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【270話】皇帝公務〈謁見式〉

 ここ最近、メガラニカ皇帝の公務は激減している。

 ベルゼフリートが怠けているわけではない。公務の縮小は身辺警護の強化に伴うものだ。

 その発端となった出来事は、記憶に新しい大妖女レヴェチェリナの襲撃である。天空城アースガルズに侵入を許し、さらには帝都アヴァタールへの襲撃も起きた。国民議会の議事堂が全壊するなどの甚大な被害を受けた。女仙を震撼させた危機的事態は、皇帝ベルゼフリートが昏睡し、命を落としかけたことだ。

 敵勢力の掃討が完了し、魔物の根城になっていた旧帝都ヴィシュテルは奪還できた。けれども、脅威に晒された記憶は燻り続けている。そんな情勢下、ベルゼフリートが下界のグラシエル大宮殿に降り立ち、アルテナ王国の商人達と謁見する。

 これは異例中の異例だ。

 当然、護衛は警務女官のみならず、メガラニカ帝国軍の最高戦力が動員された。アレキサンダー公爵家の長女シャーゼロット、次女ルアシュタイン、三女レギンフォードの三人組。要するに、美味しい重要任務を三人の姉達は奪い取った。アレキサンダー公爵家の姉妹ではお決まりの年功序列だ。

 謁見式に現れたベルゼフリートが従えるお供は、屈強な女戦士アマゾネスだけではない。

 豪華絢爛な玉座の両脇にセラフィーナとロレンシアを侍らせていた。

 黄金髪と真紅髪の美女二人は、巨大な乳房と膨らんだボテ腹が視線を惹く。皇帝に征服された寵姫の淫媚が匂い立つ。妖艶なる美貌から抑えきれない色香が漂う。ボテ腹妊婦の妖艶を煽り立てる華美なドレス姿は、全裸よりも遥かに官能的であった。

「遠方より参じてくれたこと、誠に嬉しく思う。商道を歩み、民草を潤す者共よ。臣民の忠義は必ず報われるであろう。通商協定の締結により、メガラニカ帝国とアルテナ王国の共存共栄、さらなる経済発展を切に願う」

 皇帝ベルゼフリートは平伏した商人達に帝威を示す。謁見式は厳めしい口上で締めくくられた。執務女官から渡された原稿を寝不足の頭で暗記し、言い淀むことなく舌を動かした。

 目線で警務女官長ハスキーに合図を送る。

「――おもてを上げよ」

 謁見の間に凛とした声が広がった。商人達はおよそ十秒ほど、時間をかけて叩頭こうとうの姿勢を解いた。退出順は高位の者からと決まっている。本来、最高位の皇帝ベルゼフリートが一番最初に席を立つ。しかし、今回は警備上の理由により、アルテナ王国の商人達が先に退出する流れとなっていた。

「退出に先立ち、皇帝陛下の御言葉をたまわる。静謐せいひつを保ち、拝聴しなさい」

 警務女官長ハスキーが高圧的な態度で命じる。アルテナ王国の商人達にとっては、事前のすり合わせで聞かされていないサプライズだった。しかし、動揺する未熟者は一人もいなかった。

 実のところ、もっとも緊張している人間は皇帝ベルゼフリートなのである。威風堂々と台本の台詞を述べる。

「謁見式の場を借りて告げておくことがある。セラフィーナ、ロレンシア、近う寄れ。手の届く傍らに」

「『御意のままに⋯⋯♥︎』」

 艶めかしい声が重なる。深く一礼すると、豊満な乳房が零れ落ちんばかりに揺れ動いた。セラフィーナとロレンシアは一歩ずつ、ゆっくりと忠愛を誓った主君に歩み寄る。

「耳聡い商人なら既に聞き及んでいるであろうし、その両目で見れば分かることではある。だが、あえて言葉にしよう。セラフィーナとロレンシアに皇胤を授けた。この大きく膨らんだ胎には赤子が宿っているのだ」

 玉座に腰かけたベルゼフリートは両手を広げ、艶姿の美女二人を抱き寄せる。幼帝の小さな手が妊婦の孕み腹に添えられた。

「アルテナ王国の女王とフォレスター辺境伯の娘が再び孕んだ。懐胎の慶報けいほうを持ち帰ることを命じる。セラフィーナとロレンシア、故国から参じた賓客に言葉を贈ってやれ」

