちゃうし⋯⋯。私は尻尾のないテレーズ達が羨ましい」
「あら、そうなの? 暖かそうで私はエルフィンの綺麗な尻尾が妬ましいですわ。素敵だと思う。獣人に憧れて仮装する人だっているのよ。陛下も獣人の尻尾が好きだと聞きますわ」
「テレーズってさ。信仰さえ絡まなければ本当に⋯⋯いや、なんでもないや。⋯⋯ありがと」
「え? 信仰に興味が!? もしや聖堂会に入信希望ですか!? ふふっ! その言葉を待っていました!」
「なんも言ってないんだけど⋯⋯!」
「素晴らしいですわァ! 陛下の貴き御子を宿して、エルフィンもついに信仰心に目覚めたのですねェ!? はぁはぁっ! 共に信仰の道を歩みましょうねえぇえ!」
「⋯⋯いや、だから⋯⋯そんなことは一言も⋯⋯ちょっと、もう⋯⋯! 唾飛んでる⋯⋯!」
「聖堂会には崇高な夢! 悲願がありますわ! 日和見の大神殿を追い落とし、メガラニカ帝国の国教となる! そして、大陸に蔓延する開闢教という名の邪教を一掃するのです!!」
「⋯⋯そんなんだから司法神殿の公安に睨まれんだと思うよ」
「私は確信していますわ! 偉大なベルゼフリート陛下はァ! 主上は大陸平定の成し遂げた栄大帝のように、ルテオン聖教国の教皇を性奴隷の端女に堕とし、教会をことごとく焼き払ってくれると⋯⋯!」
「うん⋯⋯。やっぱ宗教ってクソだ」
エルフィンは尻尾の毛に艶出しオイルを塗り込む。リアがオススメしてくれた美容品だった。
宮廷の女仙達は身嗜みを徹底している。がさつな性格の冒険者とは何もかもが違った。
(短くしてた髪をもっと伸ばせば女らしく見えるかな? 伸ばしたこと、一回もないから⋯⋯髪型はどうしよ。あとでリアにオススメの美容師を紹介してもらわないと⋯⋯。女仙の暮らしに早く馴染みたい⋯⋯)
エルフィンは宮廷に溶け込もうと強く意識していた。一級冒険者の登り詰めたエルフィンだが、宮中で求められているのは華やかな女の魅力。ちょうど目の前にいるセラフィーナが好例だった。
つい一年前まで、セラフィーナは敵国の女王だった。黄金髪の美しき君主。国外からの情報がほとんど入ってこなかった帝国にすら、絶世の美貌は伝わっていた。
(陛下からご指名をいただくには、セラフィーナ様くらい美しくないとダメなのかな⋯⋯)
エルフィンはセラフィーナの魅惑溢れる肢体に羨望の眼差しを向ける。
◆ ◆ ◆
「失礼いたします。セラフィーナさんはいらっしゃいますか?」
ノックをせずに入ってきたのは女官だった。名前こそ知らなかったものの、セラフィーナはその女官に見覚えがあった。
メイド服を見れば庶務女官だと分かる。皇帝ベルゼフリートの世話係を拝命している上級女官の一人だ。
「こんにちは。私はここにおりますわ。何か御用かしら?」
セラフィーナは口元から漏れ出しそうな笑みを堪える。平静を装い、澄ました表情で突然の使者に応対する。
(上級女官のメイド服、物怖じしない堂々たる態度。皇帝陛下の侍従ですわね。んふっ♥︎ ということは⋯⋯♥︎)
用件を告げられる前から、庶務女官が伝えにきた話の内容は察しが付いた。
淫穴の涎が股間をじっとりと濡らし始める。まるで蛇が舌舐めずりをするように、乾いた唇を舌先で舐めた。セラフィーナは女官に発言を促した。
「陛下がセラフィーナさんをお呼びです。まずは身繕いを手早く整えてください。御仕度が済みましたら、お連れいたします」
「承知いたしました。シャワーを浴びて、服も着替えますわ。その間、そちらのソファーでお掛けになってお待ちになってくださる?」
