本伝「亡国のセラフィーナ」の外伝小説です。メガラニカ帝国の最盛期を築いた栄大帝&大宰相ガルネットのエピソードとなります。エロ描写は少なめ(というかないです)。なので、ノクターンノベルズに投稿するかは迷っています。
主人公は大陸平定の大偉業を成し遂げ、栄大帝を在位1464年の大君に押し上げた名宰相ガルネット。時系列的には本伝から二千年以上前。
ちょっとお馬鹿なイケメン皇帝を叱り続ける真面目な宰相閣下。皇帝が騒動を起こす度、愚痴を言いながらも解決する才女の苦労話。
大陸歴三紀末年、大粒の雨が西大陸アガンタの大地に降り注いだ。
忌火の嵐が終息してから十六年が過ぎた。
我が祖国、メガラニカ帝国の国力は酷く衰えている。
先代皇帝・烈帝が起こした災禍は国土を焼いた。田畑は灰燼と化し、土地の多くを放棄した。大火に焼き滅ぼされた旧帝都では、未だに残火が燻っているという。
新帝が登極し、暦の紀元は改まった。しかし、山積する問題は何ら解決しておらず、私は安堵する気になれない。
私は新帝にお仕えする宰相妃となった。非才の身なれど、安寧のために尽くす所存だ。
さて、私は残酷な真実を語らねばならない。メガラニカ皇帝ファルレーゼ陛下は思慮に欠けている。
年齢は今年で十六。精神が未成熟といえば、その通りだが、年齢相応の振る舞いをしているとは言いがたい。傍目で行動を観察する限り、聡明な賢君にはなられないだろう。誠に無念である。
陛下は節制を嫌い、豪奢を好む。人柄は節操がなく、淫らな色欲魔。端的に言い表すなら不純な男。後先を考えぬ言動が目立つ。
敢えて美点をあげるとすれば、気力旺盛で社交的、闊達豪放な人物である。
「――ちょっとまった! これ、俺の悪口じゃん!! 不敬罪の現行犯だぞ!」
書斎の机で伝記を書き綴っていると、いつの間にか皇帝が背後から覗き込んでいた。
私の記した皇帝の客観的かつ精緻な人物評に憤慨しているご様子だ。
「抗議だ! 抗議! 皇帝を貶めるじゃない! 俺は異議を申し立てるぞ!」
「皇帝陛下を誹謗する意図はございません。事実を記しています」
「それが不敬だと言っているんだ。持ち上げてくれないと、俺の評価なんて悲惨だぞ! そんなのはガルネットだって分かってるだろ! 捏造でもいいから、俺の美点を書きまくってくれ! 後世では最高にイケメンな名君ってことにしたい!」
「ご自覚されているのなら、普段の行動を改めてはいかがです?」
「⋯⋯そのうち⋯⋯な。焦る必要はないだろ? だって即位一日目だぜ。数百年後、落ち着いたら考えておく」
「もし私が皇帝陛下を嫌っているのなら、この程度の生半可な記述では済ませておりません。罵詈雑言を尽くし、貶めます」
「いや、確かにそうかもしれないけど⋯⋯」
毅然と私は言い返す。皇帝は口先を尖らせる。
「間違った記述がございますか?」
「うーん、でも⋯⋯なんか⋯⋯こう⋯⋯。これじゃ格好悪い皇帝みたいじゃん」
(みたいではなく、貴方様は現時点だと格好悪い皇帝なのですよ⋯⋯)
「尊敬されるような威厳がほしい! そうだ! 良いところを書こう! めっちゃモテてるイケメンって書いてくれ!」
「嘘は書けません。宮廷の女達が陛下に好意を寄せられているのは、貴方様が皇帝の地位にいるからです。皇帝の威光に擦り寄っている者は多くいます。しかし、陛下の容貌や人格に魅せられた女性はごく少数かと思います。一握りです」