 頬を染めたセラフィーナは、慈しみ深い国母の美貌で滔々とうとうと言葉を紡いだ。

「愛しき臣民達よ。私は皇胤を再び授かりました。昨年末に産まれた三つ子の愛娘達は健やかに育っていますわ。長女セラフリート、次女コルネリア、三女ギーゼラ⋯⋯。そして、新たに産まれる御子⋯⋯♥︎ 我が子達は国土に恩寵を齎してくれるでしょう♥︎ メガラニカ帝国とアルテナ王国に栄光あれ⋯⋯♥︎」

 続いて、ロレンシアが口を開いた。

「下僕の身でありながら皇胤を再び授かり、母親となる喜びに満たされております。我が父、フォレスター辺境伯に伝えてください。皇帝陛下に忠愛を尽くすことこそ至上の幸福⋯⋯♥︎ メガラニカ帝国の後宮にて、私は多くの子供を産む愛母となれたのです。寵愛を賜り、沢山の御子を産み続ける⋯⋯♥︎ どうか父上には娘の門出を祝ってほしい♥︎ 私は素晴らしい主君に仕えております⋯⋯♥︎」

 アルテナ王国の商人達は生唾を飲み込み、セラフィーナとロレンシアから目線を逸らす。清廉な女王と勇壮な女騎士だった時代をよく知っていた。皇帝の情婦に堕ちた姿は正視に堪えなかった。

 巨尻を撫ぜられて赤面で悦び、鼻息を荒くする淫女達。まるで路上で客を取る売春婦。しかし、淫猥に染め上げられても、美貌の極致と貴き血筋は輝きを失わない。

「このたびの御慶事、誠にめでたく、臣民一同、謹んでお祝い申し上げ奉りまする」

 謁見に訪れた商人達は叩頭し、額を絨毯に押し付けて平伏した。

 ◆ ◆ ◆

 アルテナ王国が誇る絶世の美女を征服した幼帝はつぶやいた。

「芝居がかった口調は疲れるよ。舌を噛みそうだった。はふぅ⋯⋯。終わった。終わったー。最後の挨拶以外、僕はずっと置き物だったから、途中で眠りかけた。今日は朝が早かったしさ。夜更かしするんじゃなかった」

 謁見式は無難に終わった。ベルゼフリートは超大国の支配者らしく威厳を放っていた。だが、全て演技である。メガラニカ帝国に君臨する皇帝は年相応の少年だ。謁見者が退席した途端、だらしなく姿勢を崩した。

「なんかさ。僕よりもセラフィーナとロレンシアのオッパイが目立ってなかった? 皇帝じゃなくて、乳房に謁見してたよね? 特に最後のお爺ちゃん。ガン見だっだよ」

 通商協定の締結。貿易ルールの整備は、メガラニカ帝国と西アルテナ王国の経済的結びつきを加速させる。皇帝という玉体が天空城アースガルズから引っ張り出されたのは、西アルテナ王国側の強い要望に加え、宰相派と財閥の後押しによるところが大きい。

 通商協定は双方に利益がある取り決めだ。しかし、二国間には信頼関係がない。

 勝者と敗者が結ぶ約束事はもろい。たとえ平等な取り決めであったとしても、勝者は驕り、敗者は不満を抱く。相互不信は自由取引を阻害する。

 そこで君主が大きな役割を果たす。

 ベルゼフリートはメガラニカ皇帝とアルテナ国王を兼任している。同君の臣下が結んだ通商協定という体裁を取れば、西アルテナ王国の商人達も安心できる。

 通商協定の立会人は皇帝ベルゼフリート。これ以上の保障はない。

 臣民の義務に背けば、それは皇帝への反逆と見做される。メガラニカ帝国と西アルテナ王国、どちらの商人も通商協定で定められた貿易ルールを順守する責務を負った。

「アルテナ王国側の代表者だった老人は、王家の御用商人でしたわ。昔から何度も顔を合わせております」

「セラフィーナの知り合い?」

「はい。古い付き合いですわ。きっと私やロレンシアの変貌ぶりに驚いたのでしょう。視線が泳いでいましたわ」

 謁見に臨んだ老年の御用商人は、セラフィーナやロレンシアの劇的な変化を事前に聞いていた。

 それにも関わらず、大き過ぎる衝撃を受け止めきれなかったのだ。純白の雪肌であったセラフィーナは日焼けし、国母から売国女王に生まれ変わった。王家に仕えていた凛々しい近衛騎士は超乳巨胎の淫女に様変わり。しかも、二人揃ってベルゼフリートの子種で二度目の懐妊を遂げている。