セラフィーナは女官に椅子を勧める。
「いえ、私は廊下で待機しております。警務女官による所持品検査がありますので、持ち物は最小限でお願い申し上げます。それと、今夜のご予定は空いておりますか?」
「今夜は空いていますわ。明日の予定を考えれば夜更かしはできないけれど⋯⋯♥︎ ふふっ⋯⋯♥︎」
「夜伽の指名が入っております。今晩は陛下の閨でお過ごしくださいませ」
「かしこまりましたわ。夜伽のお役目を喜んでお受けいたします」
恋する乙女の貌になったセラフィーナはお淑やかに返答した。
(さっそく伽役のご指名をいただきましたわ。妃達は開会中の評議会でお忙しいのかしら? 幸先が良いですわ。今晩は陛下を独占♥︎ 一晩を共にできそうですわ)
子宮が火照る。ガイゼフの妻だったときは無縁だった淫欲。猛烈な欲求にセラフィーナは身を悶えさせる。
(あぁ♥︎ 想像するだけで興奮してしまう♥︎ 心が乱れますわ♥︎ 皇帝陛下とのセックス⋯⋯♥︎ 子作りができるっ⋯⋯♥︎)
女王オマンコはセックス中毒を患い、巨根の虜となっている。何百回も穿たれ、貫かれ、ほぐされた膣穴。元夫ガイゼフの粗チンでは届かなかった子壺の最奥を、幼帝ベルゼフリートの極太陰茎は容赦なく抉る。
(どこまで墜ちていってしますわ⋯⋯♥︎)
約一年前、白月王城の寝室で息子より年下の少年に強姦された夜、女王は初めて淫愛の味を知ってしまった。心身の奥底に眠っていた女の卑しい欲望が目覚めた。
(私達はグラシエル大宮殿を拠点に帝都での聞き込みをする予定ですわ。せっかく陛下のお近くにいるのだから、子作りに励む千載一遇の好機。逃したくはありませんわ)
今日はグラシエル大宮殿に転居した初日。軍務省に命じられた情報収集任務は、タイガルラと合流する明日から始まる予定だ。
(嵩張ってしまったけれど、衣装箪笥をこちらへ持ってきて正解でしたわ。着ていくドレスは⋯⋯。陛下のお好みはこれかしら? それとも⋯⋯こっち⋯⋯? くふふっ♥︎)
セラフィーナは破廉恥なドレスを取っ替え引っ替えで箪笥から出す。
清廉潔白な若かりし頃は身に着けなかったであろう生肌を露出させた淫装の艶姿。子胤を欲する陰裂から愛液の雫が滴り落ちた。
◆ ◆ ◆
人外魔境の巣窟となった廃都ヴィシュテル。アガンタ大陸の魔物を呼び寄せた諸悪の根源、悪業の魔女レヴェチェリナは知恵者を出し抜く姦計を張り巡らせていた。
「廃都ヴィシュテルと帝都アヴァタール。この二つの都市がどういう関係性を持っているか、貴方は知っている?」
レヴェチェリナは影の魔物に問いかけた。壁面を這う暗闇の表情は分からない。しかし、返ってきた声には煩わしさが滲んでいた。
「⋯⋯いいえ、私は人間の歴史に興味がありません」
「廃都ヴィシュテルと帝都アヴァタールは姉妹都市。ドワーフ族が山頂に彫った天岩塊の都はヴィシュテル、エルフ族が平野に築いた宝樹林の都はアヴァタールと呼ばれるようになったわ」
栄大帝と大宰相ガルネットが遺した大陸統一国家の名残。
破壊帝、哀帝、死恐帝の大災禍で朽ちてしまった旧都。廃墟の街並みの中心部に君臨するのが荘厳なる帝嶺宮城であった。
現在の首都、帝都アヴァタールにはグラシエル大宮殿がある。二つの都市構造には類似点が多く見受けられた。
「〈大山脈の一族〉と〈大森林の一族〉。都市を築いた種族は異なるけれど、都市の設計者は同じなのよ。だから、廃都ヴィシュテルと帝都アヴァタールは双子の姉妹。同じ親から産まれたわ」
「⋯⋯⋯⋯」