「えぇ⋯⋯。そこまで言う⋯⋯? 俺の繊細な心が砕け散りそうなんだけど」
「人の本心は、他人からは見えません。陛下を真に好いている人物は、この世にたった一人だけかもしれませんよ」
大げさに落胆し、がっくりと肩を落とす皇帝に私は微笑みかける。歯に衣着せぬ物言いは私の悪癖だ。陛下を傷つけたいとは思っていない。
(本当に困ったものです。この方が皇帝にならなければ、私はもっと楽に立ち回れたのに⋯⋯)
人間は不可思議な生き物だ。私は好きなのだ。
このどうしようもない青年が好きでたまらない。見透かされるくらいに恋心が高ぶっている。
母方の血筋に影響されているのだろうか。亡くなった私の父も遊び人だったと聞く。私の母はとても苦労させられたそうだ。
「せっかく皇帝になったんだ。ガルネットだって今や帝国宰相だぜ?」
帝国宰相妃ガルネット。私は巷でそう呼ばれている。しかし、現在進行形でメガラニカ帝国は衰退し、傾いている国家だ。
百官の長たる帝国宰相は、眉間に皺を寄せる日々が続いている。
「後世に名声を轟かせたいだろ。大帝ファルレーゼ! 大宰相ガルネット! 大陸史どころか世界史に名を刻んでやろう!!」
「その心意気は素晴らしいと思います。微力を尽くします。皇帝陛下」
「そんなこと言わず、全力を尽くしてくれ。俺、ガルネットをめっちゃ信頼してるんだからさ。マジで頼むぜ!」
「⋯⋯⋯⋯。恐れながら陛下、『微力を尽くす』と『全力を尽くす』は同じ意味です。自身の能力を謙遜し、『微力』と表現しているのです。微かな力ではございません。ご安心ください」
「悪い! 俺さ、バカだから分かりやすい言い回しで頼む! 小難しい貴族の表現はよく分からん!」
「⋯⋯勉学に励みましょう。私が教えます」
「ガルネットはもっと俺を知るべきだな。バカってのは賢くなりたくない人種なんだよ。賢くなろうとしてる人間は無知であって、バカって呼ばないぜ? 俺は勉強したくない! ずっと遊んでいると誓ったんだ!!」
「堂々と宣言する台詞ではありませんよ。陛下。向上心をお持ちください」
陛下は頭の回る方だ。知性の片鱗が垣間見えた。しかし、同時に愚劣な性分だと理解させられた。
(国家の不幸。しかしながら、私個人では幸いだった)
私は皇帝の怠惰に感謝すべきなのだ。完璧な皇帝であったなら、優秀な臣下は不要。醜女の私を側に置いてくれなかっただろう。
帝国宰相は、皇帝陛下の無知蒙昧に甘えている。
(――だから、私は彼を守らなければいけない)
私の能力が及ぶ限り、皇帝陛下を守護する。先帝の烈帝は悲惨な最期だった。
あのような悲惨な災禍を再び起こしてはならない。
時計の針が頂点を越える。新帝即位の翌日、大陸の暦が改まった。
大陸歴四紀元年七月七日、新たな時代が始まる。
「新婚初夜スタート! 仕事はもう終わりだ。寝室へ行こう!」
帝国宰相妃は正妻たる皇后。皇帝に手を引かれて、私は寝室へと連れ込まれる。夜伽を得意とはしていないが、これも公務だ。致し方ない。
顔に醜い傷がある私を陛下は愛でてくれる。傷跡を隠すために、私は普段から仮面で素顔を隠していた。だが、これこそ私の醜さ。醜悪な言い訳だ。
顔に傷があろうとなかろうと、私の容姿はさほど美しくない。
凡庸な私の顔立ちは、後宮を歩く美女達と比べれば劣る。私は己の醜さを傷で誤魔化しているのだ。容姿の劣等感は拭いきれない。なおさら、浅ましく、醜い女だ。