「へえ。気付かなかった。よぼよぼのお爺ちゃんがアルテナ王国の有力者なんだ。偉い人には見えなかった。どこにでもいるご老人って雰囲気。くすくすっ! 枯れ木みたいだった」

「侮ってはなりません。年老いて一線を退いておりますが、名を馳せた豪商でしたわ。アルテナ王国の貴族で知らぬ者はおりません。中央諸国との貿易ルートを取り仕切り、経済を動かしていた財界の中心人物ですわ」

「ふーん。なるほど。じゃあ、これからはメガラニカ帝国との貿易ルートを取り仕切るんだ。やり手の商人ってわけね」

「あの者達については、私よりもロレンシアが詳しいかしら? たしか⋯⋯近衛騎士団と付き合いが深かったはずですわ」

 セラフィーナはロレンシアに話を振る。

「あのご老人はよく知っております。ただ⋯⋯、もう引退されたものだと思っておりました。お歳がお歳ですから⋯⋯」

「それはそうですわね。代替わりしたと聞いたような⋯⋯」

「戦時中はアルテナ王国を離れ、中央諸国に疎開されていたはずです。今回の謁見式も跡取り息子が代表者で出てくるとばかり⋯⋯。わざわざ戻ってきたのかもしれません」

 近衛騎士だったロレンシアはアルテナ王家と繋がりのあった経済界の要人を熟知している。相手側の商人からも、王家の最側近を務めていた女騎士は、政治に無関心だった女王よりも馴染み深い。

 近衛騎士団の武具調達で、年に数度は顔を合わせるお得様だった。関係性は知人以上、友人未満。つまり、大切なビジネスパートナー。金蔓かねづると言い換えてもいい。アルテナ王国は小国ではあるものの、国家としては富裕であった。

 ロレンシアは伸ばした赤髪を撫でる。近衛騎士だった頃は短めに切り揃えていた。王城を出入りしていた商人達からは「貴族令嬢らしく御髪を伸ばされては?」と熱心に勧められたものだ。

(側女の私がセラフィーナ様と同等の扱いで謁見式に参加を命じられた。とても不思議に感じたわ。けれど、得心がいった。知古の商人達が出てくるからだったようね⋯⋯)

 ロレンシアの超乳は謁見式で視線を集めた。何しろセラフィーナの爆乳を凌駕するバストサイズだ。肉体改造による豊胸効果とはいえ、事情を知らぬ商人達は驚嘆したであろう。

(驚くのは当然。白月王城に帰ったとき、周囲の反応もそうだったもの⋯⋯。セラフィーナ様と同じか、それ以上に私の見た目は変貌しているわ。生唾を飲み込ませるほど、女らしくなったと誇るべき?)

 謁見式に女王のセラフィーナだけでなく、ロレンシアも連れてきた理由は出自にある。元近衛騎士の経歴、フォレスター辺境伯の令嬢という血筋。盤石な支配を見せつける帝国流のパフォーマンスだ。

「アルテナ王国の商人はお年寄りばかり。ひょっとして若い人は東側に逃げちゃったのかな? 僕とセラフィーナも嫌われたもんだね」

 帝国の支配を嫌ってヴィクトリカ女王が治める東アルテナ王国に逃げた者達はいる。しかし、嗅覚の鋭い商人達は西側に留まった。売国女王セラフィーナに対する忠誠心からではない。メガラニカ帝国との交易で莫大な利益が得られると感じ取ったからだ。大商人は利潤で動く。

「自分達の命運を左右する商談ですわ。ベルゼフリート陛下への非礼は絶対に許されません。経験豊富な父親が出てきたのは、それが理由だと思います」

 もっともらしい見立てであったが、セラフィーナの読みは外れていた。

 真相は次の通りである。色欲家と噂されるメガラニカ帝国の皇帝が「貴様らの妻を差し出せ」と無茶な要求をするかもしれない。横暴を懸念した商人達は予防策を考えた。老齢の先代達や独身者、年老いた女商人を代表者に選んだのだ。