「なあに? その貌? 人間の歴史は退屈かしら? そうよね。魔物には関係のない大昔の話だわ。でも、由来はとても重要よ。たとえ人々の記憶から忘れ去れようと、歴史は現在に繋がっている。忌まわしき過去は消し去れない。⋯⋯私の目論見通り、皇帝は天空城アースガルズを離れたわ」
仮寓帝殿の設置に際し、三皇后はグラシエル大宮殿を念入りに調べた。ベルゼフリートの避難所は安全でなければならない。
(三皇后は皇帝を帝都アヴァタールから動かさない。見え透いた結果だったわ)
天空城アースガルズに敵の侵入を許し、さらには皇帝の居城である帝城ペンタグラムでの破壊行為。あってはならぬ、断じて起きてはいけない、前代未聞の不祥事だった。
ゆえに、グラシエル大宮殿で徹底的な調査を実施し、問題がないと確信してからベルゼフリートを護送した。
――レヴェチェリナは掌で踊る人類を嘲笑う。
グラシエル大宮殿そのものに仕掛けはない。重要なのは場所、すなわち座標だ。
(もはや誰も知らないのでしょうね。生き字引の神官長カティアですら、グラシエル大宮殿と帝嶺宮城の結びつき、太古の絆に気付いていないわ)
レヴェチェリナが占拠している帝嶺宮城とグラシエル大宮殿は対偶の位置に存在する。
厳戒態勢のグラシエル大宮殿に侵入する気などなかった。ベルゼフリートを所定の座標に誘導する。それこそが真の狙いだった。
(今頃になってカビの生えた歴史書を読み返したって答えは得られないわ。国史から失われた破壊帝時代の記録なのだから⋯⋯)
栄大帝時代の歴史が失われている以上、三皇后はレヴェチェリナの狙いに気付きようがない。
「最初の関門は突破したわ。反魂妖胎の祭礼で重要なのは座標と触媒、そしてタイミングよ♥︎」
乳間に挟んでいた骨片に妖力を込める。レヴェチェリナの穢れを吸った人骨は黒紫色に染まった。
「ちゅっ⋯⋯♥︎ んふっ♥︎ メガラニカ帝国が戦争にかまけている間に全ての鍵は全て揃ったわ。戦争の混乱に感謝♥︎」
悪しき妖術の触媒となる特別な屍骨だった。
「私がアルテナ王国で手に入れたかったのは三つ。妖魔兵に改造するための生きた人間達♥︎ 帝国の勝利を受け入れられなかった近衛騎士団や国軍の敗残兵。とても優秀な下僕になってくれたわ。そして、もう一つがこれよ♥︎ これ♥︎ 祭礼の触媒となる忌物の屍♥︎」
「忌物⋯⋯。それは人間の骨ですね」
暗き影はレヴェチェリナの乳間に沈んでる骨を観察する。人間の骨格を支える土台、腰の中央部にある仙骨だった。
「誰の骨か教えてあげるわ。アルテナ王国のリュート」
「⋯⋯アルテナ王国のリュート? 誰ですか?」
「メガラニカ帝国軍によって処刑された女王セラフィーナと王婿ガイゼフの息子よ。戦争さえ起こらなければ、王位を継いでいたはずの哀れな王子様王子様の亡骸♥︎」
絞首刑に処されたリュートは城門で晒された後、帝国式の葬礼で荼毘に付された。
帝国では鳥葬と火葬が徹底されており、骨は灰燼となる。
本来ならリュートの遺骨は存在しない。しかし、レヴェチェリナはアルテナ王国に潜り込ませた配下を使って、死体の一部を確保していた。
「⋯⋯そんな骨が役に立つのですか? 特別な力が宿っているようには見えません」
「死因が大事なのよ。リュート王子はメガラニカ帝国軍に殺されたわ。意思決定に皇帝は一切関与していない。でも、実質的に処刑させたのは皇帝よ。アルテナ王国の王統を征服するため、邪魔になる王族の男子を絶やした」
「それにどういう意味が⋯⋯?」