皇帝ファルレーゼは金髪の美男子だった。
先ほどの発言と矛盾するが、皇帝の地位にいなくとも、言い寄る女は多かったはずだ。
皇帝ファルレーゼの美貌に惹かれた愚女を私は嫌う。
(⋯⋯間違いなく嫉妬なのだろう。安堵する。私にも立派な乙女心があるのだ。恋をしていると実感する)
私の夜伽で皇帝は悦んでくれる。無理やり寝室に連れ込まれるのは、まんざら悪い気がしない。
私は照れ隠しで「公務の邪魔をしないでほしい」と嘯いている。けれど、皇帝は気にせず、常日頃から職務に励む私を呼びつけた。
この世でたった一人だけ、私の下手くそな嘘を見抜いている男がいる。
――私はきっと幸福な女に違いない。
「遅いですわ。皇帝陛下⋯⋯♥︎」
「さあさあ。はやく伽を始めましょう♥︎ もう我慢できません♥︎」
寝室のベッドに横たわる阿呆面の美女二人。嫌というほど見知った顔の女どもだ。
「悪い、悪い! 待たせたな! ガルネットが仕事熱心で、この時間になっちまったぜ」
メガラニカ皇帝の後宮には多くの妃がいる。正妃の皇后ですら、私を含めて三人。このほかに王妃や公妃が大勢いる。
好色な皇帝は下働きの女官にまで手を出していた。火照った恋心は氷点下まで下がる。
「は⋯⋯? 皇帝陛下? これは? この二人は? 何なのです?」
「せっかくの新婚初夜だし、正妻三人を満足させるのが夫の務めだろ。ガルネットはベッドの真ん中で。構図はもう決まってるぞ」
「構図⋯⋯?」
「じゃじゃーん! そっちの子は宮廷画家の女官! めっちゃ絵が上手いんだぜ! 記念にエロい絵画を描いてもらう! テーマは『究極皇帝の幸福な三皇后!』だ! というわけで、今夜は三人を抱きまくってやるぜ!」
(馬鹿か⋯⋯。こいつ⋯⋯)
「そして、世の男どもを妬ませる最高の枕絵を美術館に飾るんだ!」
(そうだった。馬鹿だった。そもそも陛下に期待した私も馬鹿だった。なんて馬鹿な女⋯⋯。怒って出て行けないのが本当に腹立たしい⋯⋯)
「宰相閣下も服を脱いで裸になりなさいよ♥︎ 早くいらっしゃい♥︎」
「そう。ご自慢の優艶な肢体は見せなさいよ♥︎ 正妻たる者、陛下に特別なご奉仕をしないと♥︎」
(このアホ女二人は何の疑問を抱かないのでしょうか? 一夫多妻制だとして、誰かと一緒に相手をされるのは不服ですよ。私は⋯⋯)
寝台に寝そべる淫らな美女二人。一方は帝国軍を統帥する帝国元帥。もう一方は聖職者の最高位に立つ神官長。娼婦にしか見えないこの二人が、私と同格の皇后だと思うと頭が痛くなる。
「もしかしてガルネット、緊張してるのか? 寝室だとホント可愛いよな。俺が脱がしてやるよ。今晩は寝かしてやらないぜ?」
(殴りたい、この笑顔⋯⋯。眉目秀麗なのが無性に腹立たしい。頬を赤くしている自分はもっと嫌いになる⋯⋯!)
前言撤回。私は不幸な女だ。こんな男を愛している。心変わりできないほど好きなのだから。
後日、私は率直な感情を伝記に記す。せめて後世の者達には私の本音を知ってほしい。
――この阿呆な男を思いっきり張り倒してやりたかった。
この男に惚れ込んでいる女は心底、馬鹿なのだと思う。
世間では過分に持ち上げられているが、私は彼に相応しい馬鹿な女であった。
阿呆な皇帝と馬鹿な宰相。メガラニカ帝国の行く末を思うと気が重たくなる。聖大帝を導いていた賢妃達が現われ、荒廃する祖国を再興してくれぬかと夢想する日々であった。