 ベルゼフリートは性豪の暴帝という風評がある。セラフィーナやロレンシアの身に起きた出来事を考えれば、アルテナ王国の人々が信じてしまうのも無理はない。

 実際、伝聞の一部は真実だ。セラフィーナとロレンシアの胎は膨らんでいる。一度目はともかく、立て続けに起きた二度目の懐妊はベルゼフリートの好色を証明していた。

「急に舞い込んだ真面目な公務だから張り切ってたのに⋯⋯。退屈な謁見式だったなぁ。台本通りじゃん。まあ、いいけど。ふぁあぁ⋯⋯。あぁ。眠い。ねえねぇ~、ハスキー。謁見式はこれで終わり?」

 ベルゼフリートは玉座のひじ掛けにもたれかかる。呼び寄せられたハスキーは予定を確認する。

「謁見式は終了いたしました。ご公務、誠にお疲れ様でございました」

「誠にお疲れ様でごさいましたともー。そういえば、パーティーがあるんだっけ?」

「庭園で執り行われますが、皇帝陛下は通商協約締結の祝宴に不参加です」

「むむぅ。仲間外れじゃん⋯⋯!」

「そんな顔をなさらないでください。軍務省が警備面の問題から強く反対しておりました。こればかりは致し方ありません」

 軍務省への責任転嫁を見過ごせなかったアレキサンダー公爵家の長女は、すかさず会話に割り込んだ。

「皇帝陛下に無聊ぶりょうな想いをさせてしまったのは臣下たる私の責任。埋め合わせで今宵は私がお相手いたしましょうか?」

 シャーゼロットは素早い足運びで玉座に詰め寄り、ベルゼフリートの指先に触れる。恋人繋ぎで握り合う。騎士が姫を口説くように、熱い眼差しで口説こうとしていた。

「ぶりょう? 難しい言葉じゃ分からない」

 小難しい古風な言い回しが理解できず、ベルゼフリートは首を傾げた。

「ならば、身体でお伝えいたしましょう。皇帝陛下を退屈させたりはいたしません。夜更けまでお付き合いいたします」

「シャーゼロットはいつも寝かせてくれないじゃん。朝までヤり続けたいだけでしょ。僕、寝不足なんだよ。搾られちゃうのかなぁ? 見かけに寄らず、セックス好きなんだから」

「私はセックスが好きなのではなく、皇帝陛下が大好きなのです。お望みとあらば、この場で抱いていただいても構わないのですが?」

「駄目だってば。怒られちゃうよ?」

 押し付けられた豊満な乳房を指先で突っつく。

 乳繰り合いを始めた皇帝と女軍人は、メイドによって引き離された。

「シャーゼロット・アレキサンダー大将。ご自分の軍務に専念してください。皇帝陛下を口説くのは禁止です。お控えくださいませ」

「やれやれ。ちょっとした戯れだろうに⋯⋯。この程度の触れ合いは、女官がいつもやっているだろ」

「時と場所は考えておりますが?」

「そうかねぇ。自分や身内には甘い割りに、こんな時だけ真面目ぶる。仕事熱心な不良メイドだ」

「あえて申し上げますが、私は風紀を守れとは言っておりません。大将閣下は軍規を気になさるべきでしょう。上官から将器を疑われますよ?」

 帝国軍大将の上位者は、帝国元帥レオンハルト・アレキサンダーか上級大将ヘルガ・ケーデンバウアーの二人しかいない。この場合、ハスキーが言及した上官は前者である。

「妹に告げ口されては困る。潔く撤退するとしよう」

 シャーゼロットは肩をすくめて引き下がる。

 護衛任務を蔑ろにするつもりはない。グラシエル大宮殿は安全な場所とされてきたが、大妖女レヴェチェリナが仕掛けた姦計では邪術の発動起点となった場所だ。事件後、帝国軍と大神殿によって地盤を掘り起こす大規模調査が実施され、グラシエル大宮殿の安全性は確認された。しかし、油断はできない。