「ベルゼフリートとリュートの因果は結ばれているわ。奪った者と奪われた者⋯⋯。破壊者ルティヤの器は殺生をしてはならないのよ」
リュートの処刑後、母親のセラフィーナと妹のヴィクトリカはベルゼフリートに強姦されて赤児を身籠もった。自身の生命を奪われ、さらには大切な家族を陵辱されたのである。
「戦死した程度なら因果関係は薄い。だけど、リュートは王都の陥落後に処刑されたわ。両国で講和が結ばれ、ベルゼフリートはセラフィーナと契りを交わした。王子を殺し、女王に己の子を産ませた皇帝は簒奪者となったわ」
母親のセラフィーナにいたっては、これまで家族に向けられていた愛心の情をベルゼフリートに捧げている。皇帝の愛妾に甘んじ、己の意思でベルゼフリートに惚れ込んでしまった。
(弱肉強食♥︎ 強い雄に靡いてしまう卑しい女心♥︎ 私は嫌いじゃないわ♥︎)
祖国を蹂躙され、愛する息子が処刑された恨みは、傲慢なる愛欲で洗い流した。性悦に溺れ、幼帝の妾に堕ちた。
「深い恨みを抱いた人間が死後に悪霊となり、魔物となった例はあります。しかし、魂が現世に残留していなければなりません」
妖力で染まった仙骨には魂の痕跡がなかった。
「女王に見捨てられた王子の魂は消え去ったわ。けれど、器の基礎はここにあるの。リュート王子の屍骨は反魂妖胎の触媒になりえる忌物♥︎ 祭礼の成功に不可欠な因子だわ♥︎」
レヴェチェリナはリュートの屍骨を祭壇に安置した。
「皇帝に恨みを抱く死者でいいのなら、誰だろうと良いのは?」
「くふふふふ♥︎ 魔物には分からないでしょうね。皇帝ベルゼフリートはリュートを自分が殺したと認識しているわ。直接手に掛けていなくても〈殺した者〉と〈殺された者〉の繋がりは強力なしがらみ。魔物が人間を殺すのとは大きく違うわ」
血で印された妖邪の紋章が怪しげな光を放つ。
「殺人は禁忌。しかも、皇帝ベルゼフリートは母子相姦で産まれた許されざる忌み子。本来、清く正しくあるべき破壊者ルティヤの転生体にはなりえなかった不浄の器だわ♥︎」
「⋯⋯私が呼びかけに応じたのは、貴方の計画に可能性を感じたからです。本当に成しえるのならば、人間の時代は終わりを迎える。今は貴方に従いましょう」
「計画は順調に進んでいるわ。⋯⋯気になるのは廃都ヴィシュテルに潜り込んでた人間だけど逃してしまったの?」
「ええ。残念ながらその通りです」
レヴェチェリナは過去に立ちはだかった忌々しい仇敵達を想起した。哀帝に仕えた寵姫アンネリー、死恐帝の魂を護り続けた神官長ロゼティア。彼女達は主君を守り切れなかったが、レヴェチェリナの計画を阻止した。
現代におけるレヴェチェリナの敵は帝国宰相ウィルヘルミナだった。アンネリーやロゼティアがそうであったように疑惑を覚え始めている。
「財宝目当ての盗掘者ではないはずよ。かなりの手練れね。帝嶺宮城の裏門に配置した番犬が殺されていたわ。あの子を造るのに苦労したのよ。泣きたくなってしまうわ」
上位種の魔物が彷徨く廃都ヴィシュテルに潜入し、追跡を振り切った侵入者。人間業とは思えなかったが、残された痕跡は人間のものだった。
「帝嶺宮城には侵入させていません。ですが⋯⋯普通の人間とは気配が違いました」
「無問題。逃げ出したんですもの。女仙の瘴気なら私が感知できるわ。アレキサンダー公爵家の人間ではなさそうね。メガラニカ帝国の主戦力は動いていないわ。おそらくは冒険者でしょうね」
廃都ヴィシュテルに潜む脅威を理解しているのなら、最大戦力を突っ込ませる。帝国元帥レオンハルトが帝都アヴァタールを離れてないのは確認済みだった。
「それで、こちらはいつ動くのですか? 祭礼を実行する時期は? 焦る必要はないと言いますが、人間達はヴィシュテルに探りを入れ始めています」
「時期を決めるのは私じゃないわ。――陛下の御心次第よ」
遠見の水晶玉に鮮血を垂らす。妖血を吸った邪物は瘴気を吐き出すばかりで、何も映し出さなかった。
「あら? さっきまでは兎娘と交わっていたのにもう止めてしまったの? けれど、まだまだ穢れを吐き出せていないわ。きっと誰かをすぐに呼ぶ。女仙との性交でしか器の穢れ祓えないわ。でも、陛下に真の癒やしを与えられるのは、私の子宮だけ⋯⋯♥︎」
レヴェチェリナは邪印が刻まれた下腹部に手を添えた。
アルテナ王国で手に入れたかった三つ目のアイテム。白月王城の王墓に保管されていた胎盤。セラフィーナが埋葬される予定の棺には、胞衣壺が納められていた。
(古代から続くアルテナ王家の風習に助けられたわ。自身が葬られる棺に、産まれたときの胎盤を封じておく。長寿を祈る古くさい習わし。墓守の護りを破るのに苦労したけど、女王セラフィーナの胎盤を手に入れられたわ)
本当に欲しかったのは三皇后、特に最愛の女性と目されるウィルヘルミナの胎盤。あるいはベルゼフリートを産んだ実母の胎盤だった。しかし、都合よく残っているわけがなかった。
メガラニカ帝国では胎盤を保管する文化が途絶えて久しい。アルテナ王国は古くからの伝統を守り続け、セラフィーナの胎盤を胞衣壺に入れて残してくれていた。
(むしろセラフィーナで良かったわ。偶然にもベルゼフリートの実母と同じ名前。幼い皇帝は母親の面影をセラフィーナに重ねているわ)
レヴェチェリナはセラフィーナの胎盤を摂取し、妖術で肉体の組成を複製した。目的は子宮の完全再現。セラフィーナの生殖器を左右反転させて、己の肉体に移植した。
(私の子宮はセラフィーナとほぼ同一の構造となったわ。対偶は裏と表。表裏一体の胎となったわ)
売国妃セラフィーナの子宮。疼き、火照り、濡れる。貪りの陰裂が求めるのは破壊者ルティヤの荒魂。幼き皇帝の精液でしか子壺は満たされない。
(母親の子宮、息子の屍骨。⋯⋯帝嶺宮城と対偶をなすグラシエル大宮殿で、皇帝ベルゼフリーと女王セラフィーナが交わり、より深く繋がり、二人の魂が混ざれば⋯⋯反魂妖胎の条件は整うわ♥︎)
水晶玉が妖光を放ち始める。内部の曇りが晴れて、皇帝ベルゼフリートの姿が映し出された。
グラシエル大宮殿の大回廊でセラフィーナを抱擁している。
数多くの名画が飾られる帝国最大の美術館。一般公開時は押し寄せた多くの観光客を魅了する美術作品の殿堂。ベルゼフリートの滞在中は貸し切り状態。美術品を傷つけなければ、グラシエル大宮殿のどこで何をしようと皇帝の自由だった。
「――破壊者ルティヤの器が再び禁忌を犯したとき、我が胎は妖魔の皇帝を喚ぶわ♥︎ 皇帝ベルゼフリート♥︎ 女王セラフィーナ♥︎ 欲するがままに、お互いを求め、交じり合いなさい♥︎」
大回廊のど真ん中でベルゼフリートとセラフィーナは、身長差をものともせず、対面立位で交合していた。
高身長のセラフィーナが両足を屈曲し、つま先立ちのベルゼフリートは男根を突き上げる。
「子宮の共時性同期は万全♥︎ んぁっ♥︎ あんぅっ♥︎ あと少し♥︎ あとちょっとで祭礼の日が訪れるわ♥︎」
亀頭が子宮に達し、最奥を刺激する。
レヴェチェリナの子宮に刻まれた邪紋が瘴光を発した。宿願が果たされる瞬間は近づいている。