「ごめんね。シャーゼロットとの夜遊びはまた今度。今夜は先約があるんだ」

 今晩の夜伽役が誰であるかは口にしない。

 イシュチェルの存在は国家機密だ。この場にいる重要役職者は既に知っているが、地上でイシュチェルの話題は厳禁である。

「ハスキー。これからの予定は変更なし? 夜までには帰りたいかな」

「昼食が済みましたら、午後は工務女官登用の試験視察です。グラシエル大宮殿の大広間で工務女官の予備試験が実施されます。上階に天覧席を用意いたしました」

 ハスキーは午後の予定を説明する。グラシエル大宮殿では工務女官の登用試験が予定されていた。

「受験者にバレちゃいけないんだよね?」

「メタマテリアル式の隠蔽バリアを展開します。階下の受験者から、天覧席に誰がいるかは見えません」

「今回が予備試験ってことは⋯⋯本試験もある?」

「別日に設定されています。皇帝陛下の臨席はありません。本試験は危険物処理があるため、副都ドルドレイの帝国軍演習場が会場です」

「昔だったら見に行けたのに⋯⋯。無念! 今回の採用枠ってどれくらい? 少ないって言ってたよね」

「最終の合格枠は二十名程度。今回の第三次予備試験で百人に絞られました。五十人まで減れば本試験に移ります」

「さすが女官登用試験。今回の倍率もえぐそうだ」

「滅多にない女官の臨時登用です。年齢制限の引き下げで受験可能になった若手志願者が多いと聞きました。もちろん、前回の登用試験で不合格だった者達にとっても千載一遇の機会です」

 皇帝に嫁ぐ妃は家格で選ばれる。現在のところ、ベルゼフリートが娶った妃はその全員が帝国貴族か大神殿の聖職者だった。

 妃に仕える側女も家柄が重要視される。血統が重視される宮中において、能力の評価だけで女仙となった専門集団が女官なのだ。

 登用試験で問われる資質は美貌と能力、揺るがぬ忠誠心。生まれや血統は考慮されない。

「公務は他にもあるんじゃないの? ここ最近は僕の公務が極端に減らされてる。地上に出るようなものはね。さっきの謁見式は重要度がそこそこ高い。だけど、公務女官の予備試験で僕が引っ張り出されるものかな?」

「⋯⋯⋯⋯」

「午後の本命は? ハスキー? もったいぶらないでよ」

「試験会場の天覧席でドワーフ族の長老衆がお待ちです。非公式の会談が予定されております。調整で揉めていたので、直前まで皇帝陛下には伏せろとのお達しが⋯⋯。キャンセルになる可能性もあります」

「長老衆って大親方の?」

「はい」

「スケジュールに無理やり捻じ込んでる感じか⋯⋯。僕に何の用だろ」

「旧帝都ヴィシュテル復興の件で請願です」

「うわぁ。あらら。請願か⋯⋯。まさか遷都しろとか、そういうお願い⋯⋯? 小耳に挟んだけど、あれは無理筋じゃん。僕でも分かるよ。そりゃあさ、大昔はあっちが都だったし、帝嶺宮城ていれいきゅうじょうの造りは壮観だ。でも、今の帝国はアヴァタールが中心になってる。政治にしても、経済にしてもさ」

「二百年後や三百年後を目標にした壮大な計画を用意されているとか」

「大親方の浪漫ロマンが燃え上がってるね。悲願だった旧帝都アヴァタールの復興が実現したんだから、当然か⋯⋯。応援はしたいけどさ。まいったな⋯⋯」

「冒険者組合の本部は既に移転が進んでいますし、帝国北部では遷都を求める運動が広がっています」

「一部の人だけじゃん。冒険者は遺物の宝探しができるからね。普通の人は魔物が棲みついてた廃墟に引っ越さないよ」

「一般人も多くなってきています。復興の開拓民が大勢押し寄せて、活気に満ち溢れているそうです。アルテナ王国からの移民が本格化しています」

「へえ。セラフィーナとラヴァンドラの悪巧みが功を奏したんだ。いいね。復興が進んで、新しい街ができるのは嬉しい」

 新帝都アヴァタールはエルフ族が築いた古代都市だ。一方、旧帝都ヴィシュテルは栄大帝時代のドワーフ族が建立した。長命種のエルフとドワーフ、両者の対抗意識は根強い。

「請願の内容は事前通達されております。応対は執務女官に任せて、皇帝陛下はいつも通りでお願いします」

 前に進み出た執務女官が一礼する。眼鏡が似合う褐色肌の美女であった。日焼けではなく、ベルゼフリートと同じ生まれながらの肌色。郷里は北部で、鉱物卸売業で財を成した商家の才女である。

 ドワーフ族の長老衆をあしらうのに最適な人材だった。

「りょーかい。よろしくね。難しい話を振られたらそっちに任せる。権力を握ってる偉い人達に頼むべきことだもん。皇帝の僕なんかに言われてもねぇ⋯⋯。せめて議会に提出してくれないとさ。政治的パフォーマンスなんだろうけど困っちゃうな」